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国境から始まる工業革命 ―転生エンジニア領地開発記―  作者:


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鐘の音

生産開始から数日が経ち、初日は混乱の連続だった。


攪拌時間を間違える。

温度が上がりすぎる。

乾燥室の湿度が安定しない。

容器の蓋が合わない。


人は慣れる。


職人たちは工程を覚え、作業は滑らかになっていった。

今では、石鹸もクリームも順調に在庫を積み上げている。


棚に並ぶ“さくら”の印。


その光景を見ると、胸の奥が少し熱くなる。

本日はいよいよ初出荷の日だ。

商人たちは既に動いていた。

試作サンプルとして、小さく切った石鹸。

小瓶に詰めたクリーム。


それらを貴族や有力商人へ配って回っている。


「反応は上々です」


報告が入る。


「既に追加注文も」


……手応えは十分。既に注文が来ている。

いよいよだ。ここから本格的に回り出す。

ブランドとして認知され。


安定収益が生まれ。私は徐々に手を離し――

だらだら生活へと完璧な流れ。


その時だった。


カーン……カーン……


遠くから、鐘の音が響く。

一定の間隔で重い音。


私は顔を上げた。


「何だろ?」


工場内の空気が、一瞬で変わる。


職人たちの手が止まる。

護衛が外へ飛び出す。


そして。


「お嬢様!避難して下さい!」


私は何も分からぬまま、抱え上げられた。

え、何?


「魔物が出た様です!」


「離れた場所ですが、念の為!」


鐘の音は、警鐘。


領都に近い場所で魔物が出現した合図。

私は抱えられたまま、建物の奥へと移動させられる。


心臓が早鐘を打ち、頭では理解している。

この世界には魔物がいる。

市場で見たし、ギルドで聞いた。

討伐依頼書も読んだ。


実感がないまま、どこか“対岸の火事”だった。


今、初めてそれが現実として迫ってくる。

遠くで、人の叫び声。


冒険者の怒号。

金属のぶつかる音。

鐘は鳴り続ける。


私は安全な部屋に押し込まれ、護衛が扉の前に立つ。


「ご安心を。規模は小さいと報告が」


小さい?基準は何だ。

小型魔物か?中型か?


それでも、出現したという事実は変わらない。


私は、深く息を吐いた。


そうだ。私は体験していなかっただけだ。

魔物がいる世界。これが、この世界の普通。


効率化して在庫を積み、ブランドを作り。

安定を積み上げても、一つの出現で空気は変わる。


もしこれが大型だったら?

もし同時多発だったら?

もし国境付近だったら?


私はまだ安全な場所にいる。

だが外では、誰かが戦っている。


この世界の平穏は、常に誰かの戦いの上にある。


鐘の音が、やがて止んだ。

しばらくして報告が入る。


「小型数体、討伐完了」


被害軽微。

死者なし。

安堵の空気が広がる。

私は、ゆっくりと息を吐いた。


今日、初めて実感した。この世界の安定は、脆い。


魔物。


それは自然災害のような存在。

もしこの出現頻度が増えたら?

もし資源が不足したら?

もし国境で戦が始まったら?


私はまだ知らない。


この鐘の音が、やがて別の意味で鳴る日が来ることを。


初出荷の日。


さくらの印を刻んだ箱が、静かに馬車へ積み込まれていく。

成功の始まりと、警鐘の始まり。


その両方が、同じ日に重なった。

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