ジュゴンの幸せ
ジュゴンはおかしな夢を見ている。
もう何年も見続けている。
ある日気がついたら赤子になっていた。
しかしながら、すぐにこれは夢だと気がついた。
この夢の中の母や父はツノが生えた人ではない何かだった。
竜人族と呼ばれる竜の血を引く一族だそうだ。
俺はなんともファンタジックなことを考える頭をしているそうだ。俺の脳が作り出した幻覚であるこの世界はまるでゲームの中のような世界だった。
名前も、『現実』とは違うカタカナ名だった。
最初のうちはまるで演技をしているかのようで、特に何も気にならなかった。しかしこうも何年も続くといい加減嫌になった。
俺はそんな名前じゃない。
しかしそれを口にすれば夢の中の住人の彼らは困惑するであろうから、俺はとどまっていた。
竜人族というのは、どこかの竜を崇拝しているらしい。
いつも身につけるのよとお守りを渡された。
変な刺繍のかかった青い臭い袋だった。
でもどこか嗅ぎ覚えのあるお寺のような香りがして落ち着いたのを覚えている。
俺はその時も演技中だったので、ニコニコして「うん、わかった。」と答えた。子供らしくというのも難しいものだったから少々顔が引きつっていたかもしれないが。
そんな生活が延々と続いて、嫌になってきた頃、竜人族の里を抜け出す機会があって、俺はこっそり里を出た。
心残りも何もなかった。俺の中の故郷はこんなファンタジーな夢の中にはありはしないのだから。
それからしばらく旅人をやっていた。
この世界は実におかしなものがたくさんいるらしい。
竜人の俺は関係なかったが、魔族と人間の仲が悪いらしく戦争してはやめてを繰り返しているそうだ。
客観的な意見を聞くに、勇者とかいう人間が魔王とかいう魔族の王に挑んでは損害を出し、負けては周辺の魔族を蹴散らし、魔族は魔族でそれにいちいち付き合って、殺し合いをしているそうだ。
俺はどうとも思わなかった、強いて言うなら、夢の中でくらい世界平和があればよかったのにと思うくらいで。
ある日、これは共同夢なのだと知った。
他にも日本人がこの世にいたのだ。
本人曰く、元、だそうだが。
異世界転生だとか僕は死んだんだよとか言っていたが、俺には理解できなかった。まぁ、夢でそう思うくらいこいつが疲れていたのだろう。
疲れていたそいつは、この夢の中では好き勝手やってるらしい、魔王軍で。
そう、魔王軍で。
あの人は魔王軍のなかなか上の方の立場らしい。
種族・人間なくせして魔王の料理にワサビをもるような度胸ある馬鹿だった。リアル年齢幾つだよと聞きたくなった。
高校生だったらしい。
まあ若者盛りなことで。
俺はなんやかんやあって旅人をやめた。
やめる際にヤケになってなんか壊した気がするけど、詳細は俺自身覚えていない。
ただ、あのちょっと変わったイルカが、ウワァとヤバいものを見る目で見てきてムカッときたのは覚えている。
思わず、殴って泣かせたのは悪かったとは思うが、あの引いたような目線も相当ひどいと思った。
そんなイルカは俺をジュゴンと呼ぶ。
たまに君付けで呼んでくるが、お前俺より歳低いだろう。
まあ既に渾名のようなものだから、呼び方なんぞ気にしないが。
イルカはホラゲ大好きなゲーマーだそうで、グロ耐性も持っている。俺だってホラー系映画も観るし、この世界は殺し殺されをよく見かけるのでもう慣れたけど、会って話のできる残虐なタイプの人間はあいつが初めてだった。
そうやってイルカの狂行を間近でみるのもなかなか面白かった。
ちなみに俺はRPGと育成ゲームタイプだ。
そんなイルカにホラー系オンラインゲームを誘われた。
イルカという名はそのゲームの自分のキャラ名から取ったそうだ。仲間内でも水に関する名前が流行っていたらしい。
だから、この世界の名前も『現実』の名前も呼ばれたくない俺に名前をつけてくれた。
それがジュゴンだ。
そしてその俺、ジュゴンは今魔王城にきている。
なんで?って思うだろう?俺も聞きたい。
イルカがこの前久々にやってきて、絵具シャワーの話をした後のこと。
「ジュゴンならもっと面白いことできそう、なんかない?」と聞いてきた。
今日はいい材料を偶然見つけたので届けに来たのである。
なお、突撃お宅訪問のノリだったので、アポもとってない。いなかったらどうしよう。確かイルカの話だと、保護者の方がいるそうだが。
保護者ってどう考えても魔族なんだよなぁ。
手土産にそこらへんの人間狩ってくれば良かった。
今日の持ち物、材料と試作品の魔術式破壊ドリルだけだ。
イルカは魔術だか魔法だかが使えると言っていたから試しに使ってみようと思ったのだ。
そうして魔王城の前に来て、やっと気がついた。
ここ城なんだから、警備やばいんじゃ、というか部外者入れるの?という事実に。
現に今も目の前の門番さんが怪しいものを見る目で見てくる。
魔族の国だし、ツノも何も出しっぱだから人間と間違えられることはないだろうが、怪しいよなぁ。
だってさっきから無言で門の前で立ってるから。
「あ、あの」
声を出すのがやっとだった。
ヤッベ、いくら夢でもゴツいおっさん怖い。というかスカート履いてるのも怖いなんで履いてるの?せめてもう少し可愛らしく振る舞って欲しい。
「なんだ。用事がないなら帰れトカゲ」
うわっ、声低い。どうしよう、なんて言おう、俺めっちゃ拒否られてる。つかトカゲじゃない、竜人。トカゲモドキってイルカに言われたのまだ根にもってるんだぞ。
ええっと。
子供の頃遊び行く時なんて言ってたっけ。
久々の知らない人々の前で俺は戸惑った。戸惑いすぎて自分でも訳がわからないが、多分退化した。
退化したから思考も幼児みたくなった。
もうだいぶ前の大昔とも言っていい記憶を掘り返し、俺は声を捻り出す。
それはもう、お城中に声が駆け巡るように、竜化しての咆哮を出すときのように。
「イーールゥーカーくーーん、あーーそーーびましょぉーーー!!!!」
俺はこのとき思った。
俺いつの時代の子供だよ。
今じゃインターホンか携帯電話が主流だぞ、と。




