第2話1980年の男
その男は、最初から「異物」だった。
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都市中央区・隔離観察施設。
通常なら、登録・分類・適合評価が終わるまで、被観察対象は動かない。
しかしその男は、最初から椅子に座っていなかった。
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「……ここ、どこだ?」
声は低く、荒れていた。
神代湊は、記録端末を見ながら部屋に入る。
白い空間の中で、その男だけが浮いているように見えた。
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服装はこの時代のものではない。
布の質も、形も、設計思想も違う。
何より――
目が違う。
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「登録名はまだありません」
管理職員が言う。
「出現記録のみ。出身不明」
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男は周囲を見回していた。
壁。天井。端末。人間。
そして最後に、神代を見る。
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「お前ら……何してんだ?」
その言葉は、問いではなく拒絶だった。
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神代は一歩近づく。
「あなたは、ここに転送された可能性があります」
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「転送?」
男は笑った。
乾いた、理解できないものを見る笑い方だった。
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「意味わかんねぇよ」
「ここはどこだって聞いてんだ」
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管理職員が一歩前に出る。
「落ち着いてください。説明を――」
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「落ち着く?」
男の声が少しだけ上がる。
「まずお前ら、全員おかしいだろ」
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空気が変わる。
この世界では珍しい“乱れ”だった。
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神代はそれを見ていた。
理解できないのではない。
“理解する基準が違う”。
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男は神代を指さした。
「お前、男か?」
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その一言で、空気が止まる。
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神代は答えない。
代わりに職員が言う。
「適合男性です」
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「は?」
男の顔が歪む。
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「適合? 何だそれ」
「人間に適合とかあるわけないだろ」
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その言葉は、この世界の前提を踏み抜いていた。
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神代は初めて気づく。
この男は“この世界の説明を必要としない”。
なぜなら、この世界を知らないからだ。
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「あなたの時代を教えてください」
神代は言う。
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男は少し黙る。
そして、ようやく言葉を選ぶように話す。
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「1980年だ」
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沈黙。
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「西暦1980年から来た」
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管理職員が記録を止める。
神代はその瞬間、理解する。
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これは“異常個体”ではない。
“別世界の人間”だ。
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男は続ける。
「俺の世界じゃ、こんな管理とかありえねぇ」
「人間を分類? 適合? 意味わかんねぇよ」
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神代は、その言葉を聞いていた。
しかし感情は動かない。
ただ、データとして処理するだけだ。
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だが――
ほんのわずかに、違和感が残る。
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男は笑う。
「お前ら、普通に狂ってるぞ」
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その瞬間だった。
施設内の警報が鳴る。
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【観察対象:精神不安定反応】
【制御プロトコル起動】
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空気が変わる。
壁の一部が開き、拘束装置が展開される。
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男はそれを見て後退する。
「おい待て、冗談だろ」
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神代は一歩前に出る。
「抵抗は推奨されません」
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男は神代を見る。
そして、初めて少しだけ声を落とす。
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「……お前もか」
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その一言が刺さる。
理由は分からない。
しかし確かに、何かが揺れた。
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拘束装置が起動する直前。
男は叫ぶ。
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「この世界、おかしいだろ!」
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その言葉と同時に、全システムが彼を固定する。
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静寂。
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施設は再び“正常”に戻る。
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神代はその場に立っていた。
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記録は更新される。
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【特別観察対象:封入処理完了】
【第2種異常個体として管理】
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画面を見ながら、神代は思う。
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“おかしい”と言った男は、処理された。
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だがその言葉だけは、処理されなかった。
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施設の外に出る。
空は変わらない。
人も変わらない。
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しかし神代の中でだけ、何かが一度だけズレた。
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「おかしい、か」
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初めて、言葉として認識する。
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その意味を理解しないまま。
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(第2話・終)
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