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男女比1:99の世界で“男”になった俺は、愛ではなく管理対象として扱われる  作者: こうた
第3章崩れていくもの

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第2話壊れたまま生きる人

地下区画で見た男の顔が、消えない。



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神代湊は、その日も通常業務を続けていた。



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面談。


適合確認。


記録更新。



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すべては問題なく進んでいる。



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だが、自分の中だけが少しずつ遅れている。



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「神代さん」



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管理官が声をかける。



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「次の対象は特別管理案件です」



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神代は端末を見る。



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【心理維持観察対象】

【長期接触疲弊個体】



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場所は医療管理区画。



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以前にも訪れた場所だった。



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しかし今日は、空気が違う。



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静かすぎる。



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まるで、ここだけ感情の音が消されている。



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部屋に入る。



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女性がいた。



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年齢は三十代後半ほど。



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姿は整っている。


髪も服も、きちんとしている。



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なのに。



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“人間の気配”だけが薄い。



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女性は窓の外を見ていた。



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神代たちが入ってきても、すぐには反応しない。



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数秒遅れて、こちらを見る。



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「……あ」



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声が軽い。



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軽すぎる。



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管理官が説明を始める。



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「長期接触による情動疲弊です」



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「感情維持機能に段階的欠損が見られます」



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機能。


欠損。



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その説明は正確だった。



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だが、どこか壊れている。



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女性は神代を見る。



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そして、小さく笑った。



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「あなた、新しい人?」



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神代は答える。



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「違います」



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「そうなんだ」



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女性はまた窓の外を見る。



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会話が終わってしまう。



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神代は記録を見る。



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【長期適合接触:14回更新】

【自己認識低下:進行】

【依存性形成:崩壊済】



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その文字列の意味を、神代は理解できる。



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だが。



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“人間として”理解できない。



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女性が突然言う。



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「ねえ」



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神代を見る。



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「わたし、まだ必要?」



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空気が止まる。



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管理官は即座に答える。



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「必要です」



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女性は笑う。



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でも、その笑顔には安心がない。



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「そっか」



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少し沈黙。



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そして女性は続ける。



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「じゃあ、よかった」



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よかった。



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その言葉が、異常に聞こえる。



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女性は静かに話し始める。



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「昔はね」



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「ちゃんと好きだった気がするの」



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「会えるの嬉しくて」


「選ばれたくて」


「必要って言われたくて」



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「でも」



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笑う。



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壊れたみたいに。



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「途中から分からなくなっちゃった」



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「わたしが欲しかったのか」



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「役割が欲しかったのか」



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神代の内部で、何かが沈む。



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女性は神代を見る。



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「あなたは、まだ大丈夫そう」



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その言葉が怖い。



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「でもね」



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女性は少しだけ目を細める。



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「そのうち、自分の気持ちが分からなくなるよ」



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「誰かを好きだったのか」



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「必要とされたかっただけなのか」



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「最後には全部同じになる」



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沈黙。



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管理官が会話終了を告げる。



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しかし女性は最後に言う。



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「壊れる時ってね」



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「急じゃないんだよ」



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「少しずつ、“自分”が削れるの」



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その言葉が、深く残る。



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部屋を出る。



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扉が閉まる。



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遮断。



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廊下を歩く。



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神代は無意識に、自分の手を見る。



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まだ感覚はある。



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まだ、自分の意思で動いている。



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なのに。



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いつかそれが、“自分じゃなくなる”。



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地下区画で見た男。



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そして今の女性。



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二人とも、同じ場所に辿り着いている。



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“空洞”。



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施設を出る。



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街は今日も正常だ。



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誰も壊れていない顔で歩いている。



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だが神代には、全員が少しずつ削れているように見え始めていた。



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端末に通知が入る。



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【長期管理適性:最終段階到達】



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その文字を見た瞬間。



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胸の奥で、初めて明確な拒絶感が生まれる。



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「……嫌だ」



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小さな声。



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だがそれは。



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神代湊が初めて、自分で出した感情だった。



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(第3章 第2話・終)

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