2 出発
7年後ーー
「ま、待ってくれ! まだ金は……」
成長し、身長が高くなり、黒髪黒目の好青年となったレイジは、一歩前へ出る。
「……。」
ただ黙って、男を見下ろし、少しギロッと睨みつける。黒革の服も相まって、威圧感がさらに増す。
それだけで、男は青ざめ、バキッ、と真下の床板を剥がした。中には袋があり、口からは金貨が見えている。ざっと、50枚近くはあるだろうか。ずいぶんと溜め込んでいたようだな。
「あ、あった! ここだ! 返します!」
商人である男は、急いでレイジに金貨袋を渡した。ったく、返せるんなら出し渋るなよ。それで俺が仕事をするハメになったんだから。
「ひーふーみー…、よし、十分だ。次からは早めに返せよ。」
「は、はいっ」
レイジは、裏社会では名のしれた回収屋になっていた。
ハネスの元で技術を積んでいき、レベルを上げ、スキルを持ち、暴徒を鎮圧するほどの実力も身につけた。そして、威圧はその年齢の人物が身につけていいほどの強さではなくなった。
金があるのに返さなくて手こずってた奴らは、基本的にレイジによって掃討されてる。
ちなみに、今回の取り立てが成功すれば、長年隠し通されていた借金の秘密を教えてくれるとの約束をハネスとしていたため、レイジの気分は上々だ。
いつも通り、裏路地に入りスキップ気味に向かっていると、後ろからの気配を感じた。
「はぁ、せっかく帰れるってのに邪魔すんじゃねぇよ…」
最悪だ。よりにもよってこのタイミングで尾行が付くかなぁ。いつも通りのルートで撒くか。
……
………
全然撒けないんだが…!?何だこいつ、尾行能力高いな。まぁ、尾行されてるってバレてるだけで二流だがな。なんとしてでもアジトの入口を教えるわけにはいかないんだよな。少し本気を出すか。
住宅街に付くと、空き家に入り、出ると見せかけて屋根に跳ぶ。家から家へ飛び移り、裏路地に戻る。そこから気配を消して路地を進むと..?
あら不思議、気配がどんどん遠ざかっていくではありませんか。その反対方向を遠回りに進み、アジトの入口に入る。気配はしないから問題ないはずだ。
中に入るとそこには見慣れた強面の顔がある。それを見ると返ってきたんだと実感が湧いて、安心する。
「ハネスさーん、帰りましたよー。」
「おう、おかえり。どうだったんだ?」
「バッチリです。とても鬱陶しくて粘り強くて、イラッとしてしまって。ちょろっと圧が漏れちゃいました。そしたら怯えてすぐに金を出してきましたよ。」
俺みたいな若造の威圧で折れるって肝っ玉弱いよな。商人がビビったらリスク計算もできないだろ。そのくせ口だけは一丁前。ただの厄介なやつだ。
「尿もれみたいに言いやがって…お前の圧は強すぎるんだよ。俺でも少しビビるぞ。」
「またまたご冗談を。…それよりも約束の方、良いですよね?」
「あぁ、そうだな、話してやる。心の準備は出来てるな?」
…あぁ、やっとだ。ずっと心に残っていた、父さんが借金を負うようになった原因。ついに分かる。
ここまで出し惜しみしてるんだ。生半可な理由じゃないだろう。
「えぇ、もちろんです。覚悟はこの場に初めて来たときからしていますよ。」
「そうか。なら良かった。なら言うぞ。…お前、ギフテッド持ちだろ?」
「……どうしてそれを...?」
「酒場で飲んでるとジルドがポロっと漏らしたさ。」
父さん…。少し酒癖悪かったもんな。俺はあんなふうにはなりたくはないけど。
「まぁ、そこで誰かに聞かれたんだろう。そして…」
ハネスさんは、これまでで一番真剣な顔をした。シリアスな空気が周りに張り詰める。
「領主であるハミントン伯爵がお前を欲しがった。」
「……は?」
「ジルドは断った。だから外堀を埋められて、経営難になった。借金をしたのもそれが原因だ。」
「……火事は?」
「俺は、ハミントン伯爵の手の者だと思ってる。だが、証拠を隠すのは奴らにとってはお手の物。尻尾を掴めず泣き寝入りだ。あの時のお前みたいにな。」
「っ、そんなことで俺の家族は全員死んだのか!?」
「あぁ。貴族の気は短い。しびれを切らした奴らが強硬策に出た。俺はそう睨んでる。」
ハネスさんは淡々と話した。
俺を領主に突き出せば終わってた話なのに..どうして、俺なんかを庇って...死んでしまっては元も子もないじゃないか。
「………!!」
「お前の気持ちもよーく分かる。しかしな、お前は親に助けられた側だ。ここで貴族に喧嘩を売ってみろ。反逆罪で良くて犯罪奴隷、普通に考えりゃ断頭台行きだな。」
「……だとしても…!」
「…俺はお前にジルドの後を追わせたくなかったんだよ。」
…っ! この人は裏稼業が似合わなすぎるほどに優しい。初対面の子どもを引き取ってくれるほどには。
「…だからあの時俺に話さなかったのですか?」
「あぁ。あの時のお前じゃ真っ先に飛び出してくたばってただろう。」
俺は昔なら絶対にそうしていた。感情に任せて走り出していただろう。俯瞰して周りを見る能力はあの時にはなかった。
「だが、もうお前は16歳だ。感情ぐらい制御出来るだろう?」
「…はい。」
うちの領は税も重くなく、法律もまともだった。治安は...俺が言うのも何だがかなり悪いわけではなかった。
ハミントン伯爵には好印象を抱いていたんだが、俺の貴族像がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「そして、ここで一ついい知らせだ。」
「…なんですか?」
ハネスさんはなだめるように優しい声で言った。
「お前の借金の返済は今回で終わりだ。つまりお前はもうここにいる必要はない。」
「…えっ?」
「だから、借金の返済は今回で終わりだ。」
俺は正直言うと、借金の事なんて忘れていた。それぐらいここは心地よくて、俺にとっての居場所だった。使命感にも駆られず、ただ恩返しのつもりで取り立て屋をやっていた。
「そんな急に…?」
「俺はもうお前の手綱は握らない。その今回取り立てた金は餞別として受け取れ。」
「この大金を!?いえ、返済なんですから最後まで渡さないと...」
「餞別だって言ってんだろ。何年お前に働かせたと思ってんだ。その分の給料として渡す。お前からは一回もらって、個人として俺から渡させてもらう形になるな。」
ハネスさんは、ゴソゴソととある紙を取り出して、俺に見せてきた。七年前のあの借金の契約書だ。
「…つまり、この契約書は満了だ。破かせてもらう。」
契約書がビリビリと破ける。破けた破片が周りに飛び散り、光の粒となって消え去る。
契約書というのは、神によって保護されている。完了前に破こうとすると、全く破けない。それでも破損しようとすると、強烈な頭痛などの神罰が下る。
「ほら、破けただろ?神様だって認めてるんだ、晴れてお前は自由の身だな。復讐でも、冒険者になるでも良い。…だが、ここに残ることは許さねぇ。」
「なっ!?どうして!?」
ハネスさんがそんなことを言うとは思わなかった。冗談だと考えたが、そんな声色じゃない。
「そうしねぇとあの世でジルドに何されるか分かったもんじゃねぇよ。そもそもここにおいているのは、お前の生活を守るための例外だ。親友の息子を裏社会に置いておくわけにはいかねぇんだよ。最後の命令だ。お前はこの組織を出ていってくれ。」
「ハネスさん...」
ハネスさんは笑ってそう言った。
毎日、美味しい食事を用意してくれた。あの日、黒パンをスープに浸せと言った声を、今でも覚えている。
服も仕立ててもらった。住む場所も、仕事も、仲間も与えてくれた。
…そんなハネスさんが言っているんだ。そんな人の命令に背くわけには行かない。言い訳じゃない。出来ることならもっとここにいたい。ここで何もかも忘れて続けたかった。
でも、ここが節目なのかな。…最後ぐらい潔く終わろうか。
「大変お世話になりました!ありがとうございました!何もなかった俺に色々与えて、生きていく方法を教えてくれて本当にありがとうございました!」
いつの間にか他のメンバーもハネスさんの近くで並んでる。
「...礼が言えて偉いな。だが...今言うべきは、わかるだろ?」
「…さようなら!この御恩はいずれ返させてもらいます!」
「あぁ、じゃあな。次来たら歓迎してやるよ。今度帰ってきた時は酒でも酌み交わそうじゃねぇか。」
「その時は俺がおごりますよ。他の皆さんもありがとうございました!」
「「「じゃあな!」」」
俺は振り返る。ハネス達は笑って手を振っている。でも、何も言えない。俺はそのまま歩いて外に出た。
俺はもう、取り立て屋じゃない。
親父が守った命で、俺は何を返していくのか。
その答えを探す旅が始まる。
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