第十六話「復活……できず」
それはまだ、わたくし、アプリ・アクセルハートに友達が居た頃の話です。
当時、私はまだ小学校低学年でした。
ある日、友達の家に男女入り混じった四人ぐらいで集まって、みんなで遊んだ事がありました。今じゃとても考えられません。
その時、誰かの提案によって、お菓子を賭けてトランプで競い合う事になったのを覚えています。確か、当時やっていたドラマの影響か何かだったと思います。
当然、みんなと比べて思考力や判断力に欠け、更には運にすら見放された私は勝てませんでした。どんどん負けが重なっていって、それだけ私の食べるお菓子の数が減っていったのです。
そして、追い詰められた私は――――
「…………やっぱり、駄目だったんだ……どうせ私はいらない人間なんだ……あははは……こんな世界なんて滅べばいいんじゃないかな……いや、むしろ私が死ねば……」
と、過去の失敗譚を思い出して、私の気持ちは未だかつて無いほど落ち込んでしまいました。
今、私は“空飛ぶ掃除機”に乗って競い合うレースに参加しています。
その際、あらゆる困難が襲いかかってきたせいで、私の心はボロボロになってしまったのです。
もう前向きな思考が出来ません。
今まで信用していた幽霊に、こっぴどく裏切られてしまったせいです。
思い返してみれば、裏切るどころか最初から味方ですら無かったわけなのですが、その事実によって私の心が癒えるというわけでもないのです。感覚的には裏切られたような物です。
本当に憂鬱で憂鬱で仕方がありません。
涙が止まってくれません。拭っても拭っても次々と溢れ出てくるため、ついに私は拭うのを諦めました。流しっぱなしでいいのです。
私は、キャニスター型掃除機であるクーちゃんに乗りながら、ゆらりゆらりと遅すぎる飛行を続けていました。
定期的に私を追い抜かして行く参加者の姿があります。当たり前です。私のクーちゃんは現在、最も遅い掃除機であると言っても過言ではない程の、驚異的な遅さを誇っているのですから。
ブーストボタンのような気休めなど、押すつもりにもなれません。これまで使ってきたブーストエネルギー総量を考えると、どうせ大した時間はもたないはずです。ならば、使った所であまり意味は無いのです。
顔を少し動かせば、私の顔の傍にある小型モニターを見る事が出来ます。
そこには、私が追い抜かすべき相手・白魔女が映っているのですが、明らかに私よりも速い速度で先に進んでいっていました。どう考えても差が開いています。
勝機など見えません。ここで負けたら、私は一体白魔女に何をされてしまうのでしょうか。
考えるだけでおぞましいです。が、対処方法など全く浮かびません。
そう考えると、また大粒の涙がポロポロと零れおちていきました。
……でも、このまま白魔女に負けて、一生奴隷のような生活を強いられるのも悪くない。とも思えてきました。
何故ならば、どうせ私のような人間が世間に出た所で、得られる幸福などたかが知れているからです。きっと私の事です。今からじゃ想像もつかないような暗闇に落ちてしまう、という可能性も考えられるのです。
そんな事になるぐらいなら、いっそ、ここで底辺まで落ちてしまうのもアリなのかもしれません。
むしろ、白魔女は確かに気持ち悪かったですが、それでも私に対してそれなりの好意は見せてくれました。ほら、可愛がるとか言ってましたし。きっと悪いようにはされないはずです。
よしんばされた所で、もうそこに好意があるなら良しとします。どうせ私なんて、世間に出ても誰からも愛されないのです。だったら、むしろ白魔女は私にとっての救いになってくれるかもしれないのです。
「……だから。もう、休んでいいかな…………いいよね……やれる事とかもう、無いし……」
私は、またしても自分を諦めました。
それが一番楽な選択肢なのです。
辛い事も嫌な事も、あるがままを受け入れて痛い目を見るのが一番楽なのです。そういうのを回避しようとすると、どうにも疲れてしまいます。だから、痛みに耐えるだけの方が絶対に楽なのです。
全部どうでもいいです。
せめて頭の中でぐらい楽にしてもいいじゃないですか。
ええ。本当に、もう、全部諦めたから何もかも気にしなくていいのです。
気に病む必要なんてまるで無いのです。やったじゃないですか。とっても喜ばしい事です。
悩みが消えて、本当にせいせいします。
……なのに、何故でしょう。
なんで、こんなにも涙が出るのでしょう。なんで、こんなにも悔しいのでしょう。なんで、こんなにもやるせないのでしょう。
訳が分かりません。理屈の上では納得出来ているのに、どうして感情はここまで反抗的なのでしょうか。
私の中の自尊心や、精一杯生きようとする気持ちが悲鳴を上げています。
さっさと消えてくれればいいのに、それでも心の悲鳴は消え去ってはくれません。
私は再び、顔を伏せてしくしくと泣き続けました。
そんな時でした。
「ちょっ、馬鹿っ! 何やってんのよ!? 早く、右に体重かけて右!」
「えっ?」
私は、誰かの声に導かれるがまま、体重を右にかけました。これで私の掃除機は右に曲がります。
冷静に状況を見なおしてみると、どうやら私はコーナーに気付かず直線飛行していたようでした。目の前に赤い半透明の右矢印が浮かんでいたのにも関わらず、そのまま前に進もうとしていたのです。
あのままではコースアウトになっていたでしょう。
そんな窮地から、誰かが救ってくれたのです。
私は、声がした方を向きました。
すると、見覚えのある女の子がスティック型に跨り、私の横を並走しているのが見えました。
両サイドで縛った短い髪と、お腹や脚を大胆に露出させた服装が特徴の、まだ幼さの残る女の子です。
私は、その不機嫌そうな女の子の登場に、思わず目を丸くしてしまいます。
「ベ……ベゼちゃん……?」
「そうだけど。そんな事よりアンタ何してんのよ? トロトロ走ってるかと思いきや泣いてるし、そもそもレースに集中出来てないみたいだし! 毒気抜かれるわよ本当にもう!」
ベゼちゃんが私の顔を覗き込んできたので、私は慌てて腕で涙を拭いました。幸い、涙はここで止まってくれます。
しかしこんな時に、いじめっ子であるベゼちゃんが私に何の用なのでしょうか。
何やら心配しているような雰囲気ですが、そもそもにしてベゼちゃんは私を嫌っているはずです。心配だから来た、というのはこの子に限ってあり得ないでしょう。
私は多大なる疑問について考えながらも、なんとか声を発していきます。
「な、何か用……? 私なんかにスピード合わせてたら、出遅れちゃうよ……?」
「はあ? 何こんな場所で負け犬根性見せてんのよ? こちとらアンタに対抗心感じてここまで来たってのに、何でそんな状態になってんのって話。
今のアンタを抜いても勝った気しないっての。早くやる気出しなさいよ! それに泣いてる“友達”を放っておいて先に進むってのも、なんだか寝覚めが悪いっつの! 撃墜してやるつもりだったけど予定変更!」
……友達だったんですか。初耳です。
いつの間にか、ベゼちゃんの中で私は“友達”にカウントされていたようです。
友達の定義が分からなくなってきました。
ですが、そんな私の疑問が解消される前に、ベゼちゃんは矢継ぎ早に言葉を放ってきます。
「で、何があったのよ?」
「な、何もないよ…………」
「じゃあ何? アンタは何もなくても泣くの? 不思議ね」
「うっ……」
痛い所を突かれてしまいました。
ですが、私の抱えている事情を話すのには、些か事態が複雑化し過ぎています。
一概に言い切る事が出来ないので、事情説明には多少なりとも時間がかかってしまいます。ここで全てを話し、ベゼちゃんのレース時間を長く奪ってしまうのは、流石に気が引けてしまうのです。
私は少々考えます。考えて、考えて、それらしい言葉を探しました。
ですが、結論は出ないままです。
「いや、黙ってちゃ分かんないわよ」
「うっ……!」
「ったく、世話が焼けるわね。いい? あたしは事情とか知らないけど、アンタの顔から察するに、何か嫌な事がこのレース中にあったっていう事だけは分かる。で、その上で言うけどアンタはもっと――――」
ベゼちゃんが言いかけた、その時でした。
「それ」は唐突に出現しました。
何の前触れもなく、あたかも最初からそこに居たかのような自然さで、この場にいきなり現れてしまったのです。
突然、白い魔女帽子が視界に映りました。その下にある長い黒髪や、ウェディングドレス風の魔女服まで見えてきます。
そうなのです。
金色の掃除機に跨った白魔女が、私とベゼちゃんの間に、突如出現したのです。私が小型モニターを確認すると、そこには本物の白魔女が何食わぬ顔で飛行している姿がありました。
どうやら幽霊で作った分身体を、またしてもこちらに送りこんできたようです。
私達が言葉を失っていると、この場に出現した白魔女は満面の笑みを浮かべました。
「うーん☆ かつて敵対していた相手に励まされて復活……っていうのも面白いパターンだよね♪ いいと思うよ、とっても。うん、アリだと思うよ☆ミ だけどね――――」
白魔女の眼が、何らかの感情によって黒く染まっていきます。
平常心でいる事すら阻害されるほどの、とてつもない眼力です。
私の中にある恐怖が刺激されてしまいます。ベゼちゃんも、咄嗟に顔を背けていました。
呼吸さえも苦しくなります。これは危険な空気です。
そんな中、白魔女は黒く染まった目のまま、口元だけで笑みを浮かべて宣告します。
「――――そおゆう展開は、あんまり好きじゃないかなぁ☆」
何を言っているのか、今一つよくわかりませんでした。
ですが、きっと恐らくベゼちゃんが私を励ます、という構図が気に食わないのだろうと私は推測しました。
と、私が考えるのも束の間。
硬直状態から復帰したベゼちゃんが、機敏な動きで親指をスナップさせて全身から魔力の光を放つなり、白魔女に対して素早く人差し指を向けたのです。
今更ながら、彼女には幽霊が見えているのでしょうか。明らかに白魔女型幽霊を狙った動きでした。
それからベゼちゃんは叫びます。
「DAッ!」
ベゼちゃんの指先から小さな石が生成され、白魔女へと向けて射出されました。
けれども、白魔女が一瞬で姿を消してしまったため、その攻撃は白魔女には届きません。
白魔女は数秒後にベゼちゃんの斜め下に再出現し、ベゼちゃんはそれに気づくなり再び指を向けて石弾を放っていました。
気が付けば、私は完全に置き去りにされていました。
ベゼちゃんは白魔女に対して石弾攻撃を繰り返し、白魔女はそれを瞬間移動のような動きで避けていく、という構図が延々と続く形となったのです。
ベゼちゃんには完全に白魔女型幽霊が見えているようでした。私が知らなかっただけで、あの子も霊視能力を持っていたようです。私の中の劣等感が少し増しました。やっぱり、本当に勝ち目の無い相手って居るのですね。世の中には自分の完全上位互換のような人がいる、という話はマジだったようです。ファックです。
ベゼちゃんと白魔女の二人は、お互い楽しそうな好戦的笑顔で激しい争いを繰り広げています。
しかも、二人とも私から徐々に離れていきました。
……ここで、私はふと気が付いてしまいます。もしかしたら、こうしてベゼちゃんを私から引き剥がす事こそが、白魔女の目的だったのではないのかという事実に。
そう考えると一応の筋は通ります。
白魔女に何の目的があるのかは不明ですが、どうやら私がベゼちゃんによって立ち直らせられるのを防いだようです。
「どうして……そんな事を……」
「だから言ったよね??? その覚醒パターンは好きじゃないのさ☆」
疑問を口にした瞬間、小型モニターの方から声が聞こえました。
白魔女本体が、私に話しかけてきているようです。
「いや、深い意味なんてないよ☆ミ ただ、僕にとってこれは大事な遊びだから。きっとあの少女に説得される形で君が復活したとしても、それじゃあ面白くならないと思ったの☆ 僕の言いたい事はそれだけ☆」
「えっ……そんな……」
「ま、君は自力で泣きながら頑張って、せいぜい可愛い所を見せて欲しいなーって感じかな☆☆♪☆♪ ふふふふふ――――ふっ!?」
白魔女が、笑っている最中にいきなり表情を変えました。
急に両目を見開き、眉間に皺を寄せ、口元を引き締めたのです。
それから急速に方向転換を行い、進路を右下前へと変更させていきます。
……急にどうしたのでしょうか。
私が、脳に疑問を浮かべるよりも早く、目に見えてわかりやすい変化が訪れました。
白魔女のすぐ横を、青い球状のエネルギー弾がかすめていったのです。背後からの射撃です。この攻撃方法はショルダー型掃除機による物でしょう。
状況から察するに、白魔女の背後から迫るショルダー型の掃除機乗りが、白魔女に対して砲撃を行ったのだという所でしょうか。
けれども納得すると同時に、私の頭に大きな疑問が浮かび上がりました。
私の眼には、あの白魔女が、今、本気で避けにかかったように見えました。私に憑依していた時、あれだけ簡単にショルダー型の攻撃をかわしてきた白魔女が、心の底から警戒したような表情で今の砲撃を避けたのです。
幽霊を遠隔操作をしていると言った以上、私にキャットさんが憑依している時、白魔女は自分の身体と私の身体の両方を同時に動かしていた事になります。大した複数同時思考です。
そんな二つの身体を同時に動かしている時ですら、ショルダー型の攻撃を簡単に避けていたのです。
それなのに、今の反応は一体何なのでしょうか。
白魔女が、感情により黒く染まった眼で、後ろから迫る攻撃者に視線を向けます。
それと同時に、小型モニターの映像も移動していきます。
……こうして私と白魔女は、同時にその攻撃者の姿を目にする結果となりました。
私は、思わず声を上げてしまいます。
「あ、あの時のおじいさん!?」
白魔女の背後、そこにはメタリックグリーンの掃除機を抱えたおじいさんが居ました。
レース開始時や空に飛び立ってすぐの時に見た、あのおじいさんです。
その搭乗掃除機は、鞄のような見た目の本体からホースが伸びている形となっています。ホースの先にはグリップと伸縮管とT字型ヘッドが繋がってあり、その穴からはあらゆる形のエネルギーを放出する事が出来るようになっていました。なお、本体はたすき掛けしたベルトによって、胸の下に吊るされています。
おじいさんは、グリップを片手で掴み、T字型ヘッドを白魔女の方へと向けていました。
前に居る敵に対しての砲撃体勢です。
おじいさんは、理由は知りませんが白魔女をターゲットとしていたようです。
そのまま二、三度ヘッドから青い弾丸を射出していきました。もちろん白魔女も移動で避けますが、どういうわけかあまり余裕の感じられない避け方です。
それから白魔女に対する攻撃を全て外すなり、おじいさんは本体をぐるりと回転させて機体の前後を入れ替え、後ろにきた伸縮管を両脚で挟み、ヘッドから移動推進力用のエネルギーを放出し直しました。
おじいさんは、見事に攻撃態勢から飛行体勢へと戻っていったのです。
それを見た白魔女が、好戦的な笑みを浮かべました。
「あれれ~~~??? 今、とってもえげつない攻撃が来たような気がするなぁ~~~~☆ミ 僕に攻撃したのはそこの老人かな?」
おどけた口調で喋る、そんな白魔女さんの眼は真剣そのものでした。
それを受けたおじいさんは、対抗するかのようにニヤリと笑みを浮かべます。
「進路を先読みして攻撃を仕掛けたはずが、のう。失敗失敗。儂もまだ、青いというわけか」
……おじいさん、こういうキャラだったんですか。
「青い? またまた謙遜だよぉ~~~☆ ……下手すれば、僕は一撃目でもう沈んでたかもしれないのにさ」
白魔女とおじいさんの視線がぶつかり合います。
今までこのレースで見てきた小競り合いが全て子供騙しに思えてくる程、両者から放たれる殺気は尋常ならざる物でした。恐らくは相当鍛え抜かれであろう、強すぎる気迫同士の激突です。
モニター越しにも迫力がひしひしと伝わってくるようです。
それにしても、二人ともあまり大きな声で喋っているわけではないはずなのに、どうしてお互いの声を聞き取って会話を成立させているのでしょうか。距離もかなり離れていますし、音声通信用の魔法も無いはずです。謎です。
何はともあれ。こうして、私の関係しない所でレースは大きく進んでいきました。
白魔女とおじいさんの闘い、果たして勝つのはどちらになるのでしょうか。
……私としては、全力でおじいさんを応援したい所です。そうすれば、私は無事解放されるのですから。




