第四十八話 否定
俺は冬彦と別れ秋久あきひさの手下たちにつれられたあと、手ひどく拷問を受けた。
既に俺は記憶を取り戻しているため、卵は大きく膨れあがっていった。
その様を無理矢理見せられて、更に絶望する俺の様子を山の人たちは楽しんでいるようだった。
最悪だ。そう思わせるためにやっているんだろうが。
どれだけ時間がたったのかわからないが、拷問も落ち着いた頃、窓から声がした。
「先輩」
キアラだ。
おそらく冬彦が連れてきたのだろう。
「ひどい。どうしてこんな……」
「だ、大丈夫だ。おい、冬彦いるんだろ。見張りはいないのか。キアラを危険な目に遭わせてないだろうな」
「失礼な奴だ。見張りはいない。……今すぐそこに行くから待っていろ。扉の鍵を壊せば、さすがに見張りも戻ってくるだろうからな。すぐに動けるように準備しておけ」
冬彦の声がする。相変わらずマイペースだ。
「無茶苦茶なことを言う。俺の様子が目に入らないのかよ」
「時間がない。死んだら痛いも糞もない。全て予定通りだ。あとはお前次第だ」
冬彦の言葉に自然と笑みが零れてくる。
予定通りということは御子神先輩は協力してくれたのか。
一体、何をどうすれば解呪できるのか俺にはわからないが、御子神先輩が解呪に向けて頑張ってくれるというのなら、ここで痛みに呻いていられない。
「拘束されているから自力じゃ出られない」
そう俺が言うと冬彦は深くため息をついたようだった。
「待っていろ。見張りを倒してくる」
「先輩、すぐに助けるから」
キアラの声がして、しばらくすると冬彦たちが鍵を持って牢屋の外に現れた。見張りは冬彦がスタンガンで倒したらしい。
「先輩、動ける?」
そう言いながらキアラは俺を拘束していた縄をほどいていく。
「動けなくても動いて貰う」
冬彦は容赦がない。
「もうここまで来たら、あとは突っ走るしかない」
「わかっている」
俺はそう言いながらキアラに支えられつつ立ち上がる。
「それで、俺はこれからどうすればいいんだ?」
「この山の中央に金剛山寺がある。そこにいてもらう。あとは何が起ころうともそこから離れるな」
「簡単そうに言うんだな」
苦笑する俺に冬彦は渋い顔で答えた。
「誰もが不可能なことに挑戦している。あの御子神祥子という女もな。言っておくが、あの女が一番危険で困難なことをやろうとしているんだ。あの女は口にしていなかったが、下手するとあの女死ぬぞ。数百年単位で続けてきた呪いを一人で相手にしようとしているのだからな」
「……」
「特定の場所で動かないでいることくらい、比較的簡単なことだろう」
確かにその通りだ。
冬彦の言葉に俺は黙り込む。
そうして俺はキアラに視線をやった。
彼女は唇を強く結んで、強い意志を瞳にたたえて笑った。
「冬彦さんから色々聞いたよ。でも私は大丈夫。先輩、今は自分自身のことだけ考えて。私のことなんて気にしなくていいから」
大丈夫なわけがない。
呪いがなくなるとキアラは消えてしまう。
キアラも御子神先輩も、冬彦だって誰もが大丈夫じゃない。
一人だけ卵が育っているからって不幸面している暇ない。
痛む心を堪えつつ、俺は無理矢理キアラに笑いかけた。
*
そうして俺たちは金剛山寺にやってきた。
あとは御子神祥子先輩の解呪準備が整うまで、ここにいるだけだ。
「俺がここにいることで何の意味があるんだ?」
「卵の呪いにかかっているのはお前だけ。だからお前を中心にするのはもちろんのこと、ここにいれば山の住人たちもお前に注視する」
「まさか山全体を対象にして何かやろうとしているのか?」
「そうだ。そのくらいしないと解呪なんて到底……」
パン。
俺と冬彦が会話をしていると奇妙な発砲音が響いた。
冬彦が愕然としながら自分の体を触っている。
彼の横腹から真っ赤な血がじわじわとあふれ出ていた。
冬彦は何者かに撃たれたのだ。
彼は血の気を失った顔で倒れる。
俺は彼に駆け寄ると叫んだ。
「冬彦――!」
冬彦ふゆひこが何者かに撃たれて倒れてしまった。
彼は真っ青な顔で目を閉じて荒い呼吸をしている。
一体、誰が。
境内の向こうから砂利を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
秋久だ。
嫌な笑みを浮かべて近づいてくる。
「どうして冬彦を!」
そう俺が怒鳴ると、距離をあけて立ち止まった秋久は軽やかな口調で言った。
「さすがにやりすぎたからですぜ。君の卵が孵るまでは泳がせておこうと思いましたが」
「元々は仲間だったじゃないか。こんな殺すようなことをしなくたって……!」
「ここまで好きなように引っかき回されて笑って許せるほど心も広くなくて。申し訳ありませんね」
秋久は言葉とは逆の、柔らかい笑みを浮かべた。
「しかし君は、そんな女を連れてこんなところにいて何をしたいんですかい?」
「お前には関係ない。それに、キアラをそんな女なんて呼ぶな」
俺が息を荒げながら秋久に怒鳴ると彼はキアラを一瞥して苦笑した。
「そこの女は、お前たちが忌み嫌っている卵憑ノ巫女で呪いの象徴のような存在ですぜ。今、君を苦しめている元凶だ。何故、傍に連れているんです?」
「彼女が巫女なのは知っている!」
「じゃあ、その女がキアラという少女とは違うのも? あくまで形を真似している模造物っていうのも?」
「……知っている」
「じゃあ、そこの女が、そもそもキアラという少女の記憶を完全に引き継いでいないのも?」
秋久の言葉にキアラの肩がはねた。
俺はそんな彼女の様子を気にしながら喉から声を絞り出す。
「どういうことだ?」
「どうもこうも、当たり前でしょう。その女は呪いのために産まれた存在であり、呪いの一部だ。呪いの都合のいいように、元となった人間の記憶をねじ曲げているに決まっていますでしょう。例えばそこの女は君に好意を寄せているようですが、それも果たして本物の気持ちかどうか」
「それは間違いじゃない。だってキアラは俺に告白しようとして、俺の目の前で死んだんだから」
「……え」
俺の言葉にキアラが信じられないといった様子で呻いた。
「私は先輩に告白したの? 先輩の目の前で死んで……?」
「キアラ?」
そうか、キアラはその記憶を持っていないのか。
「……そのとき、先輩の返事は……」
キアラは譫言のように呟くと無言でいる俺に秋久が代わりに返答した。
「ああ、君はその辺の記憶はもってなさそうですね。だから俺が代わりに教えてあげますよ。……学校の生徒でもないのに、そこの彼に会うために時間問わず教室に入り浸るような女に好意を持つと思いますかい? 普通に考えてくださいな」
「……え……それは、……え?」
混乱するキアラに秋久は困ったように笑った。
「そこの彼、当時はたいそう困っていたようですよ。トイレから出たら目の前に君がいたり、廊下を歩いていたら普通に君から声をかけられたり……学校の生徒でもないひとにそこまでやられたら誰だって怖がるでしょう」
「やめろ」
俺は秋久に怒鳴った。
だが彼はやめる気はないようで言葉を続けた。
「酷いときには体育の時間、他の生徒に紛れ込んで、そこの彼の授業を観察していたときもあったとか。さすがにやりすぎですよな。ねえ、義忠くん」
「やめろ! もうそんなのはどうでも……」
「ああ、そうでした。どうでもいいですよね。だって、そこの女は別に本人じゃないのだから」
俺の様子を眺めながら秋久は楽しそうに笑った。
「緑先輩の言葉は本当だったんだ。私は……先輩に嫌われていて……」
「キアラ、今はそんなことはどうでもいいんだ、だから……」
「……」
キアラは俺の言葉に大きく顔を歪めた。
「嘘……」
そう悲しそうに言葉を続けた。
「私はキアラという子でもない。先輩の知っているキアラではない。なら私は何なのかな。でも先輩は、先輩の知っているキアラについては……それとも、それは私に対してなのかな?」
そうして俺の背後を指さした。
俺はゆっくりと振り向く。
そこには巨大な卵が脈打っていた。真っ黒だ。
張り裂けんばかりに膨れあがり、今もなおボコボコと音を立てて大きく育っている。
ああ、ごまかせない。
俺が、かつてのキアラに感じていた負の感情を糧にして卵は育ちきろうとしていた――
ピシリとヒビが入った。
気付くと巨大な卵が俺の後ろに存在していた。
卵の表面は真っ黒に変色している。
もう孵る寸前なのだ。
ただいつもの卵と違うのは、すぐに孵るのではなくボコボコと大きく歪んで成長を続けているということだ。
「どうして……」
呟くと秋久が言った。
「その場限りのものより、閉じ込めて煮えたぎらせたような感情のほうが旨味が出るというやつでしょう。俺たちも色々鬼を産み出すために試しましたが、よくよく思い返せば、一時的な感情でしか膨らませていませんでしたしね」
まるで花でも育てているような言い方に違和感が生じる。
俺のことなど、本当にどうでもいいのだ、こいつは。
「キアラ」
そう呼びかけながら彼女を見るとキアラは顔を青ざめさせていた。
こうして彼女について悩んでいることも卵を育てさせてしまうのかもしれない。それでも俺は言葉にするのを止められないでいた。
「キアラ、今のキアラは昔のキアラじゃない」
キアラがはっとした顔になった。
「……違う。先輩、私はそんなこと気にしていない。私の言葉で先輩を傷つけたことが嫌なだけ。先輩は、先輩のことを心配して」
必死の形相でキアラは俺の後ろを気にしている。
きっと俺の後ろには卵があって、俺の感情を糧にして巨大に膨れあがっているのだろう。
「私が卵憑ノ巫女だとしたら私にこの卵を返せば先輩は助かる」
そうキアラが言ってきたので俺は首を横に振った。
色々な人たちが根本的な解呪に向けて行動してきたのだ。
今更俺だけが助かるわけにはいかない。
「うん、わかってる。先輩なら否定するよね」
キアラは苦笑した。どこか深く傷つきながらも強い意志のこもった表情だった。
「だったら私は先輩を助けたい。御子神先輩も頑張っているよね。私だけが諦めるのはよくないよね」
そこで彼女は倒れている冬彦を心配そうに一瞥した。
「早く全てを終わらせないと……」
そこまで言いかけた彼女は驚いた表情で俺の腕を強く引いた。
俺を抱きしめたまま地面へと倒れ込む。
一体、何が?
そのとき、俺を覆い隠すように巨大な陰が生じた。
視界の隅には粉々に砕かれた卵の殻があった。




