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現代ファンタジー的日常生活  作者: パンダらの箱
今日の魔女は掃除機で飛ぶ、編
14/36

第十四話「過去も、現在も、徐々に暗く染まり」

 わたくし、アプリ・アクセルハートの人生は散々な物でした。

 とはいえ幼稚園や小学校低学年までは、これでも比較的楽しくやってはいれたのです。友達も居ましたし、私の中にある劣等感もここまで大きな物ではありませんでした。

 だって、その頃はまだ褒めてくれる人間が居たのです。例えばそれは祖父や祖母だったり、私の担任だった先生だったり、両親だったり、とにかくたくさんの人が私を褒めてくれました。まだ小さかった私が、おつかいや勉強などを辛うじてこなすたびに「よくがんばったね、すごいね」と褒めてくれたのです。

 それは私の中の自尊心を高め、同時に私の心に一つの“錯覚”を植えつけていきました。

 私は、愚かにも、自分は他人より少しは優れていると勘違いしてしまったのです。

 ……いえ、少し違いますね。

 あの時の私でも、自分より上の人が居るのはちゃんと承知していましたし、自分の限界ぐらいはきちんと把握できていました。

 けれども、やはり致命的な勘違いをしていたのです。

 それは「こんな私よりも劣っている人が大勢いる」という、実に恥かしい愚かな勘違いでした。自分はこんなにも褒められているのに、世の中にはそうじゃない人もいる、だからその人達は自分より下なのだと勝手に思い込んでしまったのです。

 いつからでしょう。自分が底辺だという事に気が付いたのは。

 よく自分は優秀だと思っていた人間が、いざ社会に揉まれて「自分の凡庸さ」に気が付いて苦悩する、という話を聞きます。ですが、私の場合はそれよりも悲惨でした。

 井の中の蛙にすらなれなかったのです。

 最初はただ普通に生きているだけで、友達もいっぱいできて、勉強も上手くいって高い成績をキープできて、少なくともの他の並の連中よりはいい学校に行けて、いつか素敵な人と出会えて恋も出来て、それから平和に暮らしていけるいい仕事も見つけて、いずれは誰かと結婚して幸せな人生を築ける……というあり得ない絵空事を想い描いていました。全て。そう全て空虚で馬鹿らしい幻想だとも知らずに、能天気にもそう考えていたのです。

 だから、私には決定的に「努力」という名のピースが欠けていました。何もしなくても上手くいく、そんな莫迦げた事を本気で考えていた結果がこれです。

 自分よりも下の連中が一杯いるのだから、自分は普通に生きているだけでその人達より上に行ける、なんてふざけた思考回路で生きてきた結果、私の手には何も残りませんでした。

 年齢を重ねていくにつれ、周囲との違いを徐々に徐々に思い知らされていきました。いつの間にか、誰一人として私を褒めてくれなくなりました。

 思えば、小学二年生の時に、魔法基礎を習った事が一つの転機でした。簡単な魔法適性を計るテストで、私だけが上手くできなかったのを未だに覚えています。当時は何かの間違いだと思いましたが、今思えば当然の結果でしたね。なんたって、私は魔法が上手く使えない人間だったのですから。

 そこから何かの歯車が狂っていきました。勉強もだんだん上手くいかなくなっていき、スポーツをやっても足手まとい扱いされる事が増えていきました。更には、ゲームや小さな勝負事に至っても、私は他の人よりも全く上手に出来ませんでした。ここで初めて気付きましたね。

 ああ、自分はゴミなのだと。

 自分は周囲と比べて劣っている人間だ、という事実を実感するたびに、まるで胸に五寸釘でも打ち込まれたような苦しさに襲われてしまいます。息が苦しくなって、圧し掛かってくる劣等感に潰されてしまいそうになってしまいます。成功している人を見るたびに吐き気がします。

 どうして私はああなれなかったのかという無念が、私の胸を強く強く強く強く強く締め付けてくるのです。

 中学三年生なんて、幼稚園の頃には遠い先の未来に思えていました。が、こうして訪れてしまいました。

 この感じでいけば、恐らく、社会に出るまでさほど時間は残されていないのでしょう。

 今から何かを頑張るにはあまりにも遅すぎるのです。

 よしんば私ごときが無駄な足掻きをした所で、本当にただの無駄骨で終わってしまうのです。

 スポーツや魔法によって思い知らされましたが、私は他の人と比べて上達が非常に遅いのです。もうこの時点で致命的ですよね。

 それにベゼちゃんなどの優秀な人間は、私よりも素材がいいのにも関わらず、それでもまだ努力し続けているのです。年齢は私の方が上ですが、頑張る事にかけた日数は向こうの方が圧倒的に上なのです。もう追い付けるわけがないのです。

 ……だから、私は自分の可能性を全て諦めました。

 自分は駄目な人間だ、だから何も出来なくて当然なんだ、なんて考えると少し気持ちが楽になる気がします。

 この後に及んでまだ残っている自尊心が、そろそろ鬱陶しいぐらいです。いっそ誰に負けても笑っていられるようになれれば、本当に楽でいいのですけどね。

 しかし心はやはり痛むので、私は徹底して勝負事を避けるように生きようと決意しました。

 それが一番、楽だったのです。

 ……それなのに。それなのに私は、今、無理矢理レースに参加させられていました。

 とはいえ、今、私の身体を動かしているのは、数日前に私に取り憑いた幽霊さんなんですけどね。

 現在、私の身体に憑依させる形で、私の身体を貸し与えているのです。

 その幽霊さんは、私の口を動かして勝手に声を発します。


「ウゥム……ねえ、アプリ。やっぱりレースに戻るつもりはないのかい?」


 その幽霊……キャットさんは、精神のみの存在となった私にずっと話しかけてきています。もちろん全部無視しますが。

 思えば、ここに至るまでにたくさんの事がありました。

 ある日、道を歩いていたらいきなり幽霊に取り憑かれてしまい、その幽霊がレースをしたいと言うから成仏させるためこの掃除機レースへと参加する事になってしまい、そのためにレース用の掃除機を自前で作らされて数日が潰されてしまい、結局まともに考える事も出来ないまま私はこのレースに出されたのです。

 この掃除機を用いるレースで、今時、誰も使っていないようなキャニスター掃除機に乗って、私は非常に嫌な思いをしつつも先へ先へと進んでいきました。

 しかし途中で、堪え切れないような困難が連続で降りかかってきたため、私は頑張る事をやめたのです。身体をキャットさんに貸し与える事によって、実質的にこのレースから逃げたのです。

 ちなみにその困難とは三つあり、一つは目の前に「真下」へと進む無茶な進路があった事で、二つ目は私に対して執念を燃やす“ロボット型掃除機に乗る少女”に追われる破目になってしまった事でした。三つ目に関してはもう思い出したくもありません。

 そんなこんなで私は、そこで完全に心が折れてしまったというわけです。

 なお、私から絶体絶命の状況を引き継いだキャットさんは、急転直下のルートを躊躇いなく進み、後ろから迫るロボット型の女の子を簡単に撒いてしまいました。流石、キャットさんです。

 私だったらそんな上手くできませんでしたよ。


 ……だからやっぱり、私がやる意味なんて何もなかったんだ……


 私は、心の中で項垂れました。

 その結果、私の気持ちはキャットさんにも伝わってしまいます。


「卑屈になりすぎだよ! なんだかんだ言いつつ、君はあのロボット型を抜き去る事が出来たじゃあないか! それは誇れる事実だよ!」


 ……でも、最初から最後までキャットさんだったら、きっともっと上手に出来てたはず。


「だから途中で言ったじゃあないか! 僕だけじゃあ無理だって! あれは君の活躍あってこそだ! もっと自信を持ってくれよ!」


 ……どうだろね。私は、未だにキャットさんが手を抜いたようにしか見えなかったよ。


「そんな事は無いよ! それに今は駄目だったとしても、どんどん成長していけばいいじゃあないか!」


 ……。

 嫌な事を言われてしまったので、私は心の声を発するのをやめて黙ります。

 何なのでしょうか、この幽霊さんは。

 明らかに成長速度の遅い私に対して、今の言葉はあまりにも酷すぎます。

 そう簡単に成長出来るのなら、誰だって苦労はしないはずです。

 もし成長出来ていたのならば、私の人生はもっと輝かしい物になっていたはずなのです。こんなゴミのような人生を送る必要など、まったくもって無かったのです。

 その現実を再度突き付けられたせいで、私の心は深く傷ついてしまいました。

 そんな私の気配を察したのか、キャットさんは私の口から溜息を吐きます。


「ムムゥ。残念だ。僕としては君の活躍が見たかったのだけれども、もうそろそろ最終ステージだ。終わりは刻一刻と近付いてきている。本当に、残念だよ」


 そう言うキャットさんの声には、少なからず失望の色が混じっているようでした。

 現在、私達は、地上に出るための長い階段を登っているところです。

 キャットさんのキャニスター型掃除機……愛称・クーちゃんは地上走行特化の珍しい掃除機です。ですが流石に階段は走れないので、現在、あまりスピードの出ない浮遊状態で上昇中です。そのため、これまでとは全然違う緩やかな速度です。

 ……ここで少し振り返ってみましょう。

 まず、地下街ステージにてベゼちゃんを追い抜かしたキャットさんは、そのまま全速で進んでいきました。

 途中、ショルダー型掃除機に乗った集団に絡まれる事もありました。

 ショルダー型は、放出エネルギーの形をある程度までなら自由に調節する事が出来ます。それを利用して、エネルギー弾を他の参加者にぶつける事が可能なのです。

 そして、私達に絡んできたショルダー型に乗る男の人達は、徒党を組んで連続砲撃を仕掛けてきたのです。

 ショルダー型の欠点は、エネルギー弾を撃てば加速を維持できなくなる、という点です。以前に見たショルダー型に乗るおじいさんは、その欠点を見事に補っていましたが、あれは相当熟練していないと到達出来ない境地なのだそうです。故に、普通のショルダー型乗りは砲撃と加速を同時に行えないのです。

 そんなショルダー型の隙をつく形で、キャットさんは容易に全員を追い抜かして先へと進んでいきました。いくつかのエネルギー弾をさり気なく吸引し、ブーストエネルギーをきっちり補給してから追い抜かしたのです。

 それ以降も似たような事の繰り返しでした。

 恐らく、私ならば苦戦していたであろう困難を、この幽霊さんは簡単にやってのけてしまうのです。


 ……もう私がやる意味が、まるで無い……


 と、私が迂闊にも心の声を出してしまいました。

 すると、キャットさんが嬉しそうに反応しやがります。


「ム、そんな事は無いさ! 君はやれば出来る! もしかしたら僕よりも上手く出来てしまうかもしれない!」


 いちいち人の神経を逆撫でしてくる猫です。

 私は、ついカッとなってしまいます。


 ……やっても出来ない私のような人間に、そういう事を簡単に言わないでっ!!!


 やれば出来る。それは残酷な言葉です。

 これ、あれですよ。いざ実際にやってみて出来なかったら失望されるやつです。

 言われた時点でハードルが上がるのです。

 言われるこちらの身にもなって頂きたいものです。本当に。

 頑張れ、と並ぶレベルの無責任な言葉です。心底大嫌いな言葉です。反吐が出ます。

 こういう事を平気で言える人は、恐らく私のように地べたを這う惨めな人の気持ちなど、絶対に理解出来ないのでしょう。私はキャットさんに対する失望を隠せませんでした。

 そんな私の気持ちを――――やはりと言うべきか――――理解出来ていない様子のキャットさんは、疑問しか浮かんでいないような声を出します。


「な、何をそんなに怒っているのだい? 君は現に、やってみて出来たじゃあないか。あのロボット型少女を……」


 ……結局倒しきれてなかったし、あれはキャットさんとクーちゃんのお陰だよ。それに、別に私じゃなくても上手くいってたよ、絶対。誰がやろうと、私なんかよりも、数段上手くね!


「一体どうして、そうまでして君は自分の価値を下げたがるのだい? 偶然だろうと人の手を借りようと、結果として君が得た勝利ならばそれは誇っていいはずだ! それにアプリは、あのクーシェ・ドゥ・ソレイユを馬鹿にした少女に勝ちたくないのかい? 彼女はエリートだ! そんな人間に勝てるかもしれな……」


 ……別にこんなレースで一度勝つ事なんかに、価値なんてあるわけないでしょっ!


「あるさ! それが君の自信に……」


 ……繋がらない! 結局、このレースが終わっても何も得られる物なんかないっ!


「じゃあもし、僕が君の成長を見られなかった未練で、この世に残ったとしてもいいのかい? 僕は全然構わないけれども、君は本当にそれでいいのかい?」


 ……もういい。別に。もう何でもしていいよ。でも、絶対警察に行くから。そこで罪状洗われて、さっさと強制的に成仏させられればいいと思う。


 私の心は少し痛みました。

 半ば意地だけで言い返してしまったため、少し心にも無い事を言ってしまったのです。もちろん成仏させたいという想いは本物ですが、こんなぶっきらぼうなニュアンスで告げるつもりは無かったのでした。

 思わず、溜息をつきたい気分に駆られてしまいます。

 どうして私はこうなのでしょう。

 何も出来ないのみならず、こうして差し伸べられる手も振り払ってしまう……本当に駄目な人です。

 私の心はどんどん後悔に染まっていきます。

 今考えてみれば、こんな性格だから今まで友達も出来なかったのでしょう。

 自己嫌悪の気持ちでいっぱいです。

 今ので、確実にキャットさんにも呆れられてしまった事でしょう。もしかしたら敵対視されたかもしれません。

 何にせよ、悪い印象を与えてしまったはずです。

 もう消えてしまいたい気分です。私の心は灰色に染まってしまいました。

 しかし、キャットさんが放つ声は、どういうわけか不思議と穏やかな物でした。


「……なあ、アプリ。少し話は変わるけれども、君はどうしてそこまで自分を卑下するのだい?」


 優しく諭すような、そんな口調。

 それは、これまでとは少しニュアンスの異なる言葉でした。

 想定していなかった展開に、私の思考は真っ白になってしまいます。

 何かを言いたいのに、何も言う事が出来ませんでした。

 すると、その間をどう解釈したのかは不明ですが、キャットさんがそのまま話を続けました。


「これはあくまで僕の想像だけれど、君は他人についていけなかった事にコンプレックスを感じているのではないのかな? 何をしても負けるから、どうせ自分なんて頑張っても……だなんて考えているんじゃあないかい?」


 図星でした。

 私は動揺してしまいます。が、やはりまだ言葉が出てきません。

 キャットさんは更に続けます。


「それは確かに辛いね。僕だって上手くいかなかった時期はあった。だから気持ちはわかる。でもね、アプリ。それでも塞ぎこんじゃあ駄目なんだ。そんな事をしても、自分の可能性を狭めるだけなんだ。

 今、周囲からの目が辛くないかい? 両親だとか教師だとか……。だけどね、皆だってきっと君に“誰かに勝て”と言いたいわけじゃあないはずだ! 少しでも“前に向かって歩いて欲しい”と思っているはずだ!

 どれだけ足取りが不安定でも、どれだけ小さな一歩でも! それでも歩かないよりはずっとマシなんだ! だからアプリ、これはもう僕の事情を関係無しに言うけれど、どうか自分を諦めないでくれ……! このレースだって、きっと何かの糧になるはずだ。僕はレースで多くの物を得てきたから、それを信じてる……!

 僕は待つよ。そうだな。この階段を登りきるまで待つから、答えが見つかったら言ってくれ。その時は代わるよ!」


 ……期限付きかよ、私は咄嗟に思ってしまいました。

 私達は、今、地下から地上へと繋がる階段を登っている最中です。

 地下街ステージは、これまでに何度も下に降りるルートがありました。その結果、参加者たちは地下深くまで進む事となり、そこから地上に戻る手段として提示されたのが、この地上へと直通の長い階段だったのです。

 故に長さは折り紙つきです。しかも飛行状態のクーちゃんが、ただでさえスピードの出にくい、斜め上に進む軌道を強制されているのです。これは時間もかかるはずです。

 しかし、それもあと少しで終わりを迎える事でしょう。

 もう日の光は見えてきています。

 私は、キャットさんの言葉をずっと咀嚼していました。

 確かに、私は自分を諦めすぎていたのかもしれません。前に進む事をやめて、どうせ無駄だからとあらゆる物から逃げてきました。ですが、それで停滞するのは間違いだったのかもしれません。

 どれだけ無様でも、どれだけ小さくても、それでも進む方がいいというのは事実です。

 私の心は、少しだけ前を向く事が出来ました。

 けれども、長い間灰色の中に居た私の心は、そう簡単には白く染まれません。あともう少し、誰かが手を引っ張ってくれれば前に進めるのかもしれません。私は、進み続ける景色の中で、必死にもがき続けます。

 それでもやはり、答えは見つけられそうにありませんでした。

 しかし、私の心は進むべき道を懸命に叫んでいます。

 だから未完成のこの気持ちを、せめて精一杯伝えようと、私は静かに決意しました。

 私達は、もう少しで階段を抜け、地上に出ようとしています。

 もうあと数秒すれば、ここを突破できそうです。

 私は心の中の声を、なんとか頑張って出そうと想いを固めていきます。

 地上へと近づくにつれ、私の心は軽くなっていきます。

 そして――――

 地上に出ると同時、私は景色を把握するよりも先に想いを爆発させようとします。


 ……あのねっ、キャットさん! 私……!


 私が決意を、心の中で叫ぼうとした時でした。

 ――――それよりも先に、キャットさんが口を開きました。




「飽きた」

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