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卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子


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第四十二話 巫女の正体

「はっきり言おう。今の段階で俺はお前が一番巫女だと思っている」


 冬彦(ふゆひこ)御子神(みこがみ)先輩を指差した。

 御子神先輩は顔を大きく歪めて反論する。


「はあ? ふざけたことを言わないで。……猪生(いのう)くんは私のことを信じてくれるわよね」


 そうやって縋りつくような視線で俺に顔を向けてきた。

 あまりに必死な形相だったので俺は大きく頷いて返す。


「もちろん信じています。慶助(けいすけ)はキアラも巫女だと言っているけど、俺は二人を信頼しています」

 だが俺の言葉に反応したものがいた。慶助だ。


「じゃあ、お前は誰を巫女だと思っているんだっての。この中から見つけ出すと言いながら、みんなを信じているって……論理破綻しているの、わかっているのかよ!」

「それは……」

 俺が口ごもると、冬彦が小さく肩を揺らして笑いながら慶助に言う。


「ほう、えらそうなことを言うが。じゃあ、お前はこいつを信じて、キアラとかいう女を巫女だと断定するのか?」

「……」


 慶助は歯ぎしりしながら冬彦を睨みつける。

 冬彦は馬鹿にしたような笑みを浮かべて肩をすくめて言葉を続けた。


「できないだろうな。こいつの卵はない。確定させるあてが外れたな」


 そうして冬彦はキアラへと視線を移す。


「おそらくお前はお前で、そこのキアラとかいう女がそうだという根拠を持っているのだろうが……」

「……あ……」


 キアラは小さく呻くと深く俯いた。

 布団の裾を掴む手がブルブルと震えている。


「そうだよ、こいつが巫女なんだ!」


 慶助が叫んで座っていた御子神先輩へ近寄り、腰を屈めて掴み掛かる。


「先輩! 適当な嘘をつかないで卵を見せてくれ!」


 御子神先輩は恐怖を顔に貼り付けて慶助を突き飛ばした。


「やめて! あなたなんかに先輩なんて呼ばれたくない! それに嘘じゃないわよ!」

 慶助は尻餅をついて、唖然とした様子で先輩を見つめていた。


「お、おい……」

 俺は二人の間に割り込もうとすると――


 パンと手を叩く音が響いた。


 秀義(ひでよし)だ。彼が音を出したのだ。

「言い争いはやめよう。時間がないのに不毛なことをしても仕方ないよねー」

 秀義の声にシンと部屋が静まる。

「とりあえず外野からで悪いけど、今までの情報を整理すると……」

 そう言いながら秀義はノートを鞄から出して紙をちぎるとローテーブルの上で情報を整理しだした。




・探偵は卵の呪いの被害者だった。義忠たちが呪いにかかったのは彼の復讐心による仕業

・心花は卵から孵った化け物だった。死んだ

・慶助はキアラを疑っている。何故なら彼女が義忠(よしただ)を深く傷つけたから。どうやら、その記憶をみんな忘れているらしい

・御子神祥(みこがみ・しょうこ)は自力で自分のだけ卵の呪いを解呪した

・卵の呪いは高校生で解呪できるようなものじゃない




 結構、多くの情報が判明したんだな。

 矛盾しているものもあるが――

 俺はポツリと呟いた。


「……これであらかたの話は出終わったのか?」

 みんなの顔を見回して言葉を続ける。


「なら、残ったメンバーから巫女を見つけ出す作業に入らないと」

「……待ってほしい」


 だがそんな俺を止めたのも秀義だった。


「どうした? まだ何かあるのか?」

「もちろん。だって情報は出そろっていないしねー」

「他に何かあるのか? もし何か知っているなら話してほし……」

「僕は兄さんの話も聞きたいな」


 真っ直ぐ見据えられた彼の視線に、どうしてだか身体が固まった。


「――え?」


 戸惑う俺を無視して秀義は言った。


「そうだね、僕から最初に質問していい?」

「し、質問? 別に構わないが……」


「兄さんは、どうして薬を飲まなくなったの?」


 薬?

 何の話だ?

 そういえば前にも同じようなことを言われたが。

 まったく心当たりがないぞ。


「……実は、それは俺も思っていた」


 慶助が低い声で言った。


「こいつは以前、薬を飲んでいた。だけど、急に飲まなくなったんだ。どうやら俺のオリジナルは……」


 言いにくそうに慶助はしたが言葉を続ける。



「そう、俺のオリジナルはすっかりそれを忘れていたらしいが、俺は覚えている」



「…………は?」


 慶助の言葉が理解できない。

 本物の慶助が忘れていて偽物が覚えている?

 それが何だって言うんだ?


「緑先輩は兄さんと仲良かったからねー。僕は兄さんが薬を飲むようになった理由は知らないし、母さんも話してくれなかったけど、緑先輩は兄さんから直接何かしら話を聞いていたのかもねー」


 そう言いながら秀義は目を細めて俺を見つめてくる。


「教えて、兄さん。今度は兄さんが自分の事情を語る番だよ」


「薬? 何の話だ? 俺は知らない!」

 そう俺が言うが秀義(ひでよし)は淡々と言い返してくる。


「知らないはずはないよ。ずっと兄さんは薬を飲んでいたじゃないか。僕は覚えていて、兄さんが忘れている意味がわからないよー」

「そんなことを言われても!」


 本当に思い出せない。

 何の話をしているんだ?

 そんな俺の様子を見て秀義が深々と嘆息して話し出す。


「何かしらの理由で飲まなくなったとしたのなら、僕がわかっている範囲で教えるよー」

 そうして虚ろな目を向けてくる。


「いつから兄さんが薬を飲むようになったのかは知らない。僕が気付いたのは少なくとも兄さんが高校に入学して少し経ってからだと思う。毎朝、兄さんは薬を飲んでいたよ」


 毎朝、薬だって?

 俺は何の病気だったんだ?

 戸惑っている間にも話は続く。


「初めて気付いたその時は、何の薬だと質問しても兄さんは口を濁らすばかりで教えてくれなかった。母さんに聞いてみたら、もし兄さんが薬を飲まないなら伝えてほしいとだけ答えて、詳しい事情は教えてくれなかった。まるで、そうなるまでに至った事情を口にすることすらタブーだとでも言うように……」


 母さんも俺が薬を飲むことを知っていたのか?

 なら本当に俺は薬を?

 でも、どうして?


「だから急に薬を飲まなくなった兄さんが心配になって、僕は母さんにちゃんと伝えたんだ、それなのに――」


 秀義は少しだけ声を震わせていたが、すぐにのっぺりとした表情に戻り、俺の様子を窺いながら言葉を続けた。


「――そう、母さんも兄さんの薬のことは忘れていた。あんなに気にしていたのにねー」


 母さんも俺と同様に薬のことを忘れていたのか。

 何故、秀義だけが?

 そういう俺の想いが伝わったのだろう、秀義が慌てて付け足した。


「どうして僕だけが兄さんの薬のことを覚えているのかは、よくわからないけれど……詳しく事情を知らないからかな?」


 秀義の言葉を慶助(けいすけ)がフォローした。


「俺も覚えている。いいや、忘れていない、といったほうが正しいか」

 どこか薄暗い顔で俺を見ながら言う。


「お前が薬を飲まなくなったのは、ちょうど呪いの家に入ってからだと思う」


 慶助にそんなことを言われても。

 言いにくいと思いつつ俺はその気持ちを口にする。


「慶助、俺はお前の話を信用していない……が……」


 だが俺もそろそろわかっていた。

 慶助の言葉は真実だ。


「うん、彼の言っていることは正しいよ。兄さんは肝試ししてから急にパタリと薬を飲まなくなったんだ。同時に母さんも気付いているはずなのに何も言わなくなったから……」

 秀義の表情がみるみるうちに浮かないものになっていく。

「薬を飲まなくなった兄さんは、夜中に家を出るようになったり、妙にあちこちに不安を覚えるような言動をするようになったり、おかしな様子が増えていった……」


 俺は秀義の言葉に思い出す。

 そうだ、あの頃は、本物の慶助を追いかけて再び呪いの廃墟に忍び込んだりすることもあった。秀義に心配をかけてもおかしくない。


「……呪いの家についても気にするようになったし……だから僕は少しでも兄さんのことを調べたくて探偵さんに協力することにしたんだ」

 秀義は探偵を一瞥した。

「兄さんが卵の呪いにかかったことは知ったけど、薬を飲まなくなったことと、どう関係があるのかまではわからなくなったよー」


 秀義は目を細めて、今度はキアラに視線をやった。


「この呪いのせいか知らないけど、兄さんの薬以外に、皆さんが忘れている記憶があるんだね。だけど(みどり)先輩は覚えている、と……」


 最後に彼が見つめたのは慶助だった。


「正直、僕はこの中では、一番、緑先輩が信用できると思う」

「お前……!」


 なんでだ。

 どうして?

 あいつは本物の慶助を殺したんだぞ!

 そう言おうとした俺の表情で察したのか秀義は申し訳なさそうに苦笑して言った。


「うん、冷たく聞こえてしまったのなら、ごめん。多分。僕が一番、本物の緑先輩に思い入れがないのも理由の一つだよー。そんなに親しくなかったしねー」


 そんな風に言われると、俺も何も言えなくなる。

 御子神(みこがみ)先輩がポツリと秀義に質問した。


「……その薬は家にあるのかしら。もし手に入ったのなら、薬のことを調べたら、猪生くんがどういう症状で、その薬を服用していたのか推測がつくのではなくて?」

「うん、あったよ。毎朝、決まった分だけ飲まなきゃいけなかったら、母さんがきちんとピルケースに薬を用意していたんだ。それも突然、母さんの視界に入らなくなったかのように無視しだしたんだけどー……」

 秀義の答えに「ふぅん」と頷いた御子神先輩は、ふっと双眸を陰らせて言った。


「――で、その薬は何だったのかしら?」


 御子神(みこがみ)先輩の言葉に秀義はアッサリと答えた。


「精神安定剤の一種だったよー」

「……」


 俺はどう反応すればいいのだろう。

 そんなものを日常的に飲んでいたなんて。


 気持ちが悪い。

 そんな俺を気遣うことなく秀義(ひでよし)は事実の再確認をする。


「兄さんは、それを常日頃から飲まなければいけないくらい心が不安定だったんだろうねー。そんな心を薬で抑え込むことで生活をしていたんだね」

 そうして俺を真っ直ぐと見つめてきた。


「一体、一年前に、兄さんの身に何があったのかなー」


 一年前に何が?

 そんなこと覚えていない

 もしかすると慶助(けいすけ)の言っていることと何か関係があるのか?

 慶助はキアラが俺を深く傷つけたといっていた。

 それと関係があるのか?

 そこまで考えた俺はキアラを見たが――


「先輩、私は……」


 キアラが深くうな垂れたまま緩やかに首を横に振る。


「キアラは何も知らないんだよな」

「うん、ごめんなさい」


 浮かない顔のままキアラが告げた。

 少し安心した。

 そうだ、キアラが俺を傷つけるわけがない。

 どうして少しでも心が揺さぶられてしまったのだろう。


 だけど頭の奥にズキズキとした痛みが広がる。


 なんだ?

 どうしてキアラの言葉に、こんなに途方もない不安を覚えるんだ?


猪生(いのう)くん。色々な情報があって混乱しているみたいだけど……」


 御子神(みこがみ)先輩の言葉に、更に頭痛が酷くなる。


 どこか既視感がある。

 以前にも、こうして御子神先輩からキアラについて心配してもらったような――


 だめだ、これ以上考えたくない。


「すみません、吐き気が……」

 そう言った瞬間、急に傍に現れたものに目を丸くする。




 これは卵――?

 どうしてこんなところに?




 鶏の卵くらいのサイズ、育っていない状態に俺のものだと察する。

 だが次に起きた卵の変化に俺は驚愕する。



 はちきれんばかりに卵がどす黒く染まり膨れあがったと思うと、

 

 すぐにしぼんで元の大きさに戻ったのだ。

 

 何事もなかったように色も元通りだ。



「先輩、卵が……」

 キアラも言葉を失っているようだ。


「なんだこれは! 卵が一度大きく育って、元の大きさに戻った?」

「どうして? こんなことがありえるの?」


 御子神先輩も絶句していた。

 何故、自分の卵だけが?

 慶助(けいすけ)の言葉に何かしら関係があるのか?


「う、うう……」

「どうしたの、猪生くん」

「頭が……」


 御子神先輩の言葉に脳が揺さぶられる想いだ。

 ガンガンとした吐き気とともに違和感が広がっていく。


 ここにいてはいけない。

 ここにいる必要はない。

 今すぐ家に帰って布団でも被って全てを忘れなければ――!


義忠(よしただ)、思い出せよ。お前が思い出せば全てが解決するんだよ」


 頭を抱えて俯く俺に立ち上がった慶助が怒鳴るようにして言ってくる。


「一年前に何が起こったのか、その全てを!」


 思い出せ?

 無理だ!

 こんなに頭が痛いのに!


「やめて、猪生くんに酷いことしないで!」


 御子神先輩が慶助に駆け寄り、彼を突き飛ばした。慶助は再び尻餅をつく羽目になってしまう。

 その音で少しだけ頭痛が薄れていく。

 俺は頭から手を離した。


 一体、なんだったんだ?

 卵といい、頭痛といい、俺の身体に何があった?


「やはりあなたは狂人なのね」


 眉をつり上げた御子神先輩は慶助に侮蔑の視線を送っていた。


「だって、あなたは卵から孵った化け物だもの、信用するに値しないわ。私たちを引っかき回して楽しいのかしら」


「――出て行って」


「今すぐ部屋から出て行きなさい」


 御子神先輩は厳しい声音で言う。


「これ以上、猪生くんを苦しめるのはやめて」


 慶助を真っ直ぐ見据えながら扉のほうへ指を指す。


「私に対して何かしらの感情があるというなら、今すぐ出て行きなさい!」


 慶助はくっと奥歯を噛みしめたような顔をすると、御子神先輩に従い部屋を出て行ってしまった。


「先輩、さすがにそれは酷いと思います」

 確かに慶助は偽物だが、もっと言葉を選んでもいいはずだ。


「何が酷いのよ、あなたは忘れたの? あいつは(みどり)くんを殺したのよ!」

「それは……」


 口ごもる。

 そうだ。彼を認めてしまえば本物の慶助を裏切ったことになる。

 どれほど協力する姿勢を見せていたとしても彼は間違いなく友人を殺したのだ!


 その時、部屋の外から慶助の悲鳴が聞こえた――

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