表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代ファンタジー的日常生活  作者: パンダらの箱
今日の魔女は掃除機で飛ぶ、編
12/36

第十二話「戦ぐ風が如く、舞い踊る砂塵」

 唐突ですがこのレースは、実はテレビ中継されていたりします。

 人間の眼ではとても視認出来ないような小型カメラや、かなり遠方から覗く望遠カメラによって、私達のレースはしっかりと映し出されてしまっているのです。

 わたくし、アプリ・アクセルハートは、その事実をレースが終わった後に聞きました。家族や学校のクラスメイトから教えられてしまったのです。もう顔真っ赤っかですよ。最悪です。

 あ、ちなみに学校の“友人”ではなく“クラスメイト”ですよ。ここ大事です。私のクラスに私の友達は居ませんので。

 さて、そんな私がこれから語るのは、ベゼ・スパイトフルという少女についての話です。

 ベゼちゃんはまだ中学一年生に相当する年齢だというのに、二つも飛び級をして私のクラスに居座っているクラスメイトです。あと、事あるごとに私に嫌がらせをしてくる、タチの悪いいじめっ子です。

 そんなベゼちゃんは、私と同じ掃除機レースに参加していました。

 では、そろそろ「私がロボット型に乗る女の子相手に苦戦をしている間、ベゼちゃんは一体何をしていたのか」というエピソードについて語りましょうじゃあないですか。

 なお、これはレース終了後に私が映像を直接見て得た情報や、私がレース中に直接見た情報などを脳内で組み合わせ、更には周囲の人物や本人から確認をとる事によって完成させた、いわば再現VTRのような物です。

 なので、事実とは若干異なる部分があるとは思いますが、そこは了承していただければ幸いです。

 ちなみに、実況・解説はわたくし、アプリ・アクセルハートになります。

 ……ところで、私は誰に向けて話しているのでしょうかね。

 では、いってみましょう。


「チィ……! アイツ、なかなかやるじゃない……!」


 そこは、決して高くは無い天井に遮られた、長い通路のような空間でした。

 窓すらもないので、外の光が全く差し込んできません。そのため必然的に、ここにある光源は無機質な光を放つ蛍光灯のみとなっていました。その光が照らしてくれるお陰で、固い床と天井を繋ぐかのようにいくつもの柱が並んでいる、というのが確認出来ます。

 この一本道の先の景色は、まだ遠すぎて確認出来ませんでした。横を見ると、いくつもの下げられたシャッターが視界に入ります。また、壁にはいくつもの掲示物や広告があり、天井からは進路ガイドが下げられていました。

 ここは地下街です。

 掃除機レースのコースは、なんと地下にまで続いていたのです。

 そんな、掃除機で飛ぶにしては狭すぎるコースを、ベゼちゃんは難なく飛び続けていました。

 私がまだ空を飛んでいる間、なんとベゼちゃんはその先にある「地下街コース」へと進んでいたのです。ここはかつて存在した“地下迷宮”を改造して地下街にした物なので、その広さには目を見張る物があります。

 ベゼちゃんの機体「バアルゼブル」は、海外大手メーカーの手によって作られたスティック型掃除機です。

 一言で説明するのであれば、メカニカルなモップです。掃除機のT字ヘッドから細長いパイプが伸びていて、トリガー状のグリップ部へと繋がるデザインとなっているのです。

 ベゼちゃんは、まるで箒に跨るようにして、そのスティック型掃除機を操縦していました。

 頭の左右で短く結んだ髪は、風によって揺らされる事はありません。

 ですが、相当なスピードが出ています。ベゼちゃんは速いのです。

 しかしながら、その表情は憎々しげでした。


「アイツ、まさかこのあたしを狙うとはね……!」


 現在、ベゼちゃんの背後には、複数の参加者達の姿がありました。

 八人程度の集団が、ほぼ密集するようにしてベゼちゃんを追走しているのです。

 そのうち五人がスティック型に跨っていて、そのうち二人がロボット型の上にちょこんと座っていました。最後の一人はハンディ型に乗っています。いずれにしても、若い男女が主でした。

 ちなみに、ここにあるロボット型に関しましては“二層式簡易保護障壁”を纏っていませんでした。あれは、私と闘ったあのぼーっとした女の子が持っている、あの最新機種である「プラ何とか」という機体にしかついていない機能なのです。

 むしろ、この場に居る殆どの人達の簡易保護障壁は、速度に重点を置いた薄めの物となっています。例外的に厚い簡易保護障壁を纏っているのはベゼちゃんぐらいです。他は皆、速度のために軽装備にしているのです。

 そんな参加者達と、ベゼちゃんは高速のせめぎ合いを繰り広げていました。

 今のところ、この集団の中ではベゼちゃんがトップです。

 それなのに、ベゼちゃんの意識は背後に向いているようでした。何度か振り返っては、後ろを走る一人の参加者の姿を確認しているのです。

 明らかに警戒しているようでした。

 ベゼちゃんの視線の先にあったのは、ハンディ型に乗る、ジャージを着た体躯の良いお兄さんの姿でした。私がレース開始前に見た人物と同一人物です。

 ハンディ型の乗り方は、少々特殊なものとなります。

 そもそも一口にハンディ型掃除機とは言っても、物によって大きく形状が異なるのです。だから当然、乗り方の方も機体ごとに異なるものとなるのです。

 お兄さんの持っているハンディ型は、小型化されたT字型ヘッドに直接ダストカップとグリップがつけられている、というシンプルなデザインでした。恐らく本体はグリップに内蔵されているのでしょう。

 お兄さんはグリップを右手で握ったまま、T字型ヘッドに両足を乗せる形で、そのハンディ型を操縦していました。身を屈めるような体勢です。凄く疲れそうな体勢です。

 しかしお兄さんは真剣な表情で、ハンディ型の小型ヘッドを後ろへと向け、そこから発せられる推力によって前へと進んでいました。

 そんなお兄さんの方を見つつ、ベゼちゃんは不機嫌そうに舌打ちしました。


「アイツ、完全にあたしを狙ってるわね。殺気とか敵意でバレバレだっつの。ムカつく! やっぱ、ここで沈めとくべきかもね」


 そう言うなり、ベゼちゃんは左手を掃除機から離し、その人差し指を一本立てました。

 あれはベゼちゃんの魔法発動の前兆です。

 これも後で聞いた話なのですが、どうやら上級者ほど序盤で魔法を使わないそうです。理由としては、後半戦で魔力切れになった時の事を考慮して、序盤では可能な限り温存するのだそうです。少なくとも慣れている人の中で、序盤に「攻撃魔法」を使う層はほとんどいないのだそうです。使っても補助魔法までって事です。

 ……確かに、誰かを蹴落とすよりも、自分の順位を上げる方が大事ですものね。

 しかし、今はもう後半戦です。

 今のベゼちゃんに攻撃魔法を渋る理由がありませんでした。

 ベゼちゃんは、左手の親指を軽くスナップさせます。その瞬間。ベゼちゃんの全身から、薄黄色の光が放たれました。これは魔力の光です。ベゼちゃんの魔法封印は特殊で、こうやって親指をスナップさせる事により、事前に魔力のみをチャージしておくことが出来るのです。この貯蓄した魔力がある限り、これから先、ベゼちゃんの使う術は魔力操作を必要としなくなるのです。

 それからベゼちゃんは、上半身を捻るようにして人差し指を背後に向け、静かにパスワードを口にしようとしました。

 魔法を放つ際に必要なパスワードは、ふとした時に誤って発動してしまわぬよう、普段は使わない単語を用いるのが一般的であると言われています。

 そうなると当然、あまり短いパスワードは推奨されない事になります。暴発の危険が高まりますので。

 それなのに、ベゼちゃんが口にしたパスワードはあまりにも短いものでした。


「DA」


 明らかに、日常会話の時に使う「だ」とは、発音が異なっていました。ベゼちゃんはこうして発音を変える事により、短いパスワードなのにも関わらず暴発を防いでいるのです。

 言葉が発せられた直後、ベゼちゃんの指先から小さな“石”が生成され、高速で射出されました。

 まるで指先から銃弾でも放っているかのようです。

 その石の弾丸は真っ直ぐお兄さんの方へと向かい――――当たる寸前で避けられてしまいます。一瞬で、お兄さんの姿が消えてしまったのです。

 しかしよく見ると、先ほど居た場所から少し下に逸れた位置にお兄さんの姿がありました。

 お兄さんは素早く下に加速し、石弾の軌道上から逃れたのです。

 この運動性こそが、ハンディ型の大きな武器です。ハンディ型は、最高速度がそこまで出ない代わりに、加速力が並はずれて高いのです。だからこそ今のような不意打ちをされても、一時的に加速する事によって回避する事が出来るのです。そのための一時加速機能が、このハンディ型にはデフォルトで備わっています。

 攻撃を避けられたベゼちゃんが、悔しそうな顔でもう一度指を構えます。

 しかし、お兄さんの方も小さく何かを呟き、全身から魔力の赤い光を放ちます。その一瞬後には、お兄さんの左手には細い刀が握られていました。魔法で刀を生成したのでしょう。機体のグリップを握っているのは右手なので、必然的にもう片方の手は空いていたのです。

 だから、お兄さんが武器を持ったところで、その運転が乱れる事はありません。

 両者の視線が交錯します。

 そして、二人は同時に動き出しました。


「DA! DA! DA!」


 ベゼちゃんが三連続で石弾を放ちます。

 が、お兄さんが空中で素早い縦一回転を行った事によって、全て避けられてしまいました。なお、今の流れ弾で、後ろのロボット型の人が撃墜されています。やはり簡易保護障壁が薄いとこういうアクシデントが付き物だそうです。キャットさんが言っていたので間違いありません。

 今度はお兄さんが真っ直ぐ前へと加速し、ベゼちゃんの方へと迫っていきます。ちなみに、その際に邪魔な位置を飛んでいたスティック型の参加者二人は、すれ違いざまに切られて撃墜されていました。

 ですが、そう易々と接近を許すベゼちゃんではありません。ベゼちゃんはすぐにお兄さんを迎撃しようと指を構えます。が、背後に居るスティック型の人が魔力の光を放っているのを視認するなり、即座に指を向ける相手を変更させました。

 ベゼちゃんは、人差し指を背後のスティック型に向け、「DA! DA!」という発声と共に石弾で撃墜します。その行動が予想外だったのか、お兄さんの目が見開かれました。その時、一瞬の隙が生まれます。

 ベゼちゃんはその隙を逃さず、すぐさまお兄さんを指さし「DA! DA! DA! DA!」と叫びました。ですが、咄嗟に左側へと加速し直したお兄さんには当たりません。また、今の流れ弾に当たって一人が撃墜され、同時にお兄さんの軌道上にいた二人が切られて撃墜されてしまいました。

 これで他の全員は撃墜され、付近にいるのはこの二人だけとなりました。とんだ巻き添えです。

 二人は変わらぬ速度を保ち、視線をぶつけあったまま、真っ直ぐ前へと進んでいきます。すると、そんな二人の前に三又の道が見えてきました。進路が右、前、左の三つに分かれているのです。ですが正面の道には、まるで進路を塞ぐように大きな半透明の赤い矢印が浮かんでいました。矢印は左を指しています。つまり、左に曲がれという事です。この“地下街コース”のコーナーは基本的にこんな感じなのです。

 ベゼちゃんは、ここで視線を一度前に向け、目の前にあったコーナーを素早く曲がってみせました。その後ろを、お兄さんが滑るような動きで追います。

 それから再度ベゼちゃんは後ろを向き、今度は楽しそうにニヤリと笑いました。


「へえ。思ってたよりやるじゃないの! 楽しくなってきたわねっ!」


 ベゼちゃんとお兄さんの視線がぶつかります。

 お互いが、お互いを認めた笑みを浮かべていました。

 それからベゼちゃんは人差し指を構え、お兄さんは刀を横に構えます。

 両者気合いは充分のようです。

 そして、二人は同時に動きだそうと――――しました。

 しかし、それは思わぬ形で妨害される事となりました。

 ベゼちゃんとお兄さんの表情が、驚愕によって固まってしまいます。

 ――――いつの間にか、お兄さんのすぐ傍に、帽子を被った小さな少年が居たのです。お兄さんとは形の違う“ハンディ型”の掃除機に両足を乗せ、その少年はまるでスケートボードやスノーボードに乗るようにして横向きに飛行していたのです。どうやら二人に気付かれぬまま接近してきたようでした。

 そうなのです。二人は戦闘に集中するあまり、この少年の接近に気が付いていなかったのです。

 その少年は、楽しそうな笑みを浮かべた後、お兄さんの脇腹のあたりに軽く手を当てました。正確には、お兄さんの身体を薄く覆う簡易保護障壁に触れたのです。

 そうした後、少年は笑いながら叫びます。


「一撃必殺ゥ……雷掌底ボルテックスインパクトッ!」


 直後。お兄さんの周囲に稲妻のような光が迸ったかと思うと、お兄さんはそのまま地面へと落ちてしまいました。それから、お兄さんのハンディ型も地面に落ちます。

 つまり撃墜されのでした。今、少年が放ったのは何らかの攻撃魔法だったのです。今の「雷掌底ボルテックスインパクト」という発声もパスワードでした。後から聞いた話によれば、これは相手の簡易保護障壁に負荷を与える特殊な術で、このレースにおいては一撃必殺の大技となりえるようです。

 何にせよ、今のでお兄さんはレースから脱落する事となりました。

 地面に落ちても簡易保護障壁があるので、お兄さんのダメージに関しては大丈夫なはずです。

 けれども、その精神には大きな衝撃やダメージがあった事でしょう。

 別の相手と対峙中、いつの間にか接近していた第三者によって、たった一撃で撃墜されてしまったのです。これほどの衝撃はなかなか無いでしょう。

 小学生ほどの少年は、短パンにTシャツという夏らしい格好をしていました。それから被った帽子を軽く弄りながら、やけに快活な笑顔でこう告げました。


「しゃあっ! 決まったぜ……!」


 そんな少年の乗っているハンディ型掃除機は、私にも見覚えのある物でした。

 通常のハンディ型以上に小さくなったT字型ヘッド、そこから直付けされている先の細いダストカップ、ヘッドの反対側から繋がる短い円筒状の本体とロの字型グリップ、というシンプルなデザインの掃除機です。あらゆるパーツが横に繋がっているのです。

 ……全体的なシルエットとしては、アリクイの頭部に近い形状をしています。

 特筆すべきはダストカップの形状で、先端のヘッド接続部位に近付くにつれ、どんどん細くなっていくという独自の形状となっています。これによりサイクロン式補助ユニットに、これまでに無い独自のカスタムを施す事が可能となるのです。

 また、グリップの形状がロの字に近い形となっているので、その中心の穴につま先を入れ、もう片方の足をダストカップに乗せる事により、今の少年のように立ちながら飛行するという事が可能となっています。もちろん小型T字型ヘッドは、自分の進行方向とは逆の方向に向けるようにしていました。

 その横向きに進む飛び方は、先ほど言った通り何らかのボードに乗っているかのようです。

 これは以前、キャットさんが私に熱心に説明してくれた「戦風そよかぜ」という名前の機体です。キャットさんは私に掃除機の知識を教える際、何故かハンディ型だけ具体例を出して説明してきたのです。どうやら死ぬ前に一度乗ってみたかったそうでした。叶わない夢だったそうですが。

 ……いや、今、乗ればいいじゃないですか。

 この「戦風」は決して新しいモデルでは無いそうなのですが、その使い勝手の良さと高い性能が未だに評価されているようで、今でも一部の層から熱狂的な支持を受けているそうなのです。

 そんな戦風に乗った少年……面倒臭いので略して戦風少年は、ベゼちゃんに向けて両手をブンブン振ります。スケートボードと同じ要領なので、機体は横向きに進むようになっています。ですが、この戦風少年は進路すらも確認せず、ひたすらベゼちゃんにアピールしていました。器用なものです。


「なあなあ、そこの姉ちゃんっ! 今のオレ、超イカしてたろ!? 見てた!?」

「……あ、アンタ……人の獲物を……よくも……!」


 ベゼちゃんは、額に青筋を浮かべていました。

 相当怒っているようです。口ぶりからして、お兄さんが落とされた事に憤りを感じているようでした。

 ……まあ、怒るでしょうね。ベゼちゃんなら、そういう理由で簡単に怒りそうです。理不尽な子ですからね。

 しかし、そんなベゼちゃんの声はちゃんと届かなかったようで、戦風少年が眉をひそめてしまいます。


「おいおい、何か言いたい事があんならでっかい声で言えよなーっ! 何言ってっかゼンゼンわかんねーぞ!」


 その言葉を受け、ベゼちゃんの目に怒りの炎が宿りました。

 ですが、目の前に右曲がりの進路が見えたので、ベゼちゃんの意識はひとまずそちらに行きます。

 ベゼちゃんは加重を右に傾け、難なく右コーナーを曲がってみせました。その後を、戦風少年も悠々とついていきました。両者とも微妙に違うラインで、殆ど風の抵抗を受ける事無く曲がります。お互いに慣れきった動きです。

 けれども、ベゼちゃんの表情は不機嫌そうなままでした。

 ベゼちゃんは、小さく溜息を吐き捨てます。


「……じゃあ言わせて貰うけどねっ! アンタが今撃墜した奴は、あたしが倒すつもりだった奴なの! いきなり横から入ってきて邪魔しないでっ! ていうか気安く話しかけんなッ!」

「んな事言ったってよー! こんなゴチャゴチャしたレースにジャマもクソもないんじゃねーの? それにさー」

「何よ?」


 ベゼちゃんが苛立ち気味の視線を向けると、戦風少年は満面の笑みでこう答えました。


「べつに姉ちゃんは敵をなくしたわけじゃないだろ? だって、まだオレがいる! あの強そうな兄ちゃんをブッ倒したこのオレがさ!」

「はあぁぁぁああ!? アンタ、もしかしてあの不意討ちでアイツより強くなったつもり!? あり得ないあり得ない! バカバカしい。せめて実力で撃墜してから同じ台詞言えば!?」

「だったら試してみっか?」


 戦風少年は力強い笑みを浮かべます。

 見たところ、自分の実力に相当な自信があるようでした。

 しかし、ベゼちゃんは嫌気がさしたように顔を背け、まともに相手をしようとはしませんでした。

 それから今度は右曲がりのコーナーがあったので、それも二人で曲がってみせます。

 速度を落とすタイミングと再加速のタイミングが絶妙なベゼちゃんと、半ば空中を滑るような軌跡で鋭く曲がる戦風少年。この対照的な二つの機体は、またしても別々のラインでコーナーを抜けました。

 その差は殆どありません。見たところ、直線が長引けば長引くほどベゼちゃんが前に出て、コーナーを通れば通るほど戦風少年が追い付くという形になっていました。トータルすると絶妙に差が開かないのです。

 と、こんな状況で戦風少年は、またしてもベゼちゃんに話しかけました。


「なーなー! オレの実力試してみてくれよー! 闘おうぜー!」

「試すまでも無いわっ! ま、どうしてもって言うなら撃墜してあげても良いんだけど、生憎、どうにもアンタとは争う気になれない! ガキ倒して喜ぶってのも性に合わないし!」

「なんだよノリ悪いなぁ! だいたい、姉ちゃんだって俺よりちょっと上ぐらいだろ! オレと闘うのがコワいならちゃんとそう言えよな! その言い訳はクルしいぜ!」

「は?」


 ついにベゼちゃんの怒りが限界を迎えてしまったようです。

 今まで何度か見た事があるからわかります。今のベゼちゃんの顔は、本気で怒っている時の顔です。

 ベゼちゃんは、口元を笑っているように歪め、殺意の籠った両目で戦風少年を見据えていました。

 それから、黙って人差し指を戦風少年に向けました。


「なんかアンタ、すっげーウザいわね。ガキの癖に調子乗ってると本気で墜とすわよ?」

「へっ、やってみろってんだ! ゼンブ避けてやるもんね!」

「……忠告はした。二度目は無いわ。言っとくけど、マジで墜とすから!」

「オレに二言はないっ! さあかかってこいよ!」

「DA」


 瞬間。ベゼちゃんの人差し指から石弾が射出されました。

 しかし、ベゼちゃんの発声直後には、もう戦風少年も動いていました。足で制御部位を操作し、一時的な加速を行ったのです。たったこれだけの動きで、石弾はいとも容易く避けられてしまいました。

 戦風少年はベゼちゃんに笑顔を向け、命知らずにも、更に挑発するかのように自分を指さしました。


「今ので終わりか? オレはここだぜ!」

「……ムカツク! DA! DA! DA!」


 ベゼちゃんの指先から三連続の石弾が射出されます。

 けれどもそれは、戦風少年の加速しつつ螺旋状に上昇する動きによって、容易く全弾避けられてしまいます。そんな曲芸的飛行を行えるのは、数ある掃除機の中でもハンディ型だけでしょう。凄まじいです。

 今ので若干二人の距離が開いてしまいましたが、その後すぐに、戦風少年は二つほどあった右コーナーを全力で加速しつつ曲がる事によって、今の差をあっという間に詰めてしまいました。

 見る人が見れば、惚れ惚れしてしまうレベルの技術と言っても過言ではありません。

 しかし、ベゼちゃんは明らかに怒っていました。 

 簡単に石弾を避けられたのが悔しかったのでしょう。


「こんの……! ちょこまかちょこまかと邪魔くさい! 決めた。あたしは何があってもアンタを墜とす! 絶対に墜としてやるッ!」


 言いつつ、ベゼちゃんは追撃を放ちませんでした。

 その態度に、戦風少年の方も目を丸くします。

 事実、不可解な態度です。今のような発言をしておきながら、どうしてベゼちゃんは攻撃をしないのでしょう。戦風少年も同じ事を考えたはずです。

 ですが、ベゼちゃんは少しの間何かを思案するかのように、何も話さなくなってしまいました。これにより状況は一時的に停滞してしまいます。

 けれども、突然、ベゼちゃんは小声で呪詛のような何かをつぶやき始めました。


「……やっぱり、一点射撃ピンポイントだけで勝とう、っていうのは甘かったか……さっきも避けられたし……わかった。いくつか解禁してやるわ。これ以上避けられると精神衛生上よく無さそうだし……だから……!」


 ベゼちゃんは、今度は指を二本立てました。

 人差し指と中指です。今度は一体何を始めるつもりなのでしょうか。

 それから目の前に迫っていた左コーナーを難なく曲がり、親指を軽くスナップさせ、全身から魔力の光を放ちます。これで攻撃魔法射出までの準備は整ったはずです。

 それからベゼちゃんは、二本の指を戦風少年に向け、いつもよりも数段低い声で宣告しました。


「悪いわね、ガキンチョ。あたし、今からあんまり加減してやれなさそうだけど大丈夫?」

「ジョートーだ! かかって来いってんだ! オレの一撃必殺で返りうちだぜ!」

「そ……!」


 一撃必殺、その言葉にベゼちゃんは顔をしかめます。

 ベゼちゃんの掃除機“バアルゼブル”は、大手海外メーカーによって作られたオーダーメイド品であり、その性能は他の掃除機よりも相当高い物になっています。

 また、簡易保護障壁に関しても、他より遥かに頑丈な性能を誇っています。たとえ一般的な掃除機が一撃で沈むような攻撃でも、数発までなら耐える事が可能となっているのです。

 この防御力の高さもベゼちゃんの持つ優位性であるのですが、今、それが揺らがされそうになっていました。戦風少年が先ほどお兄さんを倒した「一撃必殺」さえ用いれば、ベゼちゃんの簡易保護障壁が一撃で突破されてしまう可能性があるのです。実際、戦風少年の魔法は一撃必殺の効果があります。

 相手の簡易保護障壁に過負荷を与える事によって、たった一撃で撃墜状態にしてしまう術。そんなものが相手では、どんなに高い防御力でもまるで意味を為さないのです。

 もちろん、その事実をベゼちゃんがきちんと把握しなければ相当不利になる、という話になります。ですがベゼちゃんは、万に一つでもその可能性がある、という時点で警戒はしていたようでした。流石です。

 ベゼちゃんは、自分の置かれている状況を冷静に見極めた後、挑戦心溢れる攻撃的な笑みを浮かべました。


「なら、遠慮しないわよッ!」


 ベゼちゃんと戦風少年は楽しそうに覚悟をぶつけ合います。

 ……何でもいいですが、この二人は随分とテンションが高いですよね。

 二人とも、とてもここが初対面だとは思えない程の打ち解けっぷりです。

 人間的相性が良いのでしょうか。

 傍から見れば、ただの仲良し同士の喧嘩にしか見えませんよ。

 しかし、これから行われるのは喧嘩などといった生易しい物ではありません。

 ベゼちゃんは二本指を戦風少年に向けたまま、気合いと共に喉を震わせました。


「DADAッ!」


 ベゼちゃんの指先から、ほぼ同時に二つの石が生成され、これまた同時に射出されました。

 これはベゼちゃんの「二点射撃バースト」という技術です。

 この二発同時生成射出技術は、パスワードが短いベゼちゃんだからこそ可能なものです。

 指先から放たれた縦一列の石弾は、二つ同時に戦風少年へと向かっていきました。

 二発を同時に放つ事によって、攻撃範囲が“点”から“線”へと変わっています。

 今回は縦の攻撃なので、単発の時よりも避けにくくなっているのです。

 けれども、戦風少年は余裕の笑みを崩しませんでした。

 それどころか、楽しげに足で制御部位を操作し、軽く左側に加速して攻撃を避けます。

 ですが、一度避けられた程度ではベゼちゃんも止まりません。ベゼちゃんは今度は指を横向きに構え、再度「DADAッ! DADAッ!」と叫びました。

 二連続の二点射撃が戦風少年に襲いかかります。その上、今度は横線状の攻撃です。前回よりも避けにくくなっているのは目に見えています。

 しかし、それでも戦風少年は笑顔を絶やしませんでした。戦風少年は、今度は思い切り減速しつつ右斜め下へと移動し、石弾の攻撃範囲から見事に逃れました。それから今度はベゼちゃんの方を向いて真っ直ぐに加速し、両手を構え、即座に攻撃に移れる体勢へと移行します。

 ですが、ベゼちゃんは冷静に指先の方向を変え、戦風少年の少し前に向けて「DADAッ!」と横向き二点射撃を行いました。今のは、戦風少年の進路を殆ど潰す攻撃です。それからベゼちゃんは戦風少年が尚も接近してくる可能性を考慮し、一番攻撃を避けやすいであろう進路に指を向けて牽制を行いました。

 これで戦風少年の進路は断たれた――――ように見えました。

 なのに戦風少年は、急に機体の向きをぐるりと半回転させて進路を反転させ、それから加速しつつ機体を上へと傾けてそのまま“縦にUターン”したのです。縦に一回転するのを途中でやめるような動きで、逆さになりながらも進路を元に戻したのです。戦風少年はそうした後、ぐるぐると錐揉み状に回転しつつベゼちゃんへと接近し、その回転によって体勢を逆さから元に戻してしまいました。

 この動きは、流石のベゼちゃんも読めなかったようです。

 戦風少年の動きは全部加速しながらのものになるので、攻撃を挟む間さえもありませんでした。いつの間にか、ベゼちゃんは戦風少年にかなりの接近を許してしまいました。もう二人の距離はさほど離れていません。戦風少年が軽く腕を振り被りました。攻撃の予兆でしょう。

 ベゼちゃんの表情に陰りがさします。

 それでも、ここで終わる彼女ではありませんでした。


「まだ……まだ残ってるッ! 二点射撃バーストで駄目なら、それ以上で―――!」


 ベゼちゃんは、今度は指を三本突き出しました。

 人差し指と薬指をくっつけ、その上に中指を乗せるような構えとなります。

 まるで、指先で三角形を作っているかのようです。

 これは、ベゼちゃんの石弾生成の応用系その“三”です。なお、これは一つの術の応用という形になるので、二つまでの術を許可する、という本レースのルールには逆らっていませんので悪しからず。

 ベゼちゃんは、三つの指先を戦風少年に向けます。

 それから、例のごとくまた叫びます。


「DADADA、DADADADADADADA――――」


 ベゼちゃんの指先から三つの石が生成され、高速で一つ一つが次々と射出されていきます。石弾は一つ撃たれるごとにまた一つ補充されていき、それは結果的に延々と続く連射攻撃となります。

 これは連続射撃ガトリングという単なる連射技です。他と比べて魔力消費が大きくなる代わりに、ただでさえ威力の高い石弾を連射する事が出来るのです。

 一見、一点射撃ピンポイントを連射しているのと何も変わり無いようにも見えるこの技ですが、そこには明確な違いというものが存在しました。まず、ベゼちゃんがわざわざ指の形を変えているのは、それが精神的な切り替えを行うために必要な動作だからです。

 同じ射出系の術でも“精密射撃特化・連射特化・威力特化”など、使い手の意識によって全然異なる性質を持ちます。しかしベゼちゃんは術発動時に指の形を変える事により、意識を即座に切り替え、術の特化部分を変更する事が出来るのです。

 普段であれば、こんなに「DA」を連呼しても石弾の生成が追い付かないのです。けれどもそれを可能としたのがこの連続射撃ガトリングという技能でした。


「――――DADADADADADADADAァーーーーッ!!!!」


 ベゼちゃんは、戦風少年に向けてどんどん石弾を射出していきます。戦風少年はそれを加速や減速、それから上下左右の移動を駆使してなんとか避けていますが、それでもベゼちゃんから離れざるを得なくなってしまいました。これで距離を稼いだ分、遠距離攻撃を得意とするベゼちゃんのアドバンテージが大きくなります。

 けれども、ここで魔力を大量消費した分、ベゼちゃんの方も少し追い詰められていました。

 ベゼちゃんの身体には魔族の血が微量に流れているため、ベゼちゃんは普通の人より魔力内包量が多いというのは事実です。未だに、人間よりも魔族の方が魔力総量は多いのです。しかし、それを加味した上で考えても、今の消費は大きかったと言っても過言ではないでしょう。

 ベゼちゃんはそれでも尚、親指をスナップさせて魔力をチャージしました。どんどん魔力残量が減っていきます。

 これで双方無傷のままという事を考えると、むしろ不利なのはベゼちゃんの方なのでは、とさえ思えてきます。

 更にここで、戦風少年はとんでもない事を言い出しました。


「スッゲー面白ぇー術っ! 連射までできんのかよ!? うーん、魔力をセツヤクしようと思ってたけど……たぶん、それじゃ姉ちゃんには勝てなさそうだ。よし、じゃー俺もそろそろ全力で行くぜっ!」

「ハッ、残念ねッ! あたしはまだ切り札を三つも残してるんだから! このまま全力のアンタを潰すッ!」

「おもしれーッ! ますますヤル気が出てきたぜ!」


 戦風少年はそう言うなり、開いた片手をベゼちゃんの方へと向けました。まるで何かを掴む直前のような、親指を前へと向けた手の形です。

 それから戦風少年は、純粋さ溢れる笑顔でエネルギッシュにパスワードを叫びます。


「ブルーワイヤーッ!」


 戦風少年の全身から光が迸り、その親指から、一直線に勢いよくワイヤーが射出されました。ワイヤーの先端には五本の鉤爪が手の平状に展開していて、それらが殺人的な勢いでベゼちゃんの元へと向かっていきます。

 高速のワイヤー射出攻撃です。

 ベゼちゃんの目が見開かれました。それからベゼちゃんは咄嗟に身体をよじり、ワイヤー攻撃の軌道上から何とか身体を逃します。その直後、もともとベゼちゃんの頭があった位置をワイヤーの鉤爪が通り過ぎていきました。ギリギリの回避でした。少しでも避けるのが遅れていたら、鉤爪はベゼちゃんに直撃していたはずです。

 しかし、それで攻撃は終わりませんでした。

 ワイヤーの軌道を追ってみると、その先には、地下街に多く存在する柱のうち一つがあったのです。柱まで一気に到達した鉤爪は、その五本の引っかかりで、ものの見事に柱を掴んでそのまま固定されました。

 瞬間。戦風少年が、自らのハンディ型から足を離し空中へと飛び出しました。乗り手を失くしたハンディ型は、それでも尚、今までと変わらず真っ直ぐな飛行を続けます。

 ――――それから、戦風少年は空中で何らかの推力を得たかのように、あたかも一つの弾丸のような速度でベゼちゃんの方まで飛んで来ました。跳躍にしてはあまりにも速過ぎます。戦風少年と柱を結ぶワイヤーが、まるで巻き取られるかのようにどんどん短くなっていきました。これはかなりの速度で縮むワイヤーであり、その勢いを利用し、戦風少年はベゼちゃんの方へと直接攻撃をかけにいったのです。

 それに気が付いたベゼちゃんが、指を構えようとしてすぐにやめてしまいました。そんな暇など無いと、即座に判断を下したのです。もう戦風少年は目前まで迫っています。

 戦風少年が手を振り被り、パスワードを全力で叫びながら、ベゼちゃんの方へと手を伸ばしていきます。ならば、とベゼちゃんは右下側に全体重を乗せる事により、自らの機体と身体を一瞬でひっくり返し、飛行しつつも逆さになりました。これにより、掃除機上部の乗り手を狙った戦風少年の掌底は空を切り、加速するがままベゼちゃんの横を通り過ぎて行きます。

 このままだと、戦風少年は機体を失ったまま、柱に激突してしまう事になるでしょう。しかし、ベゼちゃんはそれで戦風少年が終わるわけがないと判断したのか、逆さのまま迷いなく指先を戦風少年の背に向けました。

 ですが、戦風少年は柱にかけた方のワイヤーを強制的に還元させ、未だ飛び続けている自分の愛機へ向けてワイヤーを放ちました。自分の放った生成物質の還元操作に関しては、ある程度術者の自由となっているのです。とはいえ強制還元は高等技術ですけれど。

 ワイヤーは機体に届き、その鉤爪はハンディ型掃除機の全体をしっかりと捉えます。戦風少年は、ワイヤーを縮める勢いを利用して、自分の機体の方へと戻っていきました。その際に「DADAッ!」という発声と共に放たれた石弾も避けられてしまいます。

 戦風少年は、結局、無傷のまま機体の操縦を再開させます。この少年は、一度機体を離れて攻撃を仕掛け、再度また戻ってくるという末恐ろしい技をやってのけたのです。いくらハンディ型にそれを補助する機能――――たとえば乗り手がいなくなっても自動飛行を継続する機能など――――が備わっていたとしても、実際に実現出来るのはほんの一握りだと聞きます。どんな小学生ですか。

 けれども、ベゼちゃんだってその高等技術による攻撃を避けきったのです。状況は未だにイーブンです。ベゼちゃんは急いで体勢を逆さから戻し、それからすぐに戦風少年へと指を三本向けて「DADADA、DADADADADADADA!」と叫び、石弾の連続射撃を仕掛けました。それでも戦風少年がすぐに加速して動きまわったため、その攻撃の全てはかわされる結果となってしまいます。

 結局、今回の攻防でも両者にダメージはありませんでした。

 ベゼちゃんは、再度親指をスナップさせて魔力をチャージし、苦々しい表情で戦風少年を睨みつけました。


「思ってたよりも、ずっとやるじゃない……アンタ……!」

「どーも! でも、今のをかわされたのはショックだぜ。父ちゃんと死ぬほど練習したのになー。クッソ!」

「あたしの連続射撃ガトリングを避けまくってる癖に良く言うわね……! ホント、ムカつく!」


 そうして軽口を叩きあう二人の前には、またしても右コーナーがありました。

 二人は互いから意識を逸らす事なく、いとも容易く曲がってみせます。その直後には左コーナーがありましたが、それも簡単に曲がってみせました。すると、今度はまたコーナーが見えてきました。

 どうやらここから先は、連続コーナーが延々と続く場所だったようです。そういえばコースを示す地図にもそう書かれていました。

 ベゼちゃんと戦風少年は、次々と迫りくる曲がりを難なく乗り越えていきます。ベゼちゃんは安定感のある曲線を描いた曲がりで、戦風少年は斜め上から下にかけての鋭い曲がりで、それぞれ風の抵抗を受ける事無く進んでいきます。両者ともに、その挙動に一切の揺れもありませんでした。

 その間、ベゼちゃんはトリガーを握っていない方の手を軽く握りしめながら、小さな声で「DA……DA……DA……DA……」と連呼していました。ベゼちゃんの手の中にどんどん石が生成されていきます。戦風少年も不思議そうな表情を浮かべるほどの不可思議な行動でしたが、ベゼちゃんは無意味にそんな事をする子ではありません。どうやら何か策があるようです。

 しかし、あまりにもコーナーが連続し過ぎたせいで、今度は戦風少年の方が前に出てしまいました。ベゼちゃんが抜かされてしまったのです。技術を高めた場合、曲がりに関してはハンディ型の方が幾分か速いのです。

 けれども、ベゼちゃんに焦りの表情はありませんでした。むしろ、何かを観念したかのような笑みさえも浮かべています。


「……うん。確かに、アンタは強い。それは認めてやらんでもないわ。だけど、あまり長引くのも好きじゃないし、ここらで決着をつけない?」

「へっ! いいぜ! ケッチャクつけてやろーじゃねーか!」


 単純明快なやり取りです。

 両者の眼には、メラメラと燃えあがる何かが宿っていました。

 激突寸前、そんな空気が二人の間を満たしていきます。

 そんな中、ベゼちゃんは半ばわざとらしく、呆れたような溜息を吐きました。


「……正直、アンタがここまでやるとは思わなかった。あたしも、アンタ程度なら連続射撃ガトリングまでで充分だと思ってた。だけど、考えを変えたわ。このままじゃやられる可能性だってある。だから――――」


 ベゼちゃんの眼が細められ、視線だけで人を刺し殺せるような鋭さを帯びていきます。

 対する戦風少年の眼は、どういうわけか純粋な好奇心で輝いていきました。

 戦意の炎は形を変え、二人の感情の色に染まっていきます。

 張り詰めたような空気が、そろそろ爆発してしまいそうです。

 ベゼちゃんは、今まで以上に攻撃的な笑みを浮かべ、戦風少年へと己の感情を解放させました。


「――――あたしの切り札、一つまでなら見せたげる……! 他二つは絶対ヤだけどっ! あんたはここで墜とすッ!」


 そんなベゼちゃんの言葉を受け、戦風少年の笑顔はより一層強い輝きを帯びていきます。

 二人共とっても素敵な笑顔です。

 下手したら相手を殺してしまうのではないかと思うぐらい、対抗心に満ち溢れたいい笑顔です。

 喋りつつコーナーを曲がった二人の前には、決戦にはおあつらえ向きの長い直線がありました。

 恐らく、この直線で決着はついてしまうのでしょう。

 戦風少年は、ベゼちゃんに向けて指をつきつけました。


「おもしれーな! だったらオレは姉ちゃんの全部をださせて、それから勝ってやるっ!」

「出来るものなら……ッ!」


 ベゼちゃんは、右手でトリガーを操作しながら、左手でそのすぐ傍にある本体へと手を伸ばします。左手には先ほど生成していた大量の石が握られていましたが、ベゼちゃんはそれを落とさぬよう左手に力を込めつつ、その手で本体の方を弄ろうとしていました。

 円筒状である本体には、実は一つだけボタンが付けられています。これも掃除機の出力に関係のあるボタンとなっているのです。その半透明のボタンには「TURBO」と書かれていました。

 ベゼちゃんは、顔だけで人を殺せるのではないのかというぐらい気合いの入った笑顔で、戦風少年へ向けて全力で叫びました。


「……やってみればァッ!!!!」


 ベゼちゃんが「TURBO」と書かれたボタンを押しました。

 直後。ベゼちゃんの姿が消えました。

 消えた、いえ、正確には消えたように見えた、です。

 ベゼちゃんは信じられない程の速度で加速したのです。その加速力は、地上を走る私のクーちゃんにも負けず劣らずの速度でした。超音速、まさしくその言葉が似合う程のスピードです。

 これは後で本人から聞いた話ですが、あのボタンを押す事によりベゼちゃんの掃除機は「暴食モード」という状態になるのだそうです。暴食モード、それは内蔵電力を一気に大量消費する代わりに、一時的な超加速が行えるという代物でした。掃除機の貯蓄電力を瞬く間に貪り喰らってしまうモードなので、暴食モードと呼ばれているそうです。常時発動しようとしたところで、掃除機に内蔵されたバッテリーの電力がたったの“五分”しかもたなくなるあたりが、まさしく暴食たる所以でしょう。

 これこそが、ベゼちゃんが誇る「切り札」のうち一つでした。

 ベゼちゃんは戦風少年を一瞬で置き去りにし、それからすぐに暴食モードを解除しました。

 短時間でかなりの差をつけたベゼちゃんですが、まだ互いの姿が確認出来ない程の差ではありません。

 この距離を稼ぐ事こそが、ベゼちゃんの目的でした。

 ベゼちゃんはここで絶妙なアクセルワークを発揮し、今までよりも緩やかな速度へと減速します。

 それと同時に、戦風少年が一時加速を駆使して接近してきました。

 ここまでは全てベゼちゃんの手の上でした。

 ベゼちゃんは、完全に思惑通りにいった事に顔を歪め、見てる人間も軽く引いてしまう程の薄ら笑いを浮かべました。


「これで……終わりィッ!」


 叫び、ベゼちゃんは左手に持っていた大量の石を、戦風少年の方へとばら撒きました。

 もちろん二人の間には先ほど生まれた距離があるので、今投げた石がすぐに戦風少年に当たる事はありません。

 石は、何にぶつかる事もなく、ほんの短い間ですが中空を漂います。

 その刹那。極限の集中によって高められたベゼちゃんの運動神経や動体視力が、常識の壁を何枚も壊していきました。ベゼちゃんが、瞬きよりも速く三本指を立てて構え、喉が壊れそうな勢いの低音デスボイスで叫ぶようにして、一秒もかけずに素早く連続でパスワードを口にしたのです。

 そして、連続射撃が始まりました。


「DADADA、DADADADADADADA! DADAッ! DAッ! DADADAッ! DADADADADADADA!!!! DA! DADAッ! DA! DADADADADADADADADADADAァァァアアアーーーーーッ!!!!!」


 ベゼちゃんは、連続射撃の合間に二点射撃や一点射撃を織り交ぜつつも、今までに無いような苛烈さで石弾連射を行いました。

 石弾は空中に投げた石へと当たり、その軌道を変えていきます。石弾は次々と石に弾かれ、戦風少年の元へと様々な軌道を描いて殺到していきます。まるで横向きの“石の雨”です。いえ、複雑な軌跡を描いて襲いかかってくるあたり、ただの雨よりもずっとタチが悪いと言ってもいいでしょう。

 言ってしまえば複数の跳弾です。

 それも適当にばら撒かれているようで、実は反射の角度などが全て計算し尽くされているという、実質ほぼ不可避の連弾なのです。

 とはいえ、いくらベゼちゃんといえども、この場で即座に計算を行えるわけではありません。この世の中にはそれが出来るような化け物クラスの人も居るそうなのですが、ベゼちゃんはまだその域には達していないそうです。本人いわく「三年足りない」だとかいう話です。あなたも化け物候補ですか。

 では、ベゼちゃんがどのように計算を行っているのかというと、これはひとえに反復練習の成果であると言わざるを得ません。ベゼちゃんはこの技を練習しつつ改良し、その際に座学で計算を行い、その計算を徐々に徐々に実戦投入していったのです。それを反復練習によって定着・安定させ、ある程度のイレギュラーにも対応出来るようにした結果が、今の連続跳弾なのです。やっぱり現時点で化け物ですね、この子。

 ベゼちゃんは未だ宙を舞う石の群れを通し、様々な弾道を描く石弾を連続で放ち続けます。

 それに対し戦風少年は加速と減速を繰り返し、上下左右前後斜めのあらゆる動きをする事によって、連続跳弾を次々と避けていきました。時には身を屈め、時には身をよじり、時には機体から離れ、時には回転などといった曲芸的飛行を披露し、とても常人には不可能であるような驚異的な運動性を発揮する事によって、石弾を高速でかわしていったのです。とんでもない動きです。

 ベゼちゃんの攻撃が当たらないという事は、もしかしたらこの少年は、ベゼちゃんの計算を上回る技術力を持った本物の天才なのかもしれません。

 一体、この戦風少年も何者なのでしょうか。どう考えても小学生の技術力ではありません。

 何よりも凄まじいのが、この少年は未だ無傷であるという点です。このまま成長すれば、いずれレース界の歴史を塗り替える事になるのではないのでしょうか。

 そんな、見るも恐ろしい激しすぎる攻防が繰り広げられました。ですがそれも数秒、いえ、もっと短い間の出来事に過ぎません。

 ――――その時は、呆気なくやってきました。


「チぃぃ……ッ!」


 ベゼちゃんが悔しそうな声を上げると同時、戦風少年が宙に浮かぶ石の群れを全て避け、ベゼちゃんの方へと加速しながら向かってきました。

 一時加速の連続使用です。バッテリーに相当な負担がかかりますが、それによって戦風少年はベゼちゃんの飛行速度を一時的に上回りました。

 それから、戦風少年は手を開いて親指をベゼちゃんに向け、大きな声で「ブルーワイヤァァァァァッ!!!」と叫びました。ベゼちゃんは咄嗟に回避体勢を取りますが、ワイヤーの先端についた五本鉤爪はベゼちゃんの横を通り過ぎるなり、瞬く間に還元されて消えてしまいました。

 今度は連続攻撃に繋がらない攻撃だったようです。それに気づいたベゼちゃんが身体を戻し、急いで指を構え直します。

 ……ですが、その時にはもう戦風少年が目前に迫っていました。

 ワイヤーは体勢を崩させるための囮だったのです。そんなフェイントに見事引っかかったベゼちゃんは、焦りと困惑と驚きによって眼を見開きます。

 戦風少年は手を振り被り、勢いがままに掌底を放とうとします。その口が「ボルテックス――――」というパスワードを放ち、攻撃予兆としての魔力の光が全身から迸ります。

 その一撃必殺の威力を秘めた掌底がベゼちゃんに届こうとしている、その時でした。

 掃除機に跨るベゼちゃんの身体が、瞬間的にくるりと転覆し、戦風少年の「――――掌底インパクトォ!」という発声と共に放たれた掌底は虚しく空を切りました。ベゼちゃんは、掃除機ごと逆さになる事によって攻撃を回避したのです。

 今のベゼちゃんの顔は、まさに“してやったり顔”を体現したかのようでした。

 時に、何も言わなくても想いが伝わる事があります。今がまさにそうでした。ベゼちゃんのニヤリとした笑みからは「同じ手に二度も引っかかってくれてアリガトウ」という想いが過不足なく伝わってきました。戦風少年は、何が起こっているのかを理解しきれていないようです。


「……マジかよ!」


 そんな戦風少年の言葉が終わるや否や、ベゼちゃんはすぐに動きます。

 逆さになったベゼちゃんは、そのまま一切の隙なく指を四本立てて広げ、パスワードを素早く発声しました。


「DADADADAッ!!!!」


 ベゼちゃんの指先から、ほぼ同時に四つの石弾が飛ばされました。

 これはベゼちゃん第二の切り札「散弾射撃ショット」です。これは、速度を重視したぶん還元速度も早まってしまったため、遠距離にはとても使えない近距離専用射撃技となっています。

 近距離高速広範囲攻撃。それこそがこの散弾射撃の特性です。

 他の射撃よりも射出が速いため、避けるための行動を取る暇が与えられません。更に範囲攻撃なので、より一層、回避の難易度が上がっているのです。

 流石の戦風少年も、これは避けられませんでした。

 綺麗に四発の石弾を身体に受けた戦風少年は、そのまま吹き飛ばされるようにして、機体ごと下へと落ちてしまいました。その際に「……ちくしょーっ! 次は負けねえかんなっ!」と言っていたようでしたが、それはベゼちゃんの耳には届かぬまま空気に溶けて消えてしまいましたとさ。

 激戦を終えたベゼちゃんは、逆さになった機体と身体を元に戻し、再び目前に迫る左コーナーを曲がると、溜息交じりにこう言いました。


「……確かに、アンタは本当に強かった。だけどね。術の汎用性はこっちのが高かったのよ……! 思い知ったかッ!」


 決め台詞にしてはあんまりでした。

 しかし、何にせよベゼちゃんは勝利したのです。

 最後までギリギリの闘いでしたが、ベゼちゃんは切り札を一つ残しながら勝ったのです。

 そんなベゼちゃんの面持ちは、少し後悔しているかのようでしたけど。


「……それにしてもかなりの魔力消費だったし、一時的とはいえ“暴食”のせいでバッテリーもだいぶ削られた……切り札も一つまでしか見せないつもりが、結局二つも使ってしまったし……結構キツいわね。オーダーメイドまで使っておきながら、このザマかって感じだわ。アイツ、何者よ……」


 ベゼちゃんは思いの外、満身創痍に近い状態でした。

 無傷のまま今の闘いを終えられたのはプラスですが、そのために払った代償もまた大きかったのです。

 ですが、結果として、ベゼちゃんの周囲から他の参加者の姿は見当たらなくなりました。

 これでベゼちゃんは攻撃の不安に襲われる事無く、しばらくの間、安全に進む事が出来るようになったのです。少なくとも今の闘いによって得るものはあったのです。

 故にベゼちゃんは、ただ一人の勝者として地下街を進んでいきました。

 流石にこれ以上、彼女を邪魔する者はいないのです。

おまけ


ハンディ型掃除機

・少数派ながらもファンからの熱狂的支持を受けている掃除機。

・加速力と運動性に優れた、機動特化のアクロバティックな性能を誇る。

・機体ごとに大きく性能が異なるため、一口にハンディ型と纏めきれない魅力がある。

・扱いが非常に難しいため上級者向け。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ