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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第90話 銀の指輪に刻まれた二つの意思

第90話 銀の指輪に刻まれた二つの意思


「……俺は、何をしたんだ」


カイルの声は、ひどくかすれていた。


彼の指にはめられた銀の指輪には、細い亀裂が走っている。そこから漏れ出す二つの声は、同じ少女について語りながら、まるで違う未来を望んでいた。


『彼女を、二度と世界に見つけさせてはならない』


『彼女が選んだ未来を、誰にも知られてはならない』


前者は、リリアの存在そのものを隠そうとしている。


後者は、リリアが選んだ未来を隠そうとしている。


似ているようで、決定的に違う。


「カイル」


私は、彼の目を見つめた。


「あなたは、この声を覚えている?」


「……わからない。聞いたことがある気がする。でも、それが自分の記憶なのか、指輪に残された誰かの記憶なのかも判断できない」


カイルは指輪を外そうとした。


けれど、指輪は動かなかった。


まるで彼の指に食い込むように、亀裂の奥から淡い光が脈打っている。


「無理に外さないで」


アステリアが静かに告げた。


「その指輪は、単なる記録媒体ではないわ。意思を保存するための器……それも、複数の意思を別々に封じる仕組みがある」


「複数の意思?」


ミラが眉をひそめる。


「じゃあ、カイルが話している声は、カイル自身のものとは限らないってこと?」


「ええ。ただし、彼が無関係だと決まったわけでもない」


アステリアの言葉に、カイルは唇を噛んだ。


「俺は、リリアの前世を知っていた。処刑の日、俺と同じ顔をした男が証言台に立っていたことも……」


「同じ顔、というだけで、あなたがその人物だったとは限らないわ」


私は、できるだけ穏やかに言った。


「でも、あなたが何かを知っている可能性はある。だから、一緒に確かめたい」


カイルは驚いたように私を見た。


責められると思っていたのだろう。


けれど、今の私は彼を疑わないと決めたわけではない。ただ、真実を知らないまま誰かを犯人にすることだけはしたくなかった。


それは、前世の私が最後まで望んでいたことでもある。


「……ありがとう」


カイルは目を伏せた。


「俺も知りたい。自分が何をしたのか。誰の意思を、この指輪に残したのか」


その瞬間、銀の指輪が強く輝いた。


視界が白く染まる。


そして、誰かの記憶が流れ込んできた。


*


――暗い部屋。


窓のない石造りの部屋に、一人の少年が立っていた。


今よりも幼いカイルに似た少年。


ただし、その瞳には現在の彼が持つ迷いがなかった。


少年の前には、白い花を添えられた小さな箱が置かれている。


箱の蓋には、見覚えのある紋章が刻まれていた。


創造主の権限を示す紋章。


そして、箱の向こうには顔の見えない人物が立っていた。


『これを預かってほしい』


人物は、少年に銀の指輪を差し出した。


『中に記録されているものを、決して一つにまとめてはならない』


少年は指輪を受け取り、尋ねた。


『なぜですか』


『守るための意思と、隠すための意思は、同じではないからだ』


その言葉に、少年は一瞬だけ表情を曇らせた。


『もし、二つの意思が争ったら?』


『そのときは、本人に確かめなさい』


『本人……?』


『彼女自身にだ』


その人物は、箱の上に置かれた白い花をそっと撫でた。


『彼女が何を選んだのか。それを知らない者が、彼女の未来を決めてはいけない』


そこで記憶が途切れた。


*


「――っ!」


カイルが息を呑み、片膝をついた。


アレンがすぐに肩を支える。


「カイル、大丈夫か!」


「今のは……俺の記憶なのか?」


彼は額を押さえた。


「少年の顔は見えなかった。でも、指輪を受け取った手には、俺と同じ傷があった」


カイルの右手には、古い傷痕がある。


しかし、それだけでは本人だとは断定できない。


「それに、あの人物の声も……聞き覚えがある気がする」


「誰の声?」


私が尋ねると、カイルは首を横に振った。


「思い出せない。ただ、一つだけわかった」


彼は、ひび割れた指輪を見つめた。


「この指輪は、誰かの意思を封じるために作られたんじゃない。二つの意思を、混ぜずに残すためのものだったんだ」


アステリアの表情が変わった。


「そんな仕組みが……。記録を改変するための道具ではなく、改変された記録を元の形で保存するための器だった可能性があるわ」


「つまり、カイルは犯人ではなく、記録を守る役目を与えられていた可能性もあるってことか?」


レオンが慎重に言った。


「可能性の一つよ」


アステリアは頷いた。


「けれど、誰が彼に託したのか。彼がその役目を受け入れたのか。それはまだわからない」


そのとき、指輪の亀裂から、再び声が響いた。


今度は、先ほどまでとは違う声だった。


幼い少女の声。


『……お願い』


私の胸が強く締めつけられた。


『あの人を、犯人にしないで』


全員が息を止めた。


その声は、私の前世の記憶に残る少女の声に似ていた。


けれど、誰の声なのかはわからない。


『あの人は、最後まで――』


声が途切れる。


指輪の光が消え、代わりに銀色の文字が空中に浮かび上がった。


《保存記録――第三層、開示》


《記録対象:処刑前夜の訪問者》


《本人との同一性:未確定》


《記録の保護者:カイル・エルデン》


そして、その下に新たな一文が刻まれた。


《警告――保護者自身の記憶は、記録の封印に使用されている》


「俺の……記憶?」


カイルの顔から血の気が引いた。


その瞬間、彼の脳裏に誰かの声がよみがえった。


『いつか彼女が真実を知ったとき、君が何を選んだのかも、必ず問われる』


カイルは震える手で指輪を握りしめた。


「……俺は、あの夜に何かを選んだんだ」


その瞳に、恐怖と決意が同時に宿る。


「でも、何を選んだのかだけが、思い出せない」


私は彼の手にそっと触れた。


「なら、思い出すまで一緒に探そう。あなたが何を選んだとしても、私は真実を聞いてから判断する」


カイルは小さく頷いた。


その直後、空中に最後の記録が浮かび上がる。


《処刑前夜の訪問者――記録照合開始》


《照合対象:現在の同行者》


《一致候補――二名》


一人目の名前が浮かび上がる前に、文字が黒く塗り潰された。


そして、二人目の候補だけが、はっきりと表示された。


《候補者:リリア・エヴァンジェル》


「……私?」


なぜ、私自身が訪問者の候補なのか。


処刑前夜、私は牢獄の中にいたはずだ。


けれど、記憶の奥底で、誰かが私に囁いた。


――君が忘れているのは、訪問者の顔だけではない。


――君が、あの夜に選んだことそのものだ。


次の瞬間、指輪の奥から、知らない声が響いた。


『二人目の照合を開始する』


『対象――リリア・エヴァンジェルの前世の意思』


『照合結果が確定した場合、現在の記憶との矛盾が発生する可能性があります』


私は逃げなかった。


「……いいわ。確かめて」


今度こそ、自分が選んだ未来から目を逸らさないために。


けれど、記録が開く直前。


もう一つの声が、静かに告げた。


『照合を停止せよ』


『その少女に、自分自身が訪問者だったと知られてはならない』


その声を聞いた瞬間、アステリアが凍りついた。


「そんな……。この声は……」


彼女は、何かを思い出しかけたように目を見開く。


「まさか、あなたが……?」


しかし、名前を告げる直前、記録は完全に閉ざされた。


残されたのは、ひび割れた銀の指輪と、誰も答えを知らない問いだけだった。


第90話 終


次回、第91話「私自身が訪問者だった可能性」


処刑前夜の記録がリリア自身を指し示す。彼女が訪問者だったのか、それとも誰かの記憶が彼女に重ねられているのか。アステリアが口にしかけた名前が、新たな真実への扉を開く。


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