冒険者ギルドという場所
村や領都を見回って、改めて思ったことがある。
この世界の大半は、たぶん地球の中世とそう変わらない。
石と木で出来た建物。
舗装されていない道。
市場に並ぶ野菜や布。
農民、職人、商人。
貨幣経済。
税。
兵。
……見たことはないけど、歴史の本で読んだイメージと大きくは違わない。
文明レベルで言えば、前世より遥かに遅れている。
少なくとも、機械も電気もない。
決定的に違うものがある。
魔物。そして魔法。
非科学的な存在が、この世界では“前提”として存在している。
内政をいくら効率化しても、魔物の大量発生一つで崩れる可能性がある。
それなのに――
私は、魔物についてほとんど知らない。
種類。出現頻度。被害規模。討伐コスト。
全部、曖昧だ。
これはまずい。
情報がないまま安定を語るのは、机上の空論だ。
私は家の者に言った。
「魔物のことを、もっと知りたい」
当然、難色を示された。
「お嬢様、それは……」
「冒険者ギルドは、貴族が訪れるような場所ではございません」
どうやら、あまり品の良い場所ではないらしい。
粗野な者も多く、酒と喧騒の場。
確かに、伯爵家の跡取りがふらりと行く場所ではないだろう。
魔物討伐の最前線はそこだ。
机上の報告書より、生の情報が欲しい。
最終的に、護衛増員と事前連絡を条件に、渋々許可が出た。
領都の一角。木造の大きな建物。
入口には武器を持った男女が出入りしている。
ここが、冒険者ギルド。
中に入ると、空気が変わる。
鉄と汗の匂いに酒と笑い声。
視線が一斉に集まる。
場違い。それは理解している。
「伯爵家のお嬢様だと……?」
小声が広がる。
ギルドマスターと名乗る男が現れ、形式的な挨拶が交わされる。
私は単刀直入に聞いた。
「魔物の種類と出現傾向を教えてください」
男は一瞬驚いたが、すぐに真面目な顔になった。
「近年は小型魔物の発生が増えています。特に森沿い」
「大型は?」
「数は少ないが、出れば被害は大きい」
討伐依頼書を見せてもらう。
日付。場所。報酬額。
……報酬額は、被害規模と連動している。
つまり、魔物は“経済コスト”でもある。
「ギルドは、どの国の支配も受けていないと聞きました」
私が問うと、男は肩を竦めた。
「表向きはな」
どうやら、建前上は中立組織。
どこの国にも属さない。
実際には、情報共有や合同討伐で各国と協力関係にあるらしい。
「癒着もある、と聞きました」
「……どの世界にもある話だ」
否定はしない。
討伐依頼の優先順位。
報酬の操作。
裏での情報取引。
なるほど。
理想的な中立組織、というわけではない。
逆に言えば、ここは“情報の交差点”だ。
魔物の動向。
国境付近の変化。
他領の動き。
全部、最初に流れ込む場所。
私は思う。
内政を強くするだけでは足りない。
外の変化を、誰より早く知る仕組みが必要だ。
魔物は自然災害のようなもの。
人為的な災害――戦争は、情報で予兆を掴める。
「定期的に報告を受けたい」
私が言うと、ギルドマスターは苦笑した。
「お嬢様は、変わっておられる」
そうかもしれないが変わっていなければ生き残れない。
この世界は、中世に見えて、中世ではない。
魔物がいて、魔法がある。
そして、利害と癒着がある。
……まあ、どの世界もその辺はありそうよね。
私はギルドを後にしながら、静かに考えていた。
安定を作るには、内側だけでは足りない。
外の波を読む目も、必要だ。
そして――隣国の動きも、きっとここに流れ込んでくる。
まだ、小さな波だ。
だから私は、その波を見逃さないと決めた。




