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男女比1:99の世界で“男”になった俺は、愛ではなく管理対象として扱われる  作者: こうた
裏章一ノ瀬梨沙

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22/22

一ノ瀬梨沙

壊れる前に、選んだ人



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あの日からずっと、息が少しだけ苦しい。



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理由は分かっている。



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分かっているのに、整理できない。



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神代湊が“逃げた日”。



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あの瞬間を、私は何度も思い返してしまう。



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封鎖フィールドの中で、彼は私の手を握った。



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あの手は震えていた。



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でも、離さなかった。



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あのとき私は思った。



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「あ、この人はまだ終わってない」



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それが嬉しかった。



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同時に、怖かった。



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“終わっていない人間”は、この世界では壊される。



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壊されるまで、管理される。



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私はそれを知っている。



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ずっと見てきたから。



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神代は特別だった。



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遺伝子がどうとか、適合がどうとか、そんなものじゃない。



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“空になりかけていたのに、空になりきれなかった”。



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それだけ。



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でもそれは、この世界では一番危ない。



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だから私は言った。



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「逃げて」



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あれは賭けだった。



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成功する保証なんてなかった。



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むしろ失敗する前提だった。



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でも、それでもよかった。



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“選ばないまま終わる顔”を見たくなかった。



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走る神代の後ろで、私はずっと思っていた。



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(お願いだから、壊れる前に決めて)



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回収ユニットが降りてきたとき、正直に言うと怖かった。



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足が止まりそうになった。



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でも止めなかった。



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私が止まったら、全部終わるから。



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神代が“人間に戻れない形”で保存されるだけになるから。



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あの瞬間、神代は言った。



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「ここにいる」



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たったそれだけ。



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でも、それで十分だった。



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十分すぎるくらいだった。



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私は知ってしまった。



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この世界では、“存在する”こと自体が選択だということを。



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神代は今も危うい。



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管理側はまだ彼を諦めていない。



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“例外として保存する”か、“修正する”かを迷っている。



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でも私は分かっている。



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もう彼は、どちらにも完全には戻れない。



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あの瞬間、壊れたのは世界のほうだ。



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神代の横で歩きながら、私は思う。



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(私も同じだ)



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選ばれたくて生きてきた。



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必要とされることで価値を感じていた。



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それが正しいと思っていた。



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でも違った。



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それは“生きる”じゃない。



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ただの維持だった。



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神代は今、それを壊し始めている。



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無意識に。



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静かに。



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だから怖い。



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だから離れられない。



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彼が壊れきる前に、私も変わってしまったから。



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私は初めて思った。



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(この人と一緒に壊れてもいい)



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でも同時に、もう一つ思った。



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(この人には、壊れてほしくない)



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矛盾している。



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ずっと。



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神代を見る。



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彼はまだ“分からない”顔をしている。



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それでいい。



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今はまだ。



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でもいつか、選ばなきゃいけない。



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この世界に残るのか。



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それとも。



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“人として生きる側に行くのか”。



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私はそれを見届ける役になってしまった。



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嬉しいのか、苦しいのか分からない。



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ただ一つだけ分かる。



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私はもう、元には戻れない。



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神代湊を見てしまったから。



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そして彼が初めて“自分で選んだ瞬間”を見てしまったから。



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あの瞬間からずっと、私は壊れ始めている。



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ゆっくりと。



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静かに。



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でも悪くない。



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少なくとも今は。



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(この人がまだ人間でいてくれるなら)



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それだけでいいと思ってしまっている自分がいる。



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それが一番怖い。



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(裏章・終)

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