第四十七話 彼女の決心
目の前にいるキアラと呼ばれる女、そして御子神祥子という女が立ってた。
既に義忠よしただは二人を交換条件として秋久に渡している。
ここは山の中だ。ロープウェイ付近にて俺たちは立っていた。
冬彦こと俺は山に戻って彼女たちを迎えにきたのだ。
秋久をはじめとする山の住民どもは、裏切り者である俺に、今のところ手を加える気はないようだ。
だがまあ、それも義忠のあれこれが終わるまでの間だろう。
俺はずっと睨みつけてくる御子神祥子に言った。
「面倒な時間をかけるつもりはない。あの義忠という男を助けたいなら俺に従え」
「あなたのような山の人間を素直に信じられると思う?」
挑むような顔つきで御子神祥子は言ってくる。
「もうそういう段階は過ぎている。このままグダグダしていると義忠が死ぬだけだが」
「私は協力する。……先輩が身を挺して私たちを助けたことには意味があるんだよね」
俺の言葉に反応してキアラが言った。
「こっちの女のほうが、よほど状況を理解しているようだな」
無自覚の化け物である分、たちが悪いが。
御子神祥子は渋々と言った様子で言葉を口にした。
「なら私は何をすればいいの。猪生くんを助けて鬼の復活を止めるすべが残されているからこその話なのよね」
「ああ、そうだ。よくわかっているじゃないか」
俺は自嘲しながら言う。
「そう、お前が知っているはずだ。今、この状況を打開する手段を。ただひとり自力で解呪できたお前ならな」
「そんなことを言われても……」
御子神祥子は少しだけ目を見開き、戸惑うような声を上げる。
「いいから、もう隠すのはやめろ。どうやって解呪したのか吐け。お前の、一人だけ解呪したことによる罪悪感や、物事の解決に至らない自身への無力感なんざ、俺にとっては心底どうでもいいんだから」
俺が怒気を強めると御子神祥子は唇を強く噛みしめると重く息を吐き出して答えた。
「結界よ」
御子神祥子は髪をかき上げて苛立たしげに言葉を続けた。
「自分自身に結界をはったのよ。前に呪いの廃墟探索に行こうとしたものたちが呪いに巻き込まれないように、あの呪いの家を中心にして結界を張ろうとしたように、自分自身の体内に結界の要を入れて、体中に儀式のための入れ墨を彫ったの。これはリスクがとても高いことなの。自分自身を結界同然にするような、人間とは異なるものにするような行為だから。霊力のある私でないと……」
「今更言い訳はどうでもいい。よしわかった。じゃあ、お前、その結界とやらを山の住人全員を対象にして張れ、今から。その結界の仕組みは知らんが、お前が自分を実験体にしてその効力を確認したんだ。あとは実行するだけだろう」
「あなたは人の話を聞いていたの? 私だからこそできたのよ。他の人になんて無理よ。それに山全体? 尚更無茶に決まっているでしょう!」
「無茶も無理もやってみなければわからないだろう。今はそれしか手段がないんだ。ぐだぐだ言っていないで、今すぐ行動しろ。それともお前は口だけの女なのか?」
「さっきから聞いていれば好き勝手に言って。私のことを何も知らないくせに!」
「お前のことなんか、今はどうでもいいんだ! 早く理解しろよ。時間がないんだよ。あの義忠という男を殺したいのか、このまま呪いに屈したいのか!」
「先輩!」
キアラが俺たちの会話に入ってきた。
「やろうよ。先輩の気持ちもわかるよ。とても危険が高いんだよね。もしかすると先輩の命に関わることなのかもしれない。自信がないのもわかるよ。でも、先輩が頑張ったら、猪生先輩を救えるのかもしれないのに……」
そこまで言ってキアラは悔しそうに俯いた。
「私が代わりにできるなら」
「残念だが、お前には何もできない。それも理解しろ」
俺が言うと御子神祥子がはっとした顔でキアラを見た。絶望に彩られたような暗い瞳になって俺に向かって言う。
「わかったわ、やるわ。そうよね、一人だけ勝ち逃げなんて私らしくないもの。馬鹿みたいに霊力があるなら使ってこそよね」
「そうか。じゃあ今すぐ準備を始めろ」
俺はキアラに視線をやった。
「お前が役に立たないのは理由がある」
「なんですか?」
首をかしげるキアラを山の奥に連れて行こうとした俺は御子神祥子に、
「ここでいいわ。ある程度、あなたが何を言おうとしているのか理解できているから」
「そうか。さて、キアラといったか」
キアラは不安そうな表情で俺を見つめてくる。
息を大きく吸い込んで言った。
「お前、自分が卵憑ノ巫女で人間でないという自覚はあるか? お前は呪いにかかったものたちをかき回すためだけに生まれた呪いの象徴、道具だ。解呪をすると、お前はこの世から消えてなくなるぞ」
「私が……卵憑ノ巫女?」
キアラは唇を震わせて目を大きく見開いている。
「どういうこと? あの、緑先輩と同じような、卵から産まれた存在なの?」
「違う。それとはまったく異なる存在だ」
「で、でも私も卵を貰ったんだよ。それに榛名先輩という私とは別の卵憑ノ巫女がいて、私はその人に……。だからおかしい。それじゃ巫女が二人同時に存在するということになるよ。矛盾というか、整合性がとれていないよ」
「お前は馬鹿だな。そう思わせておいたほうが呪いとしては都合がいいだろう。卵憑ノ巫女は正体がばれないほうがいいんだから。何故、人間の道理に合わせる必要がある?」
「ど、どうして私なの」
唇を震わせてキアラは俺に問いかけてきたので答えてやる。
「お前は一年前に既に死んでいる。しかも呪われたものたちと関連があった。だからだろうな」
「いきなりそんなことを言われてもわからない」
「わからなくていいが、解呪するとお前は消える。お前は呪いの一部なのだから」
「……もう一度聞いていいかな。どうして私なの」
「呪いは卵を孵すことが目的だ。呪いとしての卵憑ノ巫女の役割は二つ。呪いを拡散させること、所持者による負の感情を育て上げること。お前はそのうち、負の感情を育てさせることを目的として存在している。……例えば誰かの心に深く入り込むのが得意だったり、既に特定の人物に深い想いを抱いていたり、もし巫女だとばれたときに周囲に負の感情を大きく抱かせることができそうだったり……実は死人だという立場なら尚更都合がいいだろう」
「私は、私なの?」
「質問の意味がわからんが、お前はキアラ自身ではない。もちろん卵から孵った化け物でもない。さっきも言っただろう。既にキアラという人間は死んでいる。お前は、呪いがキアラという人間の記憶や殻だけ模倣して都合良く産み出した手駒であり、呪いの一部だ」
「……先輩は、それを知っているの?」
「ああ、知っている。だからこそ、お前にこの事実を聞かせているんだ」
義忠が知っているのは、あくまでキアラが卵憑ノ巫女という存在であり、それがどういったものかまでは俺も説明していないが、キアラの認識は間違ってはいない。
「私が消えたらどうなるの?」
「みんな正気に戻るだけだ。お前が一年前に死んだ事実が踏襲されるだけだ。ここ数ヶ月生きたお前のことは忘れてしまうだろう」
「……私は消えてしまうんだね。私は知らずに呪いのお手伝いを……私は、私でもなくて……私は何のために……」
キアラは心配そうに見る御子神祥子に気づいて弱々しく笑んだ。
「大丈夫。ごめんなさい。急にそんなこと言われて驚いているだけ……今は猪生先輩を助けることが先決だよね。……でも……どちらにせよ私が消えてしまうなら……」
意を決したような顔をしてキアラは俺を見た。
「携帯電話を貸してほしい。お母さんとお父さんに電話をしたいの。変なことを言うつもりはない。最後に……きちんと話したくて」
無駄な感傷だが否定する理由はない。俺は彼女に携帯電話を渡した。
しばらくしたあとに彼女は話し出す。
「お母さん? 私、キアラだよ。あのね……」
彼女は目を潤ませながら何を喋ろうか困惑しているようだ。
「この間、誕生日のケーキとても美味しかったし、楽しかった。だから、来年も楽しみにしているね。お母さんに早く会いたいな。お父さんにもそう伝えておいて」
声を震わせることなく彼女は言い切ると電話を切った。
「いいの?」
御子神祥子みこがみしょうこが戸惑い気味にキアラに話しかける。
「大丈夫。私が消えたら、お母さんとお父さんの中から消えてしまうものなら、今のは、あくまで私が自己満足で二人に気持ちを伝えたかっただけだから」
キアラは俺に微笑んだ。
「電話をさせてくれてありがとう。私はもう大丈夫だよ。猪生先輩を助けよう」
「そうだな。時間がない。御子神祥子は今から動け」
「言われなくてもわかっているわ。やるからには成功させるわよ」
御子神祥子は顔をしかめながら言う。
「俺たちは時間を稼ぎに義忠よしただの儀式を邪魔する。お前にも協力してもらう」
そう言ってキアラを見ると彼女は力強く「うん」と頷いた。
そうして俺たちは義忠が監禁されていると思われる土蔵に向かった。
もはや俺たちのことを敵と見なしていないのか見張りもろくにおらず、付近まで近づくのは容易だった。
土蔵に窓があったのでそこに近づくと、中の様子が窺えた。
そこには――
「先輩」
キアラが唇を震わせた。
そこには体中、血にまみれた義忠が拘束されて閉じ込められていたのだった――
その横には大きく膨らんだ呪いの卵があった。




