広がる改良
南部第一農村の倉庫改修は、早速始まった。
床を掘り下げ、石材を積み上げ、地面から浮かせる。
対角線上に通気窓を追加し、空気の流れを確保する。
作業の様子を、私は少し離れた場所から眺めていた。
もちろん護衛付きだ。
職人たちは最初こそ半信半疑だったが、設計図が具体的であること、資材量が明確であることから、作業は想定以上に順調だった。
これで損失は、かなり軽減出来るのは確実。
年五%の損耗が一%未満になれば、それだけで余剰が生まれる。
余剰は、選択肢だ。
選択肢が増えれば、安定に繋がる。
良い流れだと思う。私は次の資料を開く。
農機具。
鋤の刃の大型化。
柄の長さ調整による作業効率向上。
そして――土地の改良案。
水路の傾斜再設計。
排水口の追加。
湿地帯の簡易暗渠化。
解析で問題点を洗い出し、エンジニアで改善案を具体化する。
生産力が上がれば、備蓄が増える。
備蓄が増えれば、価格は安定する。
価格が安定すれば、農民も商人も安心する。
安心は、暴動を生まない。
戦争の前に崩れるのは、いつだって内側だ。
……いやいや。
まだ戦争は来ていない。
私はあくまで、だらだら生活のために安定を作っているのだ。
その頃。
領館の応接室では、一人の商人が領主と向き合っていた。
「侯爵様、例の馬車改良の件でございます」
改良された馬車は既に領内で噂になっていた。
揺れが少ない。壊れにくい。
馬の負担も減る。
それは商人にとって、死活問題だった。
「荷馬車にも、あの改良を施したく存じます」
商人は頭を下げる。
「輸送距離が伸びても、車軸の損耗が減ります。荷も安定して運べましょう」
お父様は静かに聞いていた。
「改良費用は」
「当方で負担致します。ただし――」
商人は慎重に言葉を選ぶ。
「設計図の使用許可を頂きたく」
なるほど。技術の拡散。
お父様の指が机を軽く叩く。
壊れにくくなれば、廃棄は減る。
廃棄が減れば、資源消費が抑えられる。
さらに、揺れが減れば荷崩れも減少する。
荷が安定すれば、より多く積むことが可能になる。
積載量が増えれば、一回あたりの輸送効率は上がる。
輸送代は下がる。
輸送代が下がれば、物価も下がる。
物価が下がれば、領民は潤う。
商人も儲かる。
悪くない。
「改良代の一部を領に納めよ」
お父様が言った。
「技術料としてな」
商人の目が僅かに見開かれる。
「その代わり、領内の鍛冶屋に発注せよ。技術は領内に留める」
商人は深く頭を下げた。
「承知致しました」
合意。
こうして、板バネは領内へと広がっていく。
私はその報告を後で聞き、思わず拳を握った。
馬車改良は、倉庫改修に続く二つ目の波だ。
農業効率向上。
保存効率向上。
輸送効率向上。
三つが揃えば、生産と流通の基盤は強くなる。
……これ、普通に強くない?
私はますます確信した。
この世界で、私はのんびり暮らせる。
効率化して、安定を作って、あとは楽をする。
脱ブラック企業。安定した侯爵ライフ。
完璧だ。だが私はまだ気づいていない。
効率化は、利益を生む。利益は、人を呼ぶ。
人が増えれば、情報も流れる。
そして――
隣国もまた、変化に気づき始めていることを。




