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男女比1:99の世界で“男”になった俺は、愛ではなく管理対象として扱われる  作者: こうた
第4章拘束される未来

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第2話逃走未満

移送まで、残り十二時間。



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その数字だけが、頭から離れなかった。



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神代湊は眠れないまま朝を迎えていた。



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窓の外。


都市は正常に動いている。



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誰も止まらない。


誰も疑わない。



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世界は、神代が壊れかけていることなど知らないまま回っている。



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端末には移送手順が並んでいる。



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【指定時刻まで待機】

【自発的同行を推奨】

【精神安定維持を優先】



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“自発的”。



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その言葉が妙に気持ち悪い。



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選択肢がない状態での同意。



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それは従属だ。



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通知音。



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短いメッセージ。



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『外に出て』



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送り主は、一ノ瀬梨沙。



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神代はしばらく画面を見る。



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行く意味はない。



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逃げられるわけでもない。



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未来は変わらない。



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それでも。



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気づけば、部屋を出ていた。



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待ち合わせ場所は、都市外縁の歩道橋だった。



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朝の光。


風。


静かな交通音。



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そこに、梨沙がいる。



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「来たね」



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神代は頷く。



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梨沙はしばらく何も言わない。



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ただ、神代の顔を見る。



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そして小さく言う。



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「ひどい顔」



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神代は少し笑う。



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「そうかも」



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その返答に、梨沙が少し驚く。



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今までの神代なら、そんな風に返さなかった。



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しばらく沈黙。



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やがて梨沙が言う。



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「湊」



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「逃げる?」



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神代は意味を理解するまで少し時間がかかった。



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「……無理だ」



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「うん」



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梨沙は即答する。



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「たぶん捕まる」



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神代は少し目を細める。



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「じゃあ意味ない」



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梨沙は首を振る。



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「意味はある」



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また同じ言葉。



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だが今度は、少しだけ分かる。



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「結果じゃなくて」



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「自分で決めたかどうか」



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風が吹く。



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梨沙の髪が揺れる。



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「湊」



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「このまま行ったら、たぶん戻ってこれない」



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神代は何も言わない。



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言い返せない。



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地下で見た男。



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壊れた女性。



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あの空洞みたいな目。



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自分も、ああなる。



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その未来だけは、もう想像できてしまう。



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梨沙が続ける。



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「ねえ」



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「一回だけでいいから」



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「“誰かのため”じゃなくて、自分で決めて」



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その言葉が、深く刺さる。



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神代は視線を落とす。



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今まで、自分で決めたことがあっただろうか。



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学校。


仕事。


役割。


人生。



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全部、“選ばれて”決まった。



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「……分からない」



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小さく呟く。



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「何を選べばいいのか」



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梨沙は少し笑う。



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悲しそうに。



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「最初は、逃げるでもいいんだよ」



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神代は初めて、その言葉に少しだけ心が動く。



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逃げる。



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今まで許されなかった行為。



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この世界では、“異常”。



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だが。



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“異常じゃない人間”を、最近たくさん見てきた。



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1980年の男。



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地下の男。



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壊れた女性。



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子供。



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みんな、正常ではなかった。



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でも。



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“生きていた”。



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神代は空を見る。



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広い。



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管理されているはずなのに、空だけは自由に見える。



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その瞬間。



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遠くで警告音が鳴る。



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【長期管理対象:位置確認開始】



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梨沙の表情が変わる。



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「早い……!」



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神代の端末が赤く点滅する。



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【待機命令違反】

【現在位置固定開始】



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世界が、“回収”しようとしてくる。



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梨沙が神代の手を掴む。



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初めてだった。



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誰かが、役割じゃなく。



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“神代湊”に触れた。



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「走って」



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その一言で。



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神代の中の何かが、初めて決定的に壊れる。



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従順。


管理。


適合。



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全部を振り切るように。



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神代は、生まれて初めて。



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自分の意思で走り出した。



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(第4章 第2話・終)

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