第二十六話 喪服
御子神先輩は喪服姿だった。
何故か彼女は葬儀場の前で仁王立ちしていた。
「来てくれたわね、猪生くん。……いいわ、希久本さんは。ありがとう」
御子神先輩にそう言われてキアラは怪訝な顔をしながらも立ち去っていく。
「それで俺だけに話とは?」
俺がそう問うと御子神先輩は肩をすくめた。そうして視線を真っ直ぐにして告げる。
「はっきり言うわね。作哉くんの死は心霊的なものじゃないわ。人間が殺したのよ、あれは」
「やっぱり、そうなんですか」
「呪いに殺されたら、さすがに私もわかるわ。だけど作哉くんのあれには、そういった痕跡が何もないから」
「でも、そういう話ならキアラも呼んでもよかったと思うんですけど」
そう俺が言うと御子神先輩は躊躇うような仕草を見せたのちに言った。
「はっきり言いましょうか。私は希久本さんを怪しいと思っているの」
「は? なんで?」
呆気にとられた俺を御子神先輩が小さく笑う。
「当たり前でしょう。桐嶋心花さんたちが卵を受け取った、廃墟探索二回目の日、廃墟付近にいたのは希久本さんだけだわ」
「いや、でも卵はダンボール箱に入れられて廃墟の玄関に置かれていたという。そんなの誰だってできる」
「――果たしてそうかしら?」
「え?」
意味ありげに尋ね返した御子神先輩を俺は訝しげに見つめた。
「そもそも、あなたの『誰だって』は誰を想定しているの? 私かしら」
「そんなことはないけど」
どうしたんだ、御子神先輩。
いやに攻撃的だな。
混乱している俺に気付いた先輩は軽く頭を下げて言った。
「……ごめんなさい、酷いことを言ったわね。とにかく、これ以上、私は被害者を出すわけにはいかないの。作哉くんのこともあるし、本格的に卵憑ノ巫女を捜さないと」
だからといってキアラを疑いたくはない。
先輩の言葉には素直に頷けなかった。
「――それと慶助の家に空き巣が入ったようね。何も盗られなかったようだけど」
「そう……ですね。何故なんですかね」
「二回目の廃墟探索を企画したナマハゲは来なかった。
桐嶋心花さんと一緒に呪われた高校生一人が何者かによって殺された。
廃墟が燃やされた。
そして依近くんが亡くなった。……殺された。
これら全て無関係だと到底思えないのよ」
御子神先輩は腕を組みながら続ける。
「猪生くん、私の見立てだと、あなたが一番真相に近いはずだわ。だから教えて。何でもいいわ。少しでも奇妙だと思ったことを」
「教えるのは構わないんですが、その前に先輩、ひとつ聞いていいですか」
どうにも先輩の言葉は支離滅裂なところがある。
俺はそれが一つの真実に導いているように思えたのだ。
それを確かめるための質問をする。
「どうして俺が真相に近いと思ったんですか?」
「――それは、私が答えるまでもないんじゃないの?」
御子神先輩の声音を深呼吸しながら受け止めて、彼女の代わりに答えを告げる。
「俺を疑っているからですか」
「正解よ、猪生くん。私はあなたも巫女だと考えている」
「理由を教えてくれますか」
「あなたの場合は消去法よ」
御子神先輩は自分の胸を手で抑えた。
「当然よね。私は、私が巫女じゃないって知っているもの。そうね、あえて言うともう二つ」
冷え切った目で御子神先輩は俺を見据えた。
「――何故、自分の卵について口を出さないの? そしてあなたが所持している最初の黒いノート。その中身をどうして確認しないのかしら?」
「それは……」
「ずっと気になっていたのよね。前に遊園地で見せてもらったあの黒いノートに呪い殺された慶助の記憶が記載してあるのだとしたら、最初に廃墟で拾ったあの黒いノートは、誰の記憶だったのかしら。……ねえ、見せてくれる? 猪生くん?」
なるほど。
そうきたか。
俺は鞄の中を開けた。
「実は今、その黒いノートを持っています。これを見てくれたら俺が何故、読むのを躊躇ったのか、わかると思います」
黒いノートを差し出して、一ページ目を開く。
ちょうど御子神先輩から見えるように。
清澄くん以外が、この先を読んだら殺す
――清澄くん以外が、この先を読んだら殺す
御子神先輩は黒いノートの1ページ目を見て絶句していた。
「俺は清澄くんじゃないし。さすがにこれは、まずいと思って。一連の事件を考えると、あまり良い言葉ではないと思い、これ以上は後追いしなかったんです。御子神先輩にも話さないといけないとは思ったんですけど、下手に見せて巻き込むのはダメだとも思って」
そう俺が言うと御子神先輩は黒いノートから顔を離して俺を見つめた。顔を強張らせながらも首を横に振る。寒いのか鳥肌を立てている。
「それと俺の呪いの卵、別に見せても構いません。うちに来ますか?」
「そうね。とにかくあなたの家に行きましょう。やはりこの黒いノートはよくないわ。禍々しい何かが詰まっている。きっと中身も相当なものよ」
御子神先輩は手首を擦りながら言う。俺に黒いノートを返してきた。
「相当?」
ノートを受け取った俺を見て御子神先輩は頷く。
「ええ、相当な怨嗟よ」
言い切った御子神先輩は暗い気持ちを振り払うかのように声を張り上げる。
「とにかく的確に行動するためお互いの情報を交換しましょう。――おそらく作哉くんが亡くなったことで、咲耶ちゃんの卵も時間の問題だから。早く彼女を助けてあげないとね。あなたの家に行きましょう?」
だが家に戻り、自室に入った俺を待ち構えていたものがいた。
「先輩たち、私を仲間はずれにするの、禁止!」
キアラだ。
「ど、どうしてここに……」
そう俺が問いかけるとキアラは立ち上がり腰に手を当てて頬を膨らまして言う。
「先輩が仲間外れにするのがわかったから」
ぷんぷん怒るキアラに御子神先輩が戸惑うように話しかける。
「ど、どうしてわかったのかしら」
「何となくだから」
何となくかよ、すげえな。
俺とキアラと御子神先輩はカーペットの上に座っている。
その中央には白いノートがあった。シャープペンシルも用意してある。
そして、その隣には閉じられた黒いノートがある。
俺たちが最初に廃墟で拾ったノートだ。
「俺の持っている情報を公開するな。まず俺たちが廃墟で拾った黒いノート、この1ページ目を見てほしい」
そこには、先ほど御子神先輩が見た『清澄くん以外が、この先を読んだら殺す』の一文があった。
キアラは少しだけ顔をしかめると次のページをめくった。
「お、おい、キアラ!」
そう俺が止めたがキアラは気にしないで次のページをめくる。
「もう私、呪われているようなものだから平気。大丈夫」
「だからといって……!」
「大丈夫だから、ね」
キアラは俺たちに見せないように黒いノートを読み始める。
御子神先輩が慌てて彼女の行為を止めながら言った。
「希久本さん、私もあまり感心しないわ。そういう行為は次からはやめてほしいわね」
「ごめんなさい」
素直にキアラは謝ると黒いノートの中身を話しはじめた。
「……これ。清澄くんへの恋心がずっと綴ってある。それだけのノート」
御子神先輩はキアラから黒いノートを渡して貰うと中身を読み始める。しばらくして大きく頷いて答えた。
「ええ、そうみたいね。でも残念ね、清澄くんは別の女の子、有島郁奈ちゃんが好きだったようね」
キアラは嘆息しながら続ける。
「この子、可哀相。どうも清澄くんの気を引きたいから呪いの家に入って、それで呪われちゃったみたい」
まるで慶助みたいだな。慶助も御子神先輩の気を引きたくて呪いの廃墟で肝試しを企画したんだ。
喉の奥まで出かかった言葉を俺は飲み込んだ。
そんなこと、言ってはいけない。
御子神先輩はノートを読みながら言った。
「ただ今と違うのは、このノートの持ち主が入った家には、まだ住人がいたのよ」
「住人?」
俺の問いに御子神先輩が重々しく返答する。
「ええ、老婆と女性でふたり暮らしだったみたい。この子は老婆に出くわしてしまって逃げ出してしまったようだけど」
「でも呪いの卵を受け取ったんだろう? 俺たちと同じように呪われたから、こうして黒いノートが残っているんだ」
「――あの家に入ったら呪われてしまう。それは間違いないのでしょう。あの家は燃やされてしまったから、もう誰も呪われることはない。それはいいことなのかもしれないけれど……じゃあ、一体誰があの家を? それがわかってて、あの家ごと呪いを絶やしたの?」
御子神先輩は立ち上がって部屋をグルグル回りながら考え込んでいる。半ば独り言のように呟きながら俺の顔を見た。
「ねえ、猪生くん。この子の名前を図書館にある過去の文集から探せないかしら」
俺は先輩に答える代わりに鞄から一冊の文章を渡す。
「図書館に行くまでもない……これ、過去の文集なんだ」
「どうしたのよ、それ」
「ほら、以前、先輩と清流院探偵を調べるために図書館に行っただろ。何かの手がかりになるかと思って、そこで借りてきたんだ。ただ清流院という苗字はどこにもなくて……」
「ふうん、それが手がかりというなら清澄くんの名前がないか、今は文集を調査しましょう」
そう御子神先輩が言ってキアラはコクンと頷き、文集のページを開く。
「多分、清澄くんはいるよね。そして、きっと有島郁奈ちゃんも。だってこの子は、清澄くんのクラスメイトだもの」
キアラの言葉に俺は曖昧に首を捻りながら返答する。
「実はもうある程度、中身を確認してて――確か、清澄はいたはず、だけど有島の名前に見覚えはないな」
「え、どうして?」
「わからない。転校したのかもしれない。だから卒業文集に載っていないのかも」
わからないことばかりだ。
「本当におかしなことばかりね。呪いの卵を受け取って殺された少年と関係があるのかしら。慶助の家に空き巣が入ったこととも? おかしなことを言うなら、二回目の廃墟探索のリーダー、ナマハゲはどうして現場に来なかったのかしら」
混乱した口調でまくしたてる御子神先輩を座らせて俺はシャープペンシルを手に取った。
「ちょっと整理しよう」
・美咲の卵から孵った化け物が殺された
・過去に学校で大量に人が死ぬ事件があったらしい(伝聞)
・俺たちの学校は呪われている?
・清流院探偵は俺たちの学校の卒業生らしい(弟から情報入手)
・最初に拾った黒いノートの持ち主は、俺たちの通う学校の卒業生?(卒業する前に死んだ? 俺たちと同じように呪いの卵を受け取った?)
・心花たちが呪いの卵を受け取った。ダンボール箱に入っていたらしい。そこまでの経緯は不明(記憶がない?)
・二回目の廃墟探索を企てたナマハゲは当日来なかったらしい
・心花と同じように呪われた少年は何者かに殺された(呪いとは関係なし?)
・廃墟は不審火で焼失した
・慶助の家が空き巣にあった
「色々情報が分散しているね。どれが一番重要なのかな」
キアラの言葉に御子神先輩がはっきりと答える。
「黒いノートでしょう。呪いのルールが記載してあるメモと一緒に置かれていたのよ?」
「……有珠先輩が置いたんだよね、このノート」
「おそらくそうでしょうけど……」
先輩の反応は煮え切らない。
「どちらにせよ巫女についての手がかりがあるに違いないわ」
だが、その声音に力はない。
「私は清流院探偵が何故、先輩に自分のことを教えたのか気になるよ。探偵さんと弟さん、一緒にいて平気なの?」
キアラは俺を心配げに見つめながら声をかけてくる。俺は肩をすくめながら言った。
「俺はあいつには探偵と関わるなって忠告したぞ、それなのに……」
「じゃあ、どうして一緒にいるのかな?」
浮かない顔をしたキアラに俺は言う。
「一緒にいるといえば、あの探偵、外人めいた不審者と知り合いだったぞ」
「――蜘蛛の化け物を殺したのは誰かしら。その不審者なのかしら」
「それじゃあ呪われた少年を殺したのも――?」
御子神先輩の言葉に続くように言ったキアラに先輩も頷く。
「その可能性が高いのかしらね。……不審者について何か知っていないかしら、猪生くん」
「キアラといるとき、あいつら俺たちに「呪われた子どもを知らないか」と聞いてきたぞ」
「……普通に考えたら、呪いの卵から化け物が産まれる前に、呪われた子どもを殺すことで呪いの連鎖を止めようとしているんでしょうけど……」
それを聞いたキアラが青ざめて唇を震わせた。
「それじゃ私と先輩たちが卵の呪いを受けているってバレたら……バレないようにしないと、私たちも、その高校生や作哉くんと同じように?」
「本当にそうかしら?」
首を傾げた御子神先輩は続ける。
「不審者たちのいた学校……実は前々から私的霊感レーダーが反応していたのよね。もし、それの正体が呪いを止める存在なら、霊的存在であるはずがないし」
「うううーん」
わからなくなってきた。
呻きながら俺は頭をかきむしる。
「混乱してきたので、もっとまとめてみる、私なりに」
頑張るぞ、とキアラは白いノートに情報をまとめ始める。
・心花ちゃんたち
↓
①呪われた。ダンボール箱から卵は拾ったらしい
②廃墟に入った理由は廃墟探索企画者のナマハゲさんが来なかったかららしい
③呪いの原因となった廃墟は何者かによって燃やされた
・不審者二人(御子神先輩のレーダー反応。幽霊なの? 怖いね)
↓
①蜘蛛の化け物を殺した?
②呪われた子どもを捜している?
③心花ちゃんの知り合いの先輩を殺した?
・怪しい探偵と先輩の弟
↓
①やっぱり怪しい
②探偵は不審者二人と知り合い?
③探偵は先輩と同じ学校の卒業生?
④学校は呪われているんだよ!(弟談)
⑤やっぱり二人とも怪しい
・緑先輩(偽物)
↓
①空き巣に入られる。モノは盗られていない?
「こう、まとめてみるとわかるけど、ちょっと慶助の事件だけ浮いているわね」
「本当は、どこかと関連があるのかもだけど、判断材料が足りないから」
「誰が慶助の家に空き巣に入ったのかしら? やっぱり不審者?」
「でもそうだとしても何故、緑先輩は無事なのかな」
御子神先輩とキアラが暗い表情のまま話している。
そこに、電話がけたたましく鳴り響いた。
「――電話だ」
俺は電話を取った。
咲耶からだった。
「クソ野郎ども、超元気ぃ?」
「私は最悪な気分ですよ、マジクソ」
「ずーーーっと考えて答えがようやく見えてきたんですぅー」
「……お前たちに復讐してやる」
「だってそうでしょう? お前たちが呪われなければ、私たちが呪われずに済んだ」
「作哉だって死なずに済んだんだ!」
「お前たちのせいだ! クソ野郎! 死ね!」
「いいんです、犯人はわかっているから。お前たちのことなんか気にせず、復讐してやります!」
咲耶は一方的に呪詛の言葉を撒き散らすだけ撒き散らすと電話を切ってしまった。
「どうしたの、先輩。大丈夫? 誰から電話だったの?」
キアラの返答に躊躇しながらも俺は言った。正直に話すには、あまりにも不気味な言葉だった。曖昧に濁す。
「咲耶ちゃんの精神状態がよくないみたいんだ。卵が孵る前に何とかしないと」
「本格的にいよいよヤバくなったわね」
御子神先輩は顔をしかめて言う。キアラはしばらく考え込んで口にした。
「……心霊的な対応は後回しにして、咲耶ちゃんの両親や友達に相談して、咲耶ちゃんのメンタルケアをお願いしたほうがいいと思う。一人で考え込むと辛いだけだから」
キアラは既に咲耶の両親の連絡先を聞きだしていたらしい。
「悲しいことだけど私たちでは彼女をどうすることもできないから。私から咲耶ちゃんのお母さんたちに、お願いしておくね」
「ごめんなさい、希久本さん。面倒なことばかり、あなたにお願いして」
「ううん。いいの。気にしないで。少しでも力になれるなら私は嬉しいよ。霊感とか、そういう方向性では、私は力になれないから」
キアラは微笑んだ。
そんなキアラがいるだけで俺は頼もしい気持ちになる。
だけどそれを下手に口にしても彼女の重荷になるだけだ。
俺は彼女への感謝の言葉を簡潔に口にする。
「ありがとう、キアラ」
気持ちだけは目一杯込めて。




