第二十一話 ころせない
放課後、俺たちは学校近くの喫茶店まで移動した。
片隅に席をとり、俺は先輩とキアラと向かい合う。
慶助が卵から孵った化け物に殺されてしまったこと。
その化け物は慶助と同じ姿形をしていること。
慶助の死体は廃墟の庭に埋められていたが美咲のときと同様、今は消えていて、代わりに黒いノートが残されていたこと。
――本当は慶助の卵から孵った化け物は二体いて、その内の一体を清流院探偵からもらったガチャポンケースの蛙で倒したことは伏せておく。
そうして今後、俺が慶助、そして二回目の廃墟探索についてどうしていきたいかを説明したのだった。
話し終えた俺にキアラが神妙な顔をして問いかけてくる。
「つまり今の緑先輩は化け物なの?」
「そうだ」
「そして猪生先輩はそんな緑先輩と話に行くの?」
「そうだ」
「二回目の廃墟探索肝試し大会の日に?」
「そうだ」
キアラは思いきり不満げな表情をした。
「そんな化け物に先輩を会わせることなんてできない。私が代わりに……」
「いや、キアラには別に頼みたいことがある。そっちも大分リスキーだから」
「じゃあ私がやる」
即答だった。
「でも、どちらにせよ先輩は危険な目にあうの?」
心配げに顔を伏せたキアラに御子神先輩が髪をかきわけながら答えた。
「大丈夫よ、私がいるから」
「ああ、今回の件、申し訳ないけど、御子神先輩がいないと始まらないんだ。だから先輩には一緒に来てもらう」
「お願い、猪生先輩を守ってね、御子神先輩」
「ええ、わかったわ。安心しなさい、希久本さん」
御子神先輩が柔らかく微笑んだ。
俺は彼女たちを見てホッとする。
さっきまで言い争っていた時のギスギスした空気はない。
俺はメモにキアラに頼んでいることをまとめて書くと彼女に手渡す。
「……さっきも言ったようにキアラの頼んでいることも、かなり危険なんだ」
「大丈夫。バレないようにするから」
キアラはほくそ笑みながら、それを受け取った。
そうして二回目の廃墟探索の日が訪れる。
夜、俺と御子神先輩は慶助を遊園地に呼んだ。
そう、以前、俺たち呪われた四人で遊んだ近場の遊園地だ。
ちょうどパレードの最中だったらしく、きらびやかな光と音楽を振りまく巨大な犬や猫の象がクルクル回転しながら道を彩っている。
遊園地の入り口で遠くから見ても眩いゴージャスな色合いなのだから、間近で見ていると、もっと豪華で綺麗だろう。
「おや、祥子先輩じゃないっすか。義忠だけだと聞いていたのに」
すぐそこに慶助がいる。
ズボンに手を突っ込み、余裕の笑みを浮かべている。
「そう、御子神先輩も一緒なんだ、嬉しいだろ?」
「そうだな☆」
そんな俺たちのやり取りを御子神先輩は無言のまま冷たい双眸を見つめている。
「で、どこに行くんだ?」
声を弾ませながら言う慶助に俺は遠くの空を指差した。目指すべき場所を指し示すために。
その先にあるのは、キラキラ光る夜の観覧車だ。
「うん、向かう先は決まっているんだ」
そうして俺は慶助たちを引き連れて観覧車に向かう。
ここの観覧車は園内内全体を見渡せるらしく夜景を綺麗に見たい恋人たちのデートスポットとして知られている。だがここの遊園地自体、絶叫系アトラクションに力を入れており、客もそっち目当てが多いため、あまり観覧車に人気は集まっていない。
それに、ちょうど人気の少なくなる時間らしく並ばなくても入れそうだ。
「どうせ観覧車に乗るんなら、祥子先輩と二人きりがいいな!」
「お前ならそう言うと思ったよ。でも今は三人でな」
「ちえ」
空々しい会話だ。茶番もいいところだ。
御子神先輩は黙り込んでいる。ただチラチラ俺に視線をやり俺の言動を気にしていた。
俺たちは観覧車に乗り込んだ。
俺と御子神先輩は肩を並べて座っており、慶助一人が向かい側だ。
外の風景が上に動き出したのを確認して、会話を切り出した。
「慶助、スワンプマンについて調べたよ」
「へえ」
「お前はスワンプマンであって、慶助じゃない」
「……」
慶助は御子神先輩のほうに視線をやる。
口を僅かに弛めたまま彼は声を低くした。
「いきなりそんなこと言い出してさ、祥子先輩意味がわからなくて戸惑うんじゃねーの?」
「……慶助はさ」
俺は慶助の言葉を無視して言葉を続ける。
「慶助はさ、最初は純粋に先輩の力になりたかったんだよな」
「……」
「だけど聞いてもらえなくてさ、だんだん何で自分の思うとおりにならないんだっていう歯がゆい気持ちが大きくなってしまったんだよな」
俺は困惑している先輩を見る。
「正直、俺は先輩も悪いと思うよ」
「え、どうしてよ。どうして、そこで私に矛先が向くのよ」
顔を真っ赤にして反論する先輩に返答した。
「当然だろ。先輩は俺に説明したことを慶助にそのまま言わなきゃいけなかったんだ」
「あなたに説明したこと?」
「あえて事情を話さない。全部信じて任せてほしい。全ては慶助を危険な目に遭わせたくないから。そう説明すれば慶助だってわかったかもしれない」
結果論だが。
それでも少しは聞く耳を持ったかもしれない。
「――でも慶助には、そんな先輩の気持ちは伝わらなかった」
「……さっきから義忠は何を言いたいんだ?」
目を据わらせて慶助は俺に問いかける。俺は笑いながら返した。
「あ? お前がどうしてそうなったかを改めて共有しているだけだ。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないように」
「どういうことだっての」
「慶助は馬鹿だったからさ、そこで先輩について考えずに自分にベクトルがいっちゃったんだと思う。どうして先輩に認められないのか、それは自分が未熟だからだ、自分に霊能力がないからだ、自分が先輩と信頼関係を築き上げていないからだ、自分が自分が自分が自分が……」
俺は目を閉じる。学校へと変貌した廃墟で出会った偽物の先輩を思い返す。
「慶助は一番大切なものを見失い、殻の内に閉じこもってしまった。行き場の失った先輩の思いは最後に彼女の言葉で傷つけられた形のまま羽化し、そうして自分自身のことばかり考えて悩んだ末に、その感情は……」
目を開けて、俺は慶助を真っ直ぐ見据えた。
慶助は呆けた表情で馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「あのさ、さっきから何でそんなことを、こんな閉鎖空間で俺に話しかけてくんの? ぜんっぜん、意味わかんねーけど」
「あなた、どんな顔してそんなことを! 私たちはね、もう何もかもわかって……!」
俺は激昂する先輩を止めた。
「もう少し付き合えよ。産まれたばかりで状況把握に忙しいんだろうけど、かつての友人の会話くらいは時間とってもいいんじゃないか?」
「お前……」
険しい顔をした慶助を俺はニヤリと笑って言い返す。
「開き直りすぎだって? いいだろう、お前だって、ここに呼ばれた以上は、全部バレているんだって気付いた上でのことだろう?」
俺は鞄のファスナーを開けた。
「慶助はスワンプマンについて俺に質問してきた。だが俺は、お前はスワンプマンであって慶助じゃないと言った。そう答えた俺の解を知りたいんじゃないのか? とても納得なんていっていないんだろう?」
鞄から包丁を取り出して、その刃の先を慶助に向ける。
「慶助――そんなに御子神先輩が嫌いだったのか?」
その言葉に。
御子神先輩は、頬を引きつらせて。
慶助は、ハッと顔を青ざめさせた。
沈黙が長い間、続く。
「それは……」
慶助が答えようとした瞬間、俺は声を遮った。
「おかしいよな。かつての慶助なら即答できたはずだろ? そんなわけないってな。何故そんなに答えるのに時間がかかっているんだ?」
俺は慶助をあざ笑った。手首を翻して包丁をひらひらと揺らす。
「ああ、俺が悪かった。今の慶助に質問しても無意味だよな。最適な回答を返してくれたのは、かつての慶助だろうからな」
「お前、さっきから何が言いたい……慶助は今の俺だ!」
「ああ、そうだな。じゃあ、幾つか教えてほしい。そんな風に言うんなら、きっと答えられると思うから」
俺は包丁をブラブラさせながら問いかける。
「お前、死んだとき、どんな気持ちだったんだ?」
ヒュッと慶助から息を吸い込む音がする。
唇を震わせて怒りを目の奥に潜ませて俺を睨みつけている。
「――ああ、そうだよな。わかるわけないか。お前は死んだことがないもんな」
俺は嘆息した。
「スワンプマンの欠点は、あくまで記憶や知識を継承しただけであって、実際にそれを経験したわけじゃない。だから例えば忘れっぽい性格の奴なら思い返すこともできなくなる。毎回、読み返すように日記を書いていれば別だがな。その日記がなくなったらどうすることもできないよな。――ああ、お前のことだ」
「俺はスワンプマンじゃない!」
荒ぶりながら立ち上がった慶助に俺は包丁を突きつける。
頬を引きつらせながら慶助は座り込んだ。
俺はヤレヤレと肩をすくめる。
「うん、だからそのために今、質問をしているんだ」
「質問だって? 単に俺を挑発しているだけだろ!」
「まさか。俺も判断のつかないところがあるんだ。だから、もうひとつ。どうして俺に電話をかけてきたんだ?」
「電話だって?」
「俺に留守電入れただろ、廃墟に侵入する前に。どうして、あのとき、わざわざ俺に電話をかけてきたのかって聞いているんだよ。慶助は俺に卵を見せつけてきただろ? 御子神先輩から何か話を教えてもらったんじゃないかって誤解して、それを聞き出すためにさ。あのあとの話」
「……」
忘れっぽいと自覚していたからこそ日記をつけていたんだ。だから、わざわざここまで教えてやったんだ。
慶助はフンと鼻を鳴らした。
「そりゃ簡単な話だっての。お前に俺がこれから凄いことをやってみせるんだって見せつけるためだ。祥子先輩に認められるためには、何だって……」
俺は瞼を閉じた。
慶助の日記を思い出す。
義忠ばっかり!
先輩は義忠のことしか頭にないのかよ!
ああ、でも、何でだ。
どうして俺は先輩のことより、今は義忠が気になるんだ。
どれだけ先輩のことを想おうとも、友達を傷つけていいわけじゃない。
謝らなきゃな。
義忠に嫉妬して、俺、思ってもいないこと、いっぱい言ってしまった気がする。
まずは義忠と話してみないとな。
電話に出てくれるといいな、義忠。
「うん、そう言うと思っていた。やっぱりお前はスワンプマンなんだ」
俺は目を開けて言い切った。
「いいや、スワンプマンでも何でもないな。自分を偽物かもしれなくて本物になりたがっているお前は、もはやスワンプマンでも何でもない。ただの中途半端ものだ」
その声に慶助は瞼を大きく痙攣させる。
苦し紛れとも思ってしまうような乱れた呼吸で笑う。
「……はっ。大体、お前、こんな時に俺と会話して平気なのかよ。今、ちょうど二回目の廃墟探索している時じゃねーの?」
「そうだな」
俺はキアラに電話した。彼女はすぐに出てくれた。一言二言会話を交わして電話を切る。
「二回目の廃墟探索は中止になったってさ。残念だな」
「はぁ、なんで?」
そう言いながら慶助はスマートフォンを操作しだした。おおかた、巨大掲示板に立てられた関連スレを見ているのだろう。
「――は? 廃墟で小火? なんで?」
「放火騒ぎがあったみたいだな。誰かがすぐに通報したみたいで小火で済んだみたいだけど。たまたま二回目の廃墟探索の時間に合わせてパトカーが来てしまう騒ぎになるなんて残念だったな」
「……お前か、お前がやったのかよ?」
「さあな」
キアラに頼んだんだ。キアラが小火を起こし、自ら公衆電話から警察に通報した。
彼女もうまくやってくれたようだ。
あのとき、焼却場で学校の事務員が撤去するからと俺たちを追っ払った。
そうだ、別に頑張って結界なんて作る必要はない。
何かしらのわかりやすい危険さえ起こせば、人は自然と集まり警戒するようになるだろう。
一度、放火が起きれば廃墟の近所のひとが見回りするようになる。
もしかすると警察もパトロールしてくれるかもしれない。
そうしたら、どれだけネットで参加者を呼びかけようとも、なかなか廃墟に探索するなんて難しくなるはずだ。
「それで? 俺が慶助じゃないとしてスワンプマンだとして? この閉鎖空間で包丁を使って俺を刺し殺すのか? ははっ、ばっかじゃねーの?」
「――いいや、殺せないよ」




