余白の始まり
回収システムは、沈黙していた。
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停止ではない。
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“判断保留”。
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この世界ではほとんど起きない状態だった。
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神代湊と一ノ瀬梨沙は、封鎖フィールドが消えた後の空間に立っていた。
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風が戻っている。
音も戻っている。
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だが、何かだけがまだ戻っていない。
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「……終わった?」
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梨沙が小さく聞く。
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神代は少しだけ周囲を見る。
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回収ユニットは消えている。
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警告音もない。
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しかし、自由とも違う。
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「終わってないと思う」
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神代は言う。
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梨沙は少し笑う。
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「うん」
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その“うん”には、いつもの確信があった。
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神代は初めて気づく。
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梨沙はずっと、“結果”を見ていない。
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“選んだ事実”だけを見ている。
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遠くで都市の放送が流れる。
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【異常個体の観測停止】
【通常運用へ復帰】
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通常。
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その言葉が、逆に遠い。
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神代はゆっくり歩き出す。
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梨沙も並ぶ。
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「これからどうなるんだろうね」
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梨沙が言う。
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神代は少し考える。
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そして答える。
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「分からない」
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その言葉は、もう以前の“分からない”ではなかった。
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“未定”だ。
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都市は変わらない。
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制度も変わらない。
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男の希少性も、管理構造も、何も変わらない。
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それでも。
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たった一つだけ違うものがある。
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“決められていない二人”。
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梨沙が少しだけ空を見上げる。
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「ねえ、湊」
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「生きてるってさ」
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「こういう感じなのかもね」
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神代はすぐに答えない。
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だが否定もしない。
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ただ、歩く。
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都市の中に戻っていく。
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だが以前のように“戻されている”感覚はない。
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自分の足で。
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自分の意思で。
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管理システムはまだ動いている。
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観測も続いている。
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それでも今だけは。
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神代湊は“未定の存在”としてそこにいる。
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(第5章・終)
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