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現代ファンタジー的日常生活  作者: パンダらの箱
今日の魔女は掃除機で飛ぶ、編
13/36

第十三話「大地に牙を突き立て火花散り」

 ――――と、ベゼちゃんが安心して進もうとした時でした。


「う~んっ、すごいね☆ あんなにたくさーん人が居たのに、一人だけ勝ち残るなんて♪ すごいすごーいっ!!!」

「えッ!?」


 ベゼちゃんの隣から、やけに甘ったるい声が聞こえてきました。

 いきなりの事にベゼちゃんは驚き、咄嗟に機体を傾け、声の方からなるべく距離を取ろうと試みます。

 周囲には誰も居なかったはずなのに、突然、隣から声が聞こえてきたのです。

 先ほどの戦風少年の時とは話が違います。あの時は戦闘に集中していた上に、周囲に気を配る事もまともにしていませんでした。更に、他の参加者が多かったため気配を読み取りにくかった事や、多く配置されたコーナーによって背後が確認しにくいという事があったのです。

 兎にも角にも、戦風少年の接近を見破れなかったのは、それらの理由があったからなのです。しかし今は違います。本当に周囲に誰もいないはずの状況で、急に横から声が聞こえてきたのです。

 本来ならあり得ない事ですが、恐らく他の参加者でしょう。

 というか私の知る限り、こんな馬鹿みたいな喋り方をする参加者は一人しかいません。

 ベゼちゃんが横を見ると、そこに居ました。

 白い魔女風の格好をして、金色のスティック型掃除機に跨っているお姉さんが、そこにいたのです。

 ……そうです。我らがにっくき白魔女の野郎です。

 その金色のスティック型掃除機は、これまで見てきた物とは少し毛色の違うデザインです。具体的にはT字ヘッドのすぐ上に重量感ある円筒状の本体がついていて、そこから直に細長いパイプが伸びている、という形状の物でした。パイプの先には輪状のグリップがついていて、白魔女はそこを握って掃除機を操作しています。また、ダストカップは本体上部につけられていて、その上には謎の持ち手が備えつけられていました。

 ヘッドと本体の接続部位には、小さなローラーが二つ付けられています。これは、掃除用掃除機ではヘッドを床に滑らせるためのローラーなのですが、レース用掃除機では必要ないので本来は省略されるべきパーツなのです。それをあえて付けているあたり、かなり珍しい形式であると言えるでしょう。

 そして、何よりの特徴としてあげられるのが、グリップ部位に接続されている謎のホースです。その短いホースは本体の後ろの方から伸びているため、一体どういう意味を持つのかがまるでわかりませんでした。色々と謎の多い機体です。

 兎にも角にも。

 そんな下半分が厚い円筒状になっている掃除機に跨った白魔女が、ベゼちゃんのすぐ傍を飛んでいたのです。

 白魔女は人の良さそうな笑みを浮かべ、ベゼちゃんに接近していきました。


「やっほー☆ わたし、白魔女さんって言うの♪ よろしくさんだね☆ ベゼ・スパイトフルちゃん^^」


 相変わらず台詞の中の記号をわざわざ口に出して言いながら、白魔女はベゼちゃんへと手を伸ばしました。

 ベゼちゃんは半ば呆気にとられたような顔で、白魔女から少し距離を取ろうと機体を横移動させます。それでも白魔女は当たり前のように接近してきましたが、ベゼちゃんはそんな白魔女を牽制するかのように、白魔女に対して人差し指を向けました。

 やはり突然現れた白魔女に対し、相当な警戒心を抱いているようです。

 しかし、白魔女の笑顔は不変のままで、さして動揺している様子もありませんでした。やはり不気味です。

 ……今だからこの人の「正体」もわかりますが、それを加味した上で考えると余計に気持ち悪いです。

 ベゼちゃんもそう思ったのか、全力で眉をひそめていました。


「魔女……? 種族名で自己紹介とは、随分変わってるわね……! で? どんな術使ったのか知らないけど、アンタもあたしに喧嘩売りに来たわけ? まったく、今回はやけにふっかけられるわね……」

「や~だなぁ~♪ 喧嘩なんて売ってないよぉ、ちょこーっとお話がしたかっただけだよん☆ 同じ魔族の血が流れる者同士、ぎゅぎゅっと仲良くしようよ☆」

「悪いけど。あたしはクォーターだから、四分の三は人間。アンタみたいな“生粋な魔族”とは違うし」

「へえ、わかるんだ☆ 生粋の魔族かそうじゃないかっていうのが☆」

「アンタ、自分で魔女って言ったじゃない。魔女は人間によく似た魔族だけど、魔力総量が異常に多かったり、何年経っても歳をとらなかったり、他種族との間に子供を残せなかったり、とにかく人間とは違う色々な特徴があるのは常識でしょ? アンタが本当に魔女だっていうのなら、ハーフやクォーターの可能性は絶対に無い」


 やっぱりベゼちゃんは優秀でした。

 その上、明らかに年上相手なのに物怖じしていません。それどころか一寸の敬意すらも無さそうです。

 普通ならばちょっとどうかと思う態度ですが、相手が白魔女である場合は別に構わないと思います。そんな敬意を払う必要のない相手なので、むしろ的確な判断力だと感心してしまいます。

 ベゼちゃんの対応は見事なものでした。

 今のところ冷静に対処出来ていますし、それでいながら白魔女に隙を見せていません。

 未だ指先をつきつけられたままの白魔女は、少し驚いたような顔をしていました。

 ベゼちゃんが、見た目年齢の割に賢かったから驚いているのでしょう。

 もっとも、それもわざとらしい表情ですけれど。


「うふ、すっごい博識だね☆ そうだね正解っ、わたしは生粋の魔女だよ♪ まだ花の十代だけどねミ☆」

「どうだか。魔女の情報は未だ隠されている所の方が多いぐらいだし、あたしには判別がつけられない。ていうか、あたしどころか大半の人が反応に困ると思うわ。それ。

 それより、魔女は未だに同類同士で独自のコミュニティを築いている上に、高い魔法技術力を保有していると言われておきながら他に提供していないって話だけど、実際のところどうなの? あたしとしては、アンタの年齢よりもそういう話が気になる」

「やーん☆」


 白魔女は、両目をぎゅっと閉じて両手をぶんぶん振ります。

 どういうリアクションなのでしょう。私にはとてもわかりません。

 ベゼちゃんも怪訝そうな顔をしています。

 ですが、次の瞬間、白魔女の姿が消失しました。


「えッ!?」


 ベゼちゃんが驚きの声を上げました。白魔女が、突如としてベゼちゃんのすぐ目の前に出現したのです。

 恐らく何らかの魔法でしょう。ベゼちゃんが慌てて指先を動かそうとします。

 けれども、それよりも先に白魔女が動きました。白魔女の動きの方が圧倒的に速かったのです。

 ベゼちゃんの表情に焦りが浮かびます。

 そんなベゼちゃんの頬に、白魔女の白いアームカバーに包まれた手が届きました。やはり簡易保護障壁が通用しません。

 ……今だからその理由もわかりますが、これは初見だと絶対に見抜けないと思います。本当、常識で考える方が馬鹿を見るような答えでした。こんなの初見だとどうしようもありません。

 ベゼちゃんは軽く眉をひそめた後、すぐに白魔女の手を振り払おうとしました。


「さ、触んないでッ!!!」


 簡易保護障壁を突破された驚きや、触られた事に対する嫌悪感から、ベゼちゃんは感情を露わにします。

 けれどもそんなベゼちゃんの手は、いとも容易く白魔女に掴まれてしまいます。簡易保護障壁を無視した接触に対し、ベゼちゃんの表情に怯えの色が混じっていきます。

 ですが白魔女は変わらぬ笑顔で、ベゼちゃんの腕を片手で掴んだまま、もう一方の手を伸ばしていきました。そんな白魔女の手はベゼちゃんの腋へと届き、直後、ベゼちゃんは思い切り無防備な腋をくすぐられてしまいました。ベゼちゃんの上半身には胸を覆う布しかないので、腋は露出してある状態にあるのです。

 腋をくすぐられたベゼちゃんは、身体中を赤くしながらも、強く下唇を噛みながら痒みを堪えていました。ちょっと涙目気味です。

 ベゼちゃんの掃除機はトリガー式なので、必然的に片手は常にトリガーを握っていなければなりません。つまり片手を掴まれた時点で、ベゼちゃんには対抗策がほぼ残されていないのです。

 ……可哀想に。

 ベゼちゃんは何とか身をよじったり、減速や加速を用いて白魔女から逃れようとしましたが、どう足掻いても白魔女から逃れる事は不可能でした。

 白魔女は、満開の笑顔のまま優しく語りかけてきます。


「ねね、やめて欲しい??? やめて欲しいのかな~~~~~????」

「――――っ! ふ、ふざけっ……! やめっ……!」

「うんうん♪ いいよ~~~☆ ハイやめる☆ミ そのかわり――――」


 白魔女が、一瞬でベゼちゃんの隣から消えました。

 突然の消失に、ベゼちゃんは急いで周囲を見回しました。けれども白魔女らしき姿は何処にも見当たりませんでした。白魔女は完全に消えたのです。

 少なくとも、ベゼちゃんはそう判断したようでした。

 そんな時です。

 ベゼちゃんの真後ろに白魔女が出現しました。

 そしてベゼちゃんがそれに気づく前に、白魔女は上手い具合に体勢を整え、ベゼちゃんの剥き出しの背中へと舌を伸ばしました。肌に舌が触れ、それによって感覚が与えられた瞬間、ベゼちゃんの身体はビクッと激しく痙攣してしまいます。

 もう全てが手遅れでした。

 白魔女はベゼちゃんに何をする隙も与えぬまま、背中を舌でなぞっていきました。同時に、ベゼちゃんの肋骨のあたりにも手を這わせ、骨のラインを指で擦るようになぞっていきます。

 ……飛びながら何してんですかこの人は……

 これにはベゼちゃんも露骨に嫌そうな表情を浮かべ、伸縮管を挟んでいる片脚を動かし、背後の白魔女に蹴りをかまそうとしました。不安定な体勢なのにも関わらず、当たれば結構痛そうな素早い蹴りです。

 しかし、それも瞬間的に姿を消した白魔女には届かず、その直後には、いきなり再出現した白魔女に脚を掴まれてしまいました。

 白魔女はニヤリと厭らしい笑みを浮かべました。

 そして、それを見たベゼちゃんの怒りがついに限界を越えてしまいます。

 ベゼちゃんの親指がスナップされ、それから他の指が四本立てられ、それらが白魔女の方に向けられました。


「このっ……いい加減にィィ……! DADADADAッ!!!!!!」


 まさかの散弾射撃です。

 ベゼちゃんは魔力消費も厭わず、全力で白魔女を潰そうとしていました。こんな切り札までもを引き出してしまう程、白魔女に対する嫌悪感が強かったのでしょう。

 けれども、これもまた白魔女が消える事によって、全て空を切る結果となってしまいます。戦風少年を仕留めたこの切り札でさえも、白魔女には全く通用しなかったのです。

 攻撃をかわされたベゼちゃんは、獲物を探すかのように視線を必死に左右させます。

 ですが、白魔女の姿など何処にも見当たりません。

 やはり消えてしまったようです。

 ベゼちゃんは極限に高めた集中を保ったまま、白魔女の出現を待ち続けます。

 そうして待つ事数秒。

 白魔女が再出現した場所は、ベゼちゃんから少し離れた位置でした。

 ベゼちゃんが無言で指を向けると、白魔女はわざとらしく両手を上げて微笑みます。


「ふふ☆ とっても甘酸っぱくて美味しかったよ♪ ずっと舐めてたいぐらいかな~???? 肌キレーだね☆」


 私の時よりも嫌な感想でした。

 甘酸っぱい、という表現がなんか気持ち悪いです。言い方がわざとらしいのが余計に気持ち悪いです。

 もちろん、ベゼちゃんも怒りを露わにして「DAッ!」と叫んで石弾を発射しました。

 当然、その攻撃は白魔女には届く事はありません。白魔女はまたしても消えてしまったのです。

 数秒して再出現した時には、もうベゼちゃんよりもだいぶ先に居ました。

 ベゼちゃんがもう一度指を向けますが、ここから石弾を撃っても簡単に避けられそうな距離でした。ベゼちゃんは悔しそうに指を下げます。

 そんなベゼちゃんを満足そうに見た白魔女は、笑顔でベゼちゃんに手を振りました。


「さぁてと☆ そろそろ“あの子”も来るみたいだし、わたしはそろそろ行っちゃおうかな☆ミ」

「……ここまで好きにやっといて簡単に逃げられるとでも!? あの子って何!? 好き勝手な事情で人を振りまわしてんじゃないわよッ!」


 流石はベゼちゃんです。

 私が白魔女に色々された時よりも、遥かに冷静さを保っています。

 この精神力には見習いたい物がありますね。本当に。

 しかし、そんなベゼちゃんよりも、私には白魔女の方が何枚も上手のように見えてしまって仕方がありません。

 事実、私の時もそうでしたが、身体に触れられた時点でもう負けたような物なのです。白魔女がそこで攻撃を行ってしまえば、それだけで撃墜されていたのかもしれないのですから。いえ、それだけで済まないかもしれません。何せ、簡易保護障壁を突破されているのですから、何らかの形で大怪我を負わされてしまう可能性だってあるのです。

 そもそもベゼちゃんに触れる、という事自体が既に凄いのです。何せ、あれだけの実力者だった戦風少年が全力を尽くして尚、一度もベゼちゃんに攻撃を当てる事が出来なかったのです。それなのに白魔女は簡単にベゼちゃんに触れてしまったのです。それだけでも、この人の底知れなさが窺えてしまいます。

 正直な話、勝てる気がしません。

 ここで直接対決になれば、ベゼちゃんが負けてしまう事だってあり得るのです。

 ベゼちゃんもそれをわかっているのか、その両目で白魔女を睨みつけながらも、全身から冷や汗をかいているようでした。

 両者の間に、呼吸さえも重苦しくなるような、重量感ある空気が漂い始めます。

 息が詰まるような緊張感です。

 しかし、白魔女はやはりわざとらしい笑みを浮かべ、何かを提案するかのように人差し指を立てました。


「うんうん、またあとでね☆ あの子っていうのは、す~ぐわかるから心配しなくていいよん♪ またね☆」

「ちょッ、待っ……!」


 ベゼちゃんが止める間も無く、白魔女は完全に姿を消してしまいました。

 こうして、またしてもこの周囲にはベゼちゃん一人しか居なくなってしまいます。

 しかし、先ほどよりもベゼちゃんの表情は険しくなっていました。

 当然です。あんなに気持ち悪い人と遭遇すれば、そうなってしまうのも無理はありません。

 私にもその気持ちは痛いほどわかります。本当に勘弁してもらいたいですよね。

 加え、ベゼちゃんは闘わずして敗北に等しい屈辱を味わっているのです。攻撃を全て避けられ、身体に何度も触れられてしまったという事実が、ベゼちゃんの心を徐々に蝕んでいきます。

 一人になったベゼちゃんは、憎々しげに舌打ちをしました。


「……クソッ! 完全に、されるがままだった……! ムカつく……! 好き勝手やってきたアイツも……いいようにされていたあたし自身も……! いいわ。アンタが“またね”って言ってきた以上、次も会うって事よね。その喧嘩は買ってやるッ! この借りは必ず返してやるッ! 待ってなさいッ!」


 ベゼちゃんは、私とは正反対の反応を見せていました。ちょっと胸糞悪いです。なんでこの展開でやる気を出しているのでしょうか。

 それからベゼちゃんは壁際に横移動で接近し、それから壁の方へと指を伸ばしました。もちろん指先は簡易保護障壁に守られているので、それに阻まれ、ベゼちゃんの指は壁に直接触れる事が出来ませんでした。絵的には透明な何かに阻まれている感じですね。

 これは、簡易保護障壁が正常に機能している証拠です。


「……簡易保護障壁に問題は無し、ね。やっぱり予想した通り、魔女独自の技術を使われた可能性が高いわね。魔女が、現代技術を容易に越えて犯罪を行ったという前例も多々あるわけだし。

 一時的な無効化……? それとも何らかの突破魔法……? 何にせよ、この場で人を危険な目に合わせるようなリスクの高い真似をするとは考えられないけど、警戒だけはしておくべきね……!

 もっとも、それでも喧嘩は買うけどね……! 相手が犯罪者だろうが、やってやるっつのッ! あたしをここまで虚仮にしておきながら無事で済むと思うなッ!」


 一体どういう精神構造をしているのか、ベゼちゃんは闘志を燃やしていました。本当にここまでやる気を出せる意味がわかりません。この子に恐怖の感情は無いのでしょうか。

 ……それにしてもやけに独り言の多い子ですね。何故でしょう。

 さて、そんな私の疑問はさておき、ベゼちゃんの単体飛行は続いていきます。

 しばらくの間、シャッターによって閉じられた店ばかりの景色が続きました。

 時折、床に撃墜された参加者達が倒れていましたが、ベゼちゃんはそれに触れぬよう少し高度を上げて飛んでいるので問題ありません。

 こうして緩やかな飛行は滞りなく進んでいきました。

 ベゼちゃんは赤い半透明の矢印に従って、次々とコーナーを曲がっていきます。それを邪魔する者はもう居ないのです。

 そんな時でした。


「……ん、何?」


 ベゼちゃんの耳に、聞きなれない音が届きました。

 ブオオオオオオオオン、という掃除機の排気音です。

 その音が、背後の道から聞こえてくるのです。徐々に近付いてきています。

 間違いなく最近の掃除機ではありません。最近の機種はほとんどが防音対策されているので、こんな音が鳴り響くはずも無いのです。少なくとも、こんなに五月蠅いのは防音対策無しの機種でもあり得ません。故に、これは最新の機種では無いと言い切る事が出来るのです。

 同時に、車輪のついた何かが進むような音が聞こえてきます。時々、床を強く擦るような硬質な摩擦音まで聞こえてくる始末です。

 音の接近は想像以上に早く、ベゼちゃんがその正体に気付いた時には、もうかなり近い位置から音が聞こえてきていました。

 そして、またしても金属同士が擦れるような音が鳴り、それと同時にベゼちゃんは振りかえりました。

 すると、ちょうど前のコーナーを抜けたあたりに、地面を駆ける一台の掃除機の姿がありました。

 ベゼちゃんの眼が驚愕によって見開かれます。


「あれは……ッ!?」


 その掃除機は「キャニスター型」と呼ばれる車輪付きのもので、それに乗っている操縦者は魔女のような格好をしていました。

 とはいっても先ほどの白魔女のような色合いでは無く、オレンジ色のワンピースの上に焦げ茶色の魔女帽子とカーディガンと手袋が足されているという、まるでハロウィンの魔女のようなカラーリングの衣装です。

 魔女のような格好をした少女は、心の底から楽しそうな笑みを浮かべ、掃除機を前へと進ませていました。

 そのキャニスター型掃除機は全体的に茜色で彩られていて、車輪の付いた本体から伸びるホースの先には、グリップと伸縮管が付けられています。しかし、伸縮管の先についているはずのT字型ヘッドは、どういうわけか外されているようでした。

 少女は、本体に座って片手で取っ手を握りしめ、もう片方の手でホースから続くグリップを掴んでいました。両脚はホースを挟むような形となっています。随分とまた疲れそうな格好ですよね。

 そのキャニスター型掃除機の少女は、ベゼちゃんよりも遥かに速いスピードで後方から迫ってきます。その速度は、ベゼちゃんの暴食モードと同等のレベルです。つまり、あり得ないほど速いのです。

 キャニスター型掃除機は空中での性能が低い代わりに、地上での速度が異常に速いという特性を持っています。もっとも、それにしてもこの速度は異常でしたが。

 そんな少女を見て、ベゼちゃんは呆然と呟きました。


「アプリ……ッ!?」


 ――――まあ、その通り私なのですよ。この魔女服の少女は。

 もっとも、身体を動かしているのは私ではなく、私に取り憑いた悪霊さんなのですけれどね。

 ……舞台裏を理解した上で見ると、本当に凄まじい運転テクニックだという事がわかります。とても「他の事」に意識を割いているようには見えない動きです。

 そんなこんなで「私」は、キャニスター型掃除機のクーシェ・ドゥ・ソレイユ……愛称“クーちゃん”と共に全開のスピードでこの狭い地下通路を駆けていきます。

 その速度は、数秒すればベゼちゃんを追い抜かしてしまえる程のものです。

 けれども、一つだけ問題がありました。

 それは地面に落ちている、撃墜された参加者さん達です。まだ運営によって回収されていないのでしょう。

 お互いに簡易保護障壁がある限り、怪我をする事だけはありません。けれども、ぶつかった衝撃でこちらの簡易保護障壁にダメージが入って撃墜扱いになる可能性があるのです。

 故に、ここは一時的に減速するのがセオリーのはずなのです。

 しかし、現在私の身体を使っている悪霊……キャットさんは、一切スピードを緩めるような事はしませんでした。

 クーちゃんには“ブースト”というアシスト機能が存在し、これは吸引口から吸収した魔法の分だけ、掃除機を操作する念動魔法の出力を上げる機能となっています。

 そのブースト機能は、空中においては加速機能とさほど変わりありません。しかし地上に関しては、元々の移動速度が速過ぎるためブーストの加速的側面は意味を為さず、結果として“制動の強化”という側面のみが際立つようになっているのです。

 キャットさんはそのブーストによる制動強化を利用し、機体をより曲がりやすくしているのです。

 ですが、それ“だけ”では速過ぎる加速のせいで、まともに曲がる事が出来ません。

 ……ではどうするのか、簡単です。

 キャットさんはグリップを動かし、そこから伸びる伸縮管を強く地面に叩きつけました。右の車輪の真横に、その伸縮管の角を思い切り突き立てたのです。

 伸縮管の角は地面と干渉し、ガリガリと激しい音を立てて火花を上げていきます。

 これやって機体の片側に負担をかけ、左右のバランスを強制的に崩す事によって、クーちゃんを無理矢理曲がらせているのです。

 あれです。スキーのストックのような物です。

 何にせよ、これでクーちゃんは速度を保ったまま大胆に曲がり、地面との摩擦で火花を散らしながらも、地面に転がる脱落者さん達には触れる事無く進んでいきます。

 キャットさんに憑かれた「私」の身体は、この上なく楽しそうな笑顔で大声を上げます。


「どうだっ! これが僕のクーシェ・ドゥ・ソレイユ第二形態ッ!」


 キャットさんは次々と火花を上げて進んでいきます。その先には、低空で飛ぶベゼちゃんの姿がありました。

 ここまで接近された事に対し、ベゼちゃんは愕然とした声を上げます。


「嘘でしょッ!? それで曲がるなんて……! ぐっ!」


 ベゼちゃんの声が周囲に届く寸前、キャットさんは、何事も無かったかのように呆気なくベゼちゃんを追い抜かしてしまいました。何気に、これで目標達成ですね。

 これでキャットさんの未練も消えました。ええ、消えたに違いありません。

 しかし、そんなキャットさんの背を眺めるベゼちゃんは、どういうわけか心配そうな表情を浮かべていました。

 ベゼちゃんは叫びます。


「馬鹿、何やってんのッ!? スピード出し過ぎっ! 早く加速を緩めないと!」


 ベゼちゃんはコースを知っているから、この先に大きな曲がりがある事も知っているのです。

 徐々に道は右側に傾いていき、その奥には直角どころかもっと傾斜の強い曲がりがあるのです。言ってしまえばV字型に近いコーナーです。見ての通り、かなり際どい曲がりですね。

 これは、ベゼちゃんでも強めの減速をかけるべき場面なのです。

 確かに、今のクーちゃんの火花を散らす曲がり方では、絶対に曲がりきれないようなコーナーです。

 ここは減速しなければ、間違い無く絶対に壁に激突してしまうのがオチでしょう。

 それなのに、キャットさんはやはり減速をしませんでした。明らかにオーバースピードです。

 右曲がりのV字コーナーはもうすぐ傍まで迫ってきています。

 キャットさんは、右側に伸縮管の角を突き立て、徐々に右側へと曲がっていきます。

 しかし、やはり足りません。もっと大きく曲がらなければ、ここを曲がりきるのは不可能なのです。

 伸縮管は花火のような火花を巻き上げますが、これ以上地面との抵抗を強める事は出来ません。

 ベゼちゃんが「言わんこっちゃない」といった表情で、私達の事を諦めてしまいます。

 もうコーナーに突入してしまいましたが、このままでは奥の壁に激突しそうです。

 クーちゃんは、V字の最奥部にある壁に激突する寸前まで追い詰められてしまいました。絶体絶命です。

 ですがその時、変化が訪れました。

 ――――微風が吹き、私の纏っている魔女帽子やカーディガンが、軽く靡かされたのです。

 伸縮管を地面に突き立てたせいで、グリップから想定外の負荷が簡易保護障壁に伝わり、そこからほんの少しの綻びが生まれたのです。簡易保護障壁が一時的に風を受け入れたのです。

 それから、もう一つの変化が訪れました。

 右の車輪が少しだけ浮いたのです。

 それにより地面についているのは、左の車輪と右側に突き立てられた伸縮管の角のみとなりました。左の車輪と右の伸縮管だけで機体を支えている、という非常に不安定な体勢になったのです。

 ここでキャットさんは、伸縮管の先にある吸引口をしっかりと地面にくっつけました。

 刹那。

 ――――クーちゃんが、伸縮管を支点にぐるりと九十度方向を変えました。

 伸縮管は地面にしっかりと吸いついているので、簡単にブレる事はあり得ません。クーちゃんは意外と安定した挙動で、半ば高速で回転するように進路変更を行ったのです。強引な動きながら、実に鮮やかな方向転換であると言わざるを得ません。

 キャットさんは、機体がスピンしてしまう前に伸縮管を地面から離します。それから機体を強く押しこみ、浮いていた片輪を地面につけ直しました。これで機体は元通りです。

 クーちゃんは、先ほどと変わらぬ速度で前進を開始しました。

 これにより、キャットさんはコーナーの途中で急速な方向転換をしてみせる、という離れ業をやってのけたのです。

 こうなってしまえば後はただの道と同じです。V字のちょうど折り返し地点で約九十度方向を変えたので、もう大きく曲がる必要はありません。キャットさんは少しだけ角度を調節しつつも、このV字コーナーを見事に抜けていきました。ほとんど減速しないまま、難関であるV字を抜けたのです。

 今のは飛行の際に発生する浮力を暴発させ、車輪を片側だけ浮かせた状態を一時的に維持したのです。キャットさん曰くオリジナル技術なのだそうですが、確かに、こんな狂った発想の技術を普通の人が思い浮かぶはずもありません。オリジナルなのも頷けます。頭おかしいです。ですが、凄いのだけは確かです。

 その後ろ姿を、ベゼちゃんは眼で追っていました。


「……何、アレ……!? チィッ! 本当に……どいつもこいつもあたしを虚仮にしてくれるッ! 決めたわ。あんな精神的ちんちくりんのアプリなんかにあたしが負けるわけが無い……絶対、何処かで追い抜かしてやるから! いや、もうそんな生ぬるい事は言わない……絶対に墜としてやるッ!」


 こうして、ベゼちゃんはレースへの想いをより一層強めていきました。

 そんなベゼちゃんの視界からは、もうターゲットとして認定されてしまった「私」の姿は消えていました。あっという間に先へ行ってしまったのです。当然でしょう。速さに差があり過ぎるのですから。

 ベゼちゃんは悔しそうな表情を浮かべつつも、ここで暴食モードを使って無理矢理追い付く事もせず、ただただ静かに安定した運転で前へ前へと進んでいきました。

 さて、ベゼちゃんの話はひとまずここまで、です。「私」も戻ってきましたしね。

 地下街ステージもそろそろ終わろうとしていますし、話をやめるのには丁度いい頃合いです。

 そんなわけで、レースはあと少しで最終局面へと突入します。

 様々な参加者達が様々な理由で、各々のレースに決着を付けていくのです。

 ……とはいえ、私的には殆ど他人事なのですけどね。

 ほらこの時の私、色々と諦めてますし。頑張るのは、全部キャットさんなのです。

 こうして未来の視点は終わり、過去の何も知らない私の視点へと戻っていくのです。

 というわけで、後から聞いた話で構成された別視点の物語は、ここらで終わりを迎えるのでした。

おまけ



戦風少年の術

・使用するのは雷掌底ボルテックス・インパクトとブルーワイヤーの二つ。

・雷掌底は、本来であれば手の平から電流を流す類の術である。威力はさほど高く無いはずだが、簡易保護障壁に対しては絶妙な効果を発揮し、たった一撃で撃墜状態にする事が可能。独特の電気の流れが「簡易保護障壁のダメージ判定」を的確に刺激し、強制的に撃墜状態にするというカラクリである。

・ブルーワイヤーは本来移動用ワイヤーであり、この戦風少年はセットで「レッドワイヤー」という捕捉用ワイヤーも会得している。が、このレースでは術数オーバーになるため使えなかった。

・魔法は完全に才能によるものなので、この若さでこれだけの術数と完成度を誇る彼はまさしく「天才」と呼んでも良い。才能だけであれば恐らくはベゼも上回るだろう。

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