第二十五話 遺体
行方不明の高校生、遺体で発見 民家前にて
×日午後から行方不明になっている×市×丁目の××××君(16)を捜索中の×県警は×日午後、同市×町の民家前で、黒いポリ袋に包まれ、頭だけ出して倒れている××君を発見した。××君は既に死亡しており、県警は司法解剖して死因を調べる。
遺体が見つかったのは、××君の自宅から約5キロ離れた民家前。××君は×日午後、学校から帰宅途中の際に行方が分からなくなっていた。
××君の遺体が見つかった前の民家では放火による火災が発生し、県警は事件との関連性を捜査している。
昨夜、俺は咲耶から妙な電話を受け取った。
「何にも教えてくれない頑固なお兄さん!」
「この事件を解決、解決~!」
「至急、作戦会議が必要であります!」
「作哉だけじゃなく前のメンバー集めて、解呪に向けて頑張るぞい!」
好きなことを好きなように吐き出したあと、電話は切られてしまった。
どうも咲耶は、もう一度、前のメンバーで同じ喫茶店で集まって話し合いをしたいらしい。
廃墟の火災や慶助の家が空き巣に入られたこと、俺たちの学校で昔、大量の死亡者が出たことなど、共有したい情報はたくさんあるため、俺も同じ気持ちだ。
すぐに俺は御子神先輩やキアラに連絡を入れると、待ち合わせ時間よりも早く、先に約束の場所に向かうことにした。
「やあ、君って確か、桐嶋美咲さんのお友達なんだっけ」
こいつは、以前、学校で出会った金髪の不審者だ。
明るい笑顔だが、どこか不気味さを感じさせる。
そもそも外見が、もんのすごく日本人離れしているというか。
何人だ、こいつ?
背後にいる褐色肌の男もそうだ。絶対、外人さんだ。
しかし桐嶋美咲ね。
「少し彼女について話したいことがあるんだけど、いいかな?」
コウは、なれなれしく俺の肩に手を回す。
「君にもメリットのあることだから」
「……あなた方は?」
「フリージャーナリスト。ちょっとそこでお茶をしないかい?」
そう言いながらコウは近くの喫茶店を指差した。
「しかしまさか学校で偶然会った君が、美咲さんのお友達とはね。これも何かの縁かな。身近なところにメリットは存在する。とても素晴らしいね!」
ぐいぐい彼は俺を無理やり喫茶店に連れて行く。
俺のほうも美咲の名前を出されては無視できない。
席に着き、注文を終えるなり、コウはずばっと核心を切り出してくる。
「もし君の友達、美咲さんが呪いによって殺されたんだとしたら、どう思う?」
「……」
「呪いなんて存在しない、なんて思っているかな?」
呪いのことは知っている。
ただ、何故こいつがそんなことを言い出すのか不思議なだけで。
「ところがどっこい、呪いは実在するのさ! ねえ、ゼン?」
ゼンと呼ばれた男は頷きもしない。
「前も話したよね、俺たちは呪われた子どもたちを捜している。美咲さんは呪われてしまって死んでしまった。俺たちは彼らが呪い殺される前に助けたいんだ」
いきなり何を言っているんだ、こいつら。
「何を言っているのか、俺にはさっぱり……友達の死を蒸し返されても困ります」
「……そうだな、困るだろうな。お前の考えていることを教えてやろうか。こいつら、急に呪いのことを口にして気持ち悪い。……そう思うのは勝手だが、俺たちは呪いについて真剣なんだ。気持ち悪いと勝手に決めつけられて、俺たちの気持ちをないがしろにされても困る」
は、はあ?
気持ち悪いとは思っていない。
そもそも俺は呪いを信じているわけだし。
「そして俺たちは、そもそも呪われるようなことをした奴らが悪いと思っている。だって当たり前だろう。今回の呪いの廃墟は、元々入ったら呪われるという噂があった。そんな場所に好奇心で不法侵入した輩が全面的に悪く、結果、命を伴った危険な目にあったとしても自業自得というものだ。後からこんなはずじゃなかったと思ったとしても後の祭り。自分で責任を取れないことを不用意に行った上で周囲に迷惑をかけていることを、自分でどうにも思わないことこそ問題だ。……そう思わないか? 気持ちだ、心だ、どうしてそうなったのか、きちんと自覚するべきであり、その先に待ち受けるものも甘受すべきだ」
「――は?」
俺たちが悪いって?
それはそうかもしれないが、さすがに乱暴じゃないか。
そんな俺の反応を見てゼンは顔をしかめた。
やばい、露骨に反応してしまったか。
「……不公平だとでも?」
は?
「呪われた人間は無防備で、ある意味では被害者だ。哀れだと思い救いを差し伸べるべき存在とでも? だがそれでも自業自得だ。呪いとは無関係に生きた、いいや、呪われないように普通に生きてきた人間と対等に考えることこそおかしい。……それこそ、不公平だ。普通に生きてきた人間は、彼らなりに普通とは何かを考えて、普通を意識して、色んな模索をして、精一杯に生きてきた。その頑張りをなかったことにして、勝手に呪われた人間を、何もしてこなかった人間と並べて公平に扱うなどと許されていいわけない」
「――そう、それこそ本当に不公平なんだ。頑張った人間の努力を、簡単に踏みにじっていいわけはない。その頑張りすら誰もが公平で扱うべきという体裁めいた理由で蹂躙していいわけもない。もし、そんなことをしてしまうと、普通に生きてきた人間の頑張りを、一体、誰が認めてやるというのか」
こいつ、何を熱演しているんだ?
意味がわからない。
思わずポカンと口を開けてしまう。
だがゼンはそんな俺の反応を別の意味に受け取ったようだ。
「まだ呪いというものを受け入れられないか。俺が言いたいのは、呪われるようなことをするな、頑張って普通に生きてくれ。それだけだ」
まだ唖然としている俺の顔を見て、ゼンが僅かに眉根を寄せた。
ゼンが口を開いた。
「今まで話したことは全部うっそぴょーん……なんてな」
え、え、え、う、うそ? ぴょん?
混乱してきた俺を見てゼンは嘆息した。
「悪かった、初対面の俺にそんなことを言われても困るよな。現在進行形で俺も困っている」
「やあやあ、こいつ、たまに変なことを言うようなキャラで……あまり気にしないでね、戸惑わせてしまってごめんね」
コウのフォローでも俺の頭はついていかない。
「もし知っていることが少しでもあったら教えてほしいかな。俺たち、かなり力になれると思うから。君
だって、これ以上の不幸が周りで起こるのは嫌だろう? メリットデメリットのバランスを考えて、君の中で答えを出してほしいかな」
そう差し出された名刺を俺は黙って受け取るしかなかった。
ゼンとコウという二人の男にとっつかまってしまい、時間を食ってしまった。
ただ夕方、約束の時間には間に合いそうだ。
喫茶店に入った俺を待っていたのは咲耶ひとりだった。
「まだ作哉くんは来ていないのか」
そう言いながら席に座ると、咲耶が話しかけてくる。
「色々頼んだからね! でも新しい携帯のほうに連絡しているけど、なかなか返事が来ないんだよね!」
オレンジジュースを飲みながら不満そうな表情を見せた彼女に、俺は問いかける。
「色々?」
「色々!」
「無理難題?」
「うん!」
なるほど。
姉に振り回されてそうな弟だとは思ったが、見た目通りか。
「……作哉くんは立派で良い子だな」
「うん、作哉ってば、本当に良い子!」
咲耶は満面の笑顔で肯定する。
「私と双子なんて、とても思えないくらい。もし作哉の素晴らしさに気付けないというなら、そいつはとんでもなくクソ野郎! ですですー」
クソ野郎と連呼しないほうがいいぞ、咲耶ちゃん。
そんな風に言っても聞きやしないのがわかっているので、あえて口にはしないが。
「私、自分で言うのも酷いけど、大分我が儘! 凄まじい我が儘娘! だけど作哉はそんな私の我が儘を広い心で何でも受け止めてくれる! 大好き! 愛している! もちろん、こんな私の気持ち、わかるよねクソ野郎!」
「あ、ああ」
下手な返事をしても汚い言葉が返ってきそうなため曖昧に笑って誤魔化す。
そうこうしている内に御子神先輩やキアラがやって来た。
――だが、いつまでたっても作哉は来なかった。
「もーどうして早く来ないのかしら」
咲耶は頬を膨らませて言う。
「みんな待っているのよ」
豪雨の中、作哉の葬儀は行われた。
両親や親戚の悲痛な叫びは雨音では消せないほどだった。
当然だ。
――作哉の四肢は無惨にも切断されていたという。
その上、蜘蛛の着ぐるみを被せられていたのだ。その蜘蛛の脚も全て、切断されていた。
――まるで以前、運動場に放置されていた蜘蛛の化け物の死体のように。
見立て殺人なのか。
それともただの愉快犯なのか。
俺たちを怖がらせて面白がっているのか。
――呪いじゃない。
これは人間の仕業だ。
何故なら卵が割れた形跡がどこにもないのだから。
美咲の時は殺害現場の付近には卵の欠片が散乱していた。
また美咲も慶助の時も異空間に巻き込まれた。
今回は、それがない。
慶助の時のように巻き込む相手が条件によって絞られていただけかもしれないが。あの時は廃墟に入ったものだけが異空間へと連れて行かれたのだろう。
どちらにせよ俺には作哉の死が呪いによるものとは到底思えないのだ。
葬式も終わり帰ろうとする俺をキアラが話しかけてきた。
「……先輩」
彼女の表情には、どこか疲弊した様子がある。
仕方ない。
高校生の子、作哉と新たに呪いの卵を受け取った子どもが次々と死んでしまったのだから。
「咲耶ちゃんは?」
俺がそう質問するとキアラは力なく首を横に振る。
「葬式にも来てないのか」
俺の言葉にコクリとキアラは頷いた。
「本当、どこに行ったんだ、あいつは」
作哉の葬式は、およそ静かとはいえない状況だった。
密葬なのにも関わらず、どこから嗅ぎつけたのか数多のマスコミで溢れかえっていた。
それだけ作哉の死体はセンセーショナルだった。四肢を切断されて蜘蛛の着ぐるみを被せられて学校の運動場に放置されていたのだ。
まだ暗くもなっていない夕方、目撃者は俺たちと同じ学校の生徒だったらしい。
つい先日、同じ学校の生徒が次々と不審死しているのだ。
マスコミが飛びつくのは当たり前だった。
そんな中、咲耶が行方不明だった。
「咲耶ちゃんを捜しに行くんですか、先輩?」
そうキアラが訊いてくる。
「どうして来ないのかな。だって作哉くんの……」
葬式なのに。
「そうだな」
そう言いながらも俺は周囲を見渡す。カメラを持ったマスコミたちが蠢いて、あちこちになめ回すような好奇の視線を向けている。
こんな場所に来たくない気持ちもわかる。
咲耶たちの両親は弱く、押し寄せるマスコミを止める術を持たなかった。
美咲のときは、こんなに酷くなかったのに。
「あのね、先輩。私、咲耶ちゃんを見かけたの。どこにいるのか知っているけど……」
キアラの言うことはわかる。
こんな野次馬の集う場所に咲耶ちゃんを呼んでしまえば負の心が膨れあがるだけだ。卵を育ててしまいかねない。
だけど。
「話だけはしてこよう」
一人にしているのが心配だ。
「キアラ、一緒に来てくれるか」
そう言うとキアラは嬉しそうに微笑んだ。
咲耶は学校の運動場の端にいた。
殺害現場は警察の手によって近づけないようになっている。
警察の現場検証が終わるまでは休校だ。
「あは、クソ野郎じゃないですか」
俺に気付いた咲耶が緩やかに首を曲げた。
「私に何の用事なんですかぁ?」
近づく俺たちに咲耶は薄暗い敵意を向けてくる。
「もしかして私を笑いにきたんですかぁ?」
「そんなこと……」
「嘘つき」
俺の言葉を咲耶は即答した。
「本当は私のことバカだと思っているんですよねえ、私だけじゃなく作哉も」
そんなことはない。
もう一度口にしようとして言葉は封じられる。
咲耶の表情は、あまりに不快に歪んでいたからだ。
「呪い殺された作哉のことをバカだと、アホだと、どうしようもないクソ野郎だと……そう思っているんですよねぇ」
どう言えば彼女の病んだ感情を止められるか。
俺は少し考えて口を開ける。
「……それが……その、呪い殺された、なんだが……」
躊躇うようにして続けた。
「これは俺の考えなんだが、作哉くんは多分呪い殺されたわけじゃない、死に方が違うんだ」
「だから?」
「え?」
「だから何なんですかよぉっ! もう作哉はどこにもいないのに!」
険しい顔で咲耶は俺を睨みつけて怒鳴る。
「てめぇが殺したんだろう、クソ野郎が!」
ああ。
彼女は行き場のない怒りを抱えて、どうしようもないのだ。
悲しくて辛くて。苦しくて腹立たしくて。
それがわかるからこそ、俺は謝罪する。
「……咲耶ちゃん。すまない」
「すまないじゃねーよ、あんなに呪いが危険なら、もっと忠告するべきだし強く止めるべきだっただろうが! それをてめーがサボってから、こんなことになったんだろうが!」
咲耶の罵声に俺の横でキアラがぐっと唇を噛んだ。だが何も言わずに咲耶から目を逸らす。
「責任を取れ! 責任を取れよ!」
咲耶は俺に詰め寄ると怒りの感情を滾らせて俺にぶつけてくる。
「私は悪くない! 作哉も悪くない!」
「大丈夫、誰も咲耶ちゃんたちのことを責めてないから」
「嘘だっ!」
咲耶の目は血走っている。
「呪われた廃墟に入った私たちが悪いって、てめーも思ってんだろうが! 自業自得だって思ってんだろうがよ!」
「……だから、死に方が違うから呪いで殺されたんじゃ……」
ダメだ。
コレじゃ同じことの繰り返しだ。
咲耶をうまく慰める言葉を持たない俺は必死で考えるが、うまく口が回らない。そうしていると咲耶は頭をかきむしりながら叫ぶ。
「あーあーあーあーあー! てめぇが私に話しかけるから、さっきまで見えかけていた答えがどっか行っちゃったじゃんクソ野郎!」
答え?
何の話をしているんだ?
戸惑っている俺にキアラが服の裾を引っ張りながら小声で話しかける。
「ダメだよ、先輩」
悲しそうな顔をしてキアラは続けた。
「正論を言っても大きな感情の前では無意味だから。こういう場合は、もう……」
ぐっと悔しそうな顔をしたが、すぐに無表情になると言った。
「冷たい言い方だけど、あまり親しくない私たちの言葉じゃ何も届かない。言葉は決して奇跡を起こす魔法の呪文じゃない。何でもできるわけじゃない。悔しいけど、できないことはできないんだって自覚しないといけない。がむしゃらにできるんだって信じ込んで進んでも何もならないから。……ごめんね、先輩。うまく言えなくて。でも、もう……」
キアラの言いたいことはわかる。
俺は咲耶を見つめた。
彼女は歪んだ表情で息を荒くしながら髪を掻きむしっている。
もう俺たちの姿は眼中にないようだ。
「……それよりも先輩、御子神先輩がね、話があるって……」
話を変えるようにキアラは言った。




