第十七話「お迎えに行く者、それを拒む者」
白魔女対ショルダー型のおじいさん。
市街地ステージの長い直線において、二人は視線をぶつけ合っています。
わたくし、アプリ・アクセルハートは自分の境遇も忘れ、ただ二人の対峙に見入ってしまいました。
市街地を飛びながら、私は可能な限りの集中力を観戦に割いていました。もちろん曲がりなどには気を配りますが、それ以外のほとんどの意識を小型モニターへと集中させます。魔法攻撃は、近くに誰かが来てから警戒する事にしました。兎にも角にも、私にとって大事なのはこの二人の対決の行方なのです。
私は白魔女に追い付かなければなりませんが、ここで白魔女が撃墜されれば、後は普通に飛んでいくだけで簡単に追い付けるどころか追い抜く事が出来るのです。
つまり、私の命運はおじいさんにかかっていると言える状況でした。
私の顔付近に浮かぶ小型モニターには、白魔女とおじいさんが一定の距離を保って飛行している姿がありました。
白魔女は金色のスティック型に乗り、おじいさんはメタリックグリーンのショルダー型に乗っています。
白魔女は、まるで個々のパーツが微妙にずれた福笑いのような、酷く歪な笑みを浮かべていました。
「フゥン。それにしても改造ショルダー型とは。とぉーっても面白い機体に乗ってるね☆」
そんな白魔女の声は、それなりに距離が離れているおじいさんに届くわけがありません。
しかし、おじいさんは当たり前のように返事を返しました。
「改造? はて。そんな記憶は無いのう」
「冗談は止してよ(笑) 普通のショルダー型は、そこまでの機動性を発揮出来ないはずだよ◇ そんなに速度が出るのはノーマルじゃあり得ない☆ミ」
記号的な言葉をあえて口に出して読みながら、白魔女は戦意を充実させていきました。
「かっこわらい」や「ひし」などといった今までにない新しい記号を口にし始めたあたり、今までよりもテンションが上がっているのが窺えます。白魔女は楽しそうに笑いました。
それに対して、おじいさんはさして動揺もせずにニヤリ、と笑います。あえて何も言わないあたり、何も答えるつもりは無いようです。
そんな挑発的な態度に、白魔女は珍しく少しムッとしました。
「むぅぅ~~~!!! 何か隠してるね。教えてくれたっていいのにぃ。ま、いいさ。まだ僕を付け狙うっていうなら、相手をするまで☆ 新しい遊びになりそうだ♪」
白魔女はそう言うなり、右手を上に掲げてパチンと鳴らしました。
その瞬間。半透明の白魔女型幽霊が三体、指を鳴らした白魔女の周囲に出現します。
どうやらまた幽霊を呼びだしたようです。
このレース内で使える術は二つですが、白魔女の術のうち一つは「幽霊支配」なのでしょうか。
その可能性は十二分にあり得ます。パスワード発声が無かったことから、恐らくは常時発動の類でしょう。
……あれ、でもどうやってこのレースに持ちこんだんだろう? 私に猫を取り憑かせていた事を考えると、白魔女は恐らくレース前から幽霊支配を発動していたはずです。しかし、それでどうやってレース開始時の魔法チェックを誤魔化したのでしょう?
そんな私の疑問はもちろん解消されません。
それから、白魔女は楽しそうに幽霊のうち一つを指さしました。
「ねえ、老人。君にはこれが見えるかい? これを支配する事こそが僕の術なのさ☆ 今のこれに当たると、全身の感覚を暴走させられちゃうから気を付けてね☆ 見えるなら、ま、避けてみなよっ!!!!」
白魔女の周囲を漂っていた三体の幽霊達が、一斉におじいさんの方へと突撃していきました。
今の白魔女の言葉からして、この幽霊に触れると全身の感覚を暴走させられてしまうようです。恐らくは“現実改竄”の応用で――――幽霊に触れた相手にありとあらゆる感覚を与えるなり何なりして――――相手の全身の感覚を暴走させるつもりなのでしょう。恐ろしい攻撃です。
しかし、一方のおじいさんは、まるで何も警戒していないかのように無防備です。何も気にしていない様子で、ただ普通に真っ直ぐな飛行を継続させていたのです。
ここで私は気が付きます。
……もしかしたら、おじいさんには幽霊が見えていないのかもしれません。
おじいさんは、自分自身だってもうすぐ幽霊になるというのに、ひょっとすると幽霊を見る事が出来ない人であるという可能性が出てきました。
それは白魔女と対峙するにあたって致命的です。
ただでさえ白魔女の攻撃は読みにくいというのに、更に見えないとあれば絶体絶命です。
しかし、おじいさんは幽霊が接近するなり、急に力強い笑みを浮かべました。
それから、幽霊に接近するかのように多少溜めてから加速し、幽霊達の間を縫うように通り抜けていきました。まさかの正面突破です。幽霊はその動きに反応しきれず、向かう勢いそのままにおじいさんから離れていきます。
完全に、真正面から、白魔女の幽霊攻撃が避けられたのです。
白魔女の表情が驚愕の形へと変貌を遂げました。
「うっそ???? ……避けられたという事は“見えている”という事なのだろうけど、今の避け方はとんでもなかったね☆ なら次は、アプリの肩に乗っていた時に使っていた特定人以外霊視不可状態で――――」
「うんにゃ、見えぬよ」
白魔女の言葉を遮るかのように、おじいさんは平然と言葉を発しました。
見えぬ、という事は幽霊が見えない、という意味でしょうか。
しかし、それにしては鮮やかすぎる避け方だったと思います。とても見えてない人の動きには見えませんでした。
私は驚きで息を呑みます。
ですが、私以上に白魔女の方が驚いているようでした。
「見えて、いない……?」
「それどころか、何をしてきたのかすらもわからぬよ」
「あれれれ~~~~??? でも、今、現に……」
「儂ぁのう、最近、よく孫とテレビゲームするんじゃよ」
「へ???」
白魔女が妙に愛らしい仕草で首を傾げました。
それにしても、このおじいさんは急に何を言い出すのでしょう。
話が繋がっていません。このタイミングでボケたのでしょうか。これだからお年寄りは困ります。
けれども、おじいさんはボケているにしては淀みの無い口調で、話を続けていきました。
「あいつぁアクションゲームが好きでのう、よく対戦に付き合わされる。で、あいつぁよく“画面に映らない透明な攻撃”を仕掛けてきてな。本当によくやられたものよ。
そんな時、儂ぁ相手のコントローラーを見るようにしている。ま、すぐに隠されたが甘い。動かす音でわかる。だから、儂ぁ攻撃を簡単に避ける事が出来るわけよ。
そして、今のよくわからない攻撃についてだが、人の身体というものは情報の塊のような物でな。眉の動きや頬の緩み具合などといった筋肉の動きに、視線の動きや呼吸の強さなどといった五感に関わる動きなど、常にあらゆる情報を発信し続けているのじゃよ。で、だ。簡単に言うのであれば、そうだの……
お前さん、コントローラーが丸見えだ」
「「は?」」
私は偶然にも、白魔女と同じタイミングで驚きの声を上げてしまいました。
なかなか謎の理論でした。
色々と突っ込みたい部分もありますが、まず、当たり前のように距離感を無視した発言が酷すぎます。
白魔女とおじいさんの間には、それなりの距離があるはずです。それなのにも関わらず、まるで当たり前のように、どうして相手の表情や筋肉の動きを観察できているのでしょう。
加えて、いくらそれが出来たからといって、攻撃を完全に読み切る事など不可能なはずです。
だいたい、自動追尾などのついた攻撃とかだったら、おじいさんは一体どうするつもりだったのでしょうか。
疑問は絶えません。
しかし、ここでようやく白魔女が、驚愕による停止状態から復活しました。
きっちり事態を呑みこんだのか、白魔女の表情は非常に穏やかな物でした。
「……フゥム、なるほど。僕から発信されている情報を頼りに、さっきの攻撃の種類を確かめたというわけだね☆
攻撃範囲やその動き、それに射程や中距離遠距離の見極め、それから攻撃が意識的なものなのか自動なのかという判別、加えてどんな形の遠距離武器なのかまで完璧に予測するとはね☆
確かに、少しでも攻撃の種類が変われば、使っている側の状態も大きく変わるだろうしね。考えたね。なんて頭脳派だ! その発想は無かったよ。これは一本取られたかな♪
フフゥ、楽しくなってきた。その特異な力、君はきっと魔族だね???」
「うんにゃ、ただの人間」
「……それも読めなかったよ。やられた☆」
明らかに次元の違うおじいさんでした。
どう考えてもあり得ない事を平然とやってのけたのです。
これならば、いけるかもしれません。
私の心に微かな希望の光が灯ります。
おじいさんがここで白魔女を撃墜出来れば、私はまだ何とかなるのです。
全力で他力本願です。
自分の力なんかよりも、他人の力の方がよっぽど安心出来ます。
だから、これが最後の可能性と言っても過言ではありません。
……おじいさん、頑張って!
私は、生まれて初めて、心の底から誰かを応援しました。
ですが対する白魔女は、まだ余裕を残した笑みを浮かべます。
確かに一度攻撃を回避したぐらいでは、まだ勝った事にはなりません。
白魔女は、再度右手を上に掲げました。
「まったく。さっき避けられたやつで不意討ちかまそうとしてけど、そっちもそっちで隙が無いね◇ 末恐ろしいおじいさんだね。まったく年の功というのは恐ろしい」
「フッ……お前さんよかマシじゃよ。戦時中の世代よりはの。魔力の匂いでわかるわ、ババアめ」
「ちょっ! 実年齢は駄目だよぉ~~~~~~TT」
白魔女は掲げた右手を下ろし、両手をブンブン振って怒りを露わにしました。なお、記号はやはり口に出して言っています。「てぃーてぃー」って言っています。
それにしても何気に衝撃の真実です。まさか白魔女がそこまで高齢だったとは思いませんでした。
……こういうのは、あまり気にしてはいけない事ですよね。
私は、すぐに白魔女の実年齢の推測をやめました。
と、そんな呑気な事を考えていると、白魔女がまたしても右手を掲げ直し、再び指を鳴らしました。
すると、今度は二十体程の白魔女型幽霊が一気に出現します。地獄絵図です。
それから、少し涙ぐんだ白魔女がおじいさんを指さしました。
「乙女の秘密を平然と明かすような輩にはお仕置きだあ(怒)」
わざわざ口で「かっこど」と言うなり、再度、白魔女が指を鳴らしました。
その直後。
白魔女型幽霊達の姿が、一斉にぐにゃりと変質し始めました。
そういえば、幽霊は姿形を自由に変えられる、という特性を持っていました。
体積まではコントロール出来なくとも、形なら自由に変えられるのです。
ちなみに、キャットさんが猫のような小さな物に変身出来た理由は、霊体の大部分を私の中にしまったからです。
つまり、原則的に幽霊は大きくも小さくもなれないのです。
……その、はずでした。
それなのに、白魔女型だった幽霊は急激にぷくりと膨れ上がり、以前よりも遥かに肥大化し始めました。
幽霊は大きくて真っ白な球体と化し、その外側に幾つもの長い棘を生やしていきます。その形は、以前私が追い抜かしたロボット型少女が使っていた、ハリネズミ状に針を展開する術を彷彿とさせました。サイズもそれに近いです。
掃除機を乗り手ごと簡単に覆えそうなサイズの“二十の球体”は、こうして完成させられてしまいました。
それらは、白魔女を追尾するかのように一緒に移動しています。ただ形を変えただけなので、本質はこれまでと何ら変わりありません。その程度の変化で、白魔女の支配が無くなるわけでもないのです。
つまり、白魔女はトゲトゲの球体と化した二十体程の幽霊を、今までの幽霊と同じく自由自在に操れるというわけです。
白魔女は、まさしく「ご満悦」といった笑顔で、おじいさんを見つめました。
「罰として、風船を喰らってね☆」
白魔女のその言葉で、私は状況を理解する事が出来ました。
幽霊は、実質大きくなったわけではなかったのでしょう。ただ内部を空洞にして、見た目的な大きさを水増ししているのだと考えられます。ええ、風船と言う言葉で全てを理解出来ました。
幽霊支配はこんな事まで出来るのですか。驚きです。
そんな大きくなった幽霊球が二十個もあり、それが白魔女の意思によって自由自在に動き回るのです。しかも、瞬間移動のような動きまでしてくるのです。
これは幾らなんでも厳しいでしょう。
霊視の出来ないおじいさんには、あまりにも酷な話です。見えない二十の遠距離攻撃が、ありとあらゆる動きで自分を追い詰めてくるのです。たとえシューティングゲームでも、そこまで鬼畜な攻撃も無いはずでしょう。私が被害者だったら泣いています。
それなのにおじいさんは、やはり依然として、危機感の無い顔で飛行を続けていました。
そんなおじいさんを、白魔女は一笑に付しました。
「うふふ☆ 複数同時思考、全力展開っ♪ ここまでやれば、流石に攻撃は見切れないよね??? じゃね、楽しかったよ。ばいばい」
白魔女の眼が黒く染まり、同時に一斉攻撃が行われました。
普通に考えて、先ほどの幽霊攻撃の上位互換です。前回のように避ける事はもう不可能なはずです。おじいさんに為す術は無い。私は咄嗟にそう思ってしまいました。
しかし、おじいさんはまたしても軽くエネルギーを溜め、前へと向けて突発的な加速をしました。
それから本体をぐるりと前後逆転させ、グリップを掴み、ヘッドを前へと向けます。ここでまさかの砲撃体勢への移行を行ったのです。どういった判断なのか、私にはさっぱりわかりません。
それで一体、この絶望的状況をどうするつもりなのでしょうか。
幽霊を撃った所で、幽霊にショルダー型の砲撃が当たるはずもありません。すり抜けてしまいます。だからといって白魔女を狙った所で、きっと前のように避けられてしまいますし、それで幽霊攻撃が終わるはずもありません。
そんな、八方塞がりの状況。
おじいさんは、狩人のような獰猛な笑みでグリップについたトリガーを引きました。
狙いは、白魔女本体です。
それに気が付いた白魔女は、咄嗟に身を傾けて回避体勢を取ります。そうした直後、おじいさんの放った青いエネルギー弾が白魔女の簡易保護障壁をかすめていきました。
表面を軽く撫でる程度の着弾でしたが、それでもあの白魔女がダメージを受けたのです。進行途中である幽霊群の動きが大きくブレました。白魔女の集中が乱れたせいでしょう。
それでもおじいさんは連射を続けました。本体についた制御部位を操作しながら、大小様々なエネルギー弾を次々と放っていったのです。白魔女はそれらを必死に避けていきます。
しかし、幽霊群の動きは完全に止まってしまいました。白魔女の意識がそちらに回せなくなったのでしょう。いくら複数同時思考といえども、集中力は共通です。そこを乱されてしまえば、複数同時思考は実質的に封じられてしまうのです。白魔女は完全に防戦一方となっていました。
エネルギー弾はどんどん白魔女の簡易保護障壁をかすっていき、そのたびに白魔女の顔から汗が噴き出ます。きっと冷や汗でしょう。
と、おじいさんの攻撃は何度も続き、白魔女は必死になって避け続けるという状態が少しの間続きました。
けれども、おじいさんの速度は徐々に落ちていきます。ショルダー型は砲撃孔と加速用噴出孔が共用となっているため、砲撃と加速が同時に行えないのです。だから、おじいさんはこれまで突発的加速を行ってから砲撃を行う事により、砲撃をすると減速するという弱点をカバーしていたのです。
ですが、それでもあまり連射し過ぎると、減速は免れない物となります。今、おじいさんは連続砲撃によってどんどん白魔女から離れていってます。このままでは、いずれおじいさんの砲撃は届かなくなってしまうでしょう。
そうなれば最後、集中の戻った白魔女の幽霊攻撃がおじいさんを襲ってしまいます。
再加速するにしても、一度は砲撃をやめる必要があるのです。おじいさんは追い詰められていました。このままでは次第に状況は悪化していく一方です。
……そのはずなのに、何故かおじいさんはニヤリと笑い、白魔女は苦々しい表情を浮かべていました。
「……これは、ちょっと不味いかな。完全に、複数同時思考の穴を突かれたね……! 僕のすぐ傍に幽霊が居る以上、その操作に負担はさほどかからない。だって、目に見えているのを思念操作するだけだからね。
でも、一定以上距離を取られると、今度は意識を遠方へと飛ばさなければならない。それでも自分自身の身体も動かさなきゃあならないから、思考・意識を分割しなきゃあいけないんだ。
あの老人がそこまで見抜いているとは思えないけれど、距離を取られたら僕が嫌がる、というのは理解しているようだね。本当にタチが悪い。
アプリちゃんとベゼちゃん相手に一人ずつ飛ばしたのは失敗だったかな。確かに、思考の分割数には殆ど限りは無い。しかしながら、あまり分割し過ぎると集中を保てなくなってくる。そこを――――」
誰に向けての解説なのかは不明ですが、白魔女は記号を口にするのも忘れた様子で、結構本気で焦っていました。
その直後です。
白魔女が頭を横に逸らすと――――元々その頭のあった位置を貫くかのように――――後ろから細くなった青いエネルギー弾が飛んできました。
ここで、白魔女は観念したような笑みを浮かべます。
「――――遠距離精密射撃でもされたら、その時点で僕の負けってわけね。危ない危ない。あっちに幽霊を向けていたら、今ので簡単にやられてしまう所だったよ。
あーホント、危なかった……。さっきから思っていたけど、あの老人の技術力は尋常じゃあない。視力や聴力も同様に高いはずだ。だから、魔法補助抜きで僕と普通に会話出来て、しかも表情まで見切れるというわけだ。
この距離でも、きっと僕が攻撃の素振りを見せた瞬間、向こうから集中の乱れをついた射撃が来るだろうね。あの老人は、序盤で他の参加者を一撃で仕留めていた……僕も直撃すれば、それで撃墜する可能性はあるわけだ。いや、あの攻撃は少しでも集中を切らしたら当たっちゃうよ。恐いね。
はは、洒落になってないよ。そもそもさっき削られた分のダメージも、決して安くないしなぁ。参った」
いつの間にか白魔女は、完全にキャットさんのような口調となっていました。
もしかすると、こっちの方が素なのでしょうか。何だかそんな気がします。
お話を作るために演技をして私に近付いた、とは言っていましたが、性格やキャラ付けに関しての言及は一切ありませんでした。ともなると、白魔女状態での明るいキャラクター性が本性であるとは限らないわけです。むしろ、記号を口にしている時は妙に演技臭い感じがしたので、やはり「キャットさんの時の方が素なのでは?」と思えてきます。
白魔女は表情を引き締めたまま、軽く指をパチンと鳴らしました。それと同時に、これまで出していた幽霊達の姿も消えます。
流れからして、幽霊を展開したままではショルダー型の攻撃に対処出来ない、と判断したのだと考えられます。
なお、私がベゼちゃんの方を確認してみると、ベゼちゃんと対峙中の白魔女型幽霊は健在でした。あれに関しては消すつもりが無いようです。謎の拘りを感じます。
白魔女は、背後を何度か確認しつつも、可能な限り前を向いて真っ直ぐな飛行を始めました。
どの道、今のでおじいさんとの距離は取ったので、このまま普通に飛んでいるだけで撒けると判断したのでしょう。事実、二人の間には埋めがたい差が生まれていました。
……そんな白魔女の眼前には、アスファルトの路面から伸びる“大きな虹”がありました。
私は、事前に地図を見たので知っています。
これは最終ステージを彩るための、空へと伸びる“道”です。
最後の市街地ステージは、地面と空の複合ステージでもあるのです。この魔法によって作られた“虹”に沿って飛行する事により、空中戦の技能も競い合えるという形式となっているのです。
白魔女は機体を上に軽く傾け、緩やかなアーチを描く虹に沿って上昇していきます。
この虹はあくまで“目安”であり、何も綺麗になぞって進む必要などありません。けれども、この虹に沿って進むのが一番風に乗りやすいため、虹をなぞった方が理想的なラインで進めるのです。この説明を読んだ当時の私は「ライン」の意味を理解していませんでしたが、今ならばちゃんと意味がわかります。
ようは虹に沿って進めば一番抵抗なくして、より速く進む事が出来るという事でしょう。その点、流石は元キャットさんです。白魔女は、虹にぴたりとくっついて離れませんでした。
こうなってしまった以上、おじいさんが白魔女に追い付くのは難しいでしょう。
だからといって白魔女の警戒が解けるわけではありませんし、それが更に状況を悪くしています。
距離や警戒などといった要素が、おじいさんの勝機を薄めているのです。少なくとも、今の私には白魔女が撃墜される姿が想像出来ません。なんだかんだで生き残ってゴールしてしまいそうです。
「……あれ、じゃあこれって……」
私の心を、黒い何かが侵食していきます。
そうでした。おじいさんが白魔女を撃墜出来なければ、私の現状は何も改善しないのです。
今更ながら焦燥感に駆られてしまいます。なまじ希望を見出してしまった反面、その落差はとても大きなものとなるのです。
やはり私は、このまま白魔女に追い付けないままなのでしょうか。
そして、ゆくゆくは白魔女の玩具となって一生を終えるのでしょうか。
どうしてでしょう。一度はやけになって受け入れかけたその選択肢も、冷静になって考え直してみれば吐き気がします。
やはり他力本願が失敗した以上、今度は自力で頑張るべきなのでしょうか。いえ、それもおかしな話です。
他人の方が当てになるのに、それが失敗したからといって、もっと能力が劣る自分に頼るのは理にかなっていないのです。
ボートが使えなくなってしまったからといって、じゃあ代わりに泥船に乗ろうと提案する馬鹿は居ないはずです。まともに考えて、ボートが使えない時点で諦めるべきなのです。
ともなれば、やはり私は諦めるべきなのでしょう。
私が、また目に涙を溜め始めた時です。
私の肩……に纏わりついている簡易保護障壁を、誰かがちょん、と叩きました。
こんな遅く走っている私に対し、誰かがスピードを合わせて接近してきたのでしょうか。誰だか知りませんが、物好きな人です。もう終盤ステージだというのに一体何を考えているのでしょう。不思議です。
私はそんな物好きな人を一目見ようと、ゆっくりと背後を振り向きました。
「っ!!!!!!?」
振り向いた瞬間、私は言葉を失ってしまいました。
動きも止まってしまいます。
……完全に、この人の事を忘れていました。
考えてもみれば、この再会は半ば必然のような物でした。
私が一番遅い速度でゆっくりと進んでいる以上、いつかはこの人と遭遇しないはずも無いのです。
しかしながら、それでも突然すぎる出来事に、私はもう何と言っていいかわかりませんでした。
どうして「その人」に肩を叩かれたのか、どうして「その人」はこんなに不機嫌そうなのか、私には全くもって何もかもが理解出来なかったのです。
意外過ぎて何も言えません。
さて、ここらで私が見た「その人」について触れてみましょう。
その女の子は、サイズが一回り大きいようなゆったりとした服を着ていました。それから、髪を後ろで三つ編み状にして一本に纏めています。
それから、横一文字のまま微動だにしない口元と、明らかにこちらに敵意を向けている血走った目が特徴として挙げられました。
――――そして、その女の子は「ロボット型掃除機」の上にちょこんと座っていました。
そうです。私が以前抜かした、あのロボット型掃除機に乗っていた女の子です。
完全に思いもがけない再会でした。
私は何度も瞬きして、その姿を何度も確認します。
が、何回見てもロボット型に乗っていた女の子です。見間違いなどではありませんでした。
この子が、どうして私を呼びとめたのでしょうか。私は疑問を膨らませます。
「……あの、私に何か……?」
と、その瞬間でした。
……その女の子は、私に対して全力でビンタをかましてきました。
想像していなかった攻撃に、私は大きく仰け反ってしまいます。痛い、だとかそれ以前に、驚きすぎて危うく思考が停止してしまう所でした。どういう事なのでしょう。何故、ぶたれたのでしょう。
とはいえよくよく考えれば私達の身体は簡易保護障壁で守られているので、直接私にダメージが来る事はありませんでした。もっとも、だからといって私が無事なわけではありません。簡易保護障壁同士が干渉し合ってバチッ、という音を立て、干渉によって生まれた反動で私の上体は大きく逸らされてしまいます。
ですが、そのまま転倒するわけにもいかず、私はハンドルを操作してどうにか体勢を整えました。
それにしても意味がわからない攻撃です。
私は頬を抑えながら、混乱の声を上げてしまいました。
「えっ!? えっ!!!? な、何で!!!? なにっ!? えっ!!!?」
私が混乱していると、女の子は軽く鼻をフンと鳴らしてきました。
それから女の子は、そのまま私の横の方まで移動してくると、前の方をビシッと指さします。
何故か一言も話してくれません。元々そういう性格なのか、それともレース中の私語を嫌う人なのか、私にはその判別が上手くつけられませんでした。とにかく、本当に何も話してくれないので意志疎通が困難です。
それでも、ロボット型に乗る少女はしきりに前の方を指さし続けてきました。
ここで、私は一つの可能性に気が付きます。
「……もしかして、進めって言ってる? もっと速く」
私の質問に、女の子は強く頷きました。
考えてもみれば、この子にとって私は因縁の相手だったはずです。いえ、それどころかこの女の子からしてみれば、私は相当な実力を誇る強敵だったはずです。
それが、こんなにも遅く走っているのが許せなかったのでしょう。いや、あくまで推測ですが何となくそんな気がしたのです。
しかし、ここで加速するにしても、今のクーちゃんには残り残量の少ないブースト程度しか加速手段がありません。地上に車輪をつけた所で、それを上手く操作する術を私は知らないのです。伸縮管も取られてしまったため、キャットさんの見よう見まねで曲がる事すら出来ないのです。
だから、私は未だ渋り続ける他ありませんでした。
すると、ロボット型に乗る少女は溜息を一つ吐いて、自分の機体の速度を落として私の背後へと回りました。とてつもなく嫌な予感がします。これから何をされてしまうのでしょうか。
私はそんな疑問を浮かべますが、その答えは間髪いれずに明かされてしまいました。
「ちょっ、ちょぉっ……!!!?」
厚い円盤状であるロボット型掃除機は、いくつもの特殊機能を内蔵していると聞いた事があります。
ですが、この女の子が今使った機能は、私が初めて見るような物でした。
まずロボット型の下部から、まるで虫の脚にも似たアームが二本出てきました。それから、アームの先端から緑色の小型ビームサーベルのような物が一つずつ生成されたと思ったら、突然、それぞれの小型サーベルが高速回転し始めたのです。回転が激しすぎるせいで、まるで緑色の円盤が二つ、機体の底面から伸びているように見えます。何それ、丸ノコギリですか……!?
あれで接近した相手にダメージを与えるつもりなのでしょうか。見るからに攻撃力がありそうです。まさかこんな隠し機能があったとは驚きでした。
見ているだけで、本能的な恐怖が刺激されてしまいます。
以前使ってこなかったのは、この刃が前面寄りの位置についているというのも関係しているはずです。多分ですが、これは主に追う時に使う近接用武器だと思われます。だから私が追う立場だった時は、使うに使えなかったのでしょう。
それと二層式簡易保護障壁を纏っている以上は、これを発動した所で外側の簡易保護障壁に遮られるので無意味になるはずです。それ故に、以前は使えなかったのだと簡単に推測する事が出来ます。
……ようするに、私はこの攻撃手段の封を破ってしまった事になりますね。だって、二層式簡易保護障壁の外側を壊してしまったのは私ですし。
半ば自業自得である、という事実が非常に嫌です。
女の子の眼は血走っていますし、なんというかダメージ以前に追い付かれたくありませんでした。
私は――――もう何度目になるのかわかりませんが――――今度もまた涙目になります。
「ひ、ひぃぃっ!!!!」
私は恐怖と共に、クーちゃんの「ブースト」と書かれたボタンを押しました。体感的にはかなり久し振りに押したような感じがします。とにかく追い付かれたら終わりです。私は全力でロボット型から逃げました。
その後を、やはり安定した挙動でロボット型が追って来ます。最悪です。どうしてこんな事になってしまったのか皆目見当もつきません。
こうして、私とロボット型に乗る少女の追いかけっこが始まりました。ベゼちゃんが白魔女型幽霊にひたすら攻撃を仕掛け、本体の白魔女がショルダー型おじいさんに警戒している中、また一つ新たな対決が始まったのです。
私の短絡的思考は、一度に沢山の事を考える事が出来ません。故に今の私は、もう背後にしか意識が向いていませんでした。
私のクーちゃんは、ブースト機能を使えばロボット型よりも速くなれますが、ブースト継続エネルギーが切れれば即座に追い付かれてしまいます。そのブースト継続時間はかなり短いため、どう温存するかにもかかっています。また、曲がりにおいても差が縮まる可能性があるので、ここもどうにか考えるしかありません。
やはり、この状況を打破するには、クーちゃんの最強の武器である“地上走行”が一番効果的でしょう。しかし、それも方向転換が封じられている今、危う過ぎて選択肢にはとても入れられません。
……さて、どうしようかな。
私は、いつの間にか鼓動が高鳴っていたという事実に、あえて気が付かない振りをしました。




