第十一話 探偵
「お前……どうしてここに!」
そう俺が言うと清流院は丸机のお茶を飲み干して答えた。
「困っているお前を助けに」
「はあ?」
唖然とする俺を指差して清流院は笑う。
「ひっどい顔しているなあ、いやー、そういうのを見ると、わざわざここまで足を運んだ甲斐があるってもんだ。わっはっは。めんどーくせーから途中で何度か帰ろうと思ったんだけどな。帰らなくて正解だったな」
何だ、こいつ。
「まあまあ、ここに座れよ」
そう言いながら清流院は俺の前を指差した。
こ、こいつ。
俺の家だというのに、好き勝手しやがって。
おっさんの態度に毒気が抜かれてしまったようだ。
どかっと清流院の向かい側に座ると、彼はニヤニヤしながら話しはじめる。
「本当はお前と嬢ちゃん、どっちに会おうか迷ったんだがな、ほら、こんな薄汚いおっさんが、あんな小鳥みたいな少女に声をかけただけで事案発生だろう、今の時代。だから仕方なくお前にしたんだよ。俺だって、男よりは美少女のほうがいい」
自分で薄汚いとか言うな。
「意味がわからん」
「俺はガキより美少女がいい。色んな意味でな」
ニッと、清流院が口の端を引き上げた。
おっさんが言うと確かに犯罪くさいな。
「そんなこと、わざわざ口にするな。俺を助けにってどういうことだ」
「そのままの意味だ。呪われたお前をどうにかしたいと思ってな。いやー、本当はもっと早く会いたかったんだが、途中で何度か面倒くさくなってな、わっはっは」
面倒くさいとかどうでもいい。
だが男の言葉は興味深い。
この男は榛名の家や美咲の斎場に来ていた。
呪いに関係している可能性が高い。
「それは……お前が榛名の家や美咲の葬式にいた理由を教えてくれると? 信じていいのか?」
怪しげなおっさんの言葉を。
「信じていい。おっさん、嘘つかない」
インディアン、嘘つかない。
嘘つく奴の言葉じゃないか。
いらっとしながら俺は更に質問する。
「桐嶋美咲の親戚っていうのは本当なのか?」
「それは嘘だ」
「おい!」
丸机を拳で叩くと清流院はカラカラと笑う。
からかわれてんのか、俺は。
「しょっぱなから嘘をつくお前の言葉なんか信じられるか!」
そう怒鳴ると清流院はニヤニヤした笑みを顔に貼り付けたまま言う。
「まあ、待て。坊主の言いたいことはわかる」
吸おうとした清流院からタバコを取り上げる。
「ガキの前でタバコを吸うな。それと畳や襖に匂いや色が染みつく」
顔をしかめながらタバコを近くにあったゴミ箱に投げ込んだ。
「あーそうだな。仕方ないな」
清流院は胸ポケットからシガレットを口にくわえた。
どんだけ口寂しいんだよ、こいつ。
「そう睨むなよ。お前の敵はおっさんじゃないぞ。おっさんは優しいおっさんだぞ」
何が優しいおっさんだ!
俺を馬鹿にしてんのか?
さっきから苛々(いらいら)するようなことばかり言って!
「誰が敵かは俺が決める。早く用件を言え。俺を助けに来たとはどういうことだ」
「無力な坊主。無敵になれるアイテムが欲しくないか?」
清流院は鞄から携帯ゲーム機を取り出して俺に見せつけてくる。
「は?」
ゲーム機からピコピコ音楽が鳴っている。
俺はゲーム機とおっさんの顔を交互に見つめた。
本当、何を言ってんだ、こいつ?
「さっきからその言葉ばっかりだな、坊主」
呆れたように言う清流院に俺は噛みつくように言った。
「うるさい。それだけお前の言葉が意味不明なんだよ。無敵になれるアイテムって何だよ」
「言うほど無敵じゃないけどな」
「どっちだ!」
清流院は肩をすくめた。
「ふざけんな! 俺を惑わしたいだけなら帰れ!」
「まあ、そう言うな。そろそろ二人目が出る頃合いだろう? 坊主」
清流院の言葉に心臓がひやっとする。
お前、どうしてそれを。
さっと顔色を変えた俺に清流院は嫌らしく笑った。
「図星か。沈黙で誤魔化したいなら、そのわかりやすい表情をどうにかしたほうがいいぞ、坊主」
何も言えなくなる。
だが清流院の言う通り、この沈黙は無意味だ。
「――なら喉から手が出るほど秘密道具が欲しいんじゃないか?」
清流院の誘うような言葉に流されるつもりはなかった。
「お前は誤解している」
きっぱりと言い切る。
「お前なんて必要ない。俺たちには先輩がいる」
「ああ、この辺で有名な黒髪ロング霊感美少女な。おっさんは驚いた。確かにあの女の霊力は本物だ。だが……」
清流院はゲーム機を弄りながら言った。
「果たして、あの女は今、お前たちに力を貸すだけの余力があるかな?」
は?
こいつは先輩の何を知っているんだ?
「どういう……ことだ」
「あの女、最近、夜にあちこちの公園にうろついているだろう。その理由がわかるか?」
わかるわけがない。
先輩に教えてもらっていないのだから。
俺の沈黙を無知と見透かしたのか清流院が目を細めた。
「めんどくせーが、おっさんが丁寧に教えてやるよ。俺はとてつもなく優しいおっさんだからな」
清流院は適当な指の動きでゲーム機のボタンを押しながら続ける。
「あの女、この呪いの本質を見抜いて、あえて全く関係のないところから呪い封じを行おうとしているんだ」
「本質? 関係のないところからの呪い封じ? さっぱりわからん」
「あー、めんどくせーな。坊主、ゲームやったことあるか? ロールプレイングゲームだ」
やったことあるに決まっているだろう。
何で、こんなことを質問してくるんだ?
清流院はゲーム機を指差して訊いてくるので、俺は首を傾げながら頷く。
清流院はシガレットを口にくわえて、まるでタバコを吸うかのようにしゃぶる。すぐにシガレットを口の中に放り込み、ガリガリ囓って飲み込んだ。そうして説明を始める。
「火の魔法を極めたラスボスを倒すために同じ火の魔法を使う馬鹿はいないだろう。水などの弱点……もしくは別の属性、風や土の魔法で倒そうとするんじゃないか?」
清流院はゲーム機のディスプレイを見せつけてくる。
そこにはモンスター相手に戦っている魔法使いのようなキャラクターが映っていた。
「あの女がやろうとしていることはそういうことだ。この呪いは化け物みたいな知識と経験を持つ呪禁師の仕業だ。どれだけ霊力が高かろうが、あの女は高校生。生半可な知識や技術で太刀打ちできるものじゃない」
呪禁師?
「だからあの女は呪術とは関係のないウィッカンの秘術で対抗しようとしているんだ」
「ウィッカン? 秘術?」
ますます、わけがわからん。
「こう言い換えたほうがわかりやすいか? ウィッチ。魔女。いうなれば西洋の呪術だ」
清流院はゲーム機を操作した。すぐに画面を見せつけてくる。とあるキャラクターのステータス画面が映し出されていた。真っ黒な帽子を被り、箒を持った、露出度の高い女性キャラクターだ。
この魔女みたいな存在が使う魔法のようなものを御子神先輩が使っていると?
そんなもの、信じられるわけが――。
そう言おうとして俺は口を閉ざす。
今更、何を。
呪われている俺が言えた台詞じゃない。
「魔女? そんなものが実在するとしても悪い魔法なんだろう。それでどうやって呪い封じを?」
言葉を言い換えた俺の気持ちを察しているかのように、清流院は皮肉っぽく笑った。そして説明を続ける。
「言っておくが坊主。ウィッカンの秘術は、お前のイメージしている悪い魔女の魔法じゃない。豊穣礼賛の精神に基づく神崇拝だ。自然の力を持つ有角神と女神、大地の豊穣のパワーを体現する古代神。……あの女は自然神の霊力を秘めた神像や聖杯を決められた場所に安置し、呪い封じの儀式を行おうとしているんだ」
神像? そういえば、と俺は御子神先輩が美咲の卵から孵った化け物を倒した除霊方法を思い出す。あのとき、先輩は神像で化け物を殴りつけていた。
あの除霊(物理)にも意味があったのか。
でも、先輩は。
「何のために――」
公園をうろついてウィッカンの秘術を?
清流院はゲーム機の電源を切った。
物わかりの悪い俺に対して、ふっと嘲るように笑う。
「二週間後に予定されている、廃墟探索を考えている数多の人間を助けるためだ」
その答えに俺は目を大きく見開く。
そういえば、先輩は慶助の尻ぬぐいをすると言っていた。
「とはいえ、あの女が変化球で廃墟を対象に呪い封じを行ったとしても長時間は無理だろうな。せいぜい四〇人程の人間が廃墟探索しに行く時間くらいなもんだろう。それも今から儀式を行うにしても間に合うかどうか。まっ、ギリギリだろうな。やー、めんどくさいことをよくやるよ、あの女。俺だったら一晩で飽きるな。……しかし、あの急ごしらえ感な作業を見ると、本来は別の用途に使うつもりだったのを慌てて変更したんだろうな」
清流院の言葉もろくに耳に入ってこない。
きっと先輩は俺たちを救うために儀式を行おうとしていた。
清流院の言う通りなのだろう。
慶助のしでかしたことを何とかするために儀式の目的を変えたのだ。
「月光が降り注ぐ夜の日でなければ儀式の準備は行えない。いつも晴れとは限らないしな。あの女もそれがわかっているからこそ焦っているんだろうよ」
ここまで清流院の説明を聞いて気付く。
あまりにこの男、状況に詳しすぎだ。
「お前、どうしてそんなことがわかる――」
「理由が必要か? 今、お前が欲しいのはそんなもんじゃないだろう」
そう質問されることをわかっているかのように、淀みなく答えが返ってきた。
「的確に呪いに対処する手段だ。違うか?」
「それは――……」
清流院の問いかけに何て言えばいいかわからない。
そうだ。
俺は慶助を助けたい。
その手段がほしい。
俺が顔を持ち上げると、余裕に満ちた笑みを浮かべる清流院がいた。
「ふん、坊主。おっさんの話を信じる気になったか?」
このおっさん、理由はわからないが俺たちの事情に通じている。
何の思惑かは知らないが、こいつを利用するのも悪くない。
――慶助のためだ。
そう、もしかしたら慶助を助けられるかもしれない!
「多少は信じてやる。だから、そのアイテムとやらを、さっさと見せろ」
「条件がある。ただで無敵アイテムが貰えるとは思ってもいまい?」
清流院は笑みを引っ込めると無表情に言った。
「坊主、お前の卵を出せ。今すぐにだ」
俺が自分の卵を取り出すと、清流院はそれを掴んでジロジロ眺めている。
血や泥で汚れた表面は綺麗に洗ったため、ぱっと見は普通の卵と変わらない。
「ふーん」
男はため息をつきながら俺に命じる。
「おい、冷蔵庫に入っている鶏の生卵を持ってこい」
何で普通の卵を?
意図の読めない頼み事を俺は渋々(しぶしぶ)聞き入れた。
「Sサイズ? Mサイズか? どっちでもいいか」
普通の卵と俺のを見比べながら清流院は顔をしかめて呟く。
「大きさ、変わらんなあ」
言われてみれば。
「坊主、正直に答えろ。お前が卵を受け取ったのはいつだ?」
「二週間前くらいだ」
「そんなに経過して、普通の卵と大きさが変わっていないね」
ぼそりと清流院は呟く。
「……まさか一番目で当たりか?」
「あ?」
「こっちの話だ」
誤魔化すような笑みを浮かべた清流院は言葉を続けた。
「お前の周りで不思議なことは起こってないのか? 化け物とかが怖がらせに来ていないのか?」
「化け物は出た、見た。だから何だ?」
「ふん、見たのにこの状態ね」
清流院は物言いたそうな目で俺を見てくる。
「何か言いたそうだな。卵が欲しいのか? 卵を渡してもいいが、どうせすぐに俺の所に戻ってくるぞ」
「そうだな」
清流院は、わかっていると言いたい表情で不満げに鼻を鳴らす。俺の卵を机に置いた。
俺はため息をつきながら言う。
「もういいだろう。早くそのアイテムとやらを出せ」
いつまでもこいつに付き合ってられるか。
俺には時間がないんだ。
清流院は透明で丸いガチャポンケースを取り出してきた。
――なんだ、これは?




