↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/50

第十四話 ひとりきり

「留守電? まさか……」


 そう、慶助だった。


「よーう! 義忠(よしただ)! 俺、今、廃墟の前にいまーす! なんつってな! いやー、こうして難易度(なんいど)の高いダンジョンを前にすると武者震(むしゃぶる)いするな! ワクワクするっつーか? 見てろよ、祥子(しょうこ)先輩! 俺はやるぜ!」

 

 脳天気(のうてんき)な!

 俺がこんなに悩んでいるっていうのに!

 

 馬鹿馬鹿しくなる。

 うん、助けよう。

 先輩はこれから犠牲(ぎせい)になる人たちを助けて、俺は慶助を救う。

 それでいいじゃないか。


 友達を見捨てるような真似、俺にはできない。

 俺には、あの怪しいおっさんから貰った不気味なアイテムもあるしな。

 

 ――それでも、もし迷うときがあるのなら、いつでも私に連絡してね

 

 それでも。

 身体全体に、じわりとした鈍痛(どんつう)と倦怠感(けんたいかん)がある。

 御子神先輩があんなに俺に忠告(ちゅうこく)してくれたのに。

 また俺は何の後ろ盾もなく行動しようとしているんだ。

 罪悪感(ざいあくかん)と無力感(むりょくかん)に押し潰されそうになる。

 

 だから、もう一押し。

 そう誰でもいいから、大丈夫だって。

 

「キアラ」

 

 俺は卑怯(ひきょう)だ。

 誰かに背中を押してもらわなければ、最初の一歩すら踏めやしない。

 俺はスマホのコミュニケーションアプリ、LIMEを起動した。

 キアラにメッセージを送る。


『キアラ、今、大丈夫か?』


 すぐに【既読】がつき、キアラから返信がくる。


『うん、大丈夫。どうしたの先輩?』

『迷っているんだ』


 少しして返信がくる。


『どうして迷っているの?』

『どうにかしたいことがある。でもうまく動けない』


『どうして動けないの?』

『俺には何の力もない』


『力がなければ何もしちゃいけないの?』

『誰かに迷惑をかけるかもしれないんだ』


『まだ誰にも迷惑をかけていないよ?』

『失敗するかもしれない』


『成功するかもしれないのに、始める前から何もかも諦めるの?』

『諦めたくない。だけど行動しないほうがいいのかもしれない』


『行動しない理由付けに何の意味があるの?』

『それは』


 返信できない。

 戸惑う俺の思考を見透かしたように、迷いを潰していくような勢いでキアラのメッセージが続けて送られてくる。


『足踏みすることに何の価値があるの?』


 価値なんて……。


『先輩は困ったことがあって、それをどうにかしたいと思っている』

『その気持ちだけで行動して、何がいけないの?』


『でも、それを悪いと思うひとがいる。そのひとは正しいから』


 そう俺が返すと可愛らしい小鳥の笑顔スタンプが送られた。

 そしてすぐにメッセージが返ってくる。


『私は悪くないって言うよ』


『世界の誰もが先輩のやろうとしていることを反対したとしても』


『私だけは先輩の味方になるよ』


『例え、どんな結果になるとしても』


『成し遂(と)げようと思ったその気持ちに、意味があるんだから』


「キアラ」

 本当に欲しい言葉をくれるんだな。


『ありがとう』

『本当は、こういうのはアプリじゃなくて、直接会って話すべきなのに』

『こんなに軽々しく相談してごめん』


『どうして? アプリごしだから伝わりにくいってこと?』

『関係ないよ、そんなの』


『こうして言葉を交わしているのは、手を繋いでいるのと同じ』

『距離も時間も関係なく、いつでも先輩の傍にいられる』

『それはとても幸せなことだから』

『先輩、頑張ってね、元気を出してね。迷わないで、いつだって前を向いている先輩が好きなんだから』

 

 キアラ。

 

『ありがとう』

 

 もう一度、言葉を贈る。

 心の底からの感謝だ。


『ただ所構(ところかま)わず好きとかいうのはやめたほうがいいと思う』


 誤解する奴も出てくるぞ。昔の俺みたいにな。


『ぐうー、しょしんしゃれべるいちなせんぱい、ぐうー』

「何だ、その鳴き方』


 それだけ返して俺はスマホの電源を切った。

 

 もう大丈夫だ。

 助けたい気持ちは変わらない。

 例え何もできないとしても無視することなんてできない。

 

 ――下手をすると死んでしまう危険性があるのよ

 

 俺は死なない。

 死んでたまるものか。


「そもそも……」


 卵から化け物が孵ったとしても、俺の卵でなければ俺を殺すことはできない。

 そしてどんな理由かは知らないが、あの清流院探偵の見立てが正しいのなら、俺の卵は成長しにくい。


「だから俺は慶助を助けることだけに集中すればいいんだ」



◆



 そうして俺は廃墟(はいきょ)の前にいた。


 どこにでもあるような、とくに目立った特徴(とくちょう)のない一戸建てだ。二階の窓ガラスは割れている。開きっぱなしになった窓から薄汚れたカーテンがはためいているのが見えた。かつて、ここには母と娘がひっそりと暮らしていたという。二人で住むには少し広すぎる家だ。


「慶助!」


 呼びかけてみる。

 返事はない。


 嫌な予感がする。

 もう卵が孵(かえ)ってしまったのだろうか。


 俺は時計を見た。秒針は動いている。

 まだ大丈夫だ、そう信じたい。


 家に近づくと、僅かに扉が開いている。

 既に慶助は家の中だ。

 俺も急いで戸を開けて、中に入ろうとして――

 

 ゲロゲロ。

 

 蛙が鳴いた。

 

 ――怪異(かいい)を知らせる。鳴き声でな

 

 なん……で?

 このタイミングで蛙が鳴くんだ?

 

 一度だけ深呼吸(しんこきゅう)する。

 俺は周りを見渡した。

 幻覚は見えていない。周囲におかしな様子もない。

 思いきって俺は戸を開け、家の中へと一歩足を踏み出した。

 ばっと広がった景色(けしき)に俺は呆然(ぼうぜん)とする。

 

「何だよ、これは――?」


 そう言った瞬間、ドン、と背中を押された。

 転びそうになった俺は慌てて足に力を込めて踏みとどまる。


 バタンと乱暴な音がして扉が閉まった。


「クソ、誰が背中を押したんだ」


 なんて、言っても無駄か。

 俺は周囲を見渡す。

 闇に満たされた空間に目が慣れない。


 こういう時は元の場所に戻ったほうがいい。

 俺は振り返りながら、再び目を凝らす。

 何度か目を瞬きすると、じんわりと辺りの風景が見えてきた。

 

 俺は今来た戸を開けようとして愕然とした。

 

 ――扉がどこにもない。

 

 吸い込まれそうな暗闇がどこまでも続いている。

 

 ここは一体どこなんだ?

 どうしてこんな状況に追い込まれているんだ、俺は?

 

 ガタガタ震えそうになる奥歯を噛みしめた。

 駄目だ、怖がるな。

 俺が恐怖を抱けば、こんな呪いをかけた奴らを喜ばせるだけだ。

 強く噛みしめすぎたせいか、歯に鈍い痛みを覚える。


 このくらいがちょうどいい。

 痛みを感じるくらいでないと、こんな状況を乗り越えることなんてできない。

 

 俺はゆっくりと頭を持ち上げて眼前の光景を睨みつけた。

 

 ――とても見慣れた光景だった。

 

「学校?」

 

 薄暗い夜闇を、頼りない蛍光灯が照らす。

 長い廊下に連なる窓ガラス、幾つもの教室があった。

 奥から生温い風が肌をなで回すように吹いてくる。

 普段、感じることのない空気の感覚、その不快感に、ぞわっと背筋が寒くなった。

 

 唾を嚥下する。

 これは――俺の通っている学校?

 何故、廃墟に入り込んだら俺の学校に繋がっているんだ?

 

 ありえない光景に呆然と佇むしかない。


 学校? どうして?

 俺はこんな場所にいるんだ?

 もしや幻覚なのか?

 思いきり頬をつねってみると激しい痛みが生じて、のたうち回る。


 はあ、と息を吐き出した。

 混乱するな、動け。

 わけがわからないというなら、確かめろ。


 そうだ。本当に俺の通う学校なのか、確認すればいいだけの話だ。


 教室の扉の上を見ると【2―1】とある。

 俺のクラスだ。

 自分の席に行って机の中を確認すればいい。

 置きっぱなしにしている教科書や辞書があるなら、間違いなく俺の教室なのだから。

 

 ――だからどうして廃墟の入り口が俺の学校に繋がっているんだ?

 

 ぶわっと浮かび上がる疑問に頭を振って打ち消した。

 根本的な謎をいつまでも気にしていても仕方ないんだって!

 倦怠感(けんたいかん)で重たくなった身体を引きずるようにして自分のクラスに入る。

 

 俺は目を見開いた。

 

 教室全体に黒々とした霧がかかっているようだった。

 生きている蛍光灯は一、二本だけで視界は悪い。


 全ての席に人が座っている。長い髪の少女だ。黒い霧のせいでよく見えないが、すらりとした肢体にどこか見覚えがある。少女たちは机に突っ伏した体勢のまま微動だにしない。


 教室の戸を開けた俺にも気付いていないようだった。

 

 ――なんだよ、これ。

 

 あまりに現実離れした光景に恐怖を感じるより先に頭が真っ白になる。

 緊張しきった手足は動くのをやめた。

 

 ――逃げなきゃ。

 ――こいつらに気付かれないうちに早く逃げなきゃ。

 

 ほとんど本能的な衝動に駆られて、この場から立ち去りたいと思う。


 だが身体が動かない。

 まるで紐でグルグル巻きにされたかのように。

 何者かに、その場から動くなと命じられたかのように。

 目玉だけをギョロギョロと動かして少女たちを凝視(ぎょうし)する。

 

 徐々に息が荒くなる。

 息苦しくて息苦しくて、はあふうと音をたてなければ息ができなくなる。

 

 やがて。

 俺の呼吸に呼応するかのように、ひとりの少女の指がピクリと動いた、

 

 ――あ、やば……。

 

 突然、動けるようになった俺は、そのまま引き返して戸を閉めた。

 その場から逃げ出す。

 脇目もふらないで走り抜ける、が――


 いつまでも続く廊下に。


 先の見えない光景に。


 俺でもあきらかにおかしい、とわかる。

 走り続けて身体が重たくなり、限界がきたため、足を止めて呼吸を整える。

 振り返る、誰も追ってきていないようだった。

 俺はどこまで走ったのだろうか。自分の居場所を確認するために辺りを見回した。視界に入った教室の立て札を確認する。

 

 ――【2―1】と書いてあった。

 

 俺の教室じゃないか!

 あれだけ走っても、また元の位置に戻っていたのだ。


 何だよ、これ。


 何なんだよ、これは!


 異常(いじょう)な事態に思考がついていけず、頭が真っ白になる。

 心臓の鼓動がバクバクと音を鳴らしてうるさい。

 外に出なければ。

 わけのわからない場所に閉じ込められたままでは、慶助を助けることはできない。

 

 でも、どうやって――?

 

 前も後ろも出口が見つからないのに。

 走っても走っても、景色は変わらないのに。

 どうすればここから出ることができる?

 堂々巡りだ。答えが見つからない。

 

 ――ガタンッと音がした。

 

 近くの教室からだ。

【2―1】から乱暴にモノを壊すような音が聞こえてくる。

 

 ――ドンッ、ドンッ!

 

 その音は、徐々に大きくなっている。

 

 ――近づいてきている?

 俺のほうに?

 数多の席に突っ伏していた長い髪の少女の姿を思い出してゾッとする。

 今、あれだけの人数に襲われたら――

 いや、もっと根本的なことを考えないと。

 あそこにいる奴らが普通の人間なわけがない。

 

 俺はポケットに手を突っ込み、その中にあるガチャポンケースを握りしめる。

 あのおっさんは、この蛙は鬼を喰うと言った。

 鬼という存在が何なのかわからないが、あそこにいる化け物どもがそうだというなら、この蛙が役に立つのかもしれない。

 

 どちらにせよこのまま立ち尽くしているだけでは何も解決しない。

 

 なら全員ぶっ倒してやる!

 このまま馬鹿にされたままでいてたまるか!

 

 意を決した俺は物音が大きくなる教室の戸を開けた。

 

 椅子に座っていた少女はいなくなっていた。

 

 ――代わりに、全ての机の上に黒い物体が置かれていた。

 

 物体の正体は髪の毛の集合体だ。長い髪をグルグル巻きにして無造作に放り投げたような印象がある。無理やり卵の形を模したような形だった。

 大量の髪を使って作られた塊に人の腕や足の一部分が突っ込まれている。人を叩き潰して練り上げたものだと言われたら信じてしまいそうだった。

 

 ――ブチュ、ブチュと音がする。


 

 黒い塊は心臓のように一定の鼓動を刻むかのように不気味に蠢(うごめ)き、血に似た赤黒い液体を放出していた。

 じわじわと絶え間なく漏れ出す赤い液体のせいで、机や椅子が真っ赤な海に沈んでいく幻覚すら見てしまいそうだ。

 

 音を立てないように戸を閉めた。

 

 ――なんだよ、これ。

 どうして髪の毛の塊が血を吐き出しているんだよ。

 おかしいなんてもんじゃない。

 さっきからずっと異様な光景が続いているが、さすがに今のは吐き気がこみあげてくるくらい衝撃だった。

 あんな風に簡単に切断された腕や足なんて、間近で見たことがない。

 目を閉じれば、浮き出た血管や腐臭に似た生臭さを思い出してしまう。

 

 何もかも忘れたい。

 早く家に帰りたい。

 こんな場所にいたくない!

 

 その場にしゃがみこんでしまいそうな衝動を必死で堪える。

 

 でも、慶助を。

 慶助を、助けないと。

 

 ――とにかく早くここから出ないと。

 

 その気持ちでいっぱいだ。

 

 何故、こんな状況なのか。

 俺は冷静に考えようと呼吸を整える。

 

 きっと恐怖を与えて俺の卵を成長させようとしているのだろう。

 ここに卵はない。どれほど成長しているのか、俺にはわからない。

 

 足元でビチャリと温い液体の感覚を感じ、俺はゆるりと視線を下にやる。



 粘着状の液体が廊下に浸食しているようだった。

 

 閉めた戸の下から、じわじわと赤黒い血液が流れ出してくる。

 あの髪の毛の塊から吹き出したものだろうか。

 あまりに大量であるため現実感がわかない。

 誰かが赤いペンキを向こう側から流し込んでいるように感じてしまう。

 鼻の奥を刺激する錆び鉄の生臭い匂いは間違いなく血を思わせるのに。

 

 ――だが。

 俺は何故だか、ひとつたりとて卵が成長していない確証を持っていた。

 

 こんな驚かしに俺は負けない。

 あまりに異常すぎて、そろそろ慣れてきた。

 

 はあ、と息を吐き出す。

 この空間が俺を驚かすお化け屋敷なら、これ以上付き合う意味はない。

 そう自覚したからか。

 

 思わせぶりに映る窓ガラスの人影も。

 乱暴に窓を叩く激しい物音も。

 廊下の奥から響いてくる人の呻き声も、笑い声も。

 出来の悪いホラーアトラクションの演出に思えてきた。

 

 もっとビビるような怖がらせ方をしてこい!

 最近のアトラクションは技術を駆使した4Dが最先端だ。

 立体映像と感覚が合わさった程度の演出じゃ怖くも何ともない!

 こんなの、ありふれている!

 

 それにもう、わざわざ確認する必要もないだろう、ここがどこなのか。

 

 廃墟(はいきょ)の中は、どうしてだか俺の通う学校へと変貌しているのだ。

 

 奥歯を噛みしめる。

 既に空間に異変が生じているということは、慶助の卵は孵ってしまったということだ!


「慶助を捜さないと……」


 もう時間がない。

 同時に、ほっとする。

 こんな風に空間が歪んでいるということは、まだ慶助は生きている!


 しかし。

 時間が止まるわけじゃないのか。

 俺は腕時計を見た。秒針が止まっている。


 それとも、この廃墟の中だけ時間が止まっているのか。

 美咲の状況を見るに、トラウマに関連する光景に変わると推測していたのだが。


 何故、慶助の卵が孵(かえ)ったことで、この場所が学校に変わるんだ?

 慶助は学校にトラウマを持っていたのか?

 それに教室にいた長い髪の少女は何だったんだろう?

 

 いや、考えても仕方のない。

 ――とにかく、この場所に慶助と化け物がいるんだ。

 俺はもう一度ポケットの中のガチャポンケースを握りしめる。

 化け物を捜しだし、この蛙を使って殺してやる!

 

 その時、俺は廊下の奥に見慣れた後ろ姿を見つける。

 

「あれは?」

 

 温い風が頬を撫でる。

  

 薄い闇の中に、ぶわっと浮かび上がるようにして。

 廊下の奥、重苦しい長い髪の毛をたなびかせたセーラー服の少女がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。