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国境から始まる工業革命 ―転生エンジニア領地開発記―  作者:


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最初の提言

洗礼から数日。


私は意を決して、お父様の執務室へ向かった。

勿論、一人ではない。侍女と護衛付きだ。


五歳児が単独で侯爵の執務室に乗り込めるわけがない。

今の私はただの五歳児ではない。


二つ持ちスキル保有者だ。


「どうした」


重厚な机の向こうで、お父様が顔を上げる。

相変わらず、感情の読めない目。

前よりも、ほんの僅かに“興味”が混じっている気がする。


私は、用意してきた紙を差し出した。


「……馬車の改良案です」


幼い舌足らずな発音だが、意味は通じたらしい。

お父様は紙を受け取り、目を通す。


そこには、

現状構造の簡易図。

問題点。

そして“板バネ式懸架装置”の導入案。

必要素材と設置箇所の指定。


全部、スキルの補助を受けて書き出したものだ。


「……誰に教わった」


静かな問い。


「かいせき、と、えんじにあ、のすきるです」


ほんの一瞬。お父様の視線が鋭くなる。

すぐに側近へと紙を渡した。


「技術主任を呼べ」


それだけだった。


数時間後、屋敷の技術者たちが集められ、

紙を囲んで議論が始まった。


最初は半信半疑。しかし理屈は通っている。


鉄板を重ねて弾性を持たせるという構造は、

彼らにとって未知ではあっても、理解不能ではなかった。


「……やってみろ」


お父様の一言で、試作が決まった。


数日後。改良された馬車が完成した。

私は再び乗り込む。

馬車が走り出す。

揺れはある。


衝撃が、柔らかい。


ガタン、ではなく。


トン、という感じ。


明らかに違う。お尻が痛くない。


「……ほう」


お父様の低い声。

技術者たちの顔に、確かな手応えが浮かぶ。


成功だ。板バネは、この世界でも通用した。

それだけでは終わらなかった。


お父様は改良図をまとめさせ、町の鍛冶屋へ持ち込ませたらしい。


量産可能か?コストは?既存馬車への後付けは。

領内の移動効率が上がれば、商人も兵も助かる。


……あれ?


これ、普通に内政じゃない?

そしてその日の夕刻。

私は帰ってきたお父様を、廊下で捕まえた。


「おとうさま」


「何だ」


「このちから、もっとつかいたいです」


真正面から見上げる。

逃げない。


「おそとを、みたいです」


外の建物。農具。橋。倉庫。

全部、解析したい。


もっと改良出来る。

もっと効率化出来る。


「……理由は」


「りょうちを、よくするためです」


嘘ではないが全部でもない。

外に出たい。世界を見たい。


そして――のんびりダラダラ生活のための布石を打ちたい。


お父様は、しばらく私を見つめていた。


やがて、口を開く。


「家の者と共であれば、外出を許可する」


「定期的に報告を上げろ」


……通った。


通ったぞ。


「はい!」


思わず声が弾む。

その瞬間だけは、五歳児らしかっただろう。

部屋を後にしながら、私は心の中で小躍りしていた。


これで、自由に“観察”出来る。

解析して、改良して、効率化して。

問題を事前に潰していけば、

きっと将来は安泰。


ブラック企業とは無縁の、優雅な侯爵ライフが待っているはずだ。

私は、だらだら生活への第一歩を踏み出したのだった。


――その選択が、やがて戦争へと繋がるとも知らずに。

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