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卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子


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第三十話 ひとりぼっち

        キラキラ、キラキラ、光の中で。

        ワタシは、ただひとり朝をまつ。

        輝く光がワタシを消すとしって。

        眩い温かさがワタシを


        殺


        す、と知っても。


        それでもキラキラキラキラ朝を待つ。

        誰も朝が来ることを諦めたとしても。

        ワタシはただひとり綺麗な朝を待つ。


        ひとりぼっちで朝を待っている。




 春子(はるこ)さんの家から出たものの、誰も何も言わなかった。

 俺も何かよくわからないものに頭を支配されていた。

 それだけ、さっき見たものがショックだったのだろう。


 俺たちの見たもの。

 俺は思い出す、春子さんの家から見たものを。




 数多の黒い靄みたいなものが、春子さんや秋久さんの周囲にしがみついていた。

 粘り着くような悪意は、まるでたちの悪い夏風邪のようだ、

 悪寒に吐き気、胸の奥に淀む不快感は、今でも俺を蝕んでいく。


 それは俺だけではなく、慶助や心花も同様だ。


 心花がバッと口元を手で押さえた。そのまま俺たちから離れて木陰へ駆けていった。ゲエゲエと嘔吐の音がする。気持ちはわかる。


 ――あれは邪悪すぎた。

 いいや、そんな簡単なものじゃない。


 俺たちが見たものは、悪霊だったのだろうか。

 もしそうだとしても、どうして春子さんや秋久さんに取り憑いているんだ?

 

 既にあれこれ心霊現象に遭遇しているんだ。

 あの程度、恐れてどうするんだ。


 必死で俺は気持ちを奮い立たせる。


 やがて心花(みはな)が戻ってきた。吐き終えたのだろうが酷い顔をしている。真っ青で唇は紫色だ。目も血走っている。


「無理しなくていいのよ」


 そう御子神(みこがみ)先輩が優しく声をかけるが心花は気分が悪くて、先輩の言葉が聞こえていないようだ。短く呼吸をしながら肩を上下に動かしていた。


「……あの春子という女性は、一体何を私たちに伝えようとしたんですかね。約束事って何ですか? それを守らなかったら私たちどうなるんですか?」


 心花の言葉は悲鳴に近い。

 ぽつりと慶助(けいすけ)が答える。


「今更あれこれ考えても仕方ねーだろ。とくにお前は卵が孵る寸前だしな。そうやっていちいち怖がるほうが時間の無駄だ。約束事が何であれ、俺たちはここで卵の呪いについて調べなければいけねーんだ」

「……」


 心花は慶助を無言で睨みつける。


「文句があるならどうぞ? ってかさ、どちらかというと、俺たちはお前を助けに来ているんだが自分の立場をわかっているのかよ。ヒステリーに喚くのも結構だがピリピリしてないで少しは俺たちの役に立てや」


「慶助、そんな言い方……?」

「あ? 義忠が甘いからこうなってんだろ、いい加減自覚しろよ。ちょっとした言い争いなんてしてる時間ないだろうが。……ああ、俺については心配しなくていい。どうせ、こんなのはただの余興だ。気まぐれにしか過ぎないもんさ」

「……!」


 ギリ、と心花は唇を噛みしめたようだった。険しい顔のまま彼女は慶助から顔を背ける。図星をつかれた気持ちだったのだろう。


 雨が降ってきた。


 吉分神社での観光も終わり、春子さんとの話も終えた俺たちは金剛山寺に戻ってきた。

 そこで天気雨に降られてしまったのだ。

 傘を持っていない俺たちは慌てて蔵王堂の屋根下に駆け込む。短い間しか雨に打たれていないというのに、ずいぶんびしょ濡れになってしまったようだ。青々と広がる山々と同じ色をした空を眺めて、俺は嘆息した。


 ついていない。


 何かの前触れか。吉賀山では俺の目的は達成されないだろうという神のお告げか。考え込めば込むほど、気が滅入ってくる。


 だが、顔を持ち上げた俺は、萎れかけていた気持ちが浮上するのを感じた。眼前に広がる景色のおかげだ。

 雨粒は大きく、日光の加減で白く濁っているように見えて、まるで白い桜の花びらが散っているようだ。

 狐の嫁入りに彩られる風景がこれほどまでに綺麗なのだから、春は格別なのだろう。またの機会には、春に吉賀山へ行きたいと――


 ああ、本当に。

 呪われる前は、そういう楽しみがあった。


 隣にいた心花がブルリと身体を震わせた。


「心花ちゃん?」


 そう呼びかけると彼女は弱々しく首を横に振る。


「な、何でもありません……」


 彼女は強張った笑みを浮かべると周囲をキョロキョロ見渡しながら言った。


「ごめんなさい、お手洗いに行っていいですか」

「ええ、どうぞ」


 御子神先輩の言葉に心花は遠くへ行ってしまう。


 大丈夫か、心花ちゃんは。

 もう駄目なんじゃないか。


 そう不安に怯えた俺は、視界の隅にぼんやりとした人影が映ったのに気付いた。


 黒いゴスロリ姿の少女だ。


「いたっ、お父様の話していた怪しい奴ら! にゃあにゃあ」

「にゃあ」


 なんだ、あの子は。

 ふわふわした容姿の割にはきつい眼差しだ。しかも猫と一緒ときた。

 御子神先輩が大きく顔を歪めた。


 なんだ?

 どうして少女にそんな酷い表情をする?


 真っ黒い少女は俺たちのほうに駆け寄ってくると俺を指差した。


「……って、あれ? ねえねえ、あなた。そうよ、そこのあなたよ」


 声をかけられた。


「……俺?」

「今回はどうしたのよ、珍しいわね、こんな時期に。しかも早いじゃないの!」


 少女の口から予想もできない言葉が飛び出て、俺はうまく反応できずに首を傾げた。


「あら、そんな反応をあたしにするの? ひどいじゃない! あなたは大事なお客様でしょう! 私にはわかるわ! だって、とっても美味しそうな匂いがするもの!」


 だが少女は、そんな俺の反応を気にもとめずに気軽な口調で言葉を続ける。


 匂い?

 何だ、これは。新手のナンパなのだろうか。


 御子神先輩を見ると、ますます顔を歪めている。

 本当、どうしたんだ、一体。

 俺は戸惑いながらも口を開いた。


「申し訳ありませんが、どなたかと間違えていませんか」

「間違えていないわ、失礼ね! だってあなた、アタシのこと、ずっと気にしていたでしょう? アタシ、そういう勘だけは良いのよ! とくにアッチに関してはね」


 少女は一瞬だけ片目を閉じた。これはウインクというやつなのか。

 それに何故早くに吉野山に来ているのか、といわれても。卵の呪いをとかなければいけないからだ。素直に答える気にもなれず、俺は逆に気になっていたことを質問することにした。


「……質問をし返して申し訳ないのですが、あなたは……」


 少女は沈黙した。しばらくして浅く嘆息して答える。


「申し訳ないと思ってもいないのに、わかりやすくそう言うのはある意味ルール違反じゃないかしら、美味しそうな人! 質問に質問で返すのも、自分を優位に進めるためでしょ。感心しないわよ、そういうやり方!」

「……」


 俺が黙り込んでいると、少女の背後から「おい」と声が聞こえた。

 今度は少年だ。

 ウサギ耳のフードを深く被った小学生くらいの子どもだ。

 彼は何者だ?


沙耶夏(さやか)……こんな所で何を話している? お前の父親が捜していたぞ」

「……冬彦(ふゆひこ)じゃない。お父様ったら! いっつもアタシの邪魔ばっかりするんだから! 少しはアタシのことを信じてくれればいいのに!」


「何をくだらぬことを。信じるに値することをしてないのであれば理想の関係を構築することはできんであろう。わかりきったことをぬかすな」

「うるさいわね! ガキンチョのくせに上から目線で偉そうなことばかり! ふんだ! だからアタシはあんたが嫌いなのよ!」


 なんだ、この二人は?

 急に喧嘩をしはじめたぞ。

 沙耶夏と呼ばれた少女はじっと自分を見つめる俺に気付いたのか、ハッと目を大きく見開いて言った。


「あら、喋りすぎごめんなさいね! アタシったら好みの人間の前だと、ついお喋りになってしまうのよ。せいぜい行動には気をつけることね。お姉さんからの忠告よ!」

「にゃあ」


 そう言って、少女は去っていった。少年も俺のほうを気にしながら彼女のあとをついていく。

 俺は呆然としながら、彼らの姿を見送る。結局、彼らは俺の質問に答えてくれなかったようだ。


 自分も素直に答えなかったのだからおあいこなのだろうが、相手はわざと怪しげな様子を醸し出して反応を伺っていたような気もして、俺は相手に気持ち悪い胡散臭さを感じていた。


「彼らには近づかないほうがいいわね」


 御子神先輩は静かに言った。


「はあ、それはそうと、祭りのときまでここにいるつもりかよ」

「ああ、祭りに卵の呪いに関するヒントが隠されているかもしれないからな」


 慶助に俺はそう返答する。


 ――だが。

 俺は春子さんの約束事が気になっていた。


一、祭りが始まるまで、よそものは深夜に外を出歩かないこと。

二、祭りの最中、よそものは見知らぬ女の子に話しかけないこと。

三、祭りが終わったあと、よそものは鬼に出会わないようにして早々に山から出ること。


 一体、何を意味するのだろうか。




 夕方、用事を終えた俺たちは旅館に向かう。

 夜になって食事を終えた俺は先輩たちに今後、どうするのか相談しようとしたが――


「って、外に行くのかよ!」

「そうよ」

 

 誰に言うでもなく出た言葉に御子神先輩が返した。

 その先輩は慶助と共に、こんな夜中に、外出する準備を整えていた。


「あの春子(はるこ)という女は、私たちに深夜に外を出るなと言ったけれども、そんなものに従う馬鹿はいないわ。逆に言うとね、向こうとしては『それをしてほしくない』と考えているということよ。なら相手への嫌がらせを兼ねて深夜に山をうろつきまわってやるわ」


 御子神先輩の鼻息は荒い。


「俺も祥(しょうこ)先輩と同じ意見だ。そう言われたのなら、やるしかねーだろ。隠していることがあるんだろ。例えば夜にしか現れない何かとかな」

「い、いやそうかもしれないが……」


「お前、卵の呪いを解呪したいんだろ、だったら止めるなよ。そもそも俺はこんなもんに関わるだけの理由はない。お前に付き合ってやっているだけなんだからな」

「……勘違いするな、それだけじゃない。俺はキアラを助けにきているんだ。ここに」


 慶助が言った瞬間、心花(みはな)の表情が曇った。

 自分の卵が孵る直前だからこそ立場を自覚してしまったのだろう。辛そうに呼吸していた。


「……」

「心花ちゃんはどうする? 心花ちゃんの卵が一番危ないからこそ手がかりを早く得た方がいいとは思っているんだけど……」


 そう俺が尋ねると心花は弱々しく呟いた。


「私は……私は……でも……私は……」


 彼女の様子がおかしい。

 春子さんに会ってから、彼女はずっとこんな風にブツブツ呟いては、ぼんやりしている。


「心花ちゃんは宿に残るか?」

「……はい、そうします……」


 真っ青な顔で彼女は頷いた。


「それがいいわね。下手に動いて恐怖を感じて卵が孵っても危険だわ。あなたは何もしない、見ないは最適ね」

「……」

「だが心花ちゃんを一人にしておくわけには……」

「私なら平気です」


 きっぱりと。

 心花は言い切った。

 なんだ?

 どうしてそんなことをはっきりと言えるんだ?


「宿のロビーで皆さんの帰りを待ちます。一人で部屋にいるよりはましでしょうから」


 心花の意志は固いようだ。頑固そうな双眸から、その感情は読み取れる。

 視線を感じた。

 振り向くと慶助(けいすけ)が「早く行くぞ」と目で訴えている。

 仕方ない。心花を置いて行くことにしよう。




 旅館から外に出た俺たちは、まずは水紙神社に向かうことにした。

 暗闇に満ちた道のりを、懐中電灯を手にした俺たちはズンズン進む。


水紙神社(みずがみじんじゃ)って何があるんだ?」


 そんな俺の問いに御子神先輩が答える。


「水の神様を祀っているのよ。その名の通り、わかりやすいでしょう?」

「水を祀る?」


 俺の疑問に御子神先輩が教えてくれる。


神奈備山(かんなびやま)の考えよ」


「神奈備?」

「山そのものをご神体とする考えよ。山麓に初瀬川が存在していることで、神仙境とみなす考えのこと。恵まれた自然と神仙思想は深い繋がりがあり、例えば三輪山はその一角として有名よね。吉賀山も立派にその条件を満たしている。ゆえに、その代表格とされているわけ。水紙神社はその象徴でしょうね」


「御子神先輩がそこに向かうのは、卵の呪いと神奈備山の考えが関連している可能性があるからか?」

「……そうね。神奈備山は、本来は神への信仰よ。だけど、その信仰が淀んだ呪いに繋がることもありえるのでしょうね」


「どうしてだ。だって神様への祈りは神聖なもののはずだ。どうして綺麗なものが呪いなんかに……」

「信仰といったところで、しょせん人のすることよ。祈りだって、最初は純粋だったかもしれないけれど、色んな人の感情が混ざれば汚くもなるでしょう」

 あっさりと御子神先輩は言い切る。彼女は人間に対して期待していないのかもしれない。


「しかし、何故、約束事なんてもんがあるんだろうな」


 俺の疑問に慶助が答える。


「隠したいものがあるんだろ」

「でも隠したいものとは?」


「これからそれを確認しにいくんだろ? 水紙神社にあるかどうかは、わからないがな。とりあえずしらみつぶしだ。ローラー作戦……とは少し意味合いが違うかもしれないが、そんくらい足を使わないと成果は得られないだろうさ」


 そうこう話しているうちに、水紙神社の鳥居が月光に照らされて、うっすらと見えてきた。

 あとすこしだ。

 ところが――


 少し歩いた先に、一人の少年が立っていた。


「深夜に歩き回るのは結構だが、もう少し誰にもバレないように静かにするべきでは? それが忠告した彼女に対しての、最低限の配慮というものだ」


 そう言いながら少年は俺たちに近づいてくる。


 誰だ?


 月光で彼の姿が露わになる。

 ウサギ耳のフードを被った彼は、今日、金剛山寺で会った黒いゴスロリ少女と話していた少年だ。名前は冬彦(ふゆひこ)といったか。


「そこの男は見た目より随分頭が回るな。……いや、普通に考えたら誰でもわかることなのかもしれないな」

「どうしてここにいるんだ? いや、何故、俺たちに話しかけている?」


 そう俺が問いかけると冬彦はヤレヤレと肩をすくめながら言った。


「お前たちのようなよそ者は目立つ。しかも五鬼継春子にも会いに行ったとくればな。お前たちが不審な動きをすれば、気にする奴らも出てくるというわけだ。……個人的には、今は大人しくしておいたほうが賢明だとは思っているんだがね」


 随分古くさい喋り方をする子どもだ。


「さて、オレが出てきた理由はこれで分かったな? 話しかける理由は……忠告といったほうがわかりやすいか」

「忠告だって? もったいぶった言い方をして! はっきり何もかも話せ! 隠しごとをするな!」


 俺の声に冬彦は深く嘆息して言った。


「もったいぶった言い方? 隠しごとをするなだと? 当たり前だろう。オレとお前は初対面だ。信頼関係を築けていない相手に何もかもぶちまける馬鹿がいるか。もし、いたとしたら、そいつはとんでもない狂人だ。正直、オレは、そんなことを突然言い出すお前の正気を疑っている」


 その通りだ。

 だが、少しずつ情報を出されてもストレスが溜まるだけだ。

 冬彦は疲れたように目を細めて言った。


「気持ちはわかるがな。生死の境にいるのであれば多少の混乱はやむなし。……そうだな、秋久や春子が、一体、何者なのかくらいなら教えてやる」


 春子さんや秋久さんが何者なのかだって?

 いや、それ以前に俺について生死の境にいると告げた。

 こいつは卵の呪いについて詳しく知っているのか?


「あいつらは、役小角(えんのおづぬ)に仕えた鬼の子孫だ」


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