裁量
数日後の朝、私はお父様に呼ばれた。
執務室は相変わらず静かで、重い。
窓から差し込む光が机を照らし、書類の山を浮かび上がらせている。
私は一礼した。
「来たか」
短い声。無駄がない。
「最近の倉庫改修と馬車改良、成果は出始めている」
財務報告書が机の上に置かれている。
どうやら、数字として既に表れ始めているらしい。
「領内をよく見、よく聞き――」
お父様は一拍置いた。
「お前の好きな様にせよ」
……え。一瞬、理解が追いつかなかった。
好きな様に?それはつまり――
やった!心の中で拳を握る。
これは、事実上の裁量権だ。
私に自由にして良いとの判断。
その代わり――改善しろ。
利益を出せ。成果で証明しろ。
そう言われているのだと、私は勝手に解釈した。間違ってはいないだろう。
伯爵家の後継。
遊び半分で自由が与えられる立場ではない。
「定期的に報告を上げよ」
「はい」
短いやり取りだったが意味は重い。
私は部屋を出ると同時に、次の行動を決めていた。
外出だ。
改善を探しに行く。
家の者を連れ、馬車で領内へ向かう。
農村。市場。鍛冶屋。倉庫。橋。水路。
目につくもの全てが、対象になる。
解析。視界に浮かぶ情報。
問題点。改善余地。推奨改良。
私はそれを口に出し、家の者がメモを取る。
最初は戸惑っていた彼らも、今では慣れたものだ。
「お嬢様、本日は三件の改修案がございます」
「こちらは費用対効果が高いかと」
いつの間にか、私の周囲には小さな“改善チーム”が出来ていた。
私は見つけ家の者が記録する。
技術主任が検証する。
財務が試算する。
承認が降りれば、実行。
そんな流れが自然と生まれている。
時間は掛かる。一つ一つの改善は、小さい。
積み重なれば、大きい。
橋の補強で輸送事故が減る。
農具改良で作業効率が上がる。
倉庫改修で損耗が減る。
馬車改良で流通が安定する。
数字はゆっくりだが、確実に上向いている。
私は焦らない。短期の爆益は要らない。
安定。持続。
それが目的だ。いずれ目に見えて利益になる。
税収は増える。
備蓄は増える。
選択肢が増える。
選択肢が増えれば、危機に強くなる。
危機に強くなれば――私は、楽が出来る。
そう!これは全部、だらだら生活のため。
余裕ある侯爵ライフのため。
無理せず、効率化して、安定させて。
問題を先回りして潰していけば、将来困らない。
完璧な計画だ。……少なくとも、今のところは。
私はまだ知らない。
効率化は、領地を強くする。
強くなれば、目立つ。
目立てば、利用される。
利用されれば、巻き込まれる。
私が“好きな様に”始めた改善が、やがて私自身の選択肢を縛ることになるとは――
まだ、知らない。




