倉庫改修計画
農村視察の翌日。
私は再び、お父様の執務室に呼ばれていた。
今回は“見学”ではない。
正式な報告の場だ。
長い机の周囲には、技術主任、財務担当、執政官補佐といった面々が並んでいる。
五歳児に向ける視線ではない。
政策を出す人間を見る目だ。
……プレッシャー。
だが、引くわけにはいかない。
私は用意してきた紙束を差し出した。
「南部第一農村、穀物倉庫の改修案です」
室内が静まる。
技術主任が紙を受け取り、読み上げる。
「床上げ構造への変更。通気窓の増設。湿度低減による損耗率改善……」
財務担当が眉をひそめる。
「現在の損耗率は年五%前後と推定。改修後は一%未満まで低減可能、と?」
「はい」
私は頷く。解析による数値。
エンジニアによる設計。そして前世知識による裏付け。
湿気対策は、保存の基本だ。
財務担当が計算盤を叩く。
「南部第一農村の年間収穫量は約二万袋。五%損耗で千袋……」
部屋の空気が変わる。
「一袋あたりの平均取引価格を掛ければ、年間損失は……」
数字が読み上げられる。
小さくない額だ。
「改修費用は?」
技術主任が私の資料をめくる。
「石材、木材、人件費を含め……約三百袋相当」
室内が一瞬、沈黙した。
財務担当が顔を上げる。
「三百袋で、毎年千袋の損失を防げると?」
「初年度で回収可能、かつ翌年以降は純増益です」
五歳児の口から出る言葉ではない。
理屈は明快だ。お父様が静かに口を開いた。
「他の倉庫に横展開した場合は」
待ってました。
「全倉庫の総収穫量から算出すると、年間損失は推定七千袋規模。改修費用は約二千袋相当」
「……三年で倍以上の回収か」
財務担当が呟く。
違う。二年もかからない。
そこは言わない。過度な主張は反発を招く。
私は黙って、次の資料を差し出す。
通気窓の設計図。
床上げの構造図。
必要素材の一覧。
技術主任が、低く唸った。
「……実現可能です」
それが、決定打だった。
お父様が椅子に深く腰を下ろし、私を見る。
「なぜ、ここまで分かる」
「解析とエンジニアのスキルです」
嘘はないけどそれだけではない。
私は一度、穀物不足のニュースを見たことがある。
流通停止。
価格高騰。
暴動。
国家は、食料で揺らぐ。この世界でも同じだろう。お父様はしばらく沈黙した。
やがて。
「南部第一農村より着手せよ」
室内が動く。
「費用は領主裁量で出す」
財務担当が頷く。
「他倉庫への展開は、成果確認後に順次」
そしてお父様の視線が、再び私に向けられた。
「続けろ」
短いが明確な言葉。
命令であり、許可であり、期待だ。
胸の奥が、少し熱くなる。
やった。正式な政策として通った。
子供の提案ではない。
伯爵家継承者としての最初の実績だ。
私は頭を下げる。
「はい」
内心では、小躍りしていた。
これで一歩。だらだら生活への道が開けた。
効率化して無駄を減らして問題を事前に潰して。
あとは優雅に紅茶を飲むだけ。
……の、はず。
私はまだ知らない。効率化は、力を生む。
力は、目立つ。
目立てば、利用される。
倉庫改修という小さな一歩が、やがて戦争という大きな流れに繋がっていくことを。




