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男女比1:99の世界で“男”になった俺は、愛ではなく管理対象として扱われる  作者: こうた
第3章崩れていくもの

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第1話消耗された男


長期管理対象。



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その言葉が通知されてから、街の見え方が変わった。



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正確には、変わったのではない。



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“見えてしまうようになった”。



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神代湊は、管理局地下区画へ向かっていた。



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目的は視察。


名目上はそうなっている。



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しかし本当は違う。



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“未来確認”。



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長期管理対象に指定された男へ、現実を見せるための工程。



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エレベーターは深く潜っていく。



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数字が減る。



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地上の光が遠ざかるたび、空気が少しずつ重くなる。



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地下第九区画。



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扉が開く。



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そこには、音がなかった。



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人の気配はある。


だが生活音がない。



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生きているのに、“生きる動き”が消えている。



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管理官が歩きながら説明する。



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「長期管理適合者専用区画です」



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「精神維持を優先しています」



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神代は周囲を見る。



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白い部屋。


白い廊下。


白い照明。



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何もかも均一。



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個性が存在しない。



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一つ目の部屋。



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そこに、男がいた。



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年齢は四十代ほど。



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しかし実際の年齢は分からない。


この世界では老化速度が違う。



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ただ一つ分かることがある。



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“消耗している”。



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男は椅子に座っていた。



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視線は宙を見ている。



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何かを考えているわけではない。



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“停止している”。



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管理官が言う。



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「適合率上位個体です」



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「長期稼働に成功しています」



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成功。



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その単語に、神代は少しだけ違和感を覚える。



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男がゆっくり視線を向ける。



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神代を見る。



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その目には、感情がほとんど残っていない。



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「新しいのか」



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声だけが、かろうじて人間だった。



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神代は答える。



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「視察です」



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男は少し笑う。



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乾いた笑い。



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「そうか」



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「最初はみんな、そう言う」



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沈黙。



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男は神代を見たまま言う。



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「まだ、残ってるな」



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「何がですか」



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少し間。



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「顔」



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神代は意味が分からない。



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男は続ける。



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「その顔」



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「まだ、自分の顔してる」



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管理官が割って入る。



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「不要な会話です」



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男は無視する。



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「そのうち分からなくなる」



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「誰のために生きてるのか」



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空気が重くなる。



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神代の内部で、何かが静かに軋む。



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男は天井を見る。



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「最初はな」



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「選ばれるのが嬉しかった」



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「必要とされるって、価値があるみたいだった」



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「でも違った」



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少し笑う。



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「必要なのは、“俺”じゃなかった」



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「機能だ」



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沈黙。



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その言葉だけが残る。



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男は神代を見る。



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そして、静かに言う。



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「お前もそのうち、空になる」



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その瞬間。



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神代は初めて、“怖い”という感情に近いものを感じる。



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管理官が会話終了を宣言する。



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男は最後に一言だけ言った。



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「壊れる前に、選べ」



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扉が閉まる。



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遮断。



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廊下へ戻る。



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神代は歩く。



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だが、自分の足音だけが妙に遠い。



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「精神安定率は正常です」


管理官が言う。



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神代は返事をしない。



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正常。



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その言葉が、急に信用できなくなっていた。



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地下区画を出る。



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地上の光が目に刺さる。



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街はいつも通りだ。



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笑い声。


広告。


整った日常。



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だが神代には、それが“演出”に見え始めていた。



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帰宅途中。


ガラスに映る自分を見る。



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そこにいる男は、自分だった。



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しかし。



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いつか“空になる”。



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その言葉だけが、消えなかった。



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(第3章 第1話・終)

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