32(囚われの子供side)
魔王の食事に毒を混ぜるという命知らずな行動をした人間の子供は、現在、進行形で困っていた。
「はい、ご飯」
ニコニコ笑って皿を差し出す目の前の人は一見人間のように見える。
だがしかし、この皿の上には砂糖漬けにされたコウモリの肉が乗っている。コウモリだったとわかるくらい形がはっきりしていた。
あまりにも見目がひどいから子供はフリーズした。
「これ…」
思わずどこから持ってきたのだ、と聞きそうになる。
「この子ね、人間に遊び殺された魔物だよ。人間がやったんだから人間が片付けをしないと」
両腕を壁に貼り付けられている子供に、あーんって一口大に切り分けた肉を差し出す。
子供は泣いて嫌だと叫ぶ。
ええ?、人間がきちんと食べれるものをあげているのに。魔族はそう言った。
(僕自身が魔族じゃないから食べれるものと食べれないものは分けてある。そして僕はきちんと食べられるものを選んだ。味も腐った魚や雑草よりは美味しい。贅沢ではないけれど、別にそこまで不味くない。何がそんなに嫌なんだろう。)
イルカはそんなことを考えていた。
「あっ、毒の心配してたのか。ほらー食べれるよ」
違う。そうじゃない。子供は声を大にして言いたかった。
魔族はそのフォークの先にあるコウモリの肉を口に含んでもぐもぐと咀嚼している。
共食いかよ、子供は悪態をつきたかった。
ごくんと飲み込み魔族は感想を教えてくれる。
「あー、うん。あれだね。腐った豚肉よりはマシ」
そりゃあ、そうかもしれないが、切り分けられたコウモリの残骸が目にクリティカルアタックかましてくるので見せないでほしい。
子供は押し付けられる食事を目に涙を浮かべつつ食べた。
うげ、今まで食べた何よりもまずい。
地獄みたいな食事が終わると、魔族は魔王について話し始めた。
「君は魔王が嫌いで恨んでいて復讐したいんでしょ?」
それはそうだ。子供の人生を奪ったのはあいつなんだから、当然のこと。
頷く子供に魔族はクスクス笑いだす。
「ふふふ、そうだよ、うん。僕もだよ。僕は人間が嫌いで恨んでいて復讐したいんだ」
何を言っているのだこいつ。子供は首をかしげる。
「真逆だねぇ、僕たち」
それはそうだ。子供と魔族じゃ立場も状況も敵も味方も正反対だ。
「あ、僕今日は君と会話することが仕事なんだ。何を話そうか……」
数分考え込んで、魔族はニヤリと笑う。
「そうだ。僕の話をしようか」
捕まっている子供には拒否権も選択権もない。子供は黙って、話に耳を傾ける。
「僕は、人間から嫌われている。黒髪黒目は、悪魔らしいよ。貴族に生まれたから死にはしなかったけど、扱いは酷くてね。僕は人間が嫌いになったんだ」
魔族の、貴族? いや、それなら人間が嫌いになんてならない、なぜなら人間をもともと好きになるはずがないのだから。
確かにこの人は魔族らしい特徴がなくて街中を歩いていても人間との差が無い。
魔族?
「あ、気がついた?」
魔族だろう、そうじゃなきゃいけない。
この人は、狂人みたいな三日月を口元で描いた。
目が細まる。黒い髪が揺れている。
不気味で、怖くて、美しい。
「僕は、人間なんだよ」
子供は、なんで、と思わず声をあげた。
なんで人間が魔族の味方をしている。
なんで人間が人間を殺そうとしている。
なんで、この人はこんなに悲しそうなんだ。
「なんで? 人間に酷い目に遭わされたから、似たような人を探して仲間にしてもらったら魔王の部下だった」
「たった、それだけのことなんだ」
ぴしり、と両手の鎖が音を鳴らした。
がしゃん、と崩れて両手の枷がなくなる。
「逃がしてあげるよ。真逆仲間のよしみでね」
わけがわからない。
たった今、人間が嫌いだ、と言っておいてなぜ人間を無事逃す?
呆然とする子供に、魔族は、いや人間は言った。
「勇者に伝えてよ。神聖魔術の効かない魔族なんていない。いたとすればそれは、魔族の味方の人間だ、ってね」
まぁ、言わなくてもいいけどね〜、そう喋った人間は、楽しそうに子供の胸ぐらを掴んで持ち上げ、そのまま牢屋を出て、歩いていく。
息が苦しい。
殺されるか、と怖くなってきたところで、どさりと地面に降ろされた。
「じゃぁねぇ………二度と僕の前に現れるなよ」
人間が放ったとは思えない殺気に、子供は失神した。




