境界の誤差
研究室で設計図を書いていると、扉が勢いよく開いた。
「お嬢様!観測隊から報告があります!」
私は顔を上げた。
「なぁーに?」
文官は息を整えながら、少し声を落とした。
「それが……ここだけの話なのですが」
「公式の国境線と、観測の国境がズレています」
……は?私はペンを止めた。
「どっちがどう言う風に?」
文官は持ってきた測量図を机の上に広げた。
紙の上には、最近測定したばかりの三角測量の結果が描かれている。
基準点。距離。角度。
そして――線。私はその線を見て、眉を上げた。
「これ、公式地図と違うわね」
「はい」
文官は指で指し示す。
「相手側の国境線が、こちらへ食い込んでいます」
「どのくらい?」
「約二キロほどです」
「……え?」
思わず声が出た。
「そんなに?」
「はい」
私は腕を組んだ。
二キロ。それは誤差とは言えない。
完全に別の線だ。
「計測ミスの可能性は?」
「三度測定しました」
「基準点も確認済みです」
「誤差の範囲ではありません」
……なるほど。つまり。
公式の国境線が、間違っている可能性。
もしくは――昔、曖昧なまま引かれた線。
私は測量図を見つめた。
その二キロの帯。森。丘。川。
そこそこ広い。村一つ分はある。
「どうしましょう?」
文官が静かに聞く。
私は少し考えた。今ここで騒ぐのは得策ではない。
国境問題は、政治そのものだ。
そして私は夜の通信を思い出した。
「……うむ」
私は図面を畳んだ。
「夜中に、まきちゃんに話すか」
文官が首を傾げる。
「まき……?」
「独り言」
私は軽く手を振った。
向こうも測量している。
同じ結果が出ているかもしれない。
もし同じなら――これは偶然ではない。
「そこそこの広さになりそうだし」
私は机の上の地図を指で叩いた。
二キロ。長さ次第ではかなりの面積だ。
畑。資源。道路。価値は大きい。
私は文官に言った。
「まあ、その件は私に任せて」
「しばらく公にはしないで」
文官はすぐ頷いた。
「承知しました」
私は次の紙を取り出した。
別の設計図。
「それより、こっち」
私は紙を文官に渡した。彼は目を丸くする。
「これは……?」
「扇風機」
「せんぷうき?」
私は笑った。
「暑い時に風を送る機械よ」
電動モーター。
回転羽。風の流れ。構造は単純。
発電設備がある今なら作れる。
文官は設計図をまじまじと見る。
「……風を送る?」
「そう」
私は窓の外を見た。
夏が近い。この世界の夏は暑い。
しかも建物は風通し頼り。ならば風を作ればいい。
文官は感心したように頷いた。
「ほぅ〜!」
「では早速、試作を」
「頼むわ」
彼は設計図を持って部屋を出ていった。
私は一人、机の前に残る。
地図。国境線。二キロの誤差。
私は小さく呟いた。
「さて……」
これはただの測量結果か。それとも歴史の歪みか?答えは、今夜分かる。
夜の三の刻にまきちゃんとの通信で。




