第5話制度の外側で
車両の内部は、想像よりも静かだった。
音が遮断されているわけではない。
ただ、意味のある音だけが存在しない。
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神代湊は窓の外を見ていた。
街は変わらない。
人も変わらない。
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それでも、自分だけが少しずつ切り離されていく。
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「ここから先は、観測区域です」
管理官の声が響く。
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観測。
それは説明ではない。
定義だ。
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神代は頷く。
「了解しました」
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それ以上はない。
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車両が停止する。
扉が開く。
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外は、都市の端だった。
整備された区域ではない。
だが崩れてもいない。
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“管理されているが、管理の顔をしていない場所”
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そこに、一ノ瀬梨沙が立っていた。
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今までとは違う服装。
今までとは違う距離。
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「ここなら」
梨沙は言う。
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「少しだけ、時間がある」
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神代は答えない。
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時間。
その概念は、この世界では希薄だ。
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すべてはすでに予定されている。
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それでも梨沙は続ける。
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「あなた、まだ戻れると思ってる?」
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神代は少しだけ間を置く。
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「戻る場所はない」
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梨沙は小さく頷く。
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「うん」
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「でもね」
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一歩近づく。
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「選ぶ場所は、ここにある」
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その言葉で、空気がわずかに変わる。
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神代は周囲を見る。
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監視はある。
管理もある。
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だが“決定”だけが存在していない。
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初めて見る空白だった。
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梨沙は静かに言う。
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「湊」
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「あなたはずっと、選ばれてきた」
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「でも」
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「一回くらい、自分で決めてもいい」
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その言葉は優しさではない。
誘導でもない。
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ただの事実の提示だった。
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神代の中で、何かが浮かび上がる。
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消耗した男。
壊れた女。
子供の問い。
そして1980年の男。
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すべてが同じ方向を向いている。
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「おかしい」
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その言葉だけが、繰り返されている。
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神代はゆっくり言う。
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「何を選べばいい」
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梨沙は答えない。
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代わりに、少しだけ笑う。
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「それを考えるのが、選ぶってこと」
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沈黙。
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世界は静かだ。
だが初めて、その静けさに“余白”がある。
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神代は目を閉じる。
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選ばれてきた人生。
管理された行動。
決められた関係。
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それでも。
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どこかで一度だけ、止まった感覚があった。
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“選んで”
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目を開ける。
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梨沙は動かない。
待っている。
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管理官も動かない。
記録も進まない。
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ここだけが、切り取られている。
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神代は一歩前に出る。
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そして言う。
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「俺は」
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言葉が途切れる。
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だが続く。
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「まだ」
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「決めていない」
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梨沙は静かに頷く。
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「それでいい」
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その瞬間、遠くで警告音が鳴る。
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空間がわずかに揺れる。
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“観測終了準備”
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それでも梨沙は動かない。
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神代は初めて、自分の足で立っている感覚を持つ。
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誰にも選ばれていない場所で。
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ただ一人で。
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(第5話・終)




