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卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子


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第二十話 力になりたい

猪生(いのう)くん? どうしたの? 急に黙り込んで?」


 夜闇に沈んだ廃墟の庭で、呆然と座り込みながら電話から聞こえる先輩の声に返答する。

 どうしよう。

 先輩に言ってしまおうか。


 慶助(けいすけ)は死んだので仲直りなんてできません。残念でした!


 暗く笑った。

 そんなこと、冗談でも言えるわけがない。

 下手に刺激して先輩の卵を育てるわけにはいかない。

 そう、呪いの卵は負の感情を糧にするのだから。


「いいえ、何でもありません」

「そう……ならいいんだけど」


 心配そうな先輩を適当に誤魔化して電話を切る。


 俺は呆然としながら慶助の死体を改めて見つめた。


 どうする?

 警察に通報するか?

 そうしたら、あの慶助はどうなるんだ?

 逮捕されてしまうのか?

 化け物が警察に逮捕されるなんて。


 そこまで想像して、あまりに滑稽で笑ってしまった。


 俺は鞄からガチャポンケースに入った蛙を取り出す。


 清流院(せいりゅういん)探偵は、この蛙は鬼を喰うと言った。

 実際に俺は偽物の先輩をこいつに喰わせた。


 警察に通報する以外にもやりようがある。

 例えば慶助も同じようにコイツに喰わせてしまうのはどうだろう。

 そうしたら――死体も消えて何もかもなかったようにオシマイだ。


 俺の、汚濁(おだく)に染まった心だけが取り残されるだけで。

 でも、そんなのはきっとどうってことないのだろう。


 耳元で蝿や蚊の羽音がする。

 土で蓋されていた異臭も匂ってきた。

 こんな状態なら、俺が何もしなくても、そのうち死体は見つかりそうだ。


 ゆっくりと立ち上がる。

 ズボンに付着した泥や土を払いのけながらスコップを手にする。

 再び慶助を埋め直した。


 慶助のためじゃない。

 自分のためだ。

 これ以上、瞼を閉じている慶助を視界に入れたくなかったから。


 汗ばんだ額を手の甲で拭う。

 これからどうするかは家に帰ってから考えよう。


 廃墟を出た俺は驚愕に目を見開いた。


「――何をしていたんですか?」


 街灯の下、廃墟の壁前に心花(みはな)が立っていた。

 顔を歪めてこちらを見つめている。


「心花ちゃん? い、いつから?」

「さあ? いつからでしょうね?」


 含み笑いをしようとして、うまく表情を作れなかったのか、心花は思いきり顔をしかめた。余裕の雰囲気を醸し出そうとして失敗しているようにも見える。


 青ざめた顔で俺を睨みつけてきた。


「答えてください。今まで何をしていたんですか? ああ、それとも……」


 心花は低い声音を出す。


「こう聞いたほうがいいですか? ザクザクと音がしていたみたいですが、何か埋めていたんですか?」

「……どうしてここに?」

「私の問いに答えてくれないんですね。答えられない理由があるんですか?」


 挑むような目線を送ってくる。

 わかりやすい挑発には乗らず俺はもう一度質問する。


「どうしてここに?」

「お姉ちゃんはこの廃墟に肝試しに行ったあとに死にました。むしろ私がここに来ないほうがおかしいでしょう」

「そう言っている割には廃墟に入らないんだな」

「入るわけないでしょう。お姉ちゃんが死んだ原因かもしれないのに?」

「それなのに廃墟探索には参加するのか」

「たくさん人がいますからね」


 暗に人柱がたくさんいると言いたいのか。

 廃墟に入るつもりはないようだ。

 あからさまに安堵した俺に何か思うところがあったのか、心花が苛立ちを目に潜ませた。


「……でも、廃墟の外……庭くらいなら許容範囲かもですね」


 まずい!

 心花は俺を無視して横を通ると廃墟の庭へと足を踏み入れた。


「まてよ!」

「待ちません。待つ理由が存在しません」

「本当に……」

「わかっています、まずいんですよね」


 心花はズカズカと庭の奥へと進んでいく。


 ――そう、慶助が埋まっている場所へと。


 心花を止めようと彼女の腕を掴もうとすると強く振り払われた。

 強い意志を滾らせた目で睨みつけられて身がすくむ。


 呆然と立ち尽くしてしまった俺を鼻で笑うと、彼女は慶助の眠っている所まで辿り着く。傍に置いてあったスコップを手にして勢いよくザクザクと掘り始めた。


 ああ、もう隠し通せない。そう思ったのだが。


「何ですか、これは」


 心花は唖然(あぜん)としながら手を止めた。

 慶助の死体は消えていた。

 代わりに土に埋もれるようにして黒いノートが出てきたのだ。


「黒いノート?」


 心花は青ざめた表情で呟く。

 しゃがみ込み、黒いノートを手にしようとして、土からわいた大量のウジ虫に小さな悲鳴を上げて飛び退いた。

 少しだけ落ち着いた俺は、その隙をついて黒いノートを拾い上げる。


「ちょっと、お兄さん!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして、心花は俺からノートを奪い取ろうとする。


「その黒いノート! お姉ちゃんのにソックリです。どうしてそれが?」

「俺にもわからない……」


 何故、美咲のように慶助の死体が消えたのか。

 代わりに黒いノートが残されているのか。


 謎だらけだ。


 これで、俺は黒いノートを二冊持っていることになる。

 廃墟の肝試しで拾ったものと、慶助の死体の代わりに存在していたものだ。


「その黒いノートもお姉ちゃんのと同じなのかな」

「何が?」


 さすがにその呟きは無視できず問い返す。

 心花は何とも言えない表情をしながら答えた。


「お兄さんは、どうしてそのノートが黒いのか、わかりますか?」


 ノートが、黒い理由?

 知っているわけがない。


 答えなくとも俺の表情で返事がわかったのだろう。

 心花は神妙な顔をして続ける。


「……黒いノート、消しゴムで消せるの、知っていますか?」


 なんだって?


「そんな馬鹿な。なんで?」

「黒鉛筆で全ページが塗り潰されているからですよ」


 鉛筆? 何故に?

 何故、わざわざそんなことをする必要が?

 ますます黒いノートの存在が不気味だ。


「……そんな顔しても、私も知りません、何故鉛筆で塗り潰しているのかなんて」

「すまん」


 俺があまりに気落ちしていたからか心花は息を吸い込んで嘆息した。

 そして周囲に漂う異臭まで吸い込んでしまったのか、不快げに顔を歪める。


「その顔、本当に何も知らないんですね」

「ああ、だから正直……この黒いノートが鉛筆とかどうとか急に言われても……」


 困るのだ。

 彼女はそんな俺の態度が気にくわないのか、歯がゆそうな感情を見せつけてくる。地団駄を踏む様は子どもらしい。苛々した心花は鞄から黒いノートを取り出した。


「さっきからグダグダグダグダ物事に理由を求めてばっかり! もう正気じゃないことが起こっているんだから、いい加減、ヤバイことが発生しているっていう現実のほうを重視してもいいじゃないですか。

 とはいいつつ知ってます、どうせ自分の目で見たことじゃないと、スンナリ頭に入ってこないんですよね、私のお母さんもそうでした。お姉ちゃんが消えたことばかりが気になって、私がどれだけ黒いノートのことを話してもボーっとした反応ばかりで!」


 それは――美咲の死体の代わりに出てきたやつか。

 彼女はノートのページを開くと俺に見せつけてくる。


「だから現実を見せてあげます。読んで下さい、ここのページを」

 俺はノートを凝視した。


 消しゴムで乱暴に消したような白い箇所に、ボールペンで書いたような文章があった。



 さすがに入院が長引いているからお母さん元気ないみたいだね。多分そうだろうなってわかっていたから、あたしお茶好きのお母さんにティーパックをプレゼントするね。先生も烏龍茶程度のものだったら大丈夫だって言っていたしね。




「その部分は、お姉ちゃんが入院中のお母さんに話した言葉……だそうです。私はよく知らないんですけど」

「ええと……つまりは?」

「もうニブニブ! だーかーらー、お姉ちゃんとお母さんしか知らない事実がそこに書いてあるんですよ」


 なんだって?


「……私は、この黒いノートこそがお姉ちゃん自身じゃないかって思っています。もしくはお姉ちゃんの記憶とか。そうじゃないと説明がつきません」

「なんだ、どういう……」

「だーかーらー、何だソレ、とか、どういうことなのか、何でそんなことが起こるのか、とか、そういうのは、もういいから! 前に進まないから私の前では、その言葉、使わないでくれます?」


 じろりと見上げられて何も言えなくなる。


「このノートはお姉ちゃんだとすると、その黒いノートは誰ですか?」


 黒いノートが誰か、だって?

 今、俺が持っているのは二冊ある。

 そのうちの一冊は慶助の死んでいた場所に置かれていた。

 と、いうことは――


「お兄さん、私に言われたくないでしょうけど、その、いい加減、非現実的なことを拒絶しようとする姿勢、何とかしないとホラー映画的に真っ先に死んじゃうタイプですよ」


 心花はフンと顔を背けて早足で廃墟を出て行く。


「お、おい……」

「もうここには用はありません。やっぱり黒いノートと、この廃墟に関連があるんだってわかっただけでも収穫ですし」


 そう言いながら心花は、さっさと廃墟の庭から外に出て行く。


「なあ、心花ちゃん、頼むよ。もうここには近づかないでくれ」

 

そう言おうとしたが、既に心花は遠くに行ってしまっていた。




 自宅に戻った俺は黒いノートを机の上に広げた。


 慶助の死体の代わりに残されていたノートだ。

 心花は、美咲の代わりに置いてあった黒いノートを美咲自身、もしくは彼女の記憶の集合体だと称した。


 本当なのか?

 なら、この黒いノートは慶助自身の――


 俺は黒いノートの1ページ目を消しゴムで消した。




 黒いノートを全ページ分読み終えた俺は、カメラを取り出した。


「ちょっとー、慶助、あたしばっかり映さないでよ」

「もしかしたら怖がってるんじゃねー? すっげー顔真っ青」

「違うし、そんなことないし!」

「あはは、隠さなくていいってーの」

「そういう慶助こそ手がブルブル震えているじゃん!」

「ふーるーえーてーまーせーんー」


 楽しそうに会話する慶助と美咲の声だ。

 二度と聞くことのできない彼らの声だ。

 

 声が、聴きたい。

 昔の声じゃなくて。

 今すぐに話しかけて。

 大丈夫だと気安く喋って。


 生きている彼らの笑い声が、本当に聴きたかったんだ。


 もう叶うことのない願いにしがみついても仕方がない。

 わかってはいる。


 こうして彼らの声を懐かしんでも惜しんでも何も解決しない。

 こんな時間は無意味だ。

 既にない彼らの声を聴き続けて時間を過ごしてしまうなんて。


 でも、それでも今日だけは過去の記憶にしがみつきたかった。




 次の日の学校、慶助は休みだった。

 放課後、帰りの支度をしていた俺にキアラが近づいてくる。


「先輩?」

「キアラ、どうした?」

「最近、すぐに家に帰っているよね」


 それは。

 顔を背けた俺にキアラは表情を曇らせる。


「お昼の休み時間もすぐにいなくなっちゃうし。何かあったの?」


 俺は答えられない。


「教えてほしい、力になりたいの」


 ざわりと空気が変わる。

 キアラが、ふ、と振り返る。


 教室の入り口近くに御子神(みこがみ)先輩がいた。

 きつい眼差しのまま、長い髪をたなびかせている。

 ズカズカと乱暴な足取りで俺の近くまで歩いてきた。


「猪生くん、慶助のことなんだけど……」


 御子神先輩、さすがに異変に気付いてしまったのか。


 顔を強張らせたキアラの近くで、御子神先輩は冷え切った声音で言った。


「ここじゃ何だから一緒に学校の裏まで来てくれるかしら、ね?」


 学校裏、使われなくなったゴミ焼却場の近くまで俺たちはやって来た。


希久本(きくもと)さんまで来なくて良かったのに」


 人気のいないことを確認して開口一番、御子神(みこがみ)先輩はキアラに言った。


「私も卵を持った以上、知る権利があるから」

「俺も御子神先輩に改めて確認したいことがあったんです。もうすぐネットで募集された肝試し大会が開かれます。先輩は、あれに対して……」

「そうね、実のところ言うと私は慶助の尻ぬぐいのために一時的に呪いを防ぐ結界を作っていたわ。でも――」


「結界は壊されたわ。このままでは大勢のひとが犠牲になるのよ」


 先輩の言葉に目を見開く。

 そんな、どうして。

 そこで俺は慶助から送られてきた画像を思い出す。




 あのポッキリ半分に折られた神像は結界に関連した道具だった。

 まさか慶助(けいすけ)が――?


「廃墟で何かあったでしょう」


 御子神先輩は俺に詰め寄ってくる。


「教えなさい」

「それは……」


 何て言えばいい?

 今の慶助は偽物だって?


 でも慶助の死体は消えてしまった。

 慶助の死を証明するものは、どこにも――


「下手に隠すようなら、あなたを殺してでも吐いてもらうわ」


 キアラが俺と先輩の間に割り込んだ。


「やめて、御子神先輩。殺すなんて、そんな酷い言葉を使わないで」

「何もわかっていない、あなたは黙って!」

「わかっていないけど、下手に変な言葉を使って人を傷つけちゃいけないってことはわかるよ」

「私だって、こんなことは言いたくないわよ、でもね!」


 先輩は顔を歪めてキアラに怒鳴った。


「もうどうしようもない状況なのよ! 何もかも間に合わないし、慶助も明らかにおかしいし。ああ、どうして私は気付かなかったのよ! だから猪生くんに私は!」

「危険な状況なのかもしれないけれど、猪生(いのう)先輩に当たるのは間違っている。せめて冷静になろうよ」


「冷静になって何か解決するの? 今は情報を少しでも集めないといけないのよ!」

「御子神先輩の気持ちはわかるよ。私も呪われているから。だからこそ話を整理して。どうして御子神先輩は猪生先輩が緑先輩のことを何か知っているって思うの?」

「それは……あなたみたいに霊能力のない人間に言ったってわからないわよ、どうせ!」


 こうして二人が喧嘩しているのは俺のせいだ。

 既に手遅れなのを隠しているからだ。

 いいや、隠したくてやっているわけじゃない。

 うまく言葉にする方法が、見つからないんだ。


 ――本当、何をやっているんだ。


「やめてくれ」


 小さく呟いた声は二人の怒声にかき消される。


「俺は……俺は……」


 昨夜、見たカメラの動画を思い出す。


 笑いあっているみんなの姿が見たかった。

 こんな風に、いがみあっている二人を見たいわけじゃない


 もう、みんなで笑いあうことはできない。

 なら少なくとも、今ここにいるみんなで笑いあいたい。

 憎しみあうのはやめてほしいんだ。


「私は猪生くんに事情を聞きたいだけ。あなたと言い合っている暇はないの」

「じゃあ、もっと優しい言い方をしてあげて。そんな風にけんか腰でいる必要はないはず。そんな言い方するくらいなら私が聞くよ」


 そう、友達同士で楽しく過ごしていきたいという願いの、何が悪いんだ!


「先輩」

「猪生くん」


 二人に詰め寄られて俺は顔を持ち上げた。


 そう、俺は楽しく穏やかに過ごしていきたいだけだ。

 例え、色々なことが起こっているのだとしても。


「おや、こんな所で何しているんだね、君たち」


 悩んでいる間に学校の事務員がやって来る。青い作業服を着た中年の小太り男性だ。大量のゴミ袋を持っている。ゴミを燃やしに来たらしい。

「今から焼却炉(しょうきゃくろ)の撤去作業準備を行うから、ここから離れなさい」


 焼却炉?

 当たり前の事実が何故か引っかかる。

 それも気になる、だが――


「わかった、もうやめやめ」

 突如、現れた事務員に水をさされてポカンと口を開けた二人に呼びかける。

「二人に頼みたいことがある。今、困っているんだ。だから俺に力を貸してくれないか」


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