第二十九話 似ている女
「……榛名?」
「有珠さん……!」
目の前に現れた人物に驚くばかりだ。
榛名にそっくりだった。
いや、榛名そのものといっていい。
「榛名って誰なん? 有珠?」
彼女は戸惑いの色を露わにした。
そうして俺たちの背後にいる秋久さんに気付いたようだ。
「あら、五鬼助家のおじさんやない。どうしたん? 子どもたちと一緒にこんな所まで来て。うちに用事なん?」
「ええ、この人たちが鬼の子孫に会いたいらしいってことで、連れてきたんですぜ。突然の訪問、申し訳なく」
「鬼の子孫……そんでうち? ……はあ、ええ、それは別に構わんのんやけど……この人たち、誰なん? 何で、うちに会いに来たん?」
「それは……学校の授業か何かなんすよね」
「違います」
俺は否定した。
その言葉に秋久さんが目を丸くしている。
慶助と御子神先輩、そして心花は無言で俺の出方を窺っているようだ。
ここまで学校の授業と関連しているという向こうの勘違いを利用して、引っ張ってきたが、こうして本人に会えた以上、必要ない。
「俺たちは××県××市に住んでいます。聞き覚えはありますか?」
「……ああ……そうね、ええ、あるねぇ」
彼女は、ふっと目を細めながら言った。
「なんとなーく、あんたらがうちんとこに来た理由、わかったきぃするわ」
俺は、そんな彼女の態度に、どこか違和感を覚えた。
だが、その違和感の正体はわからない。
漠然とした悪寒を覚えるだけだ。
少し戸惑っている俺に対して彼女はぺこりと頭を下げる。
「うちは五鬼継春子。よろしゅう」
そう名乗った春子さんは家の奥へと俺たちを招き入れた。
「うちをわざわざ尋ねてきたなんて、あんたらも物好きねぇ」
玄関で靴を脱いだ俺たちは春子のあとをついて行く。秋久さんも一緒だ。
「うち、確かに、あんたらが住んどった街におったことあるんよ」
廊下を歩きながら春子さんは俺たちに背中を向けたまま言った。
「……20年前のことですか」
「よく知っとるねえ」
春子さんはコロコロと笑った。
「うちなんかすぐに忘れるのに、ねえ、ガマちゃん」
「ゲロゲロ」
そうして春子さんは胸に抱えた蛙に話しかけている。
「それは?」
俺が尋ねると春子さんは満面の笑みを浮かべた。
「ペットのガマちゃんよー。可愛いやろ?」
「ゲロゲロ」
「ほらー、ガマちゃんも可愛いだろって言うとるんよ」
「ゲロゲロ」
「はいはい、ガマちゃん可愛い、可愛いんよー」
しかし、と俺は蛙を愛でる彼女を見据える。
春子さんはどう見ても20代の女性だ。20年前、彼女は幼い子どもだったということか? しかし探偵の口ぶり、そして黒い日記の情報をみるに老女と暮らしていたのは女性のはずだったが。
そうして居間についた俺たちは春子さんに促されて、彼女と秋久さんと対峙するように座り込む。
春子さんと秋久さんも座った。そうして俺たちに目を向けて話しはじめる。
「……そんで、何を知りたいんよ? 話せることであれば、何でも。話せることがあれば、ね?」
意味ありげに春子さんは笑った。
「ゲロゲロ」
意味ありげに蛙も鳴く。
「先ほどあなたが仰った通り、もうお察しかもしれませんが、俺たちは20年前、あなたが住んでいた家について尋ねに来ました。そう、あなたが住んでいた家には入ると呪われるという噂があり、実際それに関連して多くの犠牲者が出た。……ですよね?」
俺の問いに春子さんは柔らかく頬を弛めて答える。
「うちにそんな変な噂があったんは事実よ。そいで面白がって勝手に入ってきた子どもたちがえらいたくさんおったことも。でも、うちの家は普通やで。うちはお母さんと二人きりで暮らしとっただけや」
春子さんはニコニコした顔で続ける。
「元々うちはこの山出身やったんやけど、お母さんがここにおるのが嫌や言うたんで、あちこち引っ越しとったんよ。最後にあんたらの住んどる××町に引っ越してきたん」
「どうして、あなたのお母さんは引っ越しを?」
「さあ? うちも何度か訊いたんやけどね。教えてくれる前に亡くなってもうたわ」
「亡くなった?」
俺の疑問に春子さんは首を傾げながら言った。
「ええ、病気でな。そんでうちは、また山に戻ってきたんよ。お母さんの介護もせんでよくなったしな」
「おかしいわね。あなたのお母さんのあれこれは置いておくとしても、どうしてその暮らしで、あなたの住んでいた家が呪われているなんて噂がたつの?」
「……さあ? 正直な話、うちもそこはよくわからんのんよ、ただうちのお母さんは何か知っとったみたいやね。実際、その噂がたった背景に、うちの庭に間違って入ってきた子がおって、その子がすぐに交通事故か何かで亡くなってしもうたんよ。そんときにうちの家に呪いの噂がたったんやけど、お母さん、周りからあれこれ言われても『仕方ない』みたいな反応しとったしな」
「その時点で引っ越そうとは思わなかったの?」
「うちはお母さんの介護をせんといけんかったんよ。それにお母さんが気にしとらんのんなら、うちが気にする必要はないやろ。……そのあと、呪いの噂がたって、えらいたくさんの子どもたちが勝手に入ってきて勝手に死んでしもうたけど、全部、偶然なんやから」
御子神先輩と会話する春子さんの言葉に俺は心中で頷く。そんな偶然あるわけがない。
「……ひとつ、質問していいか」
ずっと無言でいた慶助が口を開いた。
「はいどうぞ?」
「あの家は、あんたが引っ越してきたあとから呪いの噂がたったってことかよ」
「……そうやな」
それは、つまり――
呪いの根源は家そのものではなく、やはりこの女性にあるということだ。
「もうひとつ、訊いていいか」
「んんん? はいどうぞ?」
慶助の続けての問いに春子さんは怪訝そうな顔をして言う。
「あんたらが××町に引っ越す前にも似たような事件が起きていないか?」
その言葉に春子さんの表情が固まった。
「もう少し具体的に質問すると、前の家でも同じように勝手に入り込んだ人間が何人も偶然に死んだようなことが起きているんじゃねーの?」
「……」
春子さんは少しだけ無言になったが、すぐに笑顔で話しはじめた。
「……そうねえ、あんたの言うとおりよ。そういうこともあったよなぁ。でも、それって、よくあることやろ?」
よくあるはずが、ない。
そこで俺はようやく彼女へ感じていた違和感の正体に気付いた。
――平然としすぎているのだ。
普通、20年前に住んでいた住人が突然、家にやって来たのであれば、もっと驚くはずだ。自分たちが住んでいた家が呪われていると言われれば、もっと不愉快に思うはずだ。
それなのに彼女は普段と変わらないような笑顔をしている。――彼女の普段の様子なんて知らないが。
些細な感情の揺れが見えない彼女の姿は、どこか不気味さを煽る。
多少、戸惑う様子があっていいものなのに。
そう気付いた瞬間、彼女の姿が異様に映る。
ニコニコニコニコと微笑む春子さんを。
さて、もうひとつ、肝心なことを聞かなければ。
「俺たち、人を捜しています。春子さん、知りませんか」
俺はゼンとコウと呼ばれていた男たち、その容姿の特徴を話す。
春子さんは秋久さんと顔を見合わせたあと、
「知らんなあ、うちも引っ越ししてばっかで、ここに長いことおったわけでもなし。……ごめんなあ」
申し訳なさそうに笑った。
「…………………ちなみに、失礼なことを訊くのだけど」
開口したのは御子神先輩だ。
「ええで? みんな質問好きやなあ」
「20年前に××町に住んでいたのは女性だった。でも……あなたは何歳なの?」
「うち? おばさんに年聞くなんて失礼やなあ。アラフォーとだけ言っておくわ」
……。
……。
あ、アラフォーだって?
そんな風には見えない。
しかし、どうしたものか。
春子さんの様子をみるに、彼女はこれ以上詳しい事情を知らなそうだ。
せめて春子さんの母親がいれば、もう少し話を聞けただろうが。
手詰まりだ。さて、どうしたものか。
重たい空気が満ちる中、秋久さんの隣に座っていた犬がむくりと起き上がった。
「ワン」
「なんですかい、旦那」
「ワン」
「えええ、何ですと!」
「ワン」
「よし、わかりましたぜ」
秋久さんは犬と会話をすると俺たちに向き直った。
この人は何なんだろう。
すごく自然に春子さんの隣にいるが、彼女の知り合いなのだろうか。
そんな俺の視線に気付いたのか春子さんが秋久さんを見ながら言った。
「五鬼助家のおじさんは、こう見えても結構山の中で偉いひとなんよ」
「……そう、なんですか」
俺は秋久さんをじっと見る。
「ワン」
「了解ですぜ、旦那。オレを信じて下さいな」
「ワン」
「旦那、最高ですぜ。良いアイデアすぎて即採用するしかないですな」
秋久さんは、ただの犬と会話する怪しい男だ。
「……あ、あの、犬は何て?」
躊躇いがちに尋ねた俺に秋久さんは微笑みながら言う。
「クロたんはオレにこう言いました! もうすぐお祭りがあるんですよ。そのお祭りまでこの山にいたらどうかって。春の桜ほどじゃありませんがね、それはもう人がたくさんやって来て賑わうんですよ」
「……お祭りって何かしら」
そう質問した御子神先輩に秋久さんは教えてくれる。
×月×日、蓮華会・蛙跳び行事。
あるとき不真面目な男が山伏を侮辱してしまった。そこで山伏は彼を鷲の住処につれていってしまった。さすがの男も猛省し、それを見た金剛山寺の高僧が男を蛙にして救い出し、蔵王権現の宝前で法力によって蛙から人間へと戻したとのこと。
その言い伝えになぞらえ、蛙飛び行事と呼ばれるイベントが二日後に行われているというのだ。
「ただ面倒なことに、この行事を本当に楽しみたいなら、外から来た人は幾つか守らなければいけない約束があって……」
少しだけ。
ほんの少しだけ。
秋久さんが苦い顔をした。
どうしたのだろう。
その表情に俺は胸にチクリとした苦痛を覚えた。
僅かに彼の顔にかすめた、その感情は真に迫っていた。
彼は俺たちに何かを伝えようとしている?
一体、何を?
「約束事がどうあれ、私たちにはやることがあるの」
ぴしゃりと御子神先輩が俺の戸惑いごと断ち切るように言い放つ。
「五鬼継さん、あなたが何も知らないのなら、もう用事はないわ」
そんな言い方はないだろう。
俺が咎めるような視線を送ると御子神先輩はすっと目を細めて言う。
「このままここにいても時間を無駄にするだけだわ。水紙神社、金剛山寺、調査するべきは他にもあるもの」
御子神先輩はすっと立ち上がると、玄関へと向かっていった。
心花が慌てた様子で後を追いかける。
俺と慶助も戸惑いながら彼女のあとに続こうとして――
「帰ったほうがいいえ」
「え?」
「だから、帰ったほうがいいえ?」
「……」
「うん、はよ、おうちにお帰り? 山におったらあかんよ」
なんだ?
どうして急にこんなことを?
「ついでに約束事も教えてといてあげるんよ。いち、祭りが始まるまで、よそものは深夜に外を出歩かないこと、に、祭りの最中、よそものは見知らぬ女の子に話しかけないこと、さん、祭りが終わったあと、よそものは鬼に出会わないようにして早々に山から出ること」
何を言っているんだ?
春子さんの声に足を止めて、俺は振り向いた。
「……!」
そうして俺は信じられないものを見た。
いや、俺だけではなく。
慶助たちも足を止めている。
俺と同じものを見ているようだ。
顔を強張らせて眼前の異常を凝視していた。




