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それでも無価値な復讐を  作者: 今井 初飴
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第24話 暇な魔女は寮の中から人を探す


 俺と雨は寮に閉じこもることになった。

 俺は雨と何か話したかったが、雨は微妙に俺を避けているようで、早々に部屋に引き上げてしまった。俺は食堂にひとり取り残された。仕方ないが落ち込む。こんなことになると思わなかったんだ。

 何ともしようがないので俺も部屋に戻り、メモをまとめたり、町の地図を書いてみたりしていた。それが済んでも時間が余ったので、泥酔して書いた読めないメモの解読を試みたり、少し寝てみたりした。それでもまだ外は明るい。

 隣の部屋はしんとしている。そういえば布団を敷きっぱなしだが、たたみにも行きにくい。

 返してもらった写真を並べる。理恵さんと文明さんの写ったものは帰る前に渡しておこう。それらを別にすると、残った写真は半分くらいになった。そしてやっぱり雨の写真は1枚もない。フィルムは入れ直したが、帰るまでに果たして雨の写真が撮れるだろうか。

 帰りの車の中で雨は殆ど話さなかった。識司さんに断られたのが響いているのか、ずっと悲しそうな顔をしていた。慰めたいしそばにいたいのだが、昨日信用をなくした俺は、何かないとそばに置いてもらえなくなったらしい。

 写真だけでもあったらなあ。パトカーの中でずっと手をつないでいたのにな。

 俺はごろごろしながら写真を眺めた。紫の花の写真を手に取る。カタクリだっけ。この花を見ていた時がずいぶん昔のように思える。色々なことがあり過ぎたせいで、何もしていない時間が長くてたまらない。まわりはきっと葬式の準備でばたばたしているだろうに、ここだけは静かだ。この土地とよそ者の時間の違いのようだ。

 雨と話したいな。でも怒ってるんだろうな。

 何もすることがなさ過ぎて、俺は風呂にでも入ることにした。これでは湯治だ。

 風呂の準備をして襖を開けると、同じく襖を開けた雨とはち合わせた。

「雨!」

 目を合わせた途端引っ込んで襖を閉めることはないと思う。

「雨、昨日はごめん、もうしないから少し話そうよ」

 懸命に呼び止めるが、返事はない。鍵のない襖が俺と雨の間にがっちりと立ちはだかっている。すぐに開けられるのに、開けられない。

 何で調子に乗ったかなあ、昨日の俺。

 天を仰いだりうつむいたり、後悔して立ち尽くしていると、襖が細くゆっくりと開いた。見ていると雨の後頭部がそろそろと周囲を警戒するように現れた。きょろきょろしているようだが、俺はさっきからずっとこちら側、雨の後頭部側にいる。動いていない。雨は俺の不在を確信したのか、ほっとしたように部屋から出てきた。雨も風呂に行くつもりだったのか、タオルを持っている。俺があのまま風呂に向かって、風呂でまた顔を合わせる可能性などこれっぽっちも考えていなさそうだ。

「雨」

 声を掛けると雨は文字通り飛び上がった。また部屋に飛び込み襖を閉めようとするので、俺は慌てて襖を押さえるつもりで咄嗟に逆の柱側を押さえた。

「うぐ」

 当然俺の指は勢いよく閉まった襖に挟まれた。

「黒栖!」

 雨も悲鳴をあげて襖を開ける。俺はチャンスとばかり雨の部屋に押し入った。

 雨がだめ、と言いながら、しかし指の痛そうな俺に触るのを怖がって強く制止できずにいるのをいいことに、俺は居座ることにした。雨は見ないで、と乱れた布団を隠すように前に立った。布団を見られたくなかったらしい。布団は掛け布団が何だか丸まっていたが、別に普通だと思う。

 俺の指は折れたりはしていないようだ。すごく痛いけど。それより、雨と話がしたい。

「雨、昨日はごめんなさい!もうしないから許してください」

 俺は思い切り頭を下げた。雨が戸惑っているが、こういう時は先に頭を下げた方が勝ちだ。俺は頭を上げなかった。雨が困っている。どうか雨、折れて許してほしい。

「……わかりました、もう、あの……びっくりさせないでくださいね」

 雨は目を逸らし、少し不満そうに俺を許してくれた。良かった。

「雨、お風呂行くの?先にどうぞ」

「え、私……」

 雨は俺と布団をもじもじと見比べる。この2つを残して行きたくないらしい。

「大丈夫、たたんでおくから」

「でも、さっきまで寝ていたから、触らないで……」

 大丈夫大丈夫、と布団をたたもうとしたら突き飛ばされた。触らないでバカ、と雨にしてはかなり直接的な暴言も聞けた。

「もう、お風呂に行ってきて!それまで片付けますから、それからならいていいですから!」

 しかし俺が風呂からあがり、自室に荷物を置いてから雨の部屋をのぞくと、布団はますますねじれてよれて丸まっていた。どうすれば敷布団がねじれて丸まるのか。これならさっき俺に任せた方がましだったのに。

 俺は愕然としている雨をほったらかして布団をたたみ始めた。まずは布団を元のように四角く伸ばすところから。

 雨が恨みがましく、同じことしたのに、と呟いている。多分していない。

 俺は布団をたたんで片付けてしまい、笑顔で雨に風呂を促した。もちろん俺は居座るつもりだ。雨が悔しそうなのが小気味いい。

 雨は俺の前で義足を外し、杖をついて風呂に行った。怒っているからだろうが、義足を外す雨は少しセクシーで俺は目のやり場に困った。雨の感覚はちょっと独特なのだ。指摘したいが、また警戒されても困る。全ては識司さんの教えが至らないせいだと思う。

 俺は風呂上がりで少し高揚した気分のまま、雨の部屋で仕返しとばかりくつろいだ。俺の部屋でお茶も淹れて、雨の分まで用意しておいてやれ。雨が風呂から上がった頃には雨の好みの温度になっているだろう。

 俺はやっと落ち着いて、メモを広げた。帰るまでにしておきたいことをまとめておこう。

 何より誉茉子さんを追い出す。これは最優先事項だが、まだどうしていいかわからない。最優先だということだけ覚えておいて、動けるようになったら動こう。

 他には、まず酒蔵を見学したい。今日明日は無理だろうから、また文明さんに改めて段取りをしてもらおう。

 それから礼拝堂の掃除。犯人は見当もつかないが、あの時鍵を持っていたのは俺だ。せめて掃除くらいさせてもらいたい。

 そして、雨の写真。せめて1枚、ここで撮っていきたい。俺のカメラにはフラッシュをつけていないから、日中、なるべく屋外で撮りたい。それも含めて雨に相談しよう。

 後は、識司さんともう一度ゆっくり話がしたいが、これはこんなことになってしまうと難しいかもしれない。でも、諦めず頼んでみよう。俺は雨と識司さんが納得いくまで話をしてほしい。それができなければ、せめて俺が雨の気持ちを伝えたい。

 並べてみて、やはり今日は寝るしかない気がしてきた。今日は雨に謝れただけでいいか。

 雨は義足をぽいと投げ出して行ってしまったので、木製の義足が隅の方に転がっている。もっと人の足に近い形なのかと思ったが、こうしてみるといかにも機械らしい。それでも俺には寝た後の布団よりこっちの方が生々しくて困る。

 雨が戻ってきた。ほこほこしているが、俺を見るとつんとそっぽをむいた。まだ怒っている。しかしだからといっていきなりスカートをたくし上げたらびっくりする。雨は義足を俺の前で着脱することには無頓着だ。俺が目を逸らさなかったらどうするつもりなんだ。識司さんのせいだ。それでも雨は当たり前のように隣に座り、俺の用意したお茶を飲んでいる。こういうところは仲良くなれたなあと思う。

 俺はここにいるうちにしたいことを雨にも話した。

 雨は識司さんと話すことをもう諦めているようだった。だが、俺がまだ諦めていないことをいやがりはしなかった。それなら十分だ。俺は俺の思うように、雨のためにがんばる。ご褒美、もらっちゃったんだから。

 誉茉子さんのことはまだ雨もいい考えが浮かばないようだった。そもそもまだ帰ってきていない。やはり保留のままになった。

 雨の写真は、どうしても無理なら雨の街に帰ってから撮らせてもらうことになった。

 もし、もしも雨が識司さんと納得してちゃんと別れて帰ることになったら、俺、雨に交際を申し込んでみようかな。

 とりとめもなく話しながら薄暗くなってきた外を眺めていると、白い軽自動車が入ってきた。理恵さんだ。

 食堂に行くと、理恵さんがおにぎり、カップ麺、パックのお惣菜を数種類と味噌汁の小袋をばらばらとテーブルに広げているところだった。

「ごめんなさい、お昼抜きになっちゃったでしょ!」

 そういえばそうだったかもしれない。俺は貧乏暮らしが長いから食べ物がなければ一食ぐらいは食べなくて平気だし、雨は食事にあまり関心がないから、普通に過ごしていた。

「忙しいのにすみません」

 暇してごろごろしていたのが申し訳なく、俺は理恵さんに謝った。

「これだけあれば3日はもたせますから、俺たちにはかまわず理恵さんの方を」

「これは一食分です!」

 怒られた。理恵さんはぷりぷりしながらお茶を淹れ出した。3人分。

「ここに来られないと、おじさんの世話ばっかりなんだもん。田舎のおじさんは甘えん坊なんですよ」

 理恵さんも椅子に座り、猛然とおにぎりを食べ始める。理恵さんもお昼抜きだったようだ。少し休んでいくつもりらしい。

 理恵さんはあれから結城さんに連絡し、会社のことは結城さんがやるのでとにかく奥さんに連絡するように言われたのだが、連絡先がわからないのだという。

「そんな愛人の電話番号なんて知らないですよ!きっとまたどこからか聞きつけて勝手に帰ってきますよ、いつもそうなんだから」

 おにぎりは1人3個の計算らしい。俺と雨は2人で2つで十分だ。理恵さんは怒ると食が進むタイプのようだ。

 文明さんは一度帰ったそうだが、結城さんの手伝いをしているので忙しいらしい。今日が通夜で明日が葬式になるそうだ。識司さんの実家ではおそらく参列者が入りきれないので、葬祭場で行うらしい。喪主は識司さんがなるそうだ。

 理恵さんはいつの間にかお湯を入れたカップ麺の蓋をはがしてすすりながら教えてくれた。

「会社葬にはしないそうなんですけど、やっぱり社長の妹さんだから会社の関係者はたくさん見えるだろうし、そしたら夫の妻がいないのはカッコつかないし、どうしよう」

 理恵さんはふにゃふにゃのかき揚げを食べながら顔をしかめている。

「なら、私が占ってみましょうか」

 半分にしたおにぎりを食べ終わった雨が理恵さんに声を掛けた。理恵さんがえっ、とカップを置く。

「電話番号が見えたりするの?」

「そこまで詳しくは無理ですが、方向や相手のだいたいの特徴くらいはわかるかもしれません」

 雨は苦笑しながら答えた。理恵さんが飛びつく。

 俺がテーブルを片付ける間に、雨は理恵さんに誉茉子さんの写真と生年月日を用意してもらっていた。俺と理恵さんがわくわく見守る中、食堂で魔女の占いが始まった。

「水晶玉とか、使わないんだね」

「私はそうですね。カードは使いますが、今日は持ってきていないので」

 魔女っぽい雨は珍しい。俺と理恵さんは興味津々で雨の占う姿を見つめた。雨は色々書いたり写真を見たりしていたが、できました、とペンを置いた。

「お相手は年下の方ですね。最近お付き合いしているようです。他にもお付き合いしている方はいるようですが、今はこの方のところにいると思います。方角は南南東、一軒家ではありません。近くに線路があります」

「……野辺さんかも!」

 理恵さんが立ち上がり、電話してきますと飛び出して行った。今ので心当たりがあったのか。雨もすごいが理恵さんも魔法使いみたいだ。

「雨、すごいね。本当に魔女みたい」

「魔女ですもの」

 俺が感心すると、雨は照れたようにわざとおどけて見せた。

「俺も何か占ってほしいな」

「私の占いは高いですよ」

 雨がすまして言う。お金取るのかよ。理恵さんはただだったのに!

「理恵さんはお世話になっているし、友達ですから」

 では俺は何なんだ。友達にすらなっていないのか。俺だってお世話してるじゃないか。

「じゃお金払うから占ってよ、俺と雨の相性とか」

「自分のことは占えません」

 ばっさり切られた。俺はふてくされた。雨はつんとすまして、少し笑った。さっき俺が意地悪したから、仕返しだ。雨め。

 でも本当に魔女は自分の運命は占えないのだそうだ。同じように、自分と深く関わる人の占いもできないという。

 占いのことを聞いていたら、理恵さんが戻ってきた。勝ち誇っている。

「雨ちゃん、大当たり!キヨリンのお姉ちゃんの友達が野辺さんの近所に住んでて、車見てきてもらったら、あったよ!奥さんの赤い外車!」

 そのまま野辺さんに連絡とってもらったから、そのうち帰ってくるわ、と理恵さんは胸を張った。

 野辺さんは誉茉子さんの2個下、町会議員の息子で、今はこの町を出て一人暮らしをしているのだそうだ。投資の仕事をしていてかなり羽振りが良く、いつも違う車で帰ってくるそうだ。

 理恵さんは重責から解放されて楽しそうにおしゃべりし、誉茉子さんとの対決に備えて気合いを入れ直した。俺と雨は誉茉子さんの相手の情報を聞けるだけ聞き、そっとうなずいた。

「では私は支度があるので行きますね」

 理恵さんは元気一杯に出て行った。


 俺たちが雨の部屋に戻った頃、赤い外車がすごい勢いで入ってきた。駐車場ですらない玄関前に急停車して理恵、どういうことなのよ、と怒鳴りながら車を降りる。窓を閉めているここにいても聞こえる、すごい声だ。

「どうすれば野辺さんて人のところに誉茉子さんを行かせられるかな」

 俺は自然に雨の部屋に入り込めたことをちょっと喜びながら、カーテンの隙間から外をのぞいた。雨も俺にくっつくようにして窓の外をのぞいて、難しい顔をしている。

「違法ですが、死んだ体を操る魔法があって、あの人が一度死んでくれたら魔法で操れるのですが」

「……死んだらもうそれでいいんじゃないかな」

「他には、これも違法なのですが、歌で引き寄せる魔法があります」

「歌ってる間だけ?」

「はい。でも、引き寄せた人はロバになるので魔法が効いていることがわかります。ただ、これは、対象になる人を選ぶことができないんです」

「ロバになったら、歌が終われば人に戻れるの?」

「いいえ、ずっとロバです」

 無差別テロじゃないか。俺までロバになる。

「何かないかなあ、その野辺さんて人をすごくいい男にするとか」

 俺は呟き、はたと思い付いた。

「雨がその野辺さんを落としたらいいんじゃないか?」

 落とす、と雨が俺を振り返って首を傾げる。距離が近いので目の力がすごい。

「ほら、誉茉子さんは俺が雨の婚約者だって知ったら口説きに来ただろ。野辺さんて人を雨が口説き落としたら、取られたくなくてそっちに行くんじゃないか」

 俺が少し焦って説明すると、雨はふいっとそっぽを向いた。長い髪が俺を撫でる。

「その嘘は黒栖で懲り懲りです。他の方法考えて」

 俺は懲りられたのか。白い頭を見下ろして、俺は苦笑した。いい考えだと思うんだけど、本当は俺もいやだ。

 でも、じゃあどうしようかなあ。

 いい案が浮かばないまま、誉茉子さんが通夜に出掛けて行くのを見送る。

 雨が暗くなった窓の外を見ながらまだうなっている。俺がこんなに近くにいるのには全く気付いていないようだ。少し嬉しく思いながら、俺も窓の外を見た。しばらくすると理恵さんの軽自動車も出て行った。

 雨がまだ悩んでいる。俺は正直、ただ窓の外を眺めている。

「あ」

 雨が突然声をあげた。

「これも禁止されているんですが、歌と魔法陣で引き寄せると、かかった人がヒキガエルになる魔法が」

「それはやっぱり」

「ずっとヒキガエルです」

 いい考えは浮かばないまま、俺はこっそり雨とすごく近くにいる時間を満喫して、その日は解散することになった。

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