神聖国編 第10話 『家族』
いつもなら心地よく感じる朝の風が冷たく感じる。
窓の外を眺めても最愛の彼女の姿はどこにも見えない。
「ーーイ…ルイ!…ルイ!」
(誰かが俺を呼んでいる。けれどそれは彼女の声ではない。むしろ女性の声でも…)
「おい!ルイ!」
腕を掴まれルイは驚き、バッと振り返った。そこにはマークの姿があった。
「窓の外ばかり見て…全然手が進んでないぞ」
ルイはおもむろに自分の手元を見る。大量に積まれた書類は少しも減っていない。
握られた万年筆からはインクが垂れている。
「え…、ああ…すまない兄上…」
目に光がない。右目の包帯はすでに解かれ、痛々しい傷跡が残っている。
「はぁ…お前、リアナ嬢が帝国を出てからおかしいぞ…」
「大丈夫だよ兄上。ちょっとボーッとしてただけだから…」
「……また、戦場に足を突っ込む気か?」
「……それは…」
「右目を失い、全身に怪我をしてまでどうしてお前はーー」
「ーーわかってるさ。もう無茶はしない」
「俺が言いたいのはそういうことじゃ…はぁ、もういい仕事を続けてくれ」
マークは不機嫌そうに自分の席に戻っていった。
ルイはまた誰もいない帝国の外を眺める。
守らなければいけない相手を守ることができない自分に嫌気がさす。
ふと、あの日のリアナの言葉を思い出す。
「隣で…か、」
ルイは右目の傷を触り呟くのだった。
足が重たい。うまく歩けない。胸が張り裂けそうな痛みが自分を襲う。
涙が止まらない。聞けてよかった…はずなのに、
聞いてしまったことを後悔している自分がいる。
「あっ…ああ、ああ」
どれだけ涙を拭っても溢れてくる。知ってしまったから。彼の過去を。
あの明るく話す彼からは想像もできないような真っ暗な過去を。
「おい、大丈夫か?リアナ?」
ふらつく自分を後ろから優しく背中を支えてくれる人がいる。
それは彼に似た顔立ちの男、ジークだ。
「すまん、話さなければよかったな…。本当にすまない…」
ジークはとても悲しそうな顔をしている。きっと彼も話すのが辛かったのだろう。
「いえ…ありがとうございます…。話してくれて…」
二人は細く続く森の道の隅で少し休むことにした。
少しした後、ジークが口を開く。
「…リアナ、兄として言っておきたいことがある」
リアナは治りかけた涙を拭いながらジークの方を見る。
「あいつは昔から不器用で、真面目なのにどこか抜けていて、時々寂しそうな顔をするんだ。だから色々ちょっかいなんかをかけてみたりしていたんだが、あいつは本当の意味で笑えていなかったんだ。でも、リアナ、君と出会ってからのあいつはとても楽しそうに見えた。兄である俺が出来なかったことを君は成し遂げてくれた。本当に感謝してる。それと…」
ジークはリアナの方を見る。その瞳にはうっすらと涙の膜が張っている。
「あいつのために泣いてくれて、ありがとう…」
ただの自分の妄想かもしれない。だが少しだけ、少しだけだが、
この時私はこの人たちと同じ家族になれた気がしたのだ。
「さあ、兄が弱気になってちゃいられないな。進むとしよう。きっとあいつが待ってる」
「…はい!」
前を向こう。足を進めよう。そしてまた、あの場所に戻ろう。
リアナは歩き出した。帰りを待つ愛する人のために。自分のために。




