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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第87話 処刑前夜、最後に訪れた人

第87話 処刑前夜、最後に訪れた人


《会話の相手:現在の世界に存在》


その文字を見つめながら、リリアは動けずにいた。


処刑前夜。


誰かが、前世の自分に会いに来ていた。


そして、その人物は今も生きている。


「……その人は、私たちの知っている誰かなの?」


ミラが白い花をのぞき込んだ。


「記録だけでは判断できません」


セフィルは慎重に答えた。


「ただし、今回の記録は、これまでのものとは性質が違います。単に過去を再生するのではなく、現在の世界に存在する人物との接続を試みているようです」


「接続って、どういうことだ?」


レオンが尋ねた。


「記憶の中の人物と、現在の人物。その両者の存在情報を照合しようとしているのです」


「つまり、記憶が戻れば、相手が誰なのかわかるかもしれないってこと?」


リリアの問いに、セフィルはうなずいた。


「はい。ただし、相手が記憶の開示を望んでいるとは限りません」


その言葉に、リリアは胸元の花を握りしめた。


また、選択だ。


真実を知りたい自分と、誰かの意思を無視したくない自分。


どちらも、自分の本心だった。


「無理やり開くことはしない」


リリアは静かに言った。


「でも、記憶が私に何を伝えようとしているのかは知りたい」


白い花が、淡く輝いた。


《記憶の接続条件――本人の意思を確認》


《確認対象:リリア・エヴァンジェル》


リリアは目を閉じた。


「私は、知ることを選びます。誰かの答えを勝手に決めるためじゃない。自分が何を選んだのか、確かめるために」


花弁が一枚、静かに開いた。


その瞬間、視界が暗転した。


*


雨の音が聞こえた。


冷たい石の床。


鉄格子。


壁に取り付けられた、小さなランプ。


リリアは、牢獄の中に立っていた。


目の前には、一人の少女が座っている。


黒い髪。青い瞳。


前世の自分だった。


少女は手首の傷を押さえながら、膝の上に白い花を置いていた。


「……明日、私は死ぬのね」


独り言のような声だった。


そのとき、廊下の奥から足音が聞こえた。


ゆっくりと近づいてくる。


少女は顔を上げた。


足音が牢獄の前で止まる。


鍵が回った。


扉が開く。


入ってきた人物は、フードを深くかぶっていた。


顔は見えない。


けれど、少女はその人物を見るなり、驚いたように立ち上がった。


「……どうして来たの?」


訪問者は答えなかった。


代わりに、手にしていた小さな包みを床に置いた。


中にはパンと水、そして一枚の紙が入っていた。


「食べておいたほうがいい。明日は長くなる」


「そんなことを聞いているんじゃない」


少女の声が強くなる。


「どうして来たの。あなたまで見つかったら……」


「それでも、伝えなければならないことがある」


訪問者は牢獄の扉を閉めた。


そして、少女の前に立った。


「最後に、選んでほしい」


少女の顔から表情が消えた。


「……やっぱり、そうなのね」


「二つの道がある」


訪問者は静かに告げた。


「一つは、お前が知っていることをすべて話し、生き残る道だ。お前が真実を語れば、処刑の判決が覆る可能性はある」


「その代わり、あの人が罪を背負う」


「そうだ」


「もう一つは?」


訪問者は、ほんの少しだけ沈黙した。


「お前が記憶を手放すことだ」


少女の指が止まった。


「記憶を……?」


「お前が禁忌の力に触れた理由。その力で何を救おうとしたのか。そして、お前が知ってしまった真実。それらを失えば、残された記録を追うことは難しくなる」


「私自身の記憶まで?」


「すべてではない。だが、お前にとって大切なものも失われるだろう」


少女は、長い間黙っていた。


やがて、かすかに笑った。


「それは、生き残る道なの?」


「……わからない」


「そう」


少女は白い花を手に取った。


「あなたも、わからないのね」


訪問者は何も言わなかった。


その沈黙の中に、深い苦悩があった。


少女は花を見つめたまま、尋ねた。


「もし私が記憶を失ったら、あの人は助かるの?」


「保証はできない」


「もし私が真実を話したら、あの人は助かるの?」


「それも、保証できない」


「……なら、どうして私に選ばせるの?」


訪問者の肩が、わずかに揺れた。


「お前の意思まで、奪いたくないからだ」


その言葉を聞いた瞬間、少女の瞳に涙が浮かんだ。


リリアは息をのんだ。


その言葉は、今の自分が何度も聞いてきた言葉に似ていた。


他人の意思を奪わない。


答えを代わりに決めない。


たとえ相手が間違える可能性があっても、選ぶ機会を残す。


それは、創世の力を持つ自分が守ろうとしてきたものだった。


しかし、どうして前世の自分は、その選択を一人で迫られていたのだろう。


*


「……一つだけ、聞いてもいい?」


少女が尋ねた。


「お前が望むなら」


「あなたは、私に生きてほしい?」


訪問者はすぐには答えなかった。


長い沈黙。


雨音だけが牢獄に響く。


やがて、その人物は低い声で答えた。


「生きていてほしい」


少女の目から、涙が一粒こぼれた。


「……それなら、どうして私を助けてくれないの?」


訪問者は拳を握りしめた。


「助けようとした。だが、今の私には、お前を連れ出すことも、判決を覆すこともできない」


「本当に?」


「……ああ」


少女は、訪問者の顔を見つめた。


その目は、まるで相手の心の奥にある何かを確かめようとしているようだった。


「嘘をついているわけじゃないのね」


「嘘ではない」


「でも、全部を話しているわけでもない」


訪問者は黙り込んだ。


少女は悲しそうに微笑んだ。


「やっぱり、そうなのね」


その瞬間、リリアの胸が強く痛んだ。


少女は、訪問者を信じていた。


けれど、すべてを信じ切ることはできなかった。


それでも彼女は、相手を責めるのではなく、残された選択肢を見つめていた。


「ねえ」


少女は白い花を訪問者に差し出した。


「もし私が、明日のことを全部忘れてしまったら……あなたは、私のことを覚えていてくれる?」


訪問者の手が止まった。


「忘れない」


「たとえ、私があなたを覚えていなくても?」


「ああ」


「たとえ、私があなたを恨んでも?」


訪問者は、ゆっくりとうなずいた。


「それでも、忘れない」


少女は目を閉じた。


その答えを、ずっと待っていたかのようだった。


「……ありがとう」


彼女は花を自分の胸に戻した。


「でも、私の代わりに、私が何を望んでいたのかを決めないでね」


訪問者の顔が、初めてはっきりと揺らいだ。


「もし私が間違えても、あなたが正しい答えを知っていたとしても……私が選んだことまで、なかったことにしないで」


その言葉に、リリアは凍りついた。


聞き覚えがある。


エリシアがアステリアに残した言葉。


――私の代わりに正しい答えを選ばないで。


――私に、選び直す機会を残して。


それと同じ願いが、前世の自分の口から語られていた。


偶然ではない。


けれど、同じ願いを持っていたというだけで、エリシアと前世の自分が同一だったと決めつけることもできない。


リリアは、記憶の続きを見つめた。


*


訪問者は、少女の前に一枚の紙を差し出した。


「明日の審問で、お前が選ぶことになる。誰も代わりには選べない」


「わかった」


「選んだあと、後悔するかもしれない」


「それでもいい」


少女は紙を受け取った。


そこには、二つの選択肢が記されていた。


《真実の証言――処刑の回避を試みる》


《記憶の封印――真実の一部を失う》


少女は二つの文字を交互に見つめた。


そして、静かに紙を折りたたんだ。


「……今夜は、まだ決めない」


訪問者が顔を上げた。


「時間がない」


「わかってる。でも、今ここで答えたら、怖いから選んだのか、誰かを守りたいから選んだのか、自分でもわからなくなる」


少女は、牢獄の小さな窓を見た。


「明日の朝、もう一度考える。それまで、自分の気持ちから逃げたくない」


訪問者は、ゆっくりとうなずいた。


「それでいい」


その声を聞いた少女は、ようやく少しだけ安心したように笑った。


訪問者は扉へ向かった。


しかし、出ていく直前に足を止めた。


「最後に、もう一つだけ」


「なに?」


「お前が選んだ未来が、望んだ結果にならなかったとしても……お前の選択が無意味だったことにはならない」


少女は驚いたように目を見開いた。


訪問者は続けた。

「結果だけで、お前の意思を裁かせない。私は、その記録を残す」


扉が開く。


外の廊下から、冷たい風が吹き込んだ。


少女は訪問者の背中を見つめていた。


やがて、静かに呼びかけた。


「……ねえ」


訪問者が振り返る。


「あなたの名前を、聞いてもいい?」


長い沈黙が流れた。


訪問者は、答えようとした。


けれど、その瞬間――。


牢獄の壁に黒い文字が浮かび上がった。


《記憶接続への干渉を確認》


《会話記録――強制遮断》


「待って!」


リリアが叫んだ。


訪問者の顔が、フードの奥で歪んだ。


声だけが、かろうじて届く。


「名前は……お前が思い出すのではない。私が、自分の意思で――」


そこで、声が途切れた。


記憶が暗闇に沈む。


*


「リリア!」


アレンの声が響いた。


リリアは目を開き、荒い息を整えた。


頬を涙が伝っていた。


「……見えたの。処刑の前夜、私に会いに来た人がいた」


「誰だったんだ?」


「顔も名前も、最後までわからなかった。でも、その人は私を生かしたいと思っていた。助けようとしていたけれど、何かができなかったみたい」


カイルが、苦しげにうつむいた。


「その人が……俺だった可能性は?」


リリアは、すぐには答えられなかった。


記憶の中の訪問者は、カイルと同じ指輪を持っていたようにも見える。


しかし、それは確かな証拠ではない。


「わからない。カイルかもしれないし、違う人かもしれない」


リリアは正直に答えた。


「でも、一つだけ確かなことがある」


彼女は、白い花を見つめた。


「その人は、私の意思を守ろうとしていた。結果がどうなるかわからなくても、私自身に選ばせようとしていたの」


セフィルが静かに言った。


「その記録は、現在の世界における第四の約束と、強く共鳴しています」


「第四の約束……選ばれなかった未来にも、選び直す機会を残す」


リリアは言葉をかみしめた。


前世の自分は、記憶を失う可能性を知りながら、選択の機会を求めていた。


では、明日の処刑で、彼女は何を選んだのか。


その答えを知るには、もう少し先へ進まなければならない。


白い花が、再び光った。


新しい記録が浮かび上がる。


《処刑前夜の会話:一部復元》


《訪問者の意思:本人による選択を尊重》


《訪問者の名前:本人の意思による開示が必要》


そして、最後の一行。


《訪問者は、現在の世界においても、リリア・エヴァンジェルの選択を見守っている》


リリアは目を見開いた。


ただ生きているだけではない。


その人物は、今も自分の選択を見守っている。


けれど、なぜ名乗らないのか。


なぜ、今も真実を語らないのか。


その答えを求めるように、リリアは仲間たちを見渡した。


誰もが、静かに彼女を見つめていた。


その中で、アレンだけが何かを言いかけて、口を閉じた。


リリアは気づかなかった。


彼の手が、ほんの一瞬だけ強く握りしめられたことに。


そして、白い花の裏側に、小さな文字が刻まれていたことにも。


《次の記憶――選択の結果》


《開示条件:リリア・エヴァンジェルが、誰かを信じることと、誰かに答えを委ねることの違いを理解する》


リリアは、静かに息を吐いた。


信じること。


すべてを疑わずに受け入れることではない。


誰かに自分の答えを決めてもらうことでもない。


真実を知り、それでも自分で選ぶこと。


今度こそ、彼女はその違いを見失わない。


たとえ、次に明かされる記憶が、自分の大切な誰かを疑わせるものだったとしても。


リリアは白い花を胸に抱いた。


「……次の記憶を開いて」


花弁の奥で、銀色の光がゆっくりと渦巻いた。


そして、聞き覚えのある声が告げた。


『あの日、彼女が最後に選んだのは――』


そこで、記録が途切れた。


第87話 終


次回、第88話「最後に選ばれた、たった一つの答え」


前世のリリアは、処刑を前に何を選んだのか。その答えが明らかになるとき、現在の仲間たちの中に隠されていた、もう一つの秘密が動き始める。


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