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卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子


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第四十六話 死ねない

 俺たちは慶助(けいすけ)の家に戻っていた。

 早速、秋久(あきひさ)の電話のことを話す。


「あいつは意図的に俺たちを泳がせているようだ。俺に本当の記憶を思い出させて、卵がきちんと育つように……」


 そう言う俺を慶助が心配そうに見つめてくる。


「実際に卵は育ったのか? お前の卵はどこにある?」

「それは……」


 俺が答えかけたその時に、天井から降ってきたかのようにゴロリと卵が床に転がった。


 突然だった。


 今までそこには何もなかったのに。


 そして明らかに卵には変化が生じていた。

 醜くボコボコと膨れ上がり、殻の表面には女の歪んだ顔のような模様が不気味に浮かび上がっていた。


「卵が……」


 慶助はショックを受けたのか、呆然と目を見開いている。


「こうなってしまえばもう、俺の卵が育ちきるのは時間の問題だと思う。今までの友人のように」

「諦めるなよ! 何か方法があるはずだ!」


 必死に慶助が俺を説得しようと掴み掛るように言う。


「慶助……」


 深いため息をついて俺は言った。


「俺、今から秋久のもとに行こうと思う」

「はあ? なんで?」

「俺が母体となって鬼を産み出せば、それで全てが解決するなら、それがいい」


 苦笑しながら続ける。


「お前だってキアラの両親の話を聞いただろ。キアラは愛されている。キアラが生きていて嬉しくて堪らないと……」


 なんとなく、キアラの両親は、本当はキアラが死んでいることに気づいているような気がした。

 いや、現状が普通ではないことを察していると表現したほうが正しいか。



「なら、もう俺は死ぬよ」



 疲れた吐息を吐き出す。


「俺の家族は悲しむだろうけど、でもそれだけだ。俺が死ねば、みんな幸せで被害も出なくなるなら、それでいいよ」

「ふざけるなよ!」


 慶助は息を大きく吸い込んで怒鳴った。


「お前を殺すために、今まで俺がお前に協力してきたわけじゃない!」


 そこで彼は顔を大きく歪めて俯く。


「俺は、お前を……」


「なんだ?」

 言いたいことがあるなら、はっきり言えと、そう口にしかけて俺はぎょっとした。


 慶助が涙を流していたからだ。



 何も言えなくなる。


「あいつの最後の声を…… 」

「あいつ……?」

「俺のオリジナルだよ。俺がこうしてお前を支えてきたのは……」


 かっと頭に血が昇った。


「そんなことお前に言われなくても、俺は知っている!」




 そう、今度こそ、みんなで楽しむために遊園地に遊びに行こう




「あいつは俺に……いいや、俺だけじゃなく、みんなに生きてほしいと……」


 ぐっと奥歯を噛み締めながら苦痛を吐き出した。


「だからお前が俺を生かしたくて色々動いていたことはわかっている!」

「じゃあ何で死のうとするんだ!」

「俺が犠牲になって全部解決するんなら、それでいいだろ! 他にどんな方法があるってんだ!」


 そう怒鳴ると慶助は絶句した。


「俺は、あいつの、その最後の気持ちのために……」

「そんなの迷惑だ! だってお前はあいつじゃない!」

「知っている! 俺はあいつを殺した本人だ! それなのにあいつの想いにしがみつこうなんておこがましい。わかっている!」


 慶助は唇を震わせながら怒鳴った。


「それでも、お前を助けたいって思ったんだから仕方ねーだろうが!」

「……そんなの、本当に困る……」


 俺は唇を噛み締めながら言う。


「だってもうこれしかないじゃないか。俺が死んで、みんな幸せになるなら……」


 俺はその場に崩れ落ちて蹲る。

 床に転がっていった卵がボコボコと音を立てながら膨れあがっていく。

 慶助はそれを見て悔しそうに目を閉じた。


「俺は……お前を苦しめたいために、殺すために存在したいわけじゃない」


 そう言って慶助は台所のほうに走っていく。

 何をする気だ?

 彼はすぐに戻ってきたが、その手には包丁があった。


「なら、もう俺はこれしかない。あいつの願いが叶わないなら、俺はもう生きている意味なんて……」


 何をする気だ?



 戸惑う俺をよそに慶助は、


 包丁で首を切った。



 真っ赤な鮮血が飛び散る。




「慶助――!!」

 

 彼の体がぐらりと傾いて力なく倒れていく。


「そんな、慶助、どうして……」


 慌てて彼に駆け寄ると、慶助は弱々しく笑って唇を動かす。

 彼の声は聞こえなかったけど、彼が何を言いたいのかはわかった。


 俺はその場に膝をつく。

 これからどうすればいいのか、何もわからなくて。


「難しいことはよくわからないが……」


 冬彦(ふゆひこ)は俺を見下ろしながら話しかけてくる。


「お前が全て諦めてしまったのはわかった」

「……」


「それでいて彼の死を悲しんでいることも」

「……」


「お前がここで諦めることは、死のうとしている友人のためになるのか?」

「友……?」


 偽者の慶助のことを言っているのか。


「違うのか? そうでなければ、そんな表情はしないと思うが?」

「……あ」


「俺には本当に難しいことは何もわからないが、どうせ死ぬなら未練のないようにしたほうがいいと思うぞ」

「……なんだよ、それ。お前、俺より年下だろ。何で大人みたいなことを言ってるんだ」

「年下に見えるだけで年下じゃないぞ」

「え?」


 冬彦は嘆息すると俺に携帯電話を差し出した。


「これは……?」

「今ここで決めろ。時間がない。そいつの命はそう長くはもたん」


 冬彦は冷え切った目で俺を見つめてくる。


「これは俺の携帯電話だ。お前がどうしたいのか、今、決めろ」

「何を?」

「これでどこにかけるのかは、お前が決めろと言っている」


 冬彦は疲れたように笑みを浮かべて告げた。


「呪いにかかった唯一の生き残りとして、お前がこれからのことを決めろ」


 ああ、そうだ。

 彼の笑みを見て俺は理解した。

 元々、俺は友人のために頑張ってきたのだった。

 そう、俺にとっては、冬彦ですら――




「……死ねない」


 俺たちは慶助の家を出て最寄り駅に向かって走っていた。


「だから考えたい。何でもいいからヒントを教えてくれ、冬彦。どうすれば呪いをとける?」


 息を荒げながら俺は冬彦に話しかける。


「簡単な話だ。呪いをといた、あの霊能力者に詳しく説明を聞くしかない」

「お前、あんなに先輩に否定的だったじゃないか」

「俺はあいつの話なぞ信じちゃいないが、今となっては、あいつしかいないのも事実だ」

「冷静だな、冬彦は」

「当然だ。お前らの問題なぞ正直どうでもいいし。俺は自分が殺されるような呪いにかかっているわけじゃない」


 冬彦は自虐的な笑みを浮かべて言葉を続ける。


「……秋久からは相当の恨みを買っているから、あいつに捕まれば何をされるかわからないが」


 遠くから救急車の音が聞こえてきた。


「……助かるかな、慶助」


 不安を吐露した俺に冬彦は肩を竦めた。


「あとは神のみぞ知る。俺たちはやるだけやった。あとは専門家に任せるしかない」


 やがて駅についた俺は呼吸を落ち着かせながら冬彦を見て言う。


「秋久に電話をして、とにかく先輩を……」


 そこまで口にしかけて俺は困惑した。


 もう俺はキアラを見捨てる気でいる。

 それは俺のしたいことではないとも思う。


「キアラを助けて先輩をも救い出す方法はないか?」

「もう、あのキアラという少女を助けても……」

「わかっている。それでも助けたいんだ」

「……」


 冬彦は黙り込んだあと淡々と言葉を発した。


「全ては秋久との交渉しだいだ。あいつをその気にさせた上でお前を回収に動くように仕向けたあとで……」

「交換条件として先輩とキアラの解放を交渉する、と……」

「それなりに難しいと思っておけ。お前がほしいだけで、あいつらは人質なんてどうでもいいとしか思っていないだろうからな」

「わかっている……」


 しばらく考え込んだ俺は冬彦に尋ねた。


「あのさ、秋久のメールアドレス知っているか?」





「順調に育っている卵の写真を撮影して、それを秋久に送りつける、か。なんていうか……ドMなのか、お前は」

「違う! これも作戦だ」


「作戦とはいえ自分の傷を抉る行為……なかなかだ。俺にはできん」

「違うって!」


「例えるなら俺の兎が病気になってしまったとして、弱っているところを写真にとって嫌いな奴に送りつける行為だろ。意味がわからんな」

「なんだ、その例え!」


「病気という部分がわかりにくかったか?」

「違う、全体的にだ!」


 俺はぜいぜい息を荒げながら彼に返答した。

 まったく調子が狂う。

 もっと、とっつきにくい相手だと思っていたが、意外と冬彦はユニークな性格をしているのかもしれない。


「……俺は、あとのこと全部お前に任せていいのか自信なくなったよ」


 俺の言葉に冬彦は少しだけ口元を緩めた。


「いいか悪いかじゃない。やるしかないだろう」


 彼の言うとおりだが癪に障る。

 その時、俺の携帯電話の着信音が鳴った。


秋久(あきひさ)だ――!」



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