第4話逃げ場のない世界
「移送日は三日後です」
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管理官の声は静かだった。
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静かすぎて、逆に現実感がない。
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神代湊は、通知画面を見つめたまま動かなかった。
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【長期管理対象:正式認定】
【移送先:第七管理区画】
【自由行動期限:残り72時間】
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72時間。
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それは猶予ではない。
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“終わりまでの残り時間”だった。
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「質問はありますか」
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管理官が聞く。
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神代は少し考える。
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だが、何も出てこない。
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質問をするには、“選択肢”が必要だ。
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この世界には、それがない。
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「ありません」
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自分の声が、妙に遠く聞こえる。
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施設を出る。
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外は昼だった。
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空は青い。
街は正常。
人々は笑っている。
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何も変わらない。
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それなのに。
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神代だけが、世界から切り離され始めている。
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歩く。
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視線が集まる。
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女性たちの目。
期待。
欲望。
羨望。
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だが今の神代には、それが全部“同じ顔”に見えた。
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“俺”を見ていない。
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見ているのは、役割。
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希少性。
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機能。
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「湊」
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声。
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振り向くと、一ノ瀬梨沙がいた。
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彼女は神代を見る。
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そしてすぐに気づく。
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「決まったんだね」
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神代は頷く。
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沈黙。
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街の音だけが流れている。
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「……そっか」
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梨沙は小さく呟く。
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その声は、少しだけ震えていた。
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神代は初めて思う。
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この人は、感情を隠すのが上手かったんだ、と。
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「湊」
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梨沙が言う。
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「今なら、まだ間に合う」
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神代は理解できない。
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「何が」
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梨沙は少しだけ苦しそうに笑う。
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「そういうところ」
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彼女は視線を落とす。
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「ずっと思ってた」
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「湊は、誰かに必要とされることに慣れすぎてる」
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「だから、自分がどうしたいのか分からなくなってる」
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言い返せない。
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地下の男も言っていた。
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“空になる”。
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壊れた女性も言っていた。
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“自分が削れる”。
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少年も言っていた。
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“自分で決めた方がいい”。
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全部が繋がる。
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神代は静かに言う。
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「逃げても意味がない」
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梨沙は即答する。
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「意味はある」
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その言葉が、神代を止める。
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梨沙は続ける。
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「結果が変わらなくても」
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「自分で決めたなら、それは違う」
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風が吹く。
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街の広告映像が流れる。
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【安定した未来へ】
【統合管理社会は人類を守ります】
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その映像が、急に気持ち悪く見える。
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神代は目を閉じる。
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今までの人生。
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選ばれること。
求められること。
期待されること。
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それが価値だと思っていた。
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だが。
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その中に、“神代湊”は存在していたのか。
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「……分からない」
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小さく呟く。
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梨沙は少しだけ近づく。
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「分からなくてもいい」
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「でも」
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「考えるのをやめたら、本当に終わる」
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その言葉が、深く刺さる。
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遠くで警報音が鳴る。
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夕方の移動制限通知。
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世界は正常に動き続けている。
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神代が壊れかけていても、関係なく。
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梨沙は最後に言う。
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「湊」
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「あなた、まだ戻れるよ」
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神代は聞く。
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「どこに」
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梨沙は少し黙る。
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そして。
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「“人”に」
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その瞬間。
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神代の中で、何かが決定的に揺れた。
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自分は今まで、“人間”だったのか。
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それとも。
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ただ管理される“機能”だったのか。
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答えは、まだ出ない。
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だが初めて。
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神代湊は、“答えを出したい”と思った。
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(第3章 第4話・終)




