封の内側
「お嬢様!」
研究室で水車の設計図を広げていた私に、文官が声をかけた。
「如何したの?」
「石鹸に使っている油の件ですが……」
油?
「何かあったの?」
「商人からの報告で、領内産では足りず、輸入分に頼っているとのことです」
……まあ、予想はしていた。
石鹸とクリーム、美容液。
需要が想定以上に伸びている。
「それが?」
文官は一通の封書を差し出した。
「その油と共に、文が」
私は封を受け取り、封蝋を確認する。
正式な印。
開封する。
文面は整っていた。
隣国にて新製品を展開する開発者殿へ。
貴殿の革新的な商品に敬意を表する。
油脂精製技術に関心がある。
将来的な技術交流の可能性を探りたい。
――無難。非常に無難。外交辞令。
封筒の内側に、隠すように押された小さな印。富士の線画。そして、極小のひらがな。
「ふ」私は思わず息を止めた。
間違いない。コンタクトを取ろうとしている。それも、極めて慎重に正面からではなく、油の取引に紛れ込ませる形で。
「サクラ印が届いた……って事か」
私は小さく呟いた。向こうは気付いたのだ。
さくら。富士。日の丸。規格化。電池発想。そして油脂精製。
偶然ではないと判断した。
つまり――私が日本人だと、読まれた。
しかも隠す様な印。慎重。非常に慎重な人物。軽率ではない。
私は椅子に深く座る。
さて。私は如何返事を出すか。魔石と共に送ることも出来る。市場で握っている物資。
それは“カード”だ。
今は、力を見せる場面ではない。
問題は、どこまで明かすか。
無難な返信で様子を見るか。
それとも思い切るか。私はペンを取った。
そして、別紙に日本語で書く。
――――――――
私の名前はゆき。32歳、女性。前世はとある会社でエンジニア職をしていたわ。この世界に転生して5年。今の所、のんびり内政をしている。いつの機会かお会いしましょう。
――――――――
直球。回りくどさはない。技術的暗号も使わない。日本語そのまま。読める者にしか読めない。これで反応があれば、確定。
無ければ、誤認。私は少しだけ考える。
迂闊かもしれない。向こうも既に踏み込んでいる。ここで中途半端な返しは、かえって疑念を生む。
私は文官に渡す。
「この文を魔石の取引に紛れ込ませなさい」
「内容は……?」
「気にしなくていいわ」
彼は深く追及しない。有能だ。封を閉じる。外側は無難な技術交流の返信。
内側に、日本語。
慎重に、だが明確に私は窓の外を見る。
隣国。そこに、同郷がいる。
味方か。敵か。まだ分からない。
だが一つ確実なのは私はもう、盤の上に立っている。
さて如何反応するかしら?私は静かに笑った。水は流れている。魔石は動いている。
そして今、物語は人へと向き始めた。




