イルカさんとクリスマス
「あ、今日クリスマスイブじゃん」
不意に呟いたその言葉に、ちょうど一緒に書類運びをしていたコボルトのコバくんが反応した。
「くりす…?それ、なんですか?」
キリストさんの誕生日か復活記念日だったか、あれ、復活記念日はイースターだっけ?
記憶が怪しいのでとりあえず趣旨を話すことにする。
「完全に就寝した家に煙突から侵入して、子供の枕元に箱を置いて帰る白髭に赤帽子のおっさんが来る日」
あとトナカイの引いたソリで脱走する。
「爆弾でも置くんですか?」
少し違った風に捉えてしまったコバくんになんとか方向を修正して話を整える。
「ごめん、僕が悪かった。そういう設定にして子供にプレゼントとファンタジーから成る夢を与える行事」
「あぁ、親が子供に贈り物をする口実ですか」
「身も蓋もない…って、カルガモ。何してるの?」
廊下を通りかかったカルガモは、相変わらず変な知識を覚えて…とか一体どこで見てきたのかと言いながらも、貴方と同じく運びものですと黒い袋を見せてくれた。
ずしっと重そうな袋からはうめき声が聞こえる。
何が入っているのかは聞かない方が良いみたいだ。
「そういえば、クジ……マモンが呼んでいましたよ」
「はぁい…これもお願いできるかな、コバくん」
「わかりましたー行ってらっしゃいませー」
コバくんは最近、コンビニの店員さんごっこにハマっているみたいだった。
この前はかの不死鳥におでんのゆで卵作りたいから無精卵産んでとねだっていた。不死鳥はとても困った顔をしていた。
彼、オスだから。無理だと思うよ。
「クジラー、来たよー」
「…業務中だろう」
「クジラ様、申し付けはなんですかぁ」
全くもう、とため息をついたクジラは、この書類とこの書類にサイン頼むわ、と用件だけ言った後、書類の山の開拓作業を進めた。
さてさてなんの書類だろうか。
幹部のサインが必要なことは多いが、幹部補佐のサインが必要な案件はあまりない。珍しいなと感じながら、読み進めていく。
「へぇー、今度山の方の村々で大祭りやるんだ。僕も行こ」
「当日俺らも職務で挨拶回りしながら見に行かされるやつだから、行きたくなくても連行するぞ」
「うっわ、行きたくなくなった」
皆で行くのは良いのだが、挨拶回りだと面倒くさい奴らの相手があるので、かなりかったるいしやりたくない。
パラパラと軽く流しながらサインしていって、ふと思った。
いちいちイルカってサインしているけど、これでいいのか?
まぁ今までそれで何も起きていないから、何も気にしなくていいだろう。
「今日は久々にクジラにイタズラしようかな」
「マジでやめろ」
帰り際に呟いた言葉に、彼は本気のトーンでそう言った。
「メリー苦しみますの時期だなぁ。飾りもなんもないのつまんないし、庭でも飾ろ」
という訳で、早速魔王城の庭園に目が痛いくらいの点滅をするミラーボールのような魔道具を抱えて飾り付けを始めた。
夜中にやったので、クリスマスには大騒ぎになるだろう。
楽しく飾り付けをしていたら、一切の躊躇も優しさもなく唐突に吹っ飛ばされた。
何が起きたかしばらく理解が追いつかなかったのだが、途中で、これは誰かに見つかった予感、だと気がついた。
「お前はまた妙な真似を…」
クジラだった。
何やら昼間の言葉で見張ることにしていたらしい。
今回は言葉通りではなく、全体に向けたイタズラを行なっていたのだが…。
それにしても容赦がない。
「何してたんだ」
「…庭の飾り付け?」
「何故…?」
「え…クリスマスだから」
なんだそれはと言わんばかりの顔をしているクジラに、コバくんにしたような説明をすると、良い子に呪いを送る悪者がサンタであるという謎の誤解が発生してしまった。
「なんでそうなったの」
「お前がさっき、めりー苦しみますとか言ってたから、メリーって子が苦しめられた日ってことかと」
ひどい誤解だった。
「メリー苦しみますって言うのは、クリスマスに湧き出るカップルを見た独身たちが苦しみますっていう感じの」
「僻みか」
非リアが聞いたら殴りたくなるようなセリフを吐きだしたクジラは、紛らわしいこと言いやがってと笑いながら、なんの前触れもなく僕の頭を撫で始める。
急にデレるのは勘弁してほしい。
「なんだ。お前も恋人がほしいお年頃か」
「そんな思春期の子供扱いしないでよ。恋人よりイタズラ仲間増やしたい盛りだし」
今度は面白い発想を生み出す仲間が欲しい。今いる仲間たちは、大抵、僕の出した案を改良するか実行の手伝いの二択だ。新しい案をくれるのはジュゴンくんくらいだもの。
新発想が欲しい。
「お前、まだ思春期だろうが」
横からくるツッコミは放置の方針で。
「ところでクジラも恋人とか作るの?」
全くイメージが湧かないが、見目のいい自慢の養父だ。おそらく女の子の一人や二人引っ掛けるのは簡単だろう。
「…要らないな。今のところ」
「あ、そうなんだ」
まぁ、タツノオトシゴみたいに、軟派野郎になられるのは困る。軽く流して、作業を続ける。
「明日も仕事あるからな。寝坊するなよ」
見過ごすことにしたらしいクジラは、軽く声をかけた後、ささっと退散していった。
僕が寝たのは夜中の3時だった。起きたのは朝6時。
寝不足の中、大騒ぎの庭の片付けをさせられたのは言うまでもない。




