第二十七話 ナマハゲ
作哉の件も落ち着いたため休校していた学校は再開した。
だが、まだ教室内の空気はどこかぎこちない。
当然だ。
担任の小泉先生の朝礼挨拶も、まだ不穏さが残ったもので。
「どうもね、校内に不審者がいるみたいなのよ。気をつけてね。先生たちも見張っているんだけど生徒たちから、そういう情報が寄せられているの。今後、監視カメラも導入を予定されているし、警察の方にも警備をお願いしているから滅多なことは起きないとは思うけど」
一体どうなっているんだ、この学校は。
不審者?
またあの男たちか?
御子神先輩は、彼らを霊的存在じゃないかと言っていた。
もしそうなら、警察や監視カメラは役に立たないだろう。
――俺たちのせいなのか?
呪いの卵を受け取った俺たちのせいで、この学校に不穏な影を落としてしまったのか?
どうすればいいんだ。
休み時間、ぼんやりと窓を眺めていた俺に話しかけるものがいた。
慶助だ。
「おい、義忠」
意外だ。
観覧車の一件以来、朝の挨拶くらいしか会話を交わしていなかった、あの慶助が俺に声をかけてきたとは。
俺に歩み寄ってきた彼は机に手をつき、屈み込みながら話しかけてきたのだった。
「何だよ」
「義忠、お前、今回の一件に自分から首を突っ込むつもりじゃないだろうな」
「は? もしそうだとしてもお前には関係ないだ……」
「お前、これ以上は踏み込まないほうがいいぜ」
は?
こいつ、本当にいきなり何を?
「おいおい、何の話だ?」
「誤魔化すなよ。卵持ちだった人間が一人死んだんだろうが。おそらく俺の空き巣と関連しているんだろうがよ」
「だからといって俺に忠告とか。慶助のほうが気をつけるべきじゃないか?」
「……へえ、お前、俺に何をしたか、もう忘れているわけ? あー、ま、あの時はあえて曖昧に流してやったしな」
慶助のあざ笑う言葉に俺は顔をしかめる。
そんな俺を面白そうに眺めながら慶助は続けた。
「お前が俺の家から黒いノートやタブレット、カメラを持ち出してくれて助かった。俺は掲示板にあちこち書き込みしていたし、呪いと関係しているとみなされても不思議じゃなかったが、関連するモノは全部お前が持ち出してくれたしな。おかげで俺は疑われていないようだが。……お前はどうだろうな」
どうだろうな、と言われても。
そもそも、何故、お前は俺にそんなことを言い出すんだ?
「といってもよ、俺の忠告なんぞ、お前は聞く耳持たないんだろ」
「聞く耳を持つも何も、どうしてそんなことをお前が言い出すのか意図が理解できないよ」
かつての慶助なら俺を思いやって言葉をかけてくれたに違いないが。
「……そうだな」
一瞬だけ、慶助は痛みを堪えるような目をすると俺から少しだけ離れた。
「……そう、だな……。俺にも理解できないさ」
虚ろな目をした慶助は立ち去っていく。
「何なんだ一体」
そう呟いてみるものの、本気で言ったわけじゃなかった。
彼の様子は、かつての慶助を彷彿とさせるもので。
俺はこれ以上、彼の背中を見つめることはできなかった。
彼のことを本当の慶助だと思ってしまいそうで怖かったんだ。
小泉先生は学校に不審者がいると言っていたが。
「あれは…」
ゼンとコウだ。怪しい二人のジャーナリストがキアラの腕をつかんでいる。キアラは顔を歪めて足を踏ん張り抵抗している様子だ。あきらかに嫌がっている。
その傍には咲耶がいた。
なんだ? どうして学校という空間に、こんな怪しい奴らが堂々とうろついているんだ?
「おい! やめろよ!」
そう俺は彼らに走り寄ってキアラから彼らを引き剥がした。
キアラは蒼白な顔で身体を震わせて俺の後ろに隠れるように下がった。
「そこで邪魔してくるかい、そうかい。まあ、君でもいいんだけど。僕はどれでも」
「は? どういう……」
「前のは間違えて殺しちゃったから。まあ、殺してもよかったんだけど。必要なのは一人だけなんだ。ここにいる、女でもよかったんだけど、メリット・デメリットを考えたときに、デメリットしかなくて」
そうコウが言うと咲耶が狼狽しながら叫ぶ。
「え? どういうことですかあ? 弟を殺した怪しい女をあなたがたに引き渡せば、私の代わりに復讐してくれるって……!」
「ああ、ごめん、それは嘘。ここまで入ってくるために、この女に近づくためには、どうしてもこの女の知り合いを利用するしかなくて」
ゼンの言葉に咲耶が唖然とした。
「え、じゃあ、もしかして弟を殺したのは……!」
「ああ、もう、うるさいなあ」
そう軽薄にコウが言って、掴みかかってきた咲耶を振り払った瞬間、咲耶の身体が弾け飛んだ。血や臓物のような破片が散乱する。
べちゃりと俺の顔や身体に何かが付着したが、それを見て確認するだけの余裕は持てなかった。
急に起こった信じられない出来事に俺たちの思考が固まる。
「……あ、あ……」とキアラの小さく呻く音が聞こえた。
「あーあー。またやっちゃった。人間は脆いから、つい間違えちゃうんだよな」
どこか他人事のようにコウは言葉を続ける。
「まあ、だから今回は間違えないように、きちんと生かさないとな」
「お前、20年前も似たようなことをしたろう」
そう言うゼンの言葉にコウが「そうだっけ」と首をかしげる。
「ふざけるな、一体なにを……!」
そう俺が言おうとした瞬間、がくんと身体の力が抜けた。
なんだ? なにをされた?
そのまま無抵抗に倒れる俺の視界で、どういう方法かキアラの意識を奪ったコウは彼女を肩に担いで、どこかに行こうとしているのが見えた。
それでも俺は――
――キアラ、キアラ!
声が出ないというのに、必死に喉の奥から、意識の消えそうな瞬間まで叫んでいた。
キアラーー!
あれからキアラも咲耶も、あの男たちも俺の前から消えていた。俺の服に付着した汚れも、何もかも綺麗になっていた。まるで最初から何も起こっていなかったかのように。
咲耶の行方はいまだわからないままだ。
キアラも戻ってこなかった。
あの男たちが裏で何かをしたのか、警察に事情を聞かれることもなかった。今回の事件は奇妙な失踪事件として連日マスコミに取り上げられることになった。
――そう、20年前に起こった事件のように。
俺はキアラを助けたい。なんとしてでも。
それから数日後、俺と御子神先輩は探偵事務所に来ていた。
探偵は嫌な顔をすることなく俺たちを迎え入れてくれた。
事務所には探偵の他に秀義がいた。
椅子に座った俺たちに対峙するように腰掛けた探偵に、俺は告げる。
「探偵、お前は20年前の出来事を知っていると聞いた。そうして今回の事件に絡んでいた金髪と銀髪の男たちを事前に知っているようだった。俺はそいつらが何者でどこにいるのか知りたい」
「どうしてだ?」
探偵の問いに俺は言った。
「俺は見たんだ。キアラが、あいつらを連れ去ったんだ。俺はキアラを助けに行く。これ以上、誰ひとり犠牲を出すつもりはない」
俺は探偵を真っ直ぐ見据える。
「……そう、俺はこの卵の呪いが何なのか知らなきゃいけない。これ以上、呪いで人を死なせはしない。呪いの廃墟はなくなった。それでも卵がある限り、同じことが起きてしまうかもしれない!」
俺の剣幕に隣に座っている御子神先輩が驚いている。
俺は彼女を一瞥して再び探偵に向き直って言う。
「だから、あの不審者二人が何者なのか知りたい。手がかりを教えてくれ」
探偵は煙草をつけた。煙を俺の方に向けて吐き出しながら言った。
「あいつらは吉賀山の住人だ」
「吉賀山?」
「ああ。場所も教えてやる。ついでに呪いの廃墟に住んでいた元住人についても教えてやるよ。そいつも吉賀山にいるからな。元住人の名は五鬼継春子っていうんだ」
「……お前、どうしてそんなことを知っているんだ?」
さすがに事情に詳しすぎだ。
俺の問いに探偵はニヤリと笑うだけだった。
――そう、俺は引っかかることが一つだけあった。
それはナマハゲの正体だ。
「まさか……」
悩む俺は心の中だけで口にする。
――お前がナマハゲなのでは?
状況証拠だけだ。物的証拠はない。
こいつが20年前の事件を知っているなら卵の呪いも、ある程度、熟知しているはずだ。水仙を唆したナマハゲは同様に卵の呪いに精通しているようだった。
だが理由がわからない。わざわざ20年前の事件を再現するなんて何を考えている?
俺が沈黙している間に秀義が空気を読まずに言った。
「えっと、吉賀山の件、俺も兄さんたちについて行っていいですよね?」
「好きにしろ。金は出してやる。お前は兄の様子を俺に報告してくれれば、それでいい」
探偵の言葉に俺は目を丸くする。
俺の目の前で、監視役として秀義を派遣する話をするなんて凄まじい度胸だ。
事務所から立ち去る俺に探偵が言った。
「良い判断だ。寸前で踏みとどまったな、お前、意外に良い探偵になれるかもな」
「なんのことだ?」
「さあ? なんのことだろうな」
「その言い方だと、俺がここに来るまでがお前の……」
「せっかく褒めたんだ。その先は口にしないほうがいいと思うぞ?」
探偵はにやりと笑う。
「ふん……そうだ。どうせなら、あの蛙を持っていけ。今回は使わなかったようだしな。面白いことになるぞ」
振り返った俺に探偵は暗い瞳で笑いながら言った。
御子神先輩と別れて自宅に戻った俺は、家の前にいる一人の少女に気付いた。
「……先輩」
心花がいた。
目の周りを真っ赤に腫らした彼女は俺に近づいて言った。
「都合のいいことだとわかっています。……それでも……」
心花は自分の卵を差し出した。
最初に見たときより、かなり大きくなっている。
「私を助けてください」
か細い声で言う彼女に俺は大きく頷く。
「最初から、そのつもりだ。俺たちと一緒に吉賀山に行こう。呪いの根源が潜む場所へ」
俺は力強く言った。




