麦畑の向こう側
翌朝。
私は約束通り、早速の外出に向かった。
これで二回目の遠出だ。
教会へ向かう時と違って、今日は気持ちに余裕がある。
洗礼の緊張もないし、スキルの実証も終わっている。
今の私は、検証済みの“有能五歳児”だ。
馬車が領館を出る。
窓から顔を出すわけにはいかないが、視線だけは外へ向ける。
一面の小麦畑。風に揺れる黄金色の波。
のどかだ。平和だ。
前世で見た北海道の風景を少し思い出す。
だが、ここは異世界。魔物も出るし、戦争も起きる。
この平穏は、維持しなければ消えるものだ。
馬車はやがて、小さな村の前で止まった。
「こちらが、南部第一農村でございます」
護衛が説明し私は馬車を降りる。
当然、侍女と護衛付き。
視線が集まる。侯爵家の跡取り娘。
五歳とはいえ、ただの子供ではない。
……プレッシャー。
だが今は、それよりも。
解析。まずは、水路。視界に情報が浮かぶ。
――灌漑水路(簡易型)
主材料:木材・石材
流量:低
問題点:傾斜不足による水滞留
推奨改良:傾斜角度の再調整/排水口追加
ほう。
水が滞ることで、土壌が過湿になり、収穫量が落ちる可能性。
確かに一部、ぬかるんでいる箇所がある。
次は農具。
解析。
――木製鋤(標準型)
耐久度:低
改良余地:鉄刃の大型化/柄の長さ調整
なるほど。
効率はまだ上げられる。
さらに倉庫へ向かうと大きな木造建築。
扉を開けてもらい、中へ。
穀物袋が積み上げられている。
解析。
――穀物倉庫(築18年)
湿度管理:不十分
通気構造:片側のみ
損耗率予測:年5%
推奨改良:通気窓追加/床上げ構造化
……年五%?
それ、普通に損失大きくない?
湿気。カビ。害虫。
ゴキブリか? ってのが出てもおかしくない。
私は床を見下ろす。地面直置き。
そりゃ湿気るわ。
エンジニア。改良案を具体化。
床を石材で嵩上げし、通気窓を対角線上に追加。
簡易換気口の設置。
必要素材量と概算費用が浮かぶ。
……安い。
想定よりずっとこれ、やらない理由ある?
「お嬢様?」
村長が戸惑った声を出す。
私は慌てて、子供らしく振る舞う。
「ここ、むしむしする」
嘘ではない。実際に湿度は高い。
大人たちが顔を見合わせる。
技術主任がメモを取っている。
どうやら、私の“感想”は既に軽視出来ないらしい。
便利だ。非常に便利なスキルだ。
現状把握。
問題点抽出。
最適解提示。
しかも私は、前世でミリオタとしての兵站の重要性を知っている。
食料。保存。輸送。
戦争になれば、最初に問われるのはここだ。
……いやいや。まだ戦争は起きていない。
今は内政。平時の効率化。
だらだら生活への布石。
そう。私は楽をするために、今、少しだけ頑張るのだ。
外へ出る許可を得た。解析とエンジニアという武器もある。
ならば、この領地を“壊れにくい構造”にしておけばいい。
その先に待っているのは――
穏やかな伯爵ライフ。の、はず。
麦畑を吹き抜ける風が、静かに揺れる。
その平穏が、いつまで続くのか。
私はまだ、知らない。




