第四十一話 言い残すこと
「これで同じことをもう一度できる」
慶助にガチャポンケースに入った蛙を見せつけながら言った。
「さて死ぬ前に言い残して貰おうか。……お前が俺に伝えようとしていることは何だ?
「今度は俺を脅すのか」
「当たり前だ」
「そんなことをしなくても俺はお前に話していた!」
慶助も立ち上がり、俺を真正面から見据えながら半ば涙混じりで叫ぶ。
「お前に話したいことなんてたくさんあった……例えば……」
鬼の形相をして慶助はキアラを指差した。
「お前、こいつが何者なのか、忘れたのか?」
「――は?」
急な話題展開に頭がついていかず俺は首を傾げた。
こいつは一体何を?
布団に寝そべっていた彼女も、上半身だけ起こして困惑した様子を見せている。
そういえば慶助はキアラに憎しみを抱いていた。
まさかそれについて話そうというのか?
慶助は顔を真っ赤にして言葉を続けた。
「こいつのせいでお前は深く傷ついた! お前はそれを何で……」
「キアラが、俺を?」
「そうだよ! お前は忘れているみたいだから……」
慶助の声には嗚咽が混じる。
「みんな、こいつのことを忘れているみたいで! だから俺の言葉なんて届くはずのないってわかっていたから……!」
慶助の顔が大きく歪んでいく。
声音も地を這うような低さがある。
「俺が憎い? ハハッ、お前がそんな風に俺のことを考えているなんて知っていたよ!」
自嘲するように笑った慶助はうな垂れて続ける。
「……だから俺はお前に話せなかったんだ!」
苦痛に満ちた声で言いながら慶助はゆっくりと顔を持ち上げた。
「お前だけじゃない……誰も俺のことを信じてくれないのは知っていたから!」
そんな風に叫ぶ慶助の声を聞き流してしまうくらいに俺はボンヤリと彼の、別の言葉を気にしてしまっていた。
「――え?」
ゆっくりとキアラを見つめると彼女も慶助の言葉に信じられないといった表情だ。俺は、もう一度、彼に尋ねた。
「俺がキアラのせいで傷ついた?」
「ああ、そうだ」
「なんで? どうしてだ?」
まったくわけがわからない。
彼女に傷つけられる心当たりがない。
そんな風に悩んでいる俺の横で秀義が頭を抱えながら呟いた。
「う、うううん……すごく頭がもやっとしている……」
そうか、俺が心花を殺したから。
呪いの異空間が解放されて、彼も再び榛名のことがわからなくなったのだろう。
もしかしたら、そういう意味では偽物の心花を生かしていたほうがよかったのかもしれない。もう、後の祭りだが。
「秀義、大丈夫か」
「うーん……僕は完全に部外者だと思っていたけど違っていたのかなあ……」
何やら意味不明なことを言っている。
若干、彼の言葉に気に掛かるものを覚えつつ俺は慶助に向き直る。
「おい、慶助。俺がキアラに傷つけられたことがあるだって? よくわからない、どういうことだ?」
「……私が……どうして?」
キアラも小さく顔をしかめながら慶助を見つめている。少しだけ声音を鋭くして言った。
「私、先輩を傷つけるようなことをした覚えはないよ」
戸惑うような感情も声に混ぜて言葉に付け加える。
「もしかしたら無意識に傷つけているかもしれないけれど……」
「……ハハッ、ハハハハハハッ、てめえ、それ、本気で言ってんのか?」
慶助はギラギラとした眼でキアラを睨みつけながら言った。
「義忠にあんなことをしておいて、それでよくそんな口きけるよなぁ!」
「……そんなことを言われても……」
「てめえのせいで義忠がおかしくなったといっても過言でもないのに、何でもないような顔をして義忠に想いを寄せるってのかよ。てめえ、気が狂ってんじゃねえのか? あ? そうだよな、てめえ自身が巫女だもんな!」
「そんな……違う……」
「更に義忠を苦しませて、一体何を考えているんだっての! 本当に義忠が好きなら、そんなことできねえだろうが! どんだけ心根が腐っているんだよ!」
「……!」
慶助の罵声にキアラは言葉を失っているようだ。唇をさらに青くさせて激しく震わせている。
「おい、いい加減に……」
慶助の一方的な絡みに見ていられなくなった俺は二人の間に割り込もうとしたが、先に御子神先輩が動いたようだ。
彼女も立ち上がってキアラを守るように彼女の前に立ち、きりっとした目つきで慶助を睨みつけた、
「あなた、適当なことを言わないでほしいわね」
腕組みをした御子神先輩に気圧されたのか、慶助が眉根を寄せた表情で一歩後退する。そんな慶助を御子神先輩は鼻で笑って言った。
「……そうね、わかったわ」
御子神先輩は慶助を指差して言う。
「あなた、人狼でいうと狂人の役割をしているのね」
先輩は笑っていない目でにこりと唇を歪ませて続けた。
「私たちを混乱させて楽しい?」
先輩は慶助へと足を踏み出した。
「そんなに私たちに巫女を見つけ出してほしくないのかしら」
「違う!」
慶助はすぐに否定したが先輩は顔を険しくして間髪なく言った。
「じゃあ、どうして希久本さんをそんなに憎むのよ」
「それは、そいつが義忠を深く傷つけたからだ!」
「そんなことを言われても知らないわ。誰も覚えていないことをそんな風に言われて信じるわけがないでしょう? ……いいわよ、じゃあ言ってみてくれる? 一体、どうやって希久本さんが猪生くんを傷つけたというの?」
「……」
慶助は答えられない。
重たい沈黙が場を支配する。
ゆるゆると秀義が口を開いた。
「んー、妙なことになっているのはわかったよー」
座ったまま挙手して彼は続ける。
「初心に返って、みんな、なんだっけ、呪いの卵を見せ合って、もう一回考え直したら?」
そうだな。それがいい。
俺が自分の卵を鞄から出そうとするが――
「それはできないわ」
御子神先輩の抵抗にあう。
え?
なんでだ?
「……無理だわ。だって私は……」
訝しげにみんな先輩を見つめたのか、集中する視線に耐えられなくなった先輩は顔を背けて続けた。
「もう、呪いの卵を持っていないんだもの」
きっぱりと先輩は言い切って元いた場所に座り直した。
震える手を机の下に隠して無表情に淡々と言う。
「だから私のは見せられないわ」
「え? 見せられないって……」
そう俺が問い返すと先輩は声に力を込めて言い返した。
「だから絶対に見せられないのよ! ないものをどうやって見せるのよ!」
「卵がない? 意味がわからないです。そんなことを言って見せようとしないなんて……どうしてですか? もう隠し通す意味もないと思います」
首を傾げながら俺が言うと秀義があとに続く。
「下手に隠していると疑われるばかりかと……」
キアラも不安げに双眸を揺らして言った。
「……先輩、何故? 私たちのことが信じられないの?」
自分の口から出た言葉にキアラ自身傷ついたようで苦しそうに唇を噛みしめて、付け足す。
「私も緑先輩の言葉もあるし信じられない要素はあるから仕方ないとは思うけど……だから見せられないの?」
「違うわ!」
先輩ははっきり否定するが、その先を言えないようだ。
俺は無言で先輩を見つめて言った。
「信じるよ。俺はどんな理由があろうと先輩は巫女じゃないって信じている。だから、どうか理由を説明してほしいんです。どうして卵を見せられないんですか?」
「猪生くん」
先輩にしてはか細い声で言った。力なくうな垂れると彼女は続ける。
「そうね。今まで私はあなたに助けられてきたもの。だから、そうね……私もあなたのことは信じているわ」
ゆっくりと顔を持ち上げた彼女は明朗な声でみんなを見渡して言った。
「私は、既に卵の呪いにかかっていないの。私は、私の力で呪いをといたのよ……」
なんだって?
「どういうことですか?」
驚いた気持ちをそのまま口に出すと先輩は頷いて言う。
「言葉の通りよ。私は呪いをといたのよ」
「――はあ、都合のいい話だな」
探偵は先輩の言葉を信じていないようだ。
「本来、巫女に卵を手渡してようやく解呪できるものなのに」
呆れ果てた声で肩をすくめていた。
「それ、本気で言っているのか?」
そう言いながら探偵は先輩を指差した。
「ちなみに教えてやろうか。俺のときの巫女は……同じようなことを言っていた。卵を見せることができないと。郁奈の場合は、紛失してどこにいったのかわからないと言っていたがな。ただ卵があった頃は育った様子もなかったから安心しろ、とわけのわからないことも付け加えていたが……結果はあのザマだ」
「そんなことを言われても! 私は霊能力で自分のは解呪したのよ!」
御子神先輩は髪を振り乱して叫んだ。
俺は彼女の傍に近づくと大丈夫だと声をかける。
「先輩……ああ、俺は信じているから」
「猪生くん……本当よ、信じて」
呼吸を整えながら先輩はゆっくりと目を閉じて俯く。辛そうな声で言った。
「そう言われると思ったから黙っていたのよ」
「でも、一体、どうやって?」
そう俺が問いかけると先輩はハアと息を吐き出して答えた。俺のほうに顔を向けて眉根に皺を寄せて言う。
「私の霊能力よ。私の力で無理やりといたの」
なんだって。
でもそれなら――
俺は興奮を抑えきれずに言った。
「それなら俺やキアラだって解呪が可能ということですか?」
「ごめんなさい、無理だわ」
「え?」
御子神先輩は緩やかに首を横に振る。無力感に満ちた表情で俺を見上げた。
「それができたら隠したりしていないわ。自分のができても、あなたたちのはできないの」
顔を掌で覆って、嗚咽混じりに言う。
「できないのよ……」
だがそんな先輩を糾弾する声が出た。
冬彦だ。
「そんな都合のいい話があるのか?」
探偵と同じようなことを言っている。
「この俺たちですら長年、なるべく被害のないように個人の解呪方法を探してきた。だが見つからなかった。だからこそ根本的な卵の呪いの解呪をしようという結論に至ったんだぞ」
どこか苛立ちを見せながら言葉を続けた。
「個人レベルの解呪を……こんな女子高生が? 無理に決まっている」
「でも私にはできたのよ!」
先輩は顔から掌を離して叫んだ。
「どうやって?」
冬彦が厳しい声で問い返す。
「それは、だから私の霊能力で!」
「そんな曖昧な説明で納得しろとでも?」
「納得してもらうしかないわよ!」
「絶対に無理だ。個人の力で長年積み重ねられた呪いがとけるわけがない!」
そう、冬彦は断言するのだった――
「はっきり言おう。今の段階で俺はお前が一番巫女だと思っている」
冬彦は御子神先輩を指差した。




