第二十四話 燃える
「こんな所で何をやっているんだ」
街路で清流院と会話をしている弟に俺は話しかけた。
秀義は驚いた顔で俺を見つめている。やがてばつの悪そうな表情になり後頭部をかいた。
清流院探偵は無表情のまま俺に顔を向けてきた。
探偵と話していたのは弟だけではなかったようだ。
他にも男がふたりいる。
――そう、学校であった不審者だ。
「やあやあ、どうも」
コウと呼ばれていた男はニコニコとした顔で俺に気安く話しかけてくる。
「この間は学校にいて、ごめんね?」
「別に構いませんが」
「君、この探偵を知っているんだ?」
「ええまあ、その……色々あったもので」
「ふぅん、色々ねえ」
コウは目を細めて興味深げに俺を観察する。
もう一人の男は微動だにせずコウの背後に佇んでいる。
な、なんなんだ、こいつら。
「……僕から忠告だ。この探偵さんと関わってもデメリットばかりだよ」
デメリット?
何の話だ?
「メリット、デメリットを考えて行動しなきゃ、君、詰んじゃうよ?」
キョトンとしている俺を見て薄ら笑ったコウは、ふっと俺たちから離れていく。
その背中を睨んでいる探偵の表情があまりに憎しみに満ちたものであったため、俺はかける言葉を失ってしまうのであった。
俺は清流探偵事務所に来ていた。
御子神先輩たちには既に連絡済みだ。
何故、秀義が探偵の傍にいたのか。どうしても気になって仕方がなかったからだ。
「おい、探偵」
そう呼びかけても探偵は俺のことを無視して本棚の整理をしている。
くっそ、無視か。
あんなに前は俺に絡んできたってのに。
今は空気みたいに扱いやがる。
探偵を責めても無駄っぽいな。
諦めた俺は方針を変えて、机に座り新聞に目を通している秀義に声をかけた。
「っていうか、どうしてお前が清流院探偵事務所にいるんだ」
「え、助手になったから」
助手だって?
「い、いつからだ」
「兄さんの知らない、だいぶ前から」
曖昧だな、おい。
秀義は俺の顔も見ずに、しかめ面しながら新聞を読んでいる。
なんだ?
あれは今日の夕刊、みたいだな。
一体、何が書かれているんだ?
「何故、助手になったんだ」
「探偵って、ワクワクする職業だよねー。だからー」
単純だな、おい。
だが弟のことだ。
もっと何か深いことを企んでいるに違いない。
「ふざけるなよ、本当のことを教えろ」
「へー」
何だよ、その生温い返事は。
俺がたじろいでいると、ようやく秀義が新聞から顔を離す。
ニヤリと毒のある笑みを浮かべてきた。
「それじゃあ、兄さんは自分自身の本当のことを教えてくれるのかなー? この僕に」
は?
何の話だ。
まさか俺にかかった呪いのことを言っているのか?
目を点にする俺に対して「そんな顔をすることはわかっていたぞ」とドヤ顔になる弟である。
「まあ、いくら兄さんとはいえ、ここまで会話してあげたら僕が素直に教える気はないってわかってくれたんじゃない?」
何て奴だ。
くそ、この方向性で責めても無駄か。とはいえ俺には自分の情報を相手にぶつけるしかない。
「あの変な男たちは何だ」
だが、そんな俺の質問に答えたのは探偵だった。
「あいつらには関わらないほうがいいぞ」
「どういうことだ」
「理由を教えてもいいが、今のお前じゃとうてい信じられんだろうよ。もう少しステップを踏むことが大事だな」
ステップだって?
怪訝な顔をしている俺に探偵は苦笑した。
「1ステップだ。教えてやれよ、秀義」
「いいんですか?」
「構わん。この程度のヒントならくれてやる」
「了解です。あのね、兄さん」
秀義は立ち上がると俺に近づき、読んでいた新聞を渡してくる。
なんだ?
どうしてこんなものを?
戸惑っている俺に対して弟は微笑みを向けてきた。
「清流院探偵さん、兄さんの学校の卒業生だって知っていた?」
「は?」
「ああ、やっぱり知らなかったんだ」
「それが? この新聞と何の関係が?」
「テレビでもやっているかもしれないけど、兄さんの学校って、最近、物騒みたいだね、人が死んだり、行方不明になったりさ……」
死ぬ? 死んだのは美咲のことだろう。
だけど行方不明って?
俺は新聞に目を通した。
『高一男子、学校帰りに行方不明 事件に巻き込まれた可能性
××県警は×日、同県×市の高校一年生の男子(16)が今月×日から行方不明になっていることを明らかにした。事件に巻き込まれた可能性があり、公開捜査に踏み切った。
県警によると、男子は×日午後、学校から帰宅途中の際、行方が分からなくなった。』
その名前に覚えがあった。
呪いの卵を受け取った最後の一人だ!
「あの学校そのものが呪われているんだよ、おそらくねー。20年前にも似たような事件が起こったらしいしさー、清流院探偵さんはその事件のこと、よーく知っているの」
そう秀義は告げた。
何て返答したらいいかわからない。
俺は誤魔化すように別のことを口にした。
「……お前、本当に清流院探偵とどういう関係なんだ」
「秀義。そんくらいは答えてやれ、可哀相だろ? わはは」
探偵が軽薄に笑う。
青ざめた俺の表情とは反して。
秀義は「やった! 探偵さんの許可もらった!」と目を輝かせながら話してくれる。
「さっきも言ったよねー。好奇心が大きな理由。次に兄さんの力になりたくて?」
「何でハテナマークがついているんだ。疑問系なんだ」
「そうだなー。その理由をあえて答えるとすると……」
「もう少し兄さんは自分の取り巻く環境の異様さに気付いたほうがいいと思って。僕はそんなお手伝いをしたいんだよー」
そんな不吉な言葉を言い残したのだった。
*
清流院探偵事務所を後にした俺を迎えたのは意外な人物だった。
「……御子神先輩」
「これでも私も色々反省や後悔はしているのよ」
まさか俺が出てくるのをずっと待っていたのだろうか。
ビルの前に、ぼんやりとした様子で突っ立っている先輩を見て心配になる。
「反省や後悔って?」
「あなたの話をちゃんと聞かないで、自分ひとりで何とかなると信じ込んで、結局、慶助を殺してしまったことよ。わざわざ、こんなわかりきったことを言わせないでちょうだい」
厳しい先輩の言葉を俺はしょんぼりとしながら受け止める。
そうだ。
結局、俺は空回りばかりで余計な被害を引き起こしてしまった。
だが先輩はそんな俺を慰めるように言葉を柔らかくする。
「……だから、あなたも一人で何とかしようとするんじゃなく、私に話してほしいの、このビルで何をしていたの?」
「それは……」
俺はビルから離れながら先輩に話す。
清流院探偵のこと、弟のこと、学校にいた不審者のこと、彼らが探偵と絡んでいたこと、そして学校の生徒が一人行方不明になっていること。その生徒は、おそらく呪いの卵を受け取った最後の一人であること。
先輩は髪をかきあげながら言う。
「……そうね、私もさっき知ったわ」
「美咲の卵から産まれた化け物も死んだ。俺たちの周りで何が起こっているのでしょうか。先輩のほうでも……何か、こう霊感めいた力でわかりませんか?」
「私の霊感でも何でもわかるわけではないわ。実際に完全に慶助本人に擬態した彼を見抜くことができなかった……。彼は人間そのものにしか思えなかったのよ。……そう、今の私が、誰が卵憑ノ巫女なのかわからないのと同様にね」
そうか、そうだよな。
そういえば先輩の卵は大丈夫なのか。
「先輩、あなたの卵は……」
「ごめんなさい、それはまだ話せないわ」
そう言いかけて先輩は悲しそうな顔をして首を横に振る。
「別に意地悪をしているわけじゃないのよ。でも秘密にしているのはよくないわよね。そう、理由があるの……もしかしたら呪いの卵をどうにかできるかもしれないの。だから人に見せるわけにはいかなくて……これで納得してくれるかしら」
呪いの卵を?
先輩は話題を変えるように早口で言った。
「清流院探偵は私たちの学校の卒業生なのよね。それなら学校の図書館で何かわからないかしら。確か過去の文集などが書庫にあったわよね」
俺は先輩の言葉に従って学校に向かうことにした。
学校の図書館は、休日でも開放されているからだ。
数時間後、学校の図書館にやって来た俺たちは卒業生のことを調べるのが、どんなに大変かを思い知らされた。
そもそも、あの探偵がいつの卒業生なのか不明なのだ。
御子神先輩も大変さに音を上げたようで、休憩がてらに学校内に置いてある自動販売機へと行ってしまった。
結局、探偵についての手がかりは得られなかった。
今度、弟に会ったら、もう少し情報を教えてもらうしかないな。
御子神先輩と解散したのちに俺はブルブルと震えたズボンポケットのスマホに驚いた。
げ、慶助。
どうして彼から電話が?
俺は思わず電話を拒否にしたのちに電源を切った。
この慶助と話したところでいいことはない。
そんなことは今までの経験で実感していたからだ。
だが自宅に帰った俺を待ち受けていたのは、再び慶助からの電話だった。
「緑くんからお電話がかかってきたけど、どうしましょう?」なんて言う母親の言葉に「ないない」と思いながらもニヘラと笑って「あとでかけ直すよ」と、かわしておく。
何なんだ。
このタイミングで慶助からの電話なんて嫌な予感しかしないんだが。
朝、学校、いつもの通り、慶助に挨拶をしようとした俺は、教室に入った途端、彼に凄まじい勢いで詰め寄られる。
「なあ、義忠。俺はお前に用事があってな。今から時間あるか」
「おはよう。俺はお前に用事はなくて、そして時間もない」
「へえ」
「そう」
「じゃあ、ここでも構わない。……お前がやったのか?」
「何の話だ」
「とぼけるなよ。俺の家が空き巣に入られて荒らされたらしいんだが、何も盗られちゃいなかったらしい。お前か? お前なのか? 何が目的だ、言えよ!」
慶助の家が物取りだって?
「知らない、そんなこと言われても俺は……」
「はあ? このタイミングでか? お前、何も言わないだけで俺のことをバカにしているんだろう、知っているんだぞ」
そりゃ、当たり前だ。
お前、本物の慶助を殺しているんだぞ?
俺が生かしてやっているだけだってことを忘れるな。
だからといって、それと、お前の家が荒らされたのは別だ。
俺じゃない。
だが、どうやら現状に苦しんでいる慶助を、わざわざ助けてやるような言葉をかける義理もない。
「で? だから? 何だって?」
「義忠……!」
「朝から騒がしいな、カルシウム足りていないのか? おかしな妄想に取り憑かれるくらいなら牛乳でも飲んだらどうだ?」
「ふざけるなよ!」
「ふざけてなんかいない、慶助、周りを見てみろよ、急に怒鳴り始めるお前のほうがどうかしている」
「義忠ぁッ!」
慶助が俺の胸元を掴みあげた。
おいおい、それは正直、朝から派手な行為だな。
先生に見られたら、どう言い訳をするのやら。
帰宅時、携帯に着信が入っていた。
最近はよく電話がかかってくるな。
慶助じゃないことに安心しながらも、自室で、かけ直す。
「作哉くんだっけ、どうした」
「用件は2件あって。姉さんが呪われたことも含めて、一連の事件解決に向けて、もう一回、みんなで集合したいんですと、もう一件は……」
作哉は口ごもりながら続ける。
「あのー、お兄さん。僕、やっぱりスマートフォン諦めきれなくて。廃墟に落としたのは確かなんで拾いに行きたいんですけど」
「それは……」
俺は考え込んだ。
ダメだというのは簡単だ。実際に前も「無理だ」と答えたしな。だが、それでも彼はかけてきたのだ。携帯電話を諦めきれない作哉の気持ちも理解できる。
「御子神先輩に相談してみる。ちなみにどこら辺に落としたのかわかるか」
作哉の返答を聞いて、俺は御子神先輩に電話をすることにした。
そうして俺は御子神先輩と作哉を引き連れて廃墟に来ていた。
だがそこで俺はとんでもないものを目にすることになる。
「何だ……これは……」
けたたましく鳴り響くサイレン、明滅する赤いランプ、悲鳴や怒号が混じる中で消防車やパトカーが駐車している。
廃墟の近くまでは行けない。警察から「危険だから離れるように」と警告されてしまったからだ。
遠くからでもわかる異様な状況に俺は息をのんだ。
空に火の粉が上がっている。
熱風が頬を撫でる。
――廃墟が燃えていた。




