第3話子供の問い
「拒絶反応が確認されました」
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管理局の会議室。
白い机。白い壁。白い照明。
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何も感情を残さない空間。
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神代湊は、その中心に座っていた。
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「精神波形に揺らぎがあります」
管理官が淡々と続ける。
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「長期管理移行前に再調整を推奨します」
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再調整。
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その単語に、神代は反応できなかった。
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感情を整える。
疑問を減らす。
不安を抑える。
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この世界では、それは治療だ。
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だが今の神代には、別の言葉に聞こえる。
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“削る”。
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「本日の追加観察対象です」
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端末が切り替わる。
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【出生調整区域】
【教育維持観察対象】
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神代は立ち上がる。
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何も言わない。
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だが胸の奥には、昨日の感情が残っていた。
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“嫌だ”。
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その感情だけが、消えていない。
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出生調整区域。
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そこは他の施設と違った。
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静かではある。
だが、完全に無音ではない。
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小さな足音。
笑い声。
泣き声。
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“子供の音”がある。
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神代は、その空気に少しだけ戸惑う。
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この世界では、子供は希少だ。
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管理され、選別され、計画される存在。
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だから、“普通の子供らしさ”を見る機会が少ない。
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部屋へ入る。
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そこには、一人の少年がいた。
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十歳くらい。
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小柄で、髪は少し乱れている。
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しかし目だけは妙に真っ直ぐだった。
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少年は神代を見る。
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そして、すぐに気づく。
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「あ」
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「男だ」
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その言い方には欲望がない。
期待もない。
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ただ、“珍しいものを見た”という純粋な反応。
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神代は少しだけ息を吐く。
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こんな視線は初めてだった。
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少年は近づいてくる。
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「ほんとにいるんだ」
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管理官が止めようとする。
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「接触距離を――」
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「いいです」
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神代が先に言う。
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管理官が止まる。
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少年は神代を見上げる。
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「ねえ」
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「外ってどんな感じ?」
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神代は少し黙る。
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質問の意味が分からない。
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「普通です」
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少年は首をかしげる。
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「普通って?」
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また、その言葉。
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普通。
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最近、その単語ばかりが神代を追いかけてくる。
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「人がいて」
「生活していて」
「問題はありません」
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少年は少し考える。
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そして言う。
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「それ、楽しいの?」
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答えられない。
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少年はさらに続ける。
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「ぼくね」
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「ここ出たら、友達作りたい」
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「あと、好きな人もほしい」
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管理官が記録を止める。
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空気が変わる。
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“好きな人”。
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この世界では、効率の悪い概念。
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少年は気づかない。
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「みんな、変な顔するんだ」
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「なんで?」
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神代の胸が少し痛む。
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理由は分からない。
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だが、その質問に答えられる人間が、この世界にはほとんどいないことだけは分かった。
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少年は神代を見る。
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「ねえ」
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「お兄さんは、好きな人いる?」
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沈黙。
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梨沙の顔が浮かぶ。
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だが、それが何なのか分からない。
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好き。
必要。
安心。
依存。
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境界が曖昧だ。
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神代は、何も言えない。
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少年は少し笑う。
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「難しい?」
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その笑顔は、壊れていなかった。
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まだ削られていない。
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だからこそ。
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神代は怖くなる。
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この子も、いつか。
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管理官が会話終了を告げる。
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少年は最後に神代へ言う。
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「ねえ、お兄さん」
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「ちゃんと、自分で決めた方がいいよ」
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その瞬間。
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神代の内部で、何かが大きく揺れる。
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地下の男。
壊れた女性。
1980年の男。
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そして、この子供。
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全員が同じことを言っている。
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“選べ”
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部屋を出る。
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扉が閉まる。
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遮断。
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神代は廊下で立ち止まる。
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呼吸が浅い。
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胸が重い。
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世界は正常だ。
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なのに。
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“正常であること”が、急に恐ろしく感じる。
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端末が通知を出す。
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【長期管理移送:最終承認】
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決定。
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もう、止まらない。
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神代は壁にもたれる。
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そして初めて。
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心の底から思う。
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「……逃げたい」
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その感情は、この世界では存在してはいけないものだった。
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(第3章 第3話・終)




