クジラの欲
イルカの養父、クジラことマモンは強欲の幹部である。
イルカはただの戦闘狂で優しい男だと思っている。
どこらへんが強欲なのか。そもそも、魔王幹部たちの、その名称の由来はどこからくるのか。
全く意識していなかったそのことを、ジュゴンくんに聞かれた。
実際僕も全然わからなかったので、魔王に聞きにいくことにした。ニュースの取材や記者たちは事件が起きると関係者の方々に聞き取り調査に出かけるイメージがある。僕もそれに倣い関係者の方々に聞き取り調査に行くことにしたのである。
魔王にそれを突きつける。魔王は戸惑いと驚きを顔に映し出した。
これが剣だったら裏切り者だ。僕が今突きつけているのはマイクである。
「え、なにこれ」
「魔王、『イルカさんの質問コーナー』からインタビューです」
「ねえ、今度はなんの遊び? あーっと、…ジュゴン?」
戸惑う魔王は、ジュゴンくんに詳しい事情を聞くことにした。
ジュゴンくんは今黒尽くめのスーツを着て、僕の助手になりきり、カメラマン役をやっている。
カメラの代わりに掲げているのは、発光するだけの魔道具。魔道具は四角いただの石板のような形をしている。
ジュゴンくんは返事をすることなくパシャパシャとフラッシュをたく。
「最近気付いたのですが、幹部たちの名前……クジラなら強欲とか、ウニなら傲慢とか、あれの由来はどこからきたんですか?」
魔王は、ああなんだ、そんなことかと納得し、それを聞くためだけになぜそんな不思議なシチュエーションを選んだのか首を傾げた。
「大元は先代の幹部たちだ。欲深い奴が多くて欲の区別化を図ったらこうなったらしい。俺もよく知らないけど。そして俺の彼らに対する第一印象で決まった」
「よく知らないんだ」
イメージだけだから、実際そうだとは限らない、らしい。
「ちなみにクジ……じゃない、マモンはああ見えて独占欲が強い。これは俺のものって決めたらなにをしてでも手離さない、そういうところが強欲だなって思った」
「……あんまりイメージじゃない」
僕はあまり納得いかなかったが、ジュゴンくんは納得したようで、僕を白い目で見つめながら、頷いている
「…考えてもみろよ、気に入ったからって『人間』連れて帰って、『飼い始める』男だ。少なくとも変わった人ではあるだろ」
「……まぁ、そうだね」
ところで、俺仕事中なんだけど、と魔王に言われたので、二人で大人しく執務室を後にした。
「ねえ、クジラ」
「なんだ、イルカ」
暇そうな顔をしたクジラは、食堂で果物の盛り合わせをつまんでいた。
ジュゴンくんが帰って暇になった僕はクジラの前の席に座りつつ、マスカットを一つもらう。
甘くて爽やかで、美味しかった。
「魔王とジュゴンくんが言ってたんだけど、クジラって強欲なの?」
もう一個もらおうと手を伸ばして、目線を下げていた僕は気がつけなかった。
少し鋭くなったその目元に。
「そりゃ、強欲の幹部だから。多少は」
曖昧な返答をするクジラに、相槌をうちながら口の中のマスカットを噛む。
果汁がはじけて、ゆっくり味わおうと咀嚼する。
「なんだよ、急に。変なことでも吹き込まれたのか?」
ニヤニヤと猫のような笑みを浮かべる彼をぼおっと見つめつつ首を横に振る。
「独占欲が強いんだって……。言ってたんだけど、僕にはどうもしっくりこなかったから……。不思議だなぁと」
あ、このマスカット、種アリだった。
ぺっと別の空き皿に種を吐き出す。美味しく味わう、という行為の邪魔になるから、種ありのぶどう類は好きじゃない。
「……あー。まぁ、感じ方は人それぞれだからな。……独占欲、か」
考えるような素振りを見せる彼に、そんなもんだよね、と適当に返事をして別の果物に手をつける。
りんごの切り身にしようかな、と爪楊枝もフォークも使わずに手掴みで食べようとして、クジラに止められる。
そこまでマナーを気にする必要もないだろうと苦言を呈そうとし、開いた口に、皮を剥かれたライチの実が放り込まれる。
一口がでかい、そして、クジラだって手掴みしているじゃないかと文句も頭に浮かんだ。
モゴモゴと口を動かす僕を見て、リスみたいだと彼は笑う。
「お前に対する独占欲は、だいぶ大きいとは思うが」
「ほおほぁお? (そうなの?)」
「口のもの無くなってから喋れよ。…考えてもみろよ、俺、自分で言うのもなんだけど、戦闘狂だぜ? 面白そうだからって理由だけで、そうホイホイと人間拾ってこねぇよ」
要は、これは俺のものにしたいという強欲さと、他人に取られたくないから手元に置いておこうという独占欲の結果、連れ帰ったということか。
ニコニコとご機嫌そうなクジラを見ながら、ジューシーなライチを咀嚼し、また空き皿に大きな種を吐き出す。
ライチの実はまだマシな方だ。チマチマしていない分取り除きやすい。
残りの果実も飲み込んで、やっと喋れる状態になったので、話をしようとしたら、またもや口に物を突っ込まれた。
口の中に広がる酸味と甘味。りんごに似ているが、質感はライチのようにぷにぷにしていて、種も大きい。と、いうか、ほとんど種。食べれるところが少ない。
「ふぁにほぉれ? (なにこれ?)」
「だから、食べながら喋るなって」
人の口に物突っ込んどいてなにをいう。不可抗力だ。
「さっきのやつの亜種みたいなもんだ。ガカイの実って言うんだ」
またもや、モゴモゴとしている僕に、クスクスと笑う彼。
どうやら僕の反応を見て遊んでいるようだ。
少しムッとする。
種を吐き出し、果実を飲み込む。味は悪くなかった。問題は種の大きさだ。
「……食べるとこ少なすぎ。美味しかったけど」
「そっか」
相変わらず笑みを絶やさないとても機嫌の良いクジラ。
楽しそうだななんて思う。
「ご機嫌だね」
「イルカを見ていると癒されるからな」
「イルカセラピーとか、あった気がする。……あのね。僕、種族は人間なんだよ?」
でも最近人間離れしてきたって、コバくんに言われるんだけど、と不満げに告げると、彼は呆れ顔で笑った。
「……そういうことじゃ、ないんだよなぁ」
じゃあ、どういうことなんだ、とは聞けなかった。
「でも、そうか。コイツ人間か……」
「イルカを育てていると、寿命の違いが悲しくなってくるな。……いや、魔力の分け与えとかで延命させるか……?」
もぐもぐとおやつ感覚で果物を食べていたイルカは、クジラが『イルカを人外に』するために禁術でも覚えようかと思案していたことには全く気がつかなかった。




