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国境から始まる工業革命 ―転生エンジニア領地開発記―  作者:


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だらだらの行方

「……忙しい」


私は机に突っ伏しながら呟いた。


石鹸とクリームの生産に向けて、準備が本格化している。

商人との打ち合わせ。


現地視察。

必要な備品の確認。

原料の保管方法の検討。

品質管理の基準策定。


……あれ?


だらだら生活は何処へ行った?

私は確か、楽をするために内政をしていたはずだ。なのに何故、スケジュールが埋まっていくのだろう。

商人と向き合いながら、私は工程を再確認する。


「油脂の精製は、こちらの釜で」


「攪拌は一定時間を守ってください」


「乾燥室は湿度管理を」


エンジニアの補助で最適化した工程表を渡す。

実際の現場では、理論通りにいかない。


人手の問題。

火力の安定。

保管スペース。

現場は現実だ。


生産拠点として選ばれたのは、古びた倉庫だった。


なるほど。一から建てるより早い。


壁は補修。床は石張りへ。

通気を確保し、火の扱いを安全に。

解析で構造を確認し、改修案を提示する。


「この梁は補強を」


「この壁は湿気が溜まりやすい」


技術主任が頷く。

職人たちが動く。


……本当に動き出している。


その横で、お母様は商人と談笑していた。

笑顔の奥で何かが動いている。


「原料の優先確保、分かっていますね?」


「もちろんでございます」


柔らかい声だが断れない圧。

……圧力、だよね?

私は確信する。

私が知らないところで、お母様は色々やっている。


香料の仕入れ先。

油脂の契約。

人材の確保。

場合によっては、他商人への牽制。


女性は怖い。いや、頼もしい。

商人たちの動きも速い。


原料を先に押さえる。

職人を確保する。

容器製作を別ラインで進める。

ロゴ入りの試作品も上がってきた。


さくらの印。


富士山と花。


この世界では意味不明な図柄だが、逆にそれが異国感を出している。


「覚えやすい」と商人は言う。


私は小さく頷く忙しい。


本当に忙しい。午前は打ち合わせ。午後は現場視察。


夕方は報告書。

夜は次の設計。


……これはブラック企業では?


いや違う。私は経営側だ。たぶん。


「お嬢様、こちらの配合比率で宜しいでしょうか」


呼ばれる。

確認する。

修正する。

承認する。

仕事が増えている。


おかしい。


効率化すれば楽になるはずだった。

現実は、規模が拡大している。


改善が成果を生み。

成果が需要を生み。

需要が業務を生む。

私は天井を見上げる。


さっさと終わらせて、だらだら生活を送れるようにせんと。


この初期構築を乗り切れば、あとは回るはず。仕組みが出来れば、私は手を離せる。


……はず。


お母様がこちらを見る。


「あなた、楽しんでいるでしょう?」


「……まあ」


否定は出来ないが自分の考えが形になっていく。


それは確かに楽しい。楽しいと、忙しいは別問題だ。

倉庫の改修が終わり、釜が設置され、原料が運び込まれる。

工場としての姿が整っていく。

私はその光景を見ながら、静かに思う。

これが成功すれば、領地はさらに潤う。

潤えば、安定する。


安定すれば――私は楽が出来る。


そう。きっともう少しだ。

だらだら生活は、その先にある。

……と、今は信じておこう。

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