第1話決定された人生
移送前日。
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神代湊の部屋は、異常なほど静かだった。
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端末はすでに次の生活へ切り替わっている。
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【第七管理区画:生活データ同期完了】
【私物制限:適用】
【行動権限:更新】
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更新。
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その言葉に、神代は小さく笑いそうになる。
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変わるのは権限だけだ。
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人間ではない。
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窓の外を見る。
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夜の都市は今日も綺麗だった。
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高層ビル。
光の列。
制御された交通。
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完璧な世界。
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だが今の神代には、それが巨大な檻に見える。
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通知。
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【家族面会申請:承認済】
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数秒後、玄関のロック音が鳴る。
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入ってきたのは、母だった。
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その後ろに、四人の姉。
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部屋が一気に騒がしくなる。
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「湊、ちゃんと食べてる?」
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「痩せた?」
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「顔色悪くない?」
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矢継ぎ早の言葉。
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昔から変わらない。
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過保護。
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だが今だけは、その空気が少し苦しい。
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母が神代の顔を見る。
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そして無理に笑う。
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「大丈夫よ」
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「選ばれるって、幸せなことなんだから」
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その言葉が刺さる。
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以前なら、何も思わなかった。
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だが今は違う。
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“選ばれる”。
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その言葉の意味が変わってしまった。
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姉の一人が言う。
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「湊は特別なんだから」
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「みんな羨ましいって思ってる」
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別の姉が続ける。
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「私たちなんて、まだ適合も通らないのに」
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笑いながら言っている。
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でも、その目には少しだけ濁った感情がある。
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嫉妬。
羨望。
諦め。
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神代は初めて気づく。
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この世界は、女たちも壊している。
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母が静かに言う。
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「湊」
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「あなたは、人類に必要なの」
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必要。
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またその言葉。
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神代は聞く。
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「俺は?」
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空気が止まる。
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母の表情が、一瞬だけ揺れる。
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「……え?」
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「俺は、どうしたいんだろう」
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その瞬間。
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部屋の空気が壊れる。
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姉たちが黙る。
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母だけが、神代を見ている。
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まるで“知らないもの”を見るように。
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「湊」
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母の声が少し震える。
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「そんなこと、考えなくていいのよ」
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その言葉で、神代は理解する。
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この世界は。
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誰も“自分で決めること”を望んでいない。
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管理された方が楽だから。
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選ばれた方が安心だから。
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でも。
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1980年の男は違った。
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地下の男も。
壊れた女性も。
あの子供も。
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みんな、“選べ”と言っていた。
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神代は静かに立ち上がる。
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母が不安そうに言う。
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「湊?」
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神代は窓の外を見る。
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完璧な都市。
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完璧な管理。
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完璧な人生。
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その全部が、急に遠く感じる。
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「俺」
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小さく呟く。
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「このまま消えるのかな」
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誰も答えられない。
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母は涙をこらえるように言う。
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「そんな言い方しないで」
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神代は初めて気づく。
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母もまた、この世界に縛られている。
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“男を守る母”という役割に。
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誰も自由じゃない。
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沈黙。
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そのとき。
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端末に通知が入る。
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【移送まで残り:12時間】
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世界は待たない。
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神代は通知を見つめる。
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そして初めて。
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“従いたくない”と思った。
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(第4章 第1話・終)




