第5話選ばれない場所
数日後。
神代湊は再び、特別観察施設へ呼び出されていた。
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理由は開示されていない。
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だが、分かる。
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1980年の男だ。
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施設内は以前より警備が増えていた。
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監視ドローン。封鎖扉。記録装置。
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たった一人の男のために。
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それが逆に異常だった。
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「状態が安定しません」
管理官が言う。
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「価値観干渉が継続しています」
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神代は歩きながら聞く。
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「処理は」
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「検討中です」
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検討中。
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つまり、“正解が決まっていない”。
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この世界では珍しい状態だった。
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封鎖区画。
扉が開く。
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男は前回と同じ場所にいた。
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だが、目が違う。
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観察される側ではなく、観察している目。
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神代を見る。
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「またお前か」
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「確認です」
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男は笑う。
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「便利な言葉だな」
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沈黙。
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神代は記録端末を開く。
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しかし男が先に話し始める。
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「なあ」
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「お前、楽しいか?」
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神代の動きが止まる。
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楽しい。
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その単語は理解できる。
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だが、最近少し分からなくなっていた。
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「普通に生きて」
「普通に管理されて」
「普通に選ばれて」
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男は天井を見る。
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「それ、人生か?」
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神代は答える。
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「この世界では普通です」
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男は即座に返す。
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「普通って誰が決めた?」
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また同じ感覚。
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内部の何かがズレる。
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男は続ける。
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「俺の時代にも、管理はあった」
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「でもな」
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「好きな奴と笑って」
「嫌な奴と喧嘩して」
「勝手に生きてた」
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「お前ら、全部決められてるじゃねぇか」
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神代は言い返せない。
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なぜなら、それは否定できない事実だからだ。
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男は神代を見る。
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「お前さ」
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「誰かに選ばれたことはあるんだろうな」
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「でも」
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少し間が空く。
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「自分で選んだこと、あるか?」
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空気が止まる。
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神代の中で、今まで積み上がっていたものが少しだけ軋む。
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適合。
役割。
期待。
制度。
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全部、“与えられたもの”だ。
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男は静かに言う。
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「それ、人間っていうのか?」
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警告音。
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【感情干渉値上昇】
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管理官が前に出る。
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「会話を終了します」
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だが男は止まらない。
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「なあ、神代」
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初めて名前を呼ばれる。
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「お前、どこにもいないぞ」
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その言葉が、深く刺さる。
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管理装置が起動する。
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拘束フィールド。
視界遮断。
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男の姿が白く消えていく。
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それでも最後に声だけが残る。
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「選ばれてるだけじゃ、生きてるって言わねぇよ」
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遮断。
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静寂。
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施設を出る。
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空は変わらない。
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街も変わらない。
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だが。
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神代は初めて、“帰る場所”が分からなくなっていた。
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自宅。
施設。
役割。
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どこにも、“自分”が存在していない。
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夜。
窓ガラスに映る自分を見る。
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そこにいるのは男だった。
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しかし。
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“神代湊”ではない気がした。
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「俺は……」
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続きが出ない。
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その瞬間。
端末に通知が入る。
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【長期管理対象:最終選定段階】
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沈黙。
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世界は、もう待ってくれない。
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(第2章 第5話・終)




